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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

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10話

 

 浮遊感に気づいたアルヴィスは、ゆっくりと目を開いた。目の前にあるのは白い壁。否、壁というよりもそこはまるで壁そのものがない場所のようだ。足も地面には着いていない。


「こ、こは一体……」

『ここは、貴方の深層心理世界です』


 女性の声がして、アルヴィスは前を向く。すると、目の前にある空間に人の姿が現れた。その姿は大聖堂にある女神の姿そのままだ。


「貴女は……もしや」

「我が吾子。こうしてお目にかかるのは初めてですね」


 柔らかに微笑む女性。彼女をアルヴィスは間違いなく知っている。その気配は、あの日以来ずっと己の傍にあるものだから。


「私はルシオラ。ルシオラ・ヨアキム・ルベリアと申します。かつての友であり、我が契約者であるかの人の血を強く受け継ぎし者……アルヴィス・ルベリア・ベルフィアス」

「やはり貴女が女神ルシオラでしたか」

「はい。こうして漸くお顔を見られたこと嬉しく思います」


 そう話しながらルシオラはアルヴィスへと身体を近づけると、その体を包むように抱きしめてきた。突然のことにアルヴィスの身体は硬直する。


「あの」

「ここに貴方がいるということは、それだけ負担をかけているということ。ごめんなさい。ただ、あの時はそうするしかありませんでした」

「……」


 あの時というのがいつのことを指しているのか。アルヴィスには理解出来た。声が届けられたという事態は、ルシオラにとっても異例なことだったのだろう。確かにアルヴィスには負荷がかかったが、それがなければ間に合わなかった可能性が高い。結果としてエリナは無事だった。ならばこれで良かったのだろう。


「貴女からの謝罪は必要ありません。おかげで危機に気付くことが出来ました。ありがとうございます」

「優しい子ですね、貴方は」

「いえ、優しくなどありません。私は、ただの臆病者ですから」

「吾子……」


 そう、アルヴィスはただ恐れているだけ。アルヴィスについて、皆は穏やかだと優しいとよく告げてくる。だが、それはただそうすることしか出来なかっただけなのだ。相手を否定するよりも、受け流す方が楽だ。当たり障りなく接していれば、不和を起こすこともない。そうして傷付くことを避けていただけなのだから。

 ルシオラの腕の中で、アルヴィスは力なく微笑む。すると、ルシオラはそっと顔を近づけてアルヴィスの額へと口付ける。


「っ」

「そう考えることこそ、貴方が優しい証拠です」

「え?」

「受け入れないのは簡単です。ただ拒否をすればいいのですから。でも、受け入れるということは容易ではありません。時には己を殺さなければならない。それが出来るのは貴方が優しい人だからです。それにそんな貴方だからこそ、周囲は放って置けないのでしょう」


 それはどういう意味なのか。問いかける前にルシオラはアルヴィスの身体を離した。すっと距離を取ると、ルシオラは胸の上で手を組み目を閉じる。


「そろそろ時間ですね。皆が貴方を待っています」

「女神ルシオラ、貴女は――」

「あの日、私は貴方の誓いを受け取りました。その理由は今はお話できません。ですが時が満ちれば、再び私は貴方の下へと参りましょう」

「時が満ちれば……っ」


 何か重大なことを言われた気がするが、アルヴィスは再び頭に痛みが走り思わず目を瞑る。再び開けた時には、ルシオラの姿はなかった。


「……」

『吾子、どうかご自愛を。愛しき人と共に』


 届けられた声と共にこの空間が閉じていくような気配を感じた。そろそろここにいるのも終わりということなのだろう。ルシオラの時間とは、つまりはそういうことだ。アルヴィスは流れに身を任せるように目を閉じる。どこか遠くで己の名を呼ぶ声がしていた。


 重い瞼をゆっくりと開く。するとそこには涙をいっぱいに溜めた瞳でこちらを見ているエリナの姿。その姿があの時、生誕祭の時に臥せっていた時と被ってしまった。握られている右手に力を入れて握り返すと、ポトリと涙が落ちる。


「アルヴィス、さま」

「……エリナ」

「よか……良かった」


 一滴落ちればもう止められない。涙が流れ続けるエリナの顔へ触れようと身体を動かすと、痛烈な衝撃が背中を走った。


「っ」

「あ⁉ アルヴィス様っ」


 痛みに息を止める。倒れる前の現状を思い出し、そういえば斬られていたということを改めて認識した瞬間だった。ごしごしと涙を拭うとエリナが慌てて立ち上がる。


「お医者様を呼んでまいります!」


 エリナらしからぬ急ぎっぷりで部屋を出ていく。その後ろ姿を見ながら、アルヴィスはようやくこの部屋がフォルボード侯爵邸に用意された部屋だということを理解した。あれからここへ運ばれたのだろう。最後に近衛の姿を見て気を失ってしまった。その後どうなったのか。ディン辺りにでも確認しなければならない。


「ふぅ……痛っ」


 呼吸をするだけなのに、痛みが走る。集中していて己の傷がどのようなものなのかまで気を配る余裕はなかったが、相当深く斬られていたのだろうか。だとすれば、エリナには嫌なものを見せてしまった。


「また……情けない姿を見せてしまったな」


 だが後悔はしていない。元々、アルヴィスの事情だ。それに巻き込んでしまったことを申し訳なく思う。


「潮時、なんだろうな」


 誰もいない部屋で、ポツリとアルヴィスは呟いた。


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