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4話

 

 この日の視察を終えたアルヴィスはフォルボード侯爵邸へと戻ってきた。教会での予期せぬ出来事はあったものの、それ以外は予定通りに今日の予定を終えられたと言える。

 部屋でソファーに座ると、アルヴィスはそのまま背を預けた。エリナはまだ帰宅しておらず、この場にいるのはアルヴィスだけだ。エドワルドはお茶の用意をするということで、ティレアと共に席を外している。いつも傍に控えているディンやレックスも、情報共有のため一時的に傍を離れているところだ。

 リュングベルへ来てから一人になったのは、今が初めてかもしれない。アルヴィスはふぅとゆっくりと息を吐いた。


「想像以上ににぎやかな街だが……」


 気になるのは、教会でのこと。そして昨日の視線だ。ディンに止められてそれ以上のことはわからないが、どこか感じたことのある気配だった気がする。もしそれが、アルヴィスの考えている通りならば。


「俺の考えすぎなのか」


 アルヴィスはリュングベルへ来たことはない。ゆえにこの街に知り合いもいなかった。だから知る気配に遭遇すること自体がないはず。気のせいなのだと思いたいが、頭の中で警鐘が鳴っている。気になるのならば放置して置くなと。

 身軽だった頃ならば、直ぐに動いただろう。それが出来ない今、アルヴィスが取るべき手段は限られている。護衛を割くことにはなるが、ディンに頼むのが一番かもしれない。直ぐに戻ってくるだろう彼らを待ちながら、アルヴィスはそっと目を閉じた。



 微かな物音が聞こえたところで、アルヴィスの意識が浮上する。何か柔らかいものに包まれているような感触。髪を撫でられているのだろうか。ゆっくりと目を開ければ、アルヴィスは自分を見下ろしているエリナの目があった。


「え?」

「あ、起こしてしまいましたか?」

「エリナ?」


 アルヴィスの頭に置かれているのはエリナの手らしい。状況を把握するのに、アルヴィスは一瞬思考を停止させた。目をぱちぱちとしてから、自分の状況を確認する。

 目を閉じる前、アルヴィスは座っていたはず。だが、どうやら今は頭がエリナの膝の上にあるようだ。つまり、横になっているということになる。


「……俺はどれくらい眠っていた?」

「私が戻ってきてからはほんの三十分程度です。座っていたままではお疲れになるだろうと思ったのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」

「いや、そんなことはないが」


 迷惑ではないが、されたことがないのでどう振る舞っていいのかわからないと言った方が正しい。そうして話している間にも、エリナの手は休むことがなかった。顔を横に向ければ、サラやエドワルドと言ったいつものメンバーが揃っている。その視線を受けながら、されるがままになっている状態はアルヴィスにとって喜ばしいことではない。


「アルヴィス様の髪はサラサラで綺麗ですね」

「……」


 そうして嬉しそうに撫でられると、その手を止めることが憚られる。何が良いのか理解できないアルヴィスにとっては苦行に近いのだが、ちらりとエドワルドを見ると首を横に振られてしまった。サラに至ってはニコニコと笑みを浮かべているだけで、主人を止める素振りはない。


「えっと、エリナ」

「はい?」

「何かあったか?」


 アルヴィスの問いにエリナの手が止まった。エリナの顔を見上げれば、少し頬が赤くなっているようにも見えた。それは困惑というよりも、どこか照れているようにも映る。


「いえ、あの……」

「フォルボード侯爵夫人に何か言われたのか?」

「……何かというわけではないのですが、色々と聞かれただけでして」


 色々と言いながら顔を背けるエリナに、何となく合点がいった。今日はお茶会だったはず。参加者はフォルボード侯爵夫人とその友人たち。既婚者ばかりのお茶会だったはずだが、エリナはまだアルヴィスと婚姻して日が浅い。格好の的だったことだろう。

 エリナがこうしているのは、一種の現実逃避か。それともストレス解消なのかはわからないが、少しでもエリナの気持ちが落ち着くならばされるがままでいた方がいいのかもしれない。とはいっても、このままの状態で起きていられるほどアルヴィスの精神は図太くはない。


「エド、夕食の時間になったら教えてくれ」

「アルヴィス様?」

「悪い、少し寝る」


 起きているよりはマシだ。そう判断したアルヴィスは、再び目を閉じる。これまでの疲れがあったのか、すんなりと意識は落ちていった。



 ★☆★☆★



 直ぐに寝息が聞こえてきたことに驚きながら、エリナは手を休めることはしなかった。こうしていることで、少しでもアルヴィスが良き眠りにつけるならばという想いからだ。


「妃殿下、アルヴィス様は?」

「はい、眠ってしまわれたようです」

「左様、ですか」


 エリナに問いかけてきたのはエドワルドだ。その声色には驚きが含まれているようだった。不思議に思ってエドワルドを見ていると、彼は困ったような顏で笑う。


「人目があるというのにアルヴィス様が眠ったというのが、珍しいことだと思ったのです」

「お疲れだったということでしょうか?」

「そうですね。リュングベルに来るまでは忙しい日々でしたから」

「はい」


 ふと視線を落としてアルヴィスの顔を見る。今は穏やかに眠っているようだ。公務としてここへ来ているのだが、王都にいるよりも一緒に過ごすことが出来ている気がするのは皮肉というものだ。


「アルヴィス様をお願いいたします。夕食の時間まで、私は近衛隊の方へ行ってまいりますので」

「お任せください」

「では」


 エドワルドが深々と頭を下げて出ていく。残されたのはティレアとサラのみとなった。エドワルドが出て行ったのは、この場にいる男性がエドワルドだけとなったからなのかもしれない。


「それにしても妃殿下、今回は少々強引でございましたね」

「……やっぱり駄目だったかしら」


 実はこうしてアルヴィスを膝枕状態にしているのは、理由があった。昼間のお茶会だ。お茶会での話題は、もちろんアルヴィスのこと。社交界には出てこない公子として有名だったアルヴィスは、今もその頻度は多くない。だからこそ、人々の――否、女性たちの興味は尽きないのだ。

 アルヴィスとエリナは政略結婚。結婚してから共に過ごすことはあるが、アルヴィスにとって休日というのは在ってないようなもの。だから仕事をしていない時のアルヴィスの様子を、エリナは話すことが出来なかった。書物を読んでいても、それは仕事関連であることが多い。娯楽のためではないのだ。唯一エリナが知っていることと言えば、剣の鍛錬だろう。しかし、それすらエリナは見たことがない。そのことが少しだけ寂しく思ってしまう。

 だから確認したくなったのかもしれない。アルヴィスはどこまでエリナを許してくれるのだろうと。結果として、アルヴィスはエリナが傍に寄っても寝入ったままだった。少しは懐に入れてくれていると考えてもいいのだろうか。

 言葉は貰っているというのに、こうして確認をしたくなってしまう。そんな自分が愚かしいと思いながら、エリナはアルヴィスの頭を撫で続けた。


「最初は想ってくださるだけで、それだけでよかったのに」


 それ以上を望んでしまう。そんな己の欲深さにエリナは気付いてしまった。


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