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25話

 

 エリナが来るのを待って朝食を終えたアルヴィスは、エリナと共にサロンへと移動した。いくつかサロンは用意されているが、そのうちの一つである小さめのサロンだ。ソファーへとアルヴィスが腰を下ろせば、エリナも隣に腰を下ろす。食後のお茶を飲んでいると、イースラがサロンへ入ってきた。アルヴィスとエリナの前に来ると、イースラは頭を下げて挨拶する。


「おはようございます、アルヴィス様、エリナ様」

「あぁ、おはよう」

「……おはようございます、イースラさん」


 エリナが少し戸惑いを見せながらも挨拶を返す。それは恐らく、イースラがアルヴィスを愛称で呼ばなかったからなのだろう。今までならば、イースラだけは侍女の中でアルヴィスを愛称で呼んでいた。アル様と。それは幼馴染であり、アルヴィスにとって姉のような存在だったから許されていたことだ。だが、婚姻を機に呼び方を変えた。それはエリナの方がアルヴィスに近い存在になったからだ。イースラの意図がわかっているアルヴィスは、ただ苦笑するだけだった。


「エリナ様、イースラとお呼びください。私たちにとって、エリナ様も主人でございますから」

「イースラさん……はい。これからお願いしますね、イースラ」

「こちらこそ、宜しくお願いいたします」


 まだ遠慮がちではあるが、エリナに呼ばれてイースラは微笑みながら頭を下げた。次に頭を上げると、アルヴィスの方を見る。


「アルヴィス様、アンブラ隊長より了承の旨を頂きました。ただ、王都内は皆様少々浮足立っている状態ですので、王都外の丘の方が宜しいのではと提案されました。いかがなさいますか?」


 昨日の名残がまだ残っているということらしい。普段通りの状態ではない王都内を馬車を使うとはいえ、出るのは避けた方がいいということだ。ルークがそういうのならば、従うべきだろう。


「なるほどな……わかった。それでいい。二時間後に出ると伝えてくれ」

「承知いたしました。お伝えいたします」


 アルヴィスからの指示を伝えるため、再びイースラが出て行く。それを見送ってから、エリナがアルヴィスの方へと身体を向けた。


「アルヴィス様、どこか行かれるのですか?」

「今日は休めと言われているからな、ちょっと気晴らしに出ないか?」

「私も一緒に?」

「あぁ」


 エリナも一緒だと告げると、エリナは嬉しそうに微笑む。昨日の今日で疲れも残っているだろう。そこはエリナの体調を考慮しながら、となる。アルヴィスはエリナの傍に立っていたサラを呼んだ。


「軽装で構わないが、念のため羽織るものを用意しておいてくれ」

「かしこまりました」

「用意が出来たら迎えに行く。俺は少し執務室へ行ってくるが直ぐに戻るから部屋で待っていてくれ」

「は、はい」

「エリナ様も、参りましょう」


 サラに促されて立ち去るエリナを見送ってから、アルヴィスも腰を上げた。向かう先は、王太子宮を出て城内にある執務室だ。サロンを出てから付いてくるエドワルドが何やら不満そうな顔をしていることには気付かない振りをしたまま、執務室へと入る。


「アルヴィス様、本日はお休みだとお伝えしたはずですが?」

「わかっている。ちょっと確認をするだけだ」

「何をご確認なさるのですか?」


 文句を言っているエドワルドを尻目に、アルヴィスは執務室にある本棚の前に立つ。中段に目的のものを見つけると、アルヴィスはそれを手に取った。


「それは、今期の近衛と騎士団の入隊名簿ですか?」

「あぁ」


 騎士団も近衛隊も配属が決まれば、アルヴィスの元へ報告がくる。パラパラと名簿を眺めながら、アルヴィスは目的の場所を見つけた。


「アルヴィス様?」

「エド、この二人を今回の同行に含めたい。騎士団へ走ってくれるか?」

「騎士団、ですか?」

「あぁ」

「……わかりました。直ぐにお伝えしてまいります」


 多くは聞かずにエドワルドが動く。アルヴィスの意図するところがわかったのだろう。

 アルヴィスが考えていたのは、エリナの護衛のことだった。アルヴィスは専属として、ディンとレックス、それと数人の近衛隊士が常に傍にいる。だが、エリナにはまだ誰も付いていない。王太子宮内では、それほど必要ではないかもしれないが、城内を出歩く場合は護衛を付けた方がいいだろう。今のエリナは、王太子妃。侍女が同行するにしても、それだけでは心もとない。

