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32話

 

 摸擬戦を終えたアルヴィスの下へ、エドワルドがやってくる。その手にはタオルがあった。


「お疲れ様でございました、アルヴィス様」

「あぁ」


 差し出されたタオルを受け取る。サッと顔を拭うと、幾分かスッキリしたような気持ちになる。ふと、エドワルドを見れば複雑そうな表情でアルヴィスを見ていた。


「エド?」

「……アルヴィス様がお強いのはわかっておりましたが、今回は些か心臓に悪かったですよ」

「アービー、か?」

「はい。彼女は強い。武が不得意な私でもそう感じるほどに」


 エドワルドとて実家には武人が多いことから、多少は訓練を受けていた。全くの素人ではないにしろ、その実力はアルヴィスに遠く及ばない。だが、それでもミューゼの力を感じ取ったらしい。それだけ圧倒的な何かが彼女にはあるということなのだろう。


「あまり冷や冷やさせないでください」

「万が一のことは考えている。それに、多少怪我をしたところで大したことじゃない。事前に通達はしてあるし、騎士団長の許可もある。アービーが責を問われることもない」


 今回、アルヴィスが直接彼女たちの力量を見たいとヘクターに伝えた時は、反対された。団長であるヘクターは、彼女たちの実力を知っている。過去に所属していたアルヴィスの実力も大体は把握していたことだろう。それでも反対したということは、ヘクターはアルヴィスが怪我をする可能性が高いと踏んだからに他ならない。

 いくらアルヴィス自身が大したことではないといったところで、怪我をしてしまえば相手が責を問われることくらいわかっている。いかなる理由があろうと、王族が傷つけられるわけにはいかないのだから。事前に根回しはしたものの、本当に怪我をすることは許されない。だからこそ、最後は焦って摸擬剣を壊してしまったのだが。


「責がどうとかではありませんよ。もし傷を作ってしまったら、妃殿下にはどう言い訳をするおつもりです?」

「いや、別に――」

「お優しい妃殿下のことです。アルヴィス様が怪我をされたら悲しいお顔をされるでしょう」


 呆れたように話すエドワルドに、アルヴィスもそうだなと同意する。エリナならば間違いなくそうなるだろうことが、容易に想像できた。以前とは違い、毎日顔を合わせているのだ。気づかれない訳もない。

 怪我をせずに済んだのは摸擬剣での試合だったからだ。アルヴィスの摸擬剣が使えなくなったため、続行不能となった。それがなければ、どうなっていたかはわからない。アルヴィスは己の手へと視線を落とした。もし、あのまま続行していたらどうなっていたか。少しだけ勿体ないと感じてしまったのは、エドワルドには黙っておくべきだろう。


「殿下」


 そこへヘクターが近づいてくる。既にミューゼとフィラリータはその場から離れ、遠くで休憩を取っているのが見えた。


「団長」

「二人は殿下が求める力量を示した、ということで宜しいですか?」

「あぁ。十分だ」


 フィラリータは元より、ミューゼに至っては想像以上だ。もし、ここでエリナの専属という形で昇進せずとも、近いうちにその実力で昇進していたに違いない。それが近衛隊か、騎士団の隊長クラスかは当人次第だが。


「承知しました。アンブラへは私から報告をします」

「頼む」


 アルヴィスが伝えてもいいのだが、騎士団から近衛隊への異動。上司であるヘクターが行うのが妥当だろう。隊服の新調や宿舎の移動などの詳細の詰め合わせは二、三日中に。その後、エリナとの顔合わせを行えば、晴れて近衛隊として着任となる。随分と急ぎのスケジュールにはなるが、仕方ない。ヘクターも異論はないようだ。


「わかった。日程等が決まり次第報告してほしい。エリナへは俺から伝えておく」

「お願いします。ただ……一つだけお耳に入れておきたいことがございます」

「何だ?」


 そう言うとヘクターはアルヴィスへと近寄る。騎士団員には聞かれたくない話ということだろう。アルヴィスにしか聞こえない程度の声でヘクターが囁いた。


「アムールの実家ですが、殿下の側妃になるようにと催促を受けているようです」

「……アムール侯爵家がか?」


 アルヴィスは眉を寄せた。アムール侯爵家には男児がいない。故にフィラリータは婿養子に入る貴族次男三男を探していたのだから。そのフィラリータが実家よりアルヴィスの側妃となることを求められている。となれば、フィラリータはアムール侯爵家を継ぐわけではないということになる。他にも妹がいたはずだが、ここまでの実力を持つフィラリータを手放すとは一体アムール侯爵当主は何を考えているのか。


「アムール侯爵はそれほど権力に固執している人物ではなかったはずだが?」


 王太子の側妃。二人の間に、王子か王女が生まれればアムール侯爵はその縁戚となる。万が一、エリナとアルヴィスの間に王子が生まれなければ、その子どもが将来の王太子となることも可能性としてなくはない。だがいずれにしても、それほどの影響力を欲している人物ではなかったように思う。

 アルヴィスの疑問に、ヘクターは首を横に振った。


「どうやら、ご令嬢が行き遅れることに頭を抱えているようで」


 フィラリータとアルヴィスは同い年。同じ二十一歳だ。女性は二十代で未婚であれば、行き遅れと言われる。結婚適齢期は、十代後半なのだから。

 それに当て嵌めれば、フィラリータは既に行き遅れに類されてしまう。それを心配したアムール侯爵が通常の貴族との結婚が見込めないのならば、せめて王太子の側妃になれと。そういうことらしい。アルヴィスとフィラリータが知り合いということも無関係ではないだろう。随分と都合がいいものだと呆れるが、当人であるフィラリータからすればそれ以上に苦い話に違いない。フィラリータはアルヴィスを嫌っているのだから。


「なるほどな」

「今回、妃殿下の護衛に選ばれたとなれば必然的に殿下の傍にもいることになります。いずれは、妃殿下の耳にも入るかと」


 貴族とは噂が好きな生き物だ。エリナが知るまでそう時間もかからないだろう。周囲にそれを望んでいる人がいるとなれば、意図的に広められることもあり得る。たとえそれが真実ではなくとも。


「わかった。伝えておく」

「それが宜しいと思います」


 今のアルヴィスはエリナ以外の妃を望んではいない。しかし、アルヴィスの結婚は個人のものではない。国として必要なことであれば、他の妃を娶るよう指示されるだろう。そこにアルヴィスの意志は関係ないのだから。

 婚姻を結んだばかりだというのに、このような話が出てくることにアルヴィスはため息を吐いた。立場上仕方のないことではあると理解していても、気は重くなってしまう。


「エド、一度部屋に戻る」

「はい、承知しました」


 何にせよ、まずはエリナへ報告するのが先だ。エドワルドへタオルを返せば、上着が渡される。それを羽織りながら、アルヴィスはその場を後にするのだった。





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