12話
「――から、その方が宜しいかと」
「そうかもしれません。アルヴィス様がお目覚めになられましたら、伺ってみます」
意識が浮上すると共に聞こえてきたのは、エリナとフォルボード侯爵の声だ。少し遠くで聞こえるのは、扉の前で話をしているからなのだろうか。アルヴィスはゆっくりとその瞼を持ち上げる。すると、風で揺れるカーテンが目に入ってきた。どこか心地よいのは風の所為だったのだろう。
アルヴィスは身体を起こそうと、ベッドに手を付いて己の身体を動かした。刹那、肩から背中にかけて痛みが走る。
「っ」
僅かに起き上がった身体がドサっとベッドに落ちてしまった。
「アルヴィス様っ」
音に気付いたのか、エリナが慌てて駆け寄ってくる。痛みを耐えながら、アルヴィスはエリナを見上げた。
「え、りな」
「起き上がらないでください! 今、先生をお呼びしてきます」
サッとベッドから離れたかと思うと、エリナは再び扉の方へと駆けて行った。外にいる誰かと話をしているようだ。恐らくは、近衛か誰かに頼みにいったのだろう。
アルヴィスは深く息を吸っては吐くを繰り返した。何度か行っていれば、少しだけ楽になった気がする。怪我をしていたことを忘れていたわけではないが、ここまで酷い痛みを感じるとは想像していなかった。もしかすると、アルヴィスが思っている以上に酷い状態なのかもしれない。
仰向けに倒れれば、まだ痛みを感じる。そう冷静に言えるのは、柔らかいベッドの上だからなのだろう。ただ、痛みが断続的に続いているような気がして、楽になったとは言い難いのが辛い。
「ふぅ……」
「アルヴィス様、背中をそうしてしまっては傷に響きます」
「そう、みたいだな」
心配そうにアルヴィスを見つめるエリナに、アルヴィスは苦笑する。怪我をしているのが背中なのでその心配は当然だ。だが、アルヴィスから言わせると横になっていても落ち着かない。身体は仰向けの方が楽。しかし、背中の痛みは消えない。横になれば背中は痛まないが、体勢的に疲れてしまう。意識が戻ったからそう言えるのだろう。
すると、エリナがベッドの上に上った。かと思うと、そのままアルヴィスの頭を持ち上げて己の膝の上へと乗せる。怪我の所為もあり思う様に身体が動かないアルヴィスは、エリナにされるがままだった。
「エリナ?」
「少しは楽になりますでしょうか?」
痛みが消えるわけではないものの、怪我に触れる部分が減ったことで楽にはなる。とはいえ、ずっとこの状態というわけにはいかないだろう。
「だが、これではエリナが――」
「私ならば大丈夫です」
にっこりと笑みを向けられれば、アルヴィスには何も言えなくなる。自分自身ではどうにもできないもどかしさだけが募るだけで。そうしているうちに、部屋の扉がノックされる。許可を出すと、ディンと一緒に一人の男性が入ってきた。アルヴィスにも見覚えがある。警備塔で見かけた顏だった。侍医の一人だ。
「お目覚めになられたと聞き、診察に参りました。少々失礼をいたします」
「あ、あぁ」
彼が近づくと共にディンがアルヴィスの傍まで来た。アルヴィスに力を抜くように告げると、そのままアルヴィスの身体を起こした。痛みが走るものの、耐えられないほどではない。ディンに支えられながら、背中を侍医へと見せた。
包帯が解かれ、怪我が露わになる。と言ってもアルヴィスには一切見えない。状態が確認できないため、アルヴィスはただ彼の言葉を待つことしか出来なかった。エリナも少し離れた位置から状況を見守っている。
「まずは怪我の具合を説明いたします」
「頼む」
「肩の方が深く、今しばらくは動かすことはお控えください。背中の方も、上部は深いものですのであまり負荷をかけないよう気を付けていただきたいところですが……」
触れないようにするのは難しい場所。それは彼もわかっているだろう。特に睡眠時は、無意識に動いてしまうことも多い。今は、治癒力を上げ薬と包帯を使った治療をすることしか出来ない。最終的には、アルヴィス自身の自己治癒力次第となる。
説明の後、再び包帯を巻かれるとアルヴィスはシャツを羽織った。起き上がっている状態を保つことも難しいので、ゆっくりと身体を横にされる。安静にするように告げると、侍医は部屋を出て行った。
「安静に、か」
「殿下、日程の件ですが」
「そういえば……俺はどのくらい寝ていた?」
「一日半くらいです」
つまり予定通りであれば、明日には王都に戻らなければならないということになる。視察については必須な個所は押さえてあるため、切り上げることにそこまで影響はない。問題は、アルヴィスの身体が帰路に耐えられるかどうかだろう。
「伯父上にこの件は報告したか?」
「昨日のうちに早馬を。ゆえに、既にご存じのはずです」
「そうか」
王都へ帰還後、数日は余裕がある。だがこの状態のままでは馬車に乗ることも許されないだろう。フォルボード侯爵に無理をお願いする必要がある。
「アルヴィス様、先程伯父様からももう少し滞在してはどうかとお話がありました」
「侯爵が……」
なるほど、アルヴィスが目を覚ました時に話をしていたのはその件だったらしい。問題はどの程度の日程とするか。せめてあと二日、いや三日は必要かもしれない。それに、彼らの後始末もある。あれからどうなったのか状況も知りたい。ともなれば、諸々方を付けるのに四日ほどか。
「ディン、侯爵と話がしたいんだがお願い出来るか?」
「承知しました。閣下に伺ってまいります」
頭を下げてディンが部屋を出ていく。アルヴィスが動けない以上、ここに来てもらうしかない。フォルボード侯爵とて忙しくしているので、今日中にでも話が出来れば十分だ。
「滞在を四日ほど伸ばしたい」
「四日だけですか? それではアルヴィス様の負担が大きすぎます。せめて一週間でも――」
「そこまで王都を空けるわけにもいかない。それに、ここに俺がいるだけでも負担になるからな」
「でも……」
「俺は大丈夫だ。痛みはするが、これも俺が背負うべき代償ということだろうしな」
逆にこの程度で済んで良かったというべきか。トーグの刃を受けたことも、エリナを庇ったこともアルヴィスは後悔していない。むしろ、あの刃はアルヴィスが受けるべきだと思う。どのような事情や理由があろうとも、彼の姉を奪った原因は間違いなくアルヴィスなのだから。




