30話
その二日後、アルヴィスはエドワルドと共に騎士団の詰所へと来ていた。目的は、エリナの専属を決めるためだ。ヘクターと共に訓練所まで来ると、訓練中の騎士団員たちが一斉に動きを止める。
「ベルフィアス……」
「おい、殿下だろ。不敬だぞ」
「いやわかってるけど」
「相変わらずキラキラしてるよな」
口々に聞こえる声は、アルヴィスが騎士団に所属していた頃に関わったことのある騎士団員たちだ。ヘクターが睨みを利かせると、彼らはしまったという風に顔色を変えた。
「お前たち、殿下に対してなんたる態度だ」
「あ、いえその」
忠義に厚いというか、元来真面目なヘクターには彼らの態度が許せないらしい。眉を吊り上げるヘクターに、彼らは恐れを感じたのかゆっくりと後ずさる。そんなヘクターをアルヴィスが制した。
「騎士団長、俺がここに所属していたことは事実だし、急に態度を変えるというのは無理なことはよくわかっている。だから、今は見逃してもらえないか?」
「……殿下がそう仰るなら、今回だけは見逃しましょう」
「ありがとう」
「助かった……」
胸をなでおろしている彼らに、アルヴィスは目配せをする。彼らはアルヴィスの同期と先輩だ。良く世話になっていた先輩の姿もあった。挨拶をしたいのは山々なのだが、まずは用事を済ませるのが先だ。
「騎士団長、彼女たちをお願いします」
「承知しました」
頭を下げたヘクターはアルヴィスが来たことで手を止めていた騎士団員たちに、手を休めるなと指示をしながら目的の人物の元へと歩いていく。そう、フィラリータとミューゼのところだ。掛け声と共に鍛錬を開始しようとしていた彼女たちは、ヘクターに声を掛けられると驚いて目を見開いていた。
少々不満気な顔をしたフィラリータと、困惑を隠せずにいるミューゼ。ヘクターによって二人はアルヴィスの下へと連れてこられる。
「お待たせいたしました、殿下」
「助かる、騎士団長。それと、二日ぶりだなアムール、アービーも」
「「はっ」」
二人へと声を掛ければ、騎士礼を執り深々と頭を下げてきた。ヘクターの前だからか、フィラリータもアルヴィスに対して騎士の姿勢を崩すことなく対応する。弁えるところは弁えているらしい。
「二人には、近衛隊に異動してもらう。エリナの専属護衛として」
「私たちが妃殿下の、護衛ですか?」
「あぁ。今、エリナには専属護衛がいない。近衛は女性隊士が不足しているため、騎士団から配属させることにしたんだ」
顔を見合わせるフィラリータとミューゼ。彼女たちにとっては昇進となる。ミューゼは喜々とした表情を隠せないようだったが、フィラリータはアルヴィスをその瞳で捉えたままだった。
「なるほど、この前のは妃殿下に対する私たちの態度を試した、そういうことなのですね」
「そうだな」
「ですが、私たちは剣を抜いたわけではありません。それでも適任と判断していただけた、ということでしょうか?」
魔物と遭遇することもなかった。フィラリータたちからすれば、同行してエリナと話をしただけのもの。それだけなら、フィラリータらでなくても出来ただろう。だが、アルヴィスが最も重要視するのはそこではない。エリナとの相性と共に必須なことは、その実力である。
「それをこれから確認する」
「え?」
「騎士団長、摸擬剣を一本頼む」
「……仕方のない方です。おい、一本持ってこい!」
ヘクターはやれやれといった風に近くにいた騎士団員へと指示を出す。走って騎士団員が持ってきた摸擬剣を受け取ると、アルヴィスはサッとフィラリータへと切っ先を向けた。
「勝負、といこうか。今の君の実力が知りたい」
「っ」
切っ先を向けられ、フィラリータは思わずのけぞりそうになるのを耐える。だが直ぐに持ち直し、深呼吸をするとフィラリータも摸擬剣を構えた。
