閑話 儀式の後
大司教の話を聞いていると、ラクウェルは己の腕の中でアルヴィスがくたりと崩れ落ちるのを感じた。その目は閉じられている。意識を失ってしまったようだとわかると、ラクウェルは声を荒げた。
「アルヴィスっ! おい、アルヴィスっ!」
身体を揺らすが目覚める気配はない。額に手を当てると、アルヴィスの本来持っているマナが極端に減っているのがわかった。ラクウェルもマナを扱える者の一人だ。相手のマナを読み取る程度は出来る。
「……」
「ラクウェル?」
「陛下、ラクウェル様……恐らく、マナを使いすぎたのが原因でしょう。如何にアルヴィス様がマナの扱いに長けていようとも、ルシオラ様との契約は負担が大きかったと思われます。暫く休めば、意識も戻られるはずでございます」
大司教が断言するのなら問題はないのだろう。ならば、城へ連れていき休ませるのが良いが、ここは大聖堂だ。更には、外には多くの国民が大聖堂から出てくるのを待ち構えている。意識を失ったままのアルヴィスを見せるのは、動揺を生みかねない。
国王が躊躇っていた時だった。
「……陛下、宜しいでしょうか?」
「リトアード公爵?」
様子を見ていた四大公爵の当主を代表するかのように、リトアード公爵が前に出る。
「大聖堂からもたらされた光は、外にいる国民の目にも届いたことでしょう。女神の祝福を身の内に宿した故に、お倒れになったと仰れば良いのです。御身を隠される必要はないと、進言致します」
「しかし……」
女神の祝福。それは国民に対して効力を発揮する。近年では珍しい事象であり、もしかするとジラルドの件で失った威光を多少なりとも取り戻すことに繋がるかもしれない。
だが、国王はこれ以上の負担をアルヴィスへ課すことに、二の足を踏んでしまう。ラクウェルも許さないだろうと、チラリと国王がラクウェルを見れば、アルヴィスの膝裏に手を通して抱き上げるところだった。
「……兄上、私が連れていきます」
「ラクウェル、だが―――」
「私は、早くこの子を休ませてあげたいのです。それに……この件で国民がアルヴィスを敬う対象として認めるのなら、下手に馬鹿を担ぎ上げるようなことは起こらないでしょうから」
「……ラクウェル……わかった。お前が、そう言うのなら」
まずは、アルヴィスを抱えたラクウェルが外に出て、馬車へと乗り込む。抱えられたまま目を閉じているアルヴィスの様子を見て、予想通り集まった人々は何があったのかとざわめきだす。だが、ラクウェルは何も言わずに馬車で去ってしまった。
次に国王自ら人々の前に立ち、静まるようにと手を上げる。事情が気になっているため、シーンと静まり返る大聖堂前。国王はゆっくりと口を開いた。
「……此度の立太子の儀式は無事に終えることができた。彼の王太子の様子に不安を抱いた者もいるだろうが……宣誓の儀において、女神より祝福を賜ったのだ。輝きを受け、力を宿したことで意識を失ったが、暫し休めば目覚める。後程、御披露目の儀ではその無事な姿を見せることだろう」
必要なことだけを告げ、国王は去る。残された人々は、暫くの間黙ったままその場に留まっていた。