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閑話 妃と護衛候補

新年あけましておめでとうございます。

本年も本作品をどうぞ宜しくお願いいたします。


 

 馬車で移動すること数十分。目的地に到着すると、アルヴィスは近衛隊の皆と移動してしまった。その間、エリナはサラたち侍女と騎士の女性二人と馬車の中で待っていることとなった。

 彼女たちは、騎士団員であり近衛隊ではないという。確かに服装も違っていた。騎士団が王族の護衛をすることは稀であることくらい、エリナも知っている。その彼女たちが何故共に行動することになったのかはわからない。だが、全てアルヴィスの指示だという。


「あの……ご無沙汰をしております、フィラリータ様」


 エリナは騎士団員の一人である深緑色の髪をした女性へと声をかけた。声をかけられた女性がエリナの方へと身体の向きを変えると胸元に手を当てて目礼をする。騎士礼だ。


「……フィラリータで結構でございます、妃殿下。ここにいる私は騎士団員としておりますので」

「は、い」


 困ったように笑う彼女とエリナは面識がある。社交界で何度か話をしたこともあり、それなりに親しい間柄だったアムール侯爵令嬢である。

 アムール侯爵家には男児がいない。そのため、婿を取って家を継がなければならないのだと言っていたはずだ。噂には聞いていたが、本当に騎士として働いているとはこの目で見るまで信じられなかった。


「騎士として、と仰いましたが侯爵閣下は……お許しに?」

「お互いに頑固ですが、その辺りはちゃんと話し合っていますから大丈夫です」

「そうですか」


 貴族令嬢が騎士の道を選ぶなどということは聞いたことがない。下級貴族ならともかく、フィラリータは高位貴族の一人だ。貴族家に生まれた娘の役割というのは、家の為に政略結婚をすることである。そう、エリナがアルヴィスへ嫁いだように。フィラリータとて、よく知っていること。そこから逃げるような真似をするとは、エリナが知るフィラリータからは考えられなかった。

 だが、この場で理由を問うことも出来ない。フィラリータとて聞かれたくないこともあるはずだ。この場に騎士団員としていると断言したということは、令嬢として扱うなという意思表示に他ならない。ならば、これ以上エリナから詮索をするのは不快な思いをさせてしまうだろう。

 エリナが押し黙っていると、目の前のフィラリータが困ったように笑った。


「仕方ありませんね。ミューゼ……周囲の警戒をお願い」

「え? それは構わないけれどフィラ?」

「ちょっと個人的な話をしたいから」

「……わかったわ」


 フィラリータからお願いされたミューゼが馬車から降りて外へ出る。個人的な話と聞いてサラがどうしようか迷っていると、フィラリータは動こうとするサラを制止した。


「侍女殿はそのままで構いません。妃殿下、少し個人的なお話をさせていただいても宜しいですか?」

「はい、お願いします」

「ありがとうございます」


 フィラリータから話をしてくれるなら断る理由はない。エリナは姿勢を正す。


「……過去のお話になりますから、妃殿下がご不快に思われたなら仰ってください」

「? どういうことですか?」

「王太子殿下も無関係ではございませんので」

「アルヴィス様が……?」


 アルヴィスと関わりがあると聞いて、エリナは思わず身構えてしまう。だが、過去の話だ。何が出てくるかわからないが、もしかしなくともアルヴィスの過去の話が出てくるということなのだろう。エリナも少なからず興味がある内容だ。


「お話しください。アルヴィス様に関わることだというのなら、尚のこと聞いてみたいと思います」

「わかりました」


 フィラリータがアムール侯爵家を継ぐ予定だったという話はエリナも知っている通りだ。勿論、フィラリータも継ぐつもりでいたという。アムール侯爵家は武門の家系。男児ではないが家を継ぐというのならば、女であっても戦えなければならない。そのため、幼少期から剣の腕を磨いていた。それは、学園に入学しても変わることはなかった。

 ルベリアには女性に継承権はない。貴族であってもそれは同じだ。だからなのか、学園でフィラリータを見る男子学生の視線は蔑むようなものが多かった。剣を取ればフィラリータに敵わないというのに、男というだけで彼らは爵位を継げる。女性というだけで爵位を継げないフィラリータにとっては、男という存在は嫌悪する対象になってしまっていた。


「それでも、私は学園でアムール侯爵家に婿入りしてくださる相手を探さなければならなかった。その候補である一人が、王太子殿下だったのです」

「そうだったのですか」


 納得のいく話だ。アルヴィス当人も言っていたことでもある。婿候補として周囲から望まれていたと。わかった上でアルヴィスは避けてきたとも言っていた。その中に、フィラリータは含まれていたということだ。


「剣技に優れ、学業も優秀。女性というだけで私を蔑むような彼らとは違い、申し分ない相手でした。同年に於いてはあの方が一番の剣の使い手。ならばそれを確かめた後に、ベルフィアス公爵家へ申し込みをしようと考えていました。ですが、あの方は」

