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7話

 

 抜け出そうと足を向けたところへ、まるでタイミングを狙ったかのように魔物が現れる。


「殿下、お下がりを!」


 リュングベルの警備隊副団長であるヒュッセンが叫んだ。その理由はわかっている。だが、アルヴィスは進むことを選ぶ。右手に力を込めたまま腰に差した剣を振りぬいた。

 ザシュっ。

 アルヴィスへと襲い掛かろうとした体勢のまま真っ二つに切り裂かれた魔物。それを確認することなく、アルヴィスは駆けた。


「おい、待てよ! アルヴィスっ」


 その背中をレックスが追う。近衛隊所属時代は先陣を切って戦闘をこなしていたアルヴィス。当時の近衛隊の中でもトップクラスのスピードを誇る。ゆえに、アルヴィスの本気のスピードに付いていくことはレックスには難しかった。少しずつ引き離されていく背中にレックスは舌打ちをしながら叫ぶ。


「アルヴィスっ‼ 待てって!」

「……」


 叫ぶ声は聞こえているだろうが、アルヴィスは足を止めることなく進んでしまう。するとレックスの後ろを走っていたはずのディンがレックスの横を風のように通り過ぎた。


「えっ?」

「そこまでです」


 かと思うと、いつの間にかアルヴィスの前に立ち塞がるように立っていた。前を塞がれたことでアルヴィスも静止する。表情を変えることなくアルヴィスを見下ろすディンとは対称的に、アルヴィスの表情には焦りが見えていた。


「どけっ」

「いいえ、どきません」

「……」

「冷静におなりください、アルヴィス殿()()

「っ⁉」


 ディンは敢えて敬称を強調するように話す。そこでアルヴィスはハッとした。そう、今のアルヴィスは王太子。その身も己だけのものではない。感情だけで動くことは許されない立場だ。それがどれほどの状況であろうとも。己の妃に、家族に危機が迫っていようともだ。


「アルヴィス殿下、何があろうとも貴方が先を行くことは認められません。たとえその相手が妃殿下であったとしても」

「……ディン」

「数人を先に街へ戻します。殿下は一旦警備塔に戻り、そこで情報をお待ち下さい」


 言い聞かせるように告げるディン。アルヴィスはディンと暫し視線を交差させた。二人の間に訪れた沈黙の時間。やがてアルヴィスは折れるように瞳を伏せて溜息を吐いた。


「悪かった」

「いえ……心中お察しします」


 女神からの声。それを聞いた時からアルヴィスは冷静ではなかった。ここでアルヴィスが先走り、万が一アルヴィスの身に何かが起これば責任を取らされるのはアルヴィスだけではない。同行していた近衛隊である彼らにもその責任が課されるのだ。近衛隊に所属していたアルヴィスに、ディンの行動の意味が理解できないわけがなかった。


「シーリング」

「はいっ」

「お前は殿下の傍に。そしてサレイル」

「はっ」

「数人を連れて街へ戻れ。至急だ」

「承知しました」


 ディンが近衛隊へと指示を飛ばす。それを見ながらアルヴィスは近くにあった木陰に腰を下ろした。その拳を強く握りしめながら、頭を抱える。

 どこか不穏な空気を感じていたのは確かなのに、どうして傍を離れてしまったのだろう。今更どうこう言っても遅いのだが、それでも可能性を考えてしまう。

 もちろん、アルヴィスとエリナが別行動をしているのには理由がある。警備塔にエリナを連れて来なかったのはエリナにも夫人たちの交流という公務があるのだ。王太子妃として、貴族夫人たちとの交流は不可欠なもの。

 ルベリア王国では女性に継承権がない。王族でも貴族でもそれは同じだ。女性の立場はそれほど優遇されているとは言えないだろう。だがどれほど男性が優位な社会だとしても、女性の力は軽視出来るものではない。特に社交界という世界では、時として女性の方が大きな力を持つ。妃となったエリナにとってもそれは必要な力だ。

 アルヴィスとてわかっている。どれほど思考を巡らせようとも、エリナとずっと行動することなど出来ないということを。そのために護衛も付けた。守りは固めたつもりだった。女神の言葉が間違いであってほしい。そう願わずにはいられない。だがそれが限りなく低い確率であることをアルヴィスは本能的に理解していた。


「アルヴィス……」

「すまない」

「いや、その……まぁ今回は仕方ないというか。だが、本当に妃殿下に何かが起きたというのか? 俺はいまいち何が何だかわからないけどよ」


 レックスの言葉にアルヴィスは力なく笑う。

 それはそうだ。女神の声が聞こえたのは間違いなくアルヴィスだけ。ディンが緊急事態だと動いているのも、アルヴィスの発言が元だ。それ以外には何の根拠もない。実際にエリナに危険が迫っているかどうかなどわからないのだ。

 ディンもアルヴィスの様子から危機を感じ取っているだけ。だからこそ事実確認を最優先にしようとしている。


「ルシオラの声が俺に何かを告げたのは、これが三回目だ。一度目は、立太子の時。そして二回目は結婚式の時だった」

「そう、なのか?」

「二回目までの時は、俺は大聖堂にいた。だが、ここは王都ではなく教会の近くでもない。だからなのか、彼女の声には焦りが含まれていたように思う」


 あくまで仮説に過ぎないが、もしかするとアルヴィスがあの時痛みを感じたのは、大聖堂ではない遠方の森の中で声を受け取ったからなのかもしれない。あれほど痛みを感じたのに、今はそれが退いている。予期せぬことだったがゆえに、アルヴィスに負荷がかかった。つまりはそういうことなのではないだろうか。


「女神の焦り、か」

「これまで特に何もなかったところに突然来たんだ。何もないわけがないっ」


 アルヴィスは唇を噛み締める。まだ無事であるならばそれが一番だ。安否がわからないというのが一番恐ろしい。もしそうなったとしたら、今度こそアルヴィスは己を一生許すことなど出来ない。()()()のようなことだけは。


『アル』

「っ⁉」


 一瞬、アルヴィスの脳裏を女性の影が過った。思わずアルヴィスは勢いよく首を横に振る。


「アルヴィス?」

「……何でもない」


 アルヴィスに今出来ることは、祈ることだけだ。


(エリナ、どうか無事でいてくれ……)



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