11話
エリナが呼んできた医師は、警備塔でも見かけた顏だった。荒事が起きる可能性もあると、副団長であるヒュッセンが連れてきていたようだ。診察中はエリナも部屋の外で待つこととなり、この部屋に居るのはアルヴィスとその医師、そして険しい表情のディンとレックスだ。
レックスの手を借りてゆっくりと身体を起こす。少し動くだけでも痛みが走った。それでも起こさなければ治療は出来ない。そうして背中を向けると、巻かれていた包帯を医師が丁寧に巻き取っていく。
「では失礼をいたします」
「ぐっ!」
傷に当てられた布を取られると、激痛が走った。背中なので、アルヴィスからはどういった怪我なのか見ることが出来ない。だが、険しい表情をしているディンたちの様子から相当酷い状態なのだろう。
「まだ出血が止まっておりません……あと少しばかり炎症を起こしかけております。治癒力を高める補助と炎症を抑える薬を塗りますので、今しばらく辛抱ください」
「あ、あぁ」
そっと背中に当てられた空気。温かな力を感じる。ここまでの大怪我をしたのは、生誕祭以来。だがそれ以前となると、あまり記憶にない。どこか遠くでそんなことを考えていると、瞼が落ちそうになった。
「殿下っ」
「っ⁉」
ハッとなり、意識を戻すと既に包帯が巻かれているところだった。目の前には必死の形相をしているディンの顔がある。それもどこかぼんやりとしていた。どうやら眩暈を起こしているらしい。血を流してしまったのが原因だろう。思考が覚束ないのもその所為か。
「大丈夫ですか?」
「……いや、大丈夫ではない、なっ」
ふと目の前が真っ暗になり、アルヴィスの身体は前へと倒れこむ。しっかりと肩を支えられた。身体に力が入らない。どうにもできずに、アルヴィスはそのまま意識を失うのだった。
クタリと力が抜けた身体を支えながら、ディンはアルヴィスの顔を窺う。青白い顔色から、血が足りないのは一目瞭然だ。治療は終わり、医師はなるべく傷口に負担をかけないように休むことを伝えていったのだが、この様子だと聞こえていなかっただろう。
「殿下?」
「ディンさん、アルヴィスは」
「……どうやら意識を失ってしまったようだ。無理もない」
「そうですか」
身体が休息を欲している。それは間違いない。だが背中に負担をかけないようにということは、このまま背中を後ろにして寝かせるわけにもいかなかった。かといって横向きでは、ゆっくり休めない。そもそも直ぐに倒れてしまうだろう。どうしたものかと思案していると、扉が開かれる音が届いた。
「失礼、いたします」
「妃殿下」
顔を出したのはエリナだ。ディンに抱えられている状態のアルヴィスを見て顔色を変えると、慌てて駆け寄ってくる。
「アルヴィス様っ」
「妃殿下、お静かに願います。殿下はお休みになってしまっているようで」
「あ、申し訳ありません」
医師が部屋から出て行ったので治療は終わったと知り、様子を見に来たのだろう。エリナは目の前でアルヴィスが負傷した姿を見ている。容体についても隠す必要はない。ディンが医師から伝え聞いたことを告げると、エリナはディンの腕の中にいる状態のアルヴィスへと近寄った。
「では私がアルヴィス様をお支えします」
「ですが、それでは妃殿下の負担が大きすぎます」
意識のない人間というのは、意識がある時以上の重さを感じる。細身とはいえ、アルヴィスの体格はエリナ以上だ。無意識に動こうとするアルヴィスを止めるのは、細いエリナでは難しいだろう。だが、それでもエリナは首を横に振る。
「大丈夫ですから」
そうしてエリナはベッドの上に上ってくる。何がしたいのかを何となく理解したディンは、エリナの膝のところへとアルヴィスをゆっくり横たえた。背中から落ちてしまわないようにと、枕を背中へと置いておく。傷口から倒れないように、枕を二つ使って。アルヴィスの頭はエリナの膝の上へと置かれた。
「長時間はお辛いと思いますが」
「それでもアルヴィス様がお休みになられる方が大事です。私なら平気ですから」
そう話しながらエリナは優しくアルヴィスの髪に触れた。さらさらとした髪を梳きながら、エリナの視線はアルヴィスの表情へと向けられている。アルヴィスは深く寝入ってしまっているようで、身動き一つしない。まったく動かないということは、それほど酷い状態であることを示している。この状態であれば、アルヴィスも寝返ることはないかもしれない。
いずれにしろ、エリナが退くとは思えないのでディンたちには見守ることしかできなかった。
「妃殿下……此度の件、アムールたちにも非があります」
「いえ、彼女たちは悪くありません。私が安易に動いたことが原因です」
「……」
「子どもだからと、フォルボード侯爵家が母の実家だろうと隙を見せてはいけなかった。私の甘さが、アルヴィス様を……」
その手を震わせながら、エリナがアルヴィスの顔に触れる。エリナの中には、贖罪の念が渦巻いているはずだ。同じことをアルヴィスも思っているだろうが。
甘さ。それは否定できないし、確かにその通りなのだろう。そして、まさにそこをついてきたのが彼らだったということだ。何やらアルヴィスとは以前から面識があったようにも見える彼ら。どういった関りなのかはわからないが、そのことが要因となって起きた事件だということはわかる。その辺りはアルヴィスにも問い質さなければならない。
いずれにしても、彼らの方が狡猾だった。それだけは確かだろう。
「妃殿下、我々は一度失礼いたします。殿下のことお願いします。いくぞ、レックス」
「え? あ、はい」
エリナも疲れている。監禁場所から解放されてまだ半日。未だ、心身ともに疲労を感じているはずだ。アルヴィスの傍に居ることで安心するというならば、そうさせてあげるのが一番エリナにとってもいい。それにディンたちにはまだやるべきことがある。この件の後始末をやっておかなければ。
「我が国の王太子殿下と妃殿下を襲ったのだ。楽に死ねるとは思わないでもらいたいな」
「……ですね」




