12話
本日は2話投稿しております。ご注意下さい。
重たい目蓋をゆっくりと開ける。外はまだ明るかった。
「お、れは……」
「気が付いたか?」
アルヴィスが横を向くとその声の主、ラクウェルが座っている。アルヴィスと視線が合うと、ほっとした息を吐くのが見えた。
「父、上……俺は」
「どこまで覚えている?」
「……像に触れて、声が聞こえました。それで―――」
「声が聞こえたというのか?」
「……? はい、確かに」
その後は、うろ覚えだとアルヴィスは伝えた。ゆっくりと身体を起こす。倦怠感はあるが、起き上がれないほどではない。ふと、痛みが走った手の甲が気になり、目の前に持ってくる。そこには、はっきりと紋様が描かれていた。
「……」
「それは、女神ルシオラの紋章だそうだ。女神がお前と契約した証……それがお前の右手に現れた」
女神ルシオラ。ルベリア王国では信仰の対象となっている神の一人。豊穣と慈愛を司る女神で、ルベリア創世記にも登場する。世界でも人気の高い女神だ。
「……父上、一体何を仰っているのですか? その様なこと、聞いたことがありません」
女神と契約。創世記時代ならいざ知らず、現代においてはあり得ない話だ。マナに恵まれた者が、木々や泉等のマナに溢れた場所でそれ自身が意志を持つ存在となった妖精と契約をすることならば、アルヴィスも知っている。学園でも必須授業なのだ。しかし、身近に契約した者などいないため、文献に載せられているその程度のことしか知らない。それでも、相手が女神等というのは初耳だ。
「理解できないのはわかる。私も、このようなことが起こるとは考えられん。だが現にここには紋章が刻まれている。更に……声を聞いたのだろう?」
「それは……」
己の右手の甲に視線を落とす。左手で触れても傷ついているわけではなく、マナの力を感じる。マナの力で描かれているものなのだろう。ルシオラの紋章というのは、文献でも描かれている。だが、これを見て直ぐにそれだとわかるほど、アルヴィスは女神信者ではない。
「まぁ、わからないことも多い。今は気にしなくともいいだろう。それより、体調はどうだ? 御披露目は時間をずらしたが……行けそうか?」
「立っているだけなら、問題ないと思います」
「わかった……」
ラクウェルが部屋を出ていくと、入れ違いにティレアともう一人の老齢の侍女がやってきた。彼女を見てアルヴィスは驚く。
「……ナリス?」
「はい、お久しぶりでございますね、坊っちゃん。いえ、もうその様にはお呼びできませんか、アルヴィス王太子殿下」
ナリスはベルフィアス公爵邸でアルヴィスの乳母をしていた女性だ。元々はラクウェルの専属として城で侍女をしていたのを、公爵となる際に引き抜き、その後アルヴィスが生まれてからはアルヴィスの世話をしてくれていた。アルヴィスにとっては、母親にも近い存在である。
何故彼女がここにいるかなど、考えるまでもない。
「…………父上が?」
「多少なりとも気心知れた者が必要だろうという旦那様の配慮でございます。陛下も承認してくださいました」
「そうか……詳しいことは後で聞くよ」
「承知しました。では、お着替えを手伝わさせていただきます。起きられますか?」
「あぁ」
アルヴィスはベッドから降りる。儀式の時にはきっちりと儀礼服を着ていたが、今はワイシャツのみだった。寝かせる際に脱がせてくれたのだろう。再び着ることになって、二度手間を掛けさせてしまうことになってしまうが、仕方ない。
本日二度目の服に着替えて、アルヴィスは部屋を出る。そこには、ナリスと同様に公爵家から来たのであろう侍女らがいた。更には、青年も一人いる。
「エド……」
「ご無沙汰でございます、アルヴィス様。本日より貴方様の侍従として戻らせていただきました。御前に控えることをご了承いただけますか?」
「……本当に、父上はどこまで」
過保護ともいえる配置に、アルヴィスは頭を抱えた。エドワルドが優秀なのは勿論アルヴィスも知っている。だが、ラクウェルの補佐官の一人であったエドワルドを王都に呼びつけたのは、やりすぎだと思わざるを得ない。
「お前は領官になりたいんじゃなかったのか?」
「……よく覚えておいでですね」
「補佐官の方が道は近いだろう」
「私が志願したのですよ。アルヴィス様の侍従を決めるのなら、是非、と」
「……はぁ、もういい。全部後回しだ」
起きたばかりというのもあり、頭が回らない。ただでさえ女神の契約だなんだと、訳がわからない状態なのだ。これ以上の困惑を与えるのは勘弁してほしい。
「伯父上の元に行く。エド、付いてこい」
「はっ」