閑話 駆け付けた先で
エリナの救出へと向かったあの日。アルヴィスの指揮の下、レックスたちは目的地へとたどり着いた。だが、その先には見えない壁のようなものがあり、レックスたちの行く手を阻む。悠長にしている時間もないと周囲が焦っていると、壁に手を当てたアルヴィスがあっさりとその先へと入ることが出来たのだ。一刻を争う事態。仕方なくアルヴィスを先へと行かせることとなってしまった。
「アルヴィスを行かせて良かったんですかね」
「……わからん。だが、あの状況で殿下を留めておくことも出来ないだろう」
本来ならば単独行動などさせるわけにはいかない。アルヴィスとて迷ったはずだ。直ぐに駆けることをしなかったのがその証拠。
しかし、ここでこの壁を崩すために労力を削るよりも人質となっているエリナの身の安全を確保する方が優先だ。そこに関してはレックスも、そしてディンも同意見だった。せめてあと一人でもここを突破することが出来たならばと思わないわけではない。
「今は殿下と妃殿下の無事を信じ、ここを突破することが何よりも優先される。これが殿下を一人にする罠だというのならば、間違いなくその先にも罠を仕掛けているはずだからな……」
「アルヴィス……」
「今は出来ることに最善を尽くす」
そうしてこの場にいる全員が武器を構える。少しでもいい。突破口を開くことが出来れば、あとは傷口を広げればいい話だ。この場にアルヴィスほどのマナ操作の使い手はいない。しかし、ルベリア王国でも随一とされている実力者たちの集まり。剣技だけでいえば、アルヴィスより上の者たちもいる。負けてはいられないのだ。
「ゆくぞ!」
「「「はいっ」」」
ディンの掛け声と共に、一斉攻撃が繰り出された。
そうして漸く突破したレックスが見たのは、煙が上がっている部屋。その中央にいるアルヴィスとエリナの姿だった。
「アルヴィスっ!」
大声で叫ぶと、アルヴィスと一瞬視線が合った気がした。安堵したように笑みを見せたアルヴィスは、その瞬間崩れ落ちていく。
「アルヴィス様っ⁉ アルヴィス様‼」
「アルヴィスっ」
慌ててディンと共に駆け寄ると、その状態を知って絶句した。倒れこむアルヴィスの背中が血で真っ赤に染まっていたのだ。肩から下へと背中を斬りつけられている。
「妃殿下、失礼します」
直ぐにディンがアルヴィスの身体をエリナから奪う様にして引き寄せると、その背中へと手を当てた。ぼんやりと光がディンの手を中心として現れる。
「ディン、さん」
「応急処置だ。私ではこの程度しか出来んが、このままでは命に関わる」
未だ出血が止まったわけではない。そう話すディンに、レックスは血の気が引くのを感じた。生誕祭の時よりも酷い状況だ。あの時は直ぐにフォラン特師医に対処してもらったが、ここに特師医はいない。
「殿下は私がお連れする。お前はルーブルクと共に、誘拐犯の拘束を頼む」
「は、はい」
軽々とアルヴィスを抱き上げるディン。そのまま指示を飛ばし、エリナと共に数人とこの場を去っていった。まだ混乱はしているが、頭を勢いよく横に振って気持ちを切り替える。ここで呆けていてもどうにもならないのだから。
レックスは壁にもたれかかっている男へと近づいた。口の端から血が出ていることから、壁に叩き付けられたようだ。この場にいる知らない男。こいつが犯人で間違いないだろう。レックスはその首元のシャツを掴むと、無理やり立たせる。
「お前が、殿下方を狙ったのか……?」
「……この状況でそれ以外に見えるのならとんだお花畑の護衛だね」
「こいつっ!」
「やめろ」
横にいた近衛隊士が掴みかかろうとするのを声で制止させる。この状況でも笑みを浮かべている男。これだけ近衛隊や警備隊に囲まれていて逃げる素振りさえ見せない。
「なぜ、殿下を」
「……そんなのあんたに関係ないだろ? さっさと殺せばいいよ。気に入らなければ捨てる。それがあんたたちだ」
「……」
死すら望んでいるようにも見える男。このまま殺してしまうのは違うのだろう。それが彼の望みなのならば尚のことだ。
「ルーブルク副団長」
「……この街にも我々の駐留場がある。そこの牢に入れておく」
「お願いします」
「他にも仲間がいるはずだ。ヴェーダというのは小さくない組織だからな」
「ハッ、小さくない、だって。ほんと、お貴族様ってのは都合のいいところしか見ないよね」
レックスとルーブルク副団長の話に割って入ってきたのは、拘束されている男だ。心底面白そうに笑う彼に、レックスは眉を寄せる。
「僕たちをこんな風にしたのはあんたたちなのに。他人事のようにさぁ。ほんと、綺麗な世界しか知らないんだな」
「……」
「あんたたち、アルヴィスが清廉潔白な人間だなんて思ってるわけ? そんなわけないだろ? あいつは人殺しだ。否、違うね。あんたたち貴族はみんなそうだよ。知らない間に僕たちを殺してる」
反論しようとレックスは彼のシャツを掴んでいた手に力を籠めようとすると、それをルーブルク副団長が止める。言わせろ。そういうことなのだろう。
「あんたたちの足を引っ張らせるために、僕たちはいつだって使われるんだ。便利だからね。いらなくなったら捨てればいい。バレそうになったら殺せばいい」
「だからこのようなことをした、と?」
「まぁ僕はただ見たかっただけだよ。あいつが苦しむのを。あいつだけが幸せになるなんて許さない。姉さんじゃない誰かがあいつの傍にいるなんて絶対に……そうだから死ねばいいんだ。あのままならそうなる。その方がきっと姉さんも幸せだ」
男の言い分に寒気がした。狂ってる。そうとしか思えない。その時、周囲から一斉に殺気が向けられた。どうやら話をし過ぎたらしい。だがこの状況はこちらにとっても好都合だ。
「ルーブルク副団長」
「問題ない。この程度、軽くあしらってくれる」
「こちらもそのつもりです。その前に……」
男の首元に手刀を決めると、彼は意識を失い崩れ落ちた。そのまま他の隊士に拘束を任せると、レックスは剣を構えた。近衛隊として、このような連中に負けるわけにはいかない。
「アルヴィスを傷付けておきながら、楽に死ねると思うなよ」
レックスは地を蹴った。




