38話
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あまり長居をしてはならないとレオナに諭され、アルヴィスは本邸のサロンへと戻ってきた。次に会う機会があれば、エリナを伴うことを約束して。しかしサロンへ入ると、そこにエリナの姿はなかった。同じようにラナリスとミリアリアの姿もない。ここにいるのは、マグリアとヴァレリアだけだ。
「戻ってきたのか、アルヴィス」
「兄上、エリナとラナたちはどうしたのですか?」
アルヴィスが戻ってきたことに気付いたマグリアが声を掛けてくる。返事の代わりにエリナの居場所を尋ねると、マグリアはニヤリと笑った。それはどこか悪戯が成功したような含みのある笑いで、アルヴィスは思わず身体を引いてしまう。
「女性は女性同士ってやつだ。まぁラナリスもミリアリアも」
「はぁ、そうですか」
よくわからないが、ラナリスとミリアリアと共にいるのならば構わないだろう。アルヴィスはマグリアの向い側にあるソファーへと腰掛ける。タイミングよくアルヴィスの目の前にカップが置かれた。相変わらず、よくできた使用人たちだ。普段は空気のように徹して、必要に応じた行動をこなす。
「ありがとう」
「いえ、勿体なきお言葉でございます」
カップに紅茶を注ぎ、深々と頭を下げると侍女は下がる。アルヴィスはカップを手に取り、口へと持ってきた。
「そういえば、アルヴィス新婚生活はどうだ?」
「ぶっ⁉」
唐突の質問にアルヴィスは思わず口に含んだ紅茶を吐き出しそうになる。辛うじて堪えるものの、直ぐに先ほどの侍女がハンカチを持ってきてくれた。口元を拭うと、そのままマグリアを睨む。当の本人は笑いを堪えきれないといった風に笑っていた。
「クックック」
「兄上っ」
「さすがのお前も、この手の質問には動揺するんだな」
「……突然そのようなことを言われれば動揺もします」
完全に狙っていた。弟の反応を見て楽しむつもりだったとしか思えない。エリナがこの場にいなくて良かったと心の底から思った。彼女がいれば、あることないことを言われてしまいそうだ。
「だがこれからいくらでも聞かれるぞ? 王太子と公爵令嬢の夫婦だ。貴族たちの興味は尽きない。その仲がどういったものかも含めてな」
「それは、アムール侯爵家のことですか?」
王太子夫妻が良好な関係なのか。それとも単なる政略結婚の範囲内でのものなのか。探りを入れる意味で、質問されるだろうということだ。ただの義務的関係ならば、今のうちから令嬢を会わせておき、いずれは側妃へと召し上げるつもりで。アルヴィスの下に話が届いているのは、今回も同行しているエリナの護衛、フィラリータの実家であるアムール家だけだ。だが、同じような考えは、年頃の令嬢を抱える家ならば考えても不思議はない。
「アムール家だけとは言わない。結婚をしたとしても、国王に側妃はつきものだ。いずれ陛下が退位することも考えれば、今のうちからお前に名前を覚えてもらっても損はあるまい」
「……」
「そのようなことはお前も、無論エリナ嬢も理解しているだろう?」
もちろん、理解している。自分にそれが必要だと言われることは、立太子した時からわかっていたこと。エリナも理解はしているはずだ。命令として下されれば、アルヴィスは従わなければならないことも。
「宮に、そのための離れが設置されていました。恐らく、エリナも見たはずです」
「それはそうだろう。いずれ必要となる」
「わかっているんです。それが必要だと、そうしなければならないと。でも俺に、そこまで器用なことが出来るとは思えません」
ただの政略の相手ならば良かったのかもしれない。義務と責任だけのものならばどうにでもなった。しかし、アルヴィスはエリナを自分から求めてしまった。エリナがアルヴィスを想ってくれていることも知っている。その上で、他の誰かをこの腕に抱くことが出来るほど器用なことが出来るとは、今のアルヴィスには思えない。
エリナもそういった相手が住む場所が用意されているということを知っている。万が一そういう相手が現れたとしても気丈に振る舞うに違いない。そのようなことをさせてしまうことが申し訳なかった。
「だがそれがお前の役目でもある」
「それは……」
「まぁいずれにしろ、結婚したばかりだ。追々、覚悟はしていけばいい」
「はい」
先送りしてもいいと言われれば、肩の荷は減る。しかし、問題の解決にはならない。溜息を吐いていると、マグリアが「だが……」とつぶやいた。その言葉に反応してアルヴィスは顔を上げる。
「兄上?」
「まぁこれはお前たち次第だが……もし、お前たちの間に子どもがたくさんできれば、その話もなくなるかもしれないな」
最後にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、マグリアが告げる。確かに、側妃を必要とする理由は王家の男児が少ないからだ。次期国王であるアルヴィスに男児が複数人いれば、その憂いはなくなる。
「まっ、精々頑張れよ」
「っ⁉」
「お前たちが仲良くやっていればいいことだ」
「それ……エリナの前では言わないでくださいよ」
「憂いが晴れていいと思うんだがな」
いつまでもにやけているマグリアに、アルヴィスは目元を赤くしているのを気付かれたくなくて、明後日の方向を向いた。
同席しながらも一言も発していなかったヴァレリアも、顔を真っ赤にしながら兄たちの会話を聞いていたのだが、それを知るのは侍女たちだけだった。
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