閑話 ベルフィアス公爵家の兄妹たちとの話
アルヴィスがサロンを出てから、エリナはラナリスとミリアリアに質問攻めにされていた。ラナリスはどちらかというと面白がってという印象が強いが、ミリアリアは知りたいという想いを強く感じる。
「エリナお義姉様」
「はい、何でしょうかミリアリア様」
エリナを姉と呼んでくれるミリアリアに、微笑みながら答える。妹というものがいないエリナにとって、ミリアリアは初めて妹と呼べる存在だ。第二王女であるキアラもエリナにとっては妹のようなものではあるが、王族である彼女を気軽に妹だとは呼べない。そういう意味でもミリアリアの存在はエリナにとって嬉しいものだった。
まだ幼さを残す彼女の言葉は、取り繕った会話ではなく直球のもの。こういった会話を女性とするのは、随分と久しぶりな気もする。
「アルお兄さまのどこがお好きですか?」
「え?」
「ミリー……お兄様とエリナ様は政略結婚なのだから、その質問をするのは少し早いのではない?」
ミリアリアの質問にエリナが固まっていると、横からラナリスが呆れたように言う。だが、そのラナリスの言葉にも引っかかるものがある。少し早い、と彼女は言った。それはまるで……。
「ラナリス。それでは、いずれ質問すると宣言しているようなものだ」
「あらマグリアお兄様、もちろんそのつもりですよ」
「ならばミリアリアと大差ないだろう」
「違いますよ。アルお兄様とエリナ様はこれから共に過ごしていくのですから、その時にお話を聞いた方がよりお兄様とのお話が聞けるではありませんか」
だから時間を置いてから聞くのだとラナリスは話す。いずれにしろ聞かれることに変わりはないのだろうが、きっとラナリスはアルヴィスに関するたくさんのことをエリナから聞きたいということなのだろう。確かに、今のエリナに話せることは多くない。だが、それ以上に伝わってくるのは、ラナリスのアルヴィスに対する想いだ。ミリアリアにしてもラナリスにしても、アルヴィスの話が聞きたいのは同じ。言い換えれば、それほどにアルヴィスはベルフィアス公爵家と距離を取っていたということなのだろうか。
「どうかなさいましたか、エリナ様?」
「あ、いえ……アルヴィス様はあまりご実家へは帰っていないと仰っていたことを思い出したのです。ラナリス様もミリアリア様も寂しかったのだと思いまして」
「ミリアリアは当然だが、ラナリスもアルヴィスにはよく構ってもらっていたからな。あいつはああ見えて世話焼きなところもある。……まぁそうしなければあいつもやってられなかったのだろうけどな」
「マグリア卿、それは……」
少し寂しげにアルヴィスのことを話すマグリアに、エリナは引っ掛かりを覚えた。エリナから見ても、ベルフィアス公爵家はとても仲が良い家族に見える。ラクウェルもオクヴィアスもだが、庶子であるというマグリアとアルヴィス、ラナリスもとても異母兄弟とは思えないほどに。この場にいるミリアリアについてもそうだ。
だがそう見えるだけで何かがあるのだろうか。エリナがマグリアへ問いかけようと顔を向けると、マグリアはゆっくりと首を横に振った。
「この先はアルヴィス本人から聞くといいでしょう。実際、私もただの憶測にすぎない。恐らくは、リティーヌ王女の方が詳しいでしょうから」
「リティーヌ様が、ですか?」
「アルヴィスとリティーヌは従兄妹の中では、一番仲が良かった。私たち兄弟に言えないことも、知っているはずです」
リティーヌとアルヴィス。確かに二人の間には、エリナが知らない関係があるだろう。アルヴィスと婚約者として過ごしてからまだ一年と少ししか経っていないのだ。従兄妹として育った二人の時間には及ばないのも仕方のないこと。だが、そうと分かっていても少しだけ寂しい気がしてしまうのは、決して気のせいではない。
「そんな顔をされると、まるで私がいじめたみたいだな」
「いえ、そんなことは」