「殿下に対して本気で宜しいのですか?」
「本気でなければ意味がない」
「……私相手に、本気でやってくれると取っても?」
「あぁ」
それは以前からアルヴィスがフィラリータと対峙する時、常に本気を出していなかったということを知っているぞという意味合いが込められている。元よりフィラリータほどの実力者に、誤魔化せるとは思っていなかった。アルヴィスは頷くと、上着を脱ぎエドワルドの方へ放る。
「騎士団長、合図を頼む」
「承知」
二人が構えると、周辺にいた騎士団員らが円を描くように下がっていった。訓練中ではあるが、皆興味はあるらしい。気付いているヘクターも注意することはない。騎士団長公認ということだ。
「……始め!」
「やぁぁ‼」
先に動いたのはフィラリータだ。真っ直ぐな剣筋は変わらないと、アルヴィスはフィラリータの剣を受け止める。学園で剣を交えて以来の剣。フィラリータのそれは、以前よりも重さを増していた。
「初撃をしてこないのは変わっておられないのですねっ」
「そうかもな」
「相変わらず飄々と――」
更に重心を加えようとしたフィラリータの剣を、アルヴィスは払いのける。一瞬、目を見開いたフィラリータだが直ぐに頭を切り替えて、距離を取った。女性ゆえに、フィラリータは男性騎士団員よりは身軽。だが、速さを得意とするのはアルヴィスも同じだ。
フィラリータが再び剣を横へ薙ぎ払う仕草が見えたところで、アルヴィスは間合いを詰める。そしてそのままフィラリータの剣の柄を己のそれで弾いた。辛うじて剣を離すことはなかったフィラリータ。間合いに入り込まれたことに焦り、慌てて後ろへと飛びのく。
「ぐっ」
「終わりか?」
「……馬鹿にして……これだから男は」
ぶつぶつと呟くフィラリータは、更に険しくアルヴィスを睨む。それが学園時代のフィラリータと重なり、アルヴィスも不敵な笑みを浮かべる。あの当時は、アルヴィスが反撃に出ることはそうそうなかった。しかしエリナの護衛となるならば、守る力がどれだけあるのかを知る必要がある。柄をぎゅっと握ると、アルヴィスは飛びのいたフィラリータへと再び迫った。
「はぁっ」
「なっ!」
一気に詰められたフィラリータは、避ける間もなくアルヴィスの剣を受け止めることとなる。だが、細身とはいえアルヴィスは男性だ。女性であるフィラリータとの力の差は歴然としている。
「力で負けている相手に、力で押せば状況は変わらない」
「わかって、いるわよ‼」
力を受け流さなければ押し負けて終わりだ。学園時代も、今もフィラリータにとっては当たり前にやってきたことだろう。予期せぬ動きでアルヴィスが迫ったため、対処が追い付かなかったというところか。尤も、それはアルヴィスとて同じ。アルヴィス自身も、他の騎士団員や近衛隊士に比べて力では敵わぬ部分があった。故に、フィラリータがどうしたいのかもわかるのだ。
「くっ……はぁぁぁ‼」
「⁉」
突然、フィラリータの剣がマナを帯び始めた。剣から熱い波動が伝わり、アルヴィスはフィラリータから距離を取る。すると、審判をしていたヘクターが二人の間に割って入った。
「そこまで!」
勝負はまだついていない。しかしアルヴィスが己の摸擬剣を見ると、フィラリータの剣と触れていた場所にこげのような跡が付いていた。これ以上打ち合うことは出来ない、ということだ。
「摸擬剣ではここまで、だな」
これ以上やりたいのならば、己の剣でやるしかない。とはいえ、これ以上はヘクターからの許可も下りないだろう。今回も摸擬剣での戦闘だからこそ、許可が下りたのだから。だがフィラリータの実力はわかった。今はこれで十分と思うしかない。
フィラリータの家名を変更しました。アムールとなります。
紛らわしくしてしまい申し訳ありません。




