幕間 異変か予感か
城と隣接している神聖なる神殿。その中で、白い神官服を纏ったシスレティアは主神であるゼリウムの像の前で膝を突き、両手を組む形で祈りを捧げていた。これはスーベニアの女王が行う仕事の一つ。毎朝の日課だ。
祈りを終えたシスレティアは目を開けると、像の足元にある傷に目が行く。王座の間にある像と同じく、こちらにも傷が見られた。これを見るたびに、シスレティアの心は騒めくのだ。この像は、簡単に傷を付けられるようなものではない。これが人為的な物なのか。そうでないのか。ではどうやって。誰が。など考えればきりがない。と、そこまで考えてシスレティアは首を横に振った。
「妾の気にしすぎでしょう。形あるもの……いつかは朽ちることもあるでしょうから」
ゆっくりと立ち上がると、シスレティアはその場を後にした。渡り廊下を使って城へと戻りその足で向かったのは王座の間だ。ちょうどシスレティアが来るのを待っていたようで、一人の女官が膝をついていた。
日課の祈りの間は、シスレティアの傍には誰も寄せない。他の国々と違い、スーベニアの女王は一代限り。その身を挺してまで守るような存在ではないとシスレティアは考えている。過去には厳重な護衛をつけた女王もいたようだ。しかしシスレティアは最低限でいいと減らしていた。信用できる数人が守ってくれれば十分だと。今回も外に出るわけではないので、一人で移動していた。
「急用ですか?」
「陛下のお耳に入れたき事がございましたので」
「……何でしょう?」
急ぎではないが、伝えておいた方がよいという内容らしい。シスレティアは女官に先を促した。彼女は頭を上げることなく言葉を続ける。
「マラーナ王国の第一王女が、修道院へ向かう折に盗賊の襲撃に遭い亡くなったそうです」
「盗賊……そうですか」
特に驚くこともなくシスレティアは淡々と返した。マラーナ王国の第一王女とは、ルベリアの建国祭で顔を合わせたばかりだ。少々頭が軽い様子の王太子よりは、話も通じる人物ではあった。シスレティアの評価としては、是でも否でもない。否、違う。その後の仕掛けについてはお粗末な結末を迎えたことで、評価は下がった。どことなく絶対の自信を持っていたようにシスレティアには映っていた。その切り札となるものが人を惑わす異物だったようだ。己の意志に関わらず、使用者に従順になるような代物。一体どこからそのようなものが現れたのか。そちらの方が気にかかるものだが、元より女神の加護がある以上、彼を操ることなど出来るわけもない。
恐らくかの王女がそれを使用したのは、あれが初めてではないのだろう。だからこその自信だ。思い通りにしてきたということだ。意志のそぐわない相手を。どちらにしてもシスレティアにとっては関係がないことである。
「まぁいいでしょう。かの国はこれ以上他国にかまけている余裕はないようですし、その盗賊も仕事をこなしただけでしょうから」
「陛下、実はマラーナ王国の国王が臥せっているという報告も」
「それはそれは。では、あの王太子が次期王ということでしょうか。傀儡の王としては十分すぎるほどですね」
スーベニアはマラーナ王国との関係性はどちらかと言えば希薄だ。表向きはマラーナ王国も忌避を示していないが、その実態は宗教国家であるスーベニアを良くは思っていない。表立ってそれを表明しないのは、ひとえに世界から爪弾きにされないためだろう。
その国がどのような状況であろうとも、正直に言えばシスレティアにとっては関係がないこと。マラーナ王国は敏腕な宰相がいる。彼が政務を担うのならば、あのような傀儡となってくれる王の方が都合はいいかもしれない。
「それよりも気にかかるのは、別のこと」
「陛下?」
頭を下げていた女官が思わずと言った風に顔を上げた。すぐさま、顔色を変えて再び頭を下げる。だが、シスレティアはクスリと笑っただけで咎めることはなかった。
「ふふふ。まぁいいでしょう。セランを呼んできてください」
「はっ」
セランはシスレティアが信頼出来る筆頭だ。騎士である彼女がいれば、他は必要ないと考えている程度には。少し時間を置いたところで、甲冑を纏った彼女が姿を現した。シスレティアは王座に座り、扇を取り出すとパッと開く。
「よく来てくれましたセラン」
「はっ」
笑みを浮かべてシスレティアは騎士を出迎えた。
これで幕間は最後です。
次回から第二部となります。