ないとは言い切れないが、マグリアの話は気になることではある。エリナの知らないアルヴィス。いや、そうではないのだ。知っていることの方が少ないのだから。アルヴィスと結婚をすることが出来て、エリナはそれだけでも嬉しかった。だが、この先もアルヴィスと共に過ごすならば知りたいとも思う。否、知らなければならないこともあるのだろう。
エリナはぐっと膝の上に置いた両手を握りしめた。
「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私で答えられることならば」
「アルヴィス様は、意図的にベルフィアス公爵家を避けていらしたのですか?」
「……避けてきたというのとは違うでしょうね。だが、領地に滅多に帰ってこなかったのには理由があると思っています。それが何かまでは、私も知りませんが」
もしかしたらリティーヌが知っているかもしれない。エリナが聞けばリティーヌは答えてくれるだろうか。いや、アルヴィスだって他の人から聞かされればよく思わないだろう。
「マグお兄さま! ミリーがエリナお義姉さまとお話ししているのです。邪魔をしないでください!」
そこへバッと両手を開いて、エリナとマグリアの間に割って入る小さな身体があった。ミリアリアである。随分とご立腹のようで、口をとがらせていた。そういえば、ミリアリアの質問に答えていなかったことを思い出して、エリナは頭を下げる。
「すみませんでしたミリアリア様」
「エリナお義姉さまは悪くありません。マグお兄さまが悪いのです」
「悪い。邪魔をしたか。本当に随分とエリナ嬢が気に入ったようですね、我が家の末っ子は」
クックックと笑うマグリアからは悪かったと思っている様子は見受けられない。もちろん、ミリアリアもそれはわかっているようで益々口を膨らませてしまった。
「ここじゃお話できません。エリナお義姉さま、ミリーのお部屋に行きましょう」
「ミリー、あなたの部屋は別邸でしょう? 私の部屋の方がいいのではない?」
「はい、ラナお姉さまのお部屋にします! 行きましょう、エリナお義姉さま」
ぐいぐいと手を引っ張るミリアリアに、エリナも立ち上がらざるを得ない。ちらりとマグリアを見れば、手を振っていた。ここはミリアリアに付いていくべきということだろう。
「アルヴィスには言っておきますから、女性同士楽しんできてください」
「は、はい。失礼いたします」
失礼な状態ではあるが、頭だけは下げるとエリナはミリアリアとラナリスと共にサロンを後にするのだった。
一方残されたマグリアは、ふぅと息を吐く。
「今のはミリアリアに感謝すべき、かもしれないな」
「あの、兄上」
「どうした、ヴァレリア?」
これまで黙っていたヴァレリアが口を開く。大人しい性格というか、母であるレオナの意図を汲んでいるのか、ヴァレリアは話に加わってくることが少ない。今回も、エリナを相手に妹が粗相をしないかを見守っているような節があった。その妹もいなくなったところで、漸く緊張が解けたのかもしれない。
「先ほどの兄上のお話は、本当なのですか?」
「アルヴィスのことかい?」
「はい。もしかしてそれは僕らの――」
「それは違う」
ヴァレリアの言葉に重ねるようにしてマグリアは答える。アルヴィスが実家へと寄り付かなくなった理由は、ヴァレリアたちのせいではない。その逆だ。ヴァレリアやミリアリア、ラナリスという弟妹がいたからこそアルヴィスは帰ってきた。弟妹たちがいなければ、きっとアルヴィスは実家には帰ってこなかったに違いない。アルヴィスが彼らと接している様子を見ればわかることだ。
「では一体なぜなのですか?」
「……すまない。私もそれはわからない。ただ……」
「ただ、何ですか?」
マグリアは別邸がある方角を見てつぶやいた。
「もしかすると、レオナ殿は知っているのかもしれないな」
「母が、ですか?」
「あぁ。……まぁ私の勘だけれどね」
「兄上?」
よくわからないといった風に首をかしげているヴァレリアを、マグリアはポンポンと頭を撫でる。どこか擽ったそうにするヴァレリアの姿が幼いアルヴィスの姿と重なった。




