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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第二部

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2話

 

 リュングベルの街は交易都市というだけあって、人が多く行き交っていた。貴族が多い王都では馬車の姿を多く見かけるが、この街は馬車の姿はほとんど見ない。人を乗せるものではなく荷物を運ぶものであれば、たまに見かける程度だ。


「ここへは初めて来るけど、随分と賑わっている街だな」

「あぁ。そうだな」


 レックスもアルヴィスもここへ来るのは初めてだ。周囲を観察しながら見回すと、人の視線を感じる。そこに訝し気な意図が含まれていることに気づき、アルヴィスは苦笑した。

 今のアルヴィスはフードを被っている。それは特徴的な金髪を隠すためだ。こうしてフードを被って影を作るだけでも、髪色を暗く見せることが出来る。金髪は王族かそれに近しい貴族に現れる色。それだけで高位貴族だと示しているようなものだ。こうして隠していれば、近くで見ない限り金髪だとはわからない。だがそういう格好をしている人間はほとんどいなかった。ゆえに、不審に思われても仕方ないだろう。それでもフードを取るわけにはいかないのだけれど。

 現在、この地に王太子夫妻が来ていることは周知されているはずだ。ならば、アルヴィスの顔を知らなくとも髪色だけで王太子であることは気付かれてしまう。一応、お忍びという体を取っているので出来れば今気付かれるのは避けたかった。


「そういえば、サレイル先輩はこの街出身でしたよね?」


 レックスが声を掛けたのは、近衛隊所属の中でリュングベル出身の隊士であるサレイル・クルスだ。少し細身で、どちらかというとアルヴィスとタイプが似ている。速さを生かす剣技の使い手で、近衛隊所属時代はアルヴィスもよく手合わせをしていた相手だ。近衛隊においては、アルヴィスの先輩隊士でもあった。


「まぁそうだが……実を言うと、領主様が代替わりしてから来ていなかったからな。正直に言えば、先代様の時はこんな光景は見られなかったよ」


 困ったような顔をしながらサレイルは答えた。先代当主、つまりアルヴィスが知るフォルボード侯爵のことだ。彼を知っている側からすれば、納得のいく話でもある。

 彼はいわゆる血統主義ともいうべき思想を持っていた。側近を始めとしてお抱えの騎士たちでさえも縁故採用が多く、実力よりもその身分を重視する。上に立つ人物がそういう考えを持っていたからなのか、仕えている者たちも同じ思想を持つようになることは必然だったと言える。

 その頃から比べると見違えるように明るくなっているとサレイルは話す。笑みを浮かべた人々が行き交う姿は、見たことのない光景のようだ。サレイルがいた頃は、平民たちは常に周囲を気にしながら出歩いていた。特に領主お抱えの騎士たちに目を付けられぬようにと。それがない今だからこその人々の笑顔なのだろう。


「今のご当主様になってから、その連中もほとんど解雇されたらしい。稀に逆恨みした連中が諍いを起こすことはあるらしい」

「懲りない連中ですね」

「あぁ。なので、くれぐれも殿下は我々から離れないようにお願いしますよ」


 現フォルボード侯爵を恨んでいる連中にとって、アルヴィスの存在はエサにもなり得るということだ。お忍びだろうとフォルボード侯爵が許可をした以上、責任は彼にも降りかかる。


「……膿を出すという点では利点にはなるが、俺の役目ではないか」

「そういうことです」


 エリナの母方の実家。それ以上でもそれ以下でもない。これはフォルボード侯爵が解決することで、アルヴィスが何かをする必要はないことだ。元より何かをするつもりはなかった。今回はただ街の中を見て回りたかっただけなのだから。


「それより市場の方も見て回りますか?」

「そうだな。行ってみよう」

「はっ」


 市場まで来ると、より一層人の姿が多くなった。夕刻に差し掛かるということもあって、女性たちが買い物をしている姿がほとんどだ。恐らくは夕食の買い出しだろう。こういった姿は王都の市場でも多く見られるもの。和やかな雰囲気に目を奪われていると、ふと鋭い視線を感じてアルヴィスは振り返る。


「……?」

「アルヴィス?」


 レックスの声に応えることなく、アルヴィスは後ろを振り返った。だが、そこには誰もいない。気のせいかと思いたいところだが、確かに感じた。あれが間違いだとは思わない。そう考えると思わず足を踏み出そうとしていた。するとアルヴィスは肩をぎゅっと掴まれる。


「あ」

「いけません」

「っ……悪い」


 アルヴィスの肩を掴んだのはディンだ。眉を寄せている様子からアルヴィスが何をしているのかわかっていたのだろう。ディンもあの視線に気が付いたということだ。反射的に動いてしまった。そのことに、自分のことながら舌打ちしたい気分になった。


「アルヴィス? ディンさんもどうしたんですか?」

「レックス……いや――」

「何でもないシーリング。それより殿下、そろそろ時間です。屋敷に戻りましょう」


 有無を言わせずにディンはアルヴィスの肩を抱えるようにして向きを変えさせる。突然のディンの様子に、レックスやサレイルは困惑した表情を隠せずにいた。だが、ここで近衛隊最年長はディン。それに従わないという選択肢はない。

 ディンに支えられる形になりながらも、アルヴィスは視線を感じた方をちらりと伺う。やはりそこには何もない。どこか不快感を感じながらも、アルヴィスは促されるまま足を動かすのだった。






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