28話
本作品にレビューをいただきました。
宵凪海理様、こへこへ様、誠にありがとうございます!
この場を借りてお礼申し上げます。
騎士団預かりの中、下女として働いている。エリナには、リリアンの現状についてそう伝えた。だが、それだけでは納得出来ないものがあったのか、エリナは考え込むように下を向く。
「エリナ?」
「……リリアンさんの行ったことは、それほどの罪だったのでしょうか」
「何故そう思う?」
「リリアンさんと同じく昨年の件に関わった殿方の処遇と違い過ぎるような気がしたのです。あまりにも、リリアンさんだけが」
「厳しい、と?」
エリナはコクリと頷いた。あの件だけのことを考えれば、その通りだ。実際、リリアンの処遇は修道女となることだったのだから。それが変わったのは、アルヴィスが襲われた件がきっかけ。そして、その件についての事情をエリナは知らされていない。厳しい処遇とエリナが感じても仕方がないだろう。
下女というのは、下働きの女性のことを指す。給料も支払われるが、リリアンの場合は騎士団預かりという風になっているため、手元に給料が残ることはない。全て騎士団の責任者が預かるという形だ。資金が手元に渡らないほど、信用がないという証でもある。平民となっただけの彼らや塔に幽閉されているジラルドらの方が処遇としては優しい。
勿論、これには理由がある。リリアンが関与したのは、国家反逆罪とも取られかねない重罪。不幸なことに、襲撃されたのがアルヴィスだったことでその罪は重くなってしまった。だが、どのような経緯や理由があろうとも、この国の王太子が襲撃されたという結果に変わりはない。リリアンは重罪人とされるに十分すぎる理由を持っていた。
恐らくはここでアルヴィスが知らなくてよいことだ、と情報を閉ざしてもエリナは何も言わず受け入れるだろう。令嬢として、そうあるべきだと教育されているのだから。令嬢として納得したところで、当人が納得することはないだろうが。
「エリナは知りたいか?」
アルヴィスはエリナに問う。知る覚悟があるかどうかを。今のエリナは、リトアード公爵令嬢ではない。その立場は、王太子妃だ。ならば、多少なりとも闇に触れることもあるだろう。知りたくないならば、そのまま告げることはない。だが、エリナが知りたいと望むのなら。
「知りたい、と思います。他でもない、私は王太子妃です。どのような事由があっても受け入れる覚悟は出来ております」
「君が傷付くことだとしてもか?」
「……私が関わることなのであれば、尚のこと知らなければなりません」
アルヴィスがここまで確認したことで、エリナも己が関係していると理解したのだろう。そして、それは間違っていない。当時は、恐怖におびえているエリナに対し話をすることは良くないと判断した。今でもその判断は間違っていなかったと思っている。しかし、エリナ自身が知ることを望むのならば話すべきだろう。
アルヴィスはため息を吐きつつ、空を仰いだ。
「俺の生誕祭の時のことだ」
「アルヴィス様の……?」
あの時のことを思い出したのか、少しだけエリナの声が震える。そっとシートの上に置かれたエリナの手に、アルヴィスは己のそれを重ねた。トラウマではないにしても、アルヴィスが倒れる姿を目撃させてしまったのは辛い記憶になっていることだろう。
「彼女は……俺が負傷した原因に関係していた」
「ま、さかリリアンさんがそんなっ」
「彼女はそうなるとは知らずに彼らの手を取った。利用されたんだろう。恐らくは、こうなることとは知らずにな」
知らなかった。それで済まされる事態ではない。リリアンが関わったせいでアルヴィスが死の淵をさ迷ったことは事実。立派な王太子暗殺事件だ。関わった商会で黒と判断された者たちは、全員が処刑されている。無論、リリアンもその対象だった。
「殺しても構わないと思った、俺も」
「っ……」
アルヴィスの口から「殺す」という言葉が出たことに驚いたのか、エリナが驚きを隠せずにいる。そこまで清廉潔白な身ではないのだが、エリナの中では驚くことなのかとアルヴィスは苦笑した。
騎士団に身を置いていた頃、戦った相手は魔物だけではない。人間とも戦った。単純思考な魔物より、知恵がある分人間相手の方が厄介である。
アルヴィスはエリナの手に触れていた自分の手を離す。この手で、人の命を奪ったことがないわけではない。触れていてはいけない気がしたのだ。少しばかりの疚しさを感じて、アルヴィスはエリナから視線を逸らした。
「だが、今は彼女を生かす理由が出来た。だから下女としている。そういうことだ」
「……」
「怖い話をしてすまない。サラを呼んでくるから、エリナはここで待っていてくれ」
そう言って立ち上がろうとしたアルヴィスの腕をエリナは強く掴んだ。思わずバランスを崩したアルヴィスは、地面に背中から倒れる。目を開ければ、その先にはエリナが涙を浮かべながらアルヴィスを見降ろしていた。
「エリ――」
「私は怖くありません。この手も……私にとってはとても優しい手です」
先ほどまで触れていたアルヴィスの右手を持ち上げると、エリナは己の頬に添えさせる。離そうとすればできるはずなのに、なぜかアルヴィスはその手を払いのけることが出来なかった。
「ありがとうございます。お話ししてくださって。……私を守ってくださってありがとうございます」
アルヴィスには告げていない事実がある。それは、アルヴィスを負傷させた矢はエリナへ向けられていたこと。アルヴィスがエリナを庇い負傷したということを。だが、知らないはずのエリナが感謝の言葉を告げる。エリナは決してそういう意味で告げたわけではないのだろう。アルヴィスには、ただエリナを見つめ返すことしかできなかった。




