幕間 宰相の望み
視点は違いますが、前回の続きになります。
「セリアン閣下、処置が完了いたしました」
「そうか」
広い執務室で、閣下と呼ばれた男性は腕を組むと座っていた椅子の背もたれへ体重を預ける。質素な執務室。この場所が、このマラーナ王国を束ねている男のものだと、誰が考えるだろうか。それほどに不要なものは何も置かれていない部屋なのだ。
この部屋は、マラーナ王国宰相であるシーノルド・セリアン宰相の執務室。王都内に屋敷はあるものの、基本的に帰宅はしないのがシーノルド・セリアンという男だった。
「して、あれはどのような最期だった?」
「……自分は嵌められたのだと、仰っていました」
部下のこの言葉を聞いて、宰相は口元に笑みを浮かべる。
馬車に乗せられても尚、自分の行く先を疑ってはいなかったらしいが、刃を突き立てられたことでようやく理解したようだ。最初の最初から、カリアンヌなど駒でしかなかった。美姫であることは認めるが、その中身はプライドの塊だ。あれが男児であり、帝王学などを学んでいればどう転んだかはわからない。しかし、王女にそのような教育は不要。ゆえに中途半端な知識で、政治を動かしている気分に浸っていただけの傀儡。もう少し頭が悪ければ生かしておいても良かったが、下手に経験を積まれてこちらの意図に気付かれては元も子もない。今回の件、カリアンヌを排除する機会を与えてくれたルベリアには感謝すべきだろう。
「腐っても王女か。だが、遅い。既にあの王女の役目は終わっている」
「ですが閣下、もし王女の香によってことがうまくいってしまったならばどうされていたのですか?」
香を使うよう指示したのは、宰相自身だ。もちろん、効いた場合のことも考えていた。だが、その可能性が低いことは何となく理解してもいた。女神の加護を得ているというのならば、この程度で揺るぐはずもないと。それでもことがうまく運んでいたならば……。
「その場合は、かの王太子共々冥府に落ちるよう策を巡らせるまで。あの程度で落ちるようならば、ここの王族と変わりない。必要のないものだからな」
「……閣下」
はっきりと告げれば、部下の表情が強張るのが見て取れた。諜報には向いていないが、だがこの部下は決して裏切ることはない。だからこそこうして二人だけで話をすることを許しているのだ。
「私が怖いか?」
「正直に申し上げれば、その通りです。そこまで閣下がおやりになる必要などありますまい」
「そうかもしれん。確かにルベリアへ手を出したのは興味を惹かれたというだけだからな」
そう、興味があった。宰相の興味というのは、ガルーダ修道院へ収容されていた少女、リリアンだ。その少女が発する内容に興味があったのだ。彼女のことを知ったのはほんの偶然に過ぎない。ルベリアへ出入りしていた懇意にしている人からもたらされた情報だった。
多くの男性を虜にしたというから期待をしていたのだが、その実態を調べさせたのだ。容姿は確かに良いと言える。その容姿を生かし、学園に通うという高位貴族の跡継ぎたちを篭絡していった手腕は見事だ。やり方だけを聞けば、計画的犯行のようにしか見えない。事前に調べた相手の趣味嗜好に合わせた姿を見せることで、相手の心を掴む。これを意図的に行っているのならば、是非マラーナに必要な人材だと考えた。だが、蓋を開けてみればただの少女に過ぎなかったのだが。
その先のことは、宰相のあずかり知らぬこと。伯爵ならば己の傍に置き愛妾などにするかと思ったが、欲を出したことでルベリアの貴族や商人と結託し利用することを選んだらしい。尤も、彼らがどうなろうと宰相にとっては関係のないことだ。
それにしても、と宰相は腕を解き椅子から立ち上がった。
「彼女は未来を知っていた。その内容は支離滅裂と言ってしまえばそうだが……このマラーナに至ってはそうではない」
ルベリアでは各所に防衛網があり、定期的な魔物討伐を行っている。多少の違和感はあれど、現実的にその脅威がまだ迫っていない。だから、それについてはまだ知らないはずだ。
だが、マラーナ国内はそうではなかった。ここ数十年、魔物の数は増え続けているのが如実に表れている。既に数十の村が消え、その脅威は中央にまで近づきつつあるのだ。だが、それを何度申告しても王族は動かなかった。
だから、自分が動くことにしたのだ。待っていても、彼らは動きはしない。その脅威が身近に迫らなければ、そうと意識さえしない。平民たちが苦しんでいても、なんとも思わないのだ。そのような為政者ならば必要ない。既に計画は進んでいる。全てはこの国を変えるためなのだ。
「ですが、なぜ我が国だけが……」
「そこまではわからん。だが、周辺国に比べても我が国の王族たちが腐敗しきっているのは明らかだった……もしかすると、それゆえに女神に見捨てられたのかもしれんな。どうでもいい話だが」
マラーナの王族には信仰心などあってないようなもの。しかし宰相自身も女神など信じていない。神の慈悲などありはしない。あれば、マラーナはこのような国になっていないはずだ。
そういう意味では、スーベニアとは対極にいると言っていい。表向きは、宗教国家であるかの国を支持しているかのように見せているが、宰相自身は得体のしれない宗教集団としか考えていなかった。
得体のしれないと言えば、かのルベリア王太子もそうだ。そして同じく祝福を得たという帝国の存在についても。もし、リリアンの知っている未来が正しいのならば、いずれマラーナだけでなく世界が魔物であふれる。そうなる前に、マラーナだけでも……。
深く息を吐き出すと、宰相は窓から暗い空を見上げた。
「……陛下の状態はどうだ?」
「既に意識は混濁しており、時間の問題かと」
「そうか」
仕込みは十分。後は待つのみ。もはや後戻りはできない。
「後世の人々が知れば、私を悪魔だと罵ることだろうな」
いつも誤字脱字報告ありがとうございます!
多くてすみません……