「フィラリータ様?」

「……対決の日に、私にわざと負けたのです」

「え?」


 フィラリータは悔しそうに唇を噛んでいる。それほどに忘れられない出来事だというのがそれだけでわかった。

 エリナが知るアルヴィスは常に紳士的だ。そのアルヴィスが、学園の授業の中ではあるもののフィラリータに対して不義を働いたなどということがエリナには信じられなかった。しかし、フィラリータが嘘を吐いているとも言い切れない。エリナが黙っていると、フィラリータはハッとして頭を下げた。


「申し訳ありません。妃殿下の前で」

「いえ、それは構いませんがその、本当にアルヴィス様が?」

「間違いありません。あの方は、私などよりもずっとお強い。私に負けることなどあり得ません」

「そう、ですか」


 フィラリータはそう断言する。剣技の強さについて、エリナが判断出来ることはない。戦闘実技は苦手でもあったので、フィラリータがそう言うのならばそうなのだろう。それでも、エリナの中には困惑しかなかった。


「ごめんなさい。私には、アルヴィス様がそのようなことをなさるお方とは思えなくて。フィラリータ様のことを疑っているわけではないのですが」

「わかっています。妃殿下が王太子殿下を疑うようなことがあってはなりませんもの。それに……今はあの方にも事情があったのだと理解していますから」


 当時、学園ではフィラリータが婿を探していることは有名だったらしい。そして、フィラリータよりも強い相手を婿にしたいと考えていることも。侯爵家ということで、直々にフィラリータへ勝負を申し込んできた学生もいたほどだ。アムール侯爵家へ婿入り。爵位を継げない次男三男にとってこれほど優良な婿入り先はない。フィラリータもそう思っていた。


「ですが、王太子殿下にとってはそうではなかったようです。むしろ逆だったのでしょう」


 婿入り。それはアルヴィスが避けていたもの。フィラリータよりも強いことを示せば、つまりはそれを望んでいることと取られかねない。だからこそ、アルヴィスはフィラリータに勝つことはしなかったのだという。


「私には信じられませんでした。当家の何が不満なのかと詰め寄ったことも一度や二度ではありません。剣を交えたことも何度もあります。ですが、あの方は勝つことは最後までなさらなかった」


 学園在籍時、フィラリータが負けることはなかった。だが、それでも試合を見ればどちらが優れているかは明らか。それが不満で仕方なかったようだ。フィラリータが騎士を志したのはそれが理由だという。


「卒業後騎士団に入ると聞き、私は父を説得し一年遅れて騎士団へと入団しました。無論、勝負をするためです。ですが、あの方は既に近衛隊へと異動となっていました」


 アルヴィスは既に騎士団にいなかった。だが、剣を振るい騎士としてあることはフィラリータにとって天職だったようだ。以降も、騎士団に在籍し続けて今に至るという。アムール侯爵家は、フィラリータの妹が婿を娶って継ぐことになるらしい。フィラリータが騎士団にいても、問題はないということだ。


「……つまり、フィラリータ様はアルヴィス様を追いかけてこられたのですか?」


 聞けば聞くほど、そうとしか思えない。フィラリータがアムール侯爵を説得してまで騎士団に来たのは、アルヴィスを追いかけたかったからなのだと。それが意味するところはつまり、そういうことなのではないかと。

 エリナは自分でも声が固いことに気が付いていた。それでも問わなければならない。エリナは王太子妃であり、アルヴィスの妃なのだから。もし、フィラリータがアルヴィスに恋慕を抱いているというのならば、知っておかなければいけないだろう。フィラリータは騎士団にいるとしても侯爵令嬢なのだから。

 エリナの想いを知ってか知らずか、フィラリータは首を横に振った。


「妃殿下がご心配なさるようなことではありませんよ。私が、あの方に何かしらの想いを抱いているわけではありませんから。……強いて言うならば、その逆ですね……」

「? そう、ですか」


 最後の言葉は小さくて聞き取れなかったが、恋慕を抱いていることはないという。だが、エリナは頭のどこかでこれがフィラリータの本心ではないと考えていた。しかし、本人が違うと言っている以上、エリナから言えることはない。

 そんなエリナの様子に気付いたのだろう。フィラリータは、優しく微笑む。


「本当に妃殿下は、王太子殿下を慕っていらっしゃるのですね……あの方には勿体ないと思います」

「いえ、私の方こそアルヴィス様に相応しくあるためにと」

「そのようなことせずとも、妃殿下はそのままで十分でございます。何もせずとも、あの方は大抵のことはお許しになるでしょうし、涼しい顔をしてこなしてしまう人ですから少し困らせるくらいでちょうどいいのではないかと」

「あ、あのフィラリータ様?」


 アルヴィスを褒めているのだろう。フィラリータは微笑んではいるが目が笑っていない。気に入らないという感情が表面に出ていた。


「申し訳ありません。昔のことを思い出してしまってつい本音が。お見苦しいところを」

「それは大丈夫ですが……本音なのですね」

「騎士にとって、剣を侮られるということが一番嫌うところですので」


 にっこりと微笑むフィラリータに、エリナは困ったように笑い返すことしかできなかった。



新年一発目が閑話となり、えーと思われた方がいたらごめんなさいw



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