 現在、近衛隊の女性隊士はほぼ全員が後宮所属だ。元々女性が少ないこともあり、後宮所属でも人数は多くない。そこからエリナの為に人員を割けるとしても、一人か二人。ある程度目途は付けているが、それでも足りない。

 アルヴィスの専属である近衛隊士はエリナの護衛も職務のうちに入っているが、やはりエリナだけを守る存在が必要だ。万が一の場合、レックスたちはエリナとアルヴィスならばアルヴィスを優先する。それが彼らの最優先事項だから。


「急がない、と伯父上は言っていたが……」


 暫くは王太子妃としての公務はなく、王太子宮から出ることはそうそうない。そのためエリナ専属の護衛については、エリナの相性も合わせてじっくりと吟味するつもりではある。しかし、折角の外に出る機会だ。候補である人物の実力や動き方を見極める機会にさせてもらおう。

 そんなことを考えながら、アルヴィスは名簿に再び目を落とした。名簿には人物の名前、年齢、性格、得手不得手が記載されている。そのうちの一人に目をやる。年齢は、21歳。アルヴィスと同じ年。そう、そこにある女性はアルヴィスの知り合いだった。正確には、学園在籍時の同級生。貴族出身者である女性が騎士団へ入団することは珍しいことだが、彼女に至っては納得もする。

 人物の性格のところの記載を見て、アルヴィスは思わず笑ってしまった。


「極度の男性嫌い、か。にも関わらず騎士団に入団する辺りが、あいつらしい」


 コンコン。扉が軽く叩かれて、アルヴィスが返事をすると扉を開けてエドワルドが入ってきた。多少息が切れているのは、急いだからなのだろう。その後ろには、二人の女性が立っている。騎士団服に身を包んだ彼女たちを執務室へと手招く。


「エド、ご苦労だった。団長は何か言っていたか?」

「……出来ればそのまま引き取ってほしい、と」

「団長らしいな」


 声を上げて笑いそうになるのを堪えて、アルヴィスは名簿を閉じて脇へ抱えると彼女たちの元へ歩み寄った。

 一人は、困惑した表情を隠さずにいる長身黒髪の女性。そしてその隣にいるのは、深緑色の髪を後ろで一本に束ねている女性だった。一見儚げな印象を与えるが、その眼つきは鋭い。アルヴィスを睨みつけているようだ。これは学園在籍時から変わっていない。


「急に呼び出して悪かったな。それと……久しぶり、と言っていいのか。アムール」

「ご無沙汰しております……アルヴィス殿下。お呼びと聞き、フィラリータ・フォン・アムール、参上いたしました。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう。……心にも思ってなさそうだがな」

「おめでたいとは思っております。ただ……妃殿下が不憫だと思っただけですから」

「ちょっ、フィラっ⁉」


 黒髪の女性が注意しようと袖を引っ張ったが、フィラリータは一向にアルヴィスから目を逸らさない。それすら懐かしいアルヴィスは苦笑した。慌てて、黒髪の女性がフィラリータの頭に手を乗せると、自身のそれと一緒に下げた。


「申し訳ございません、王太子殿下。ミューゼ・アービーと申します。宜しくお願いいたします。フィラリータにはきつく注意しておきますので、本当に申し訳ございません」

「宜しく。それと、そっちのは気にしなくていい。慣れている」

「え、あの、その……」


 驚いたように顔を上げるミューゼだが、経歴を思い出したのかハッとしたように口をポカンと開けた。すると、力が抜けたのかフィラリータがミューゼの手を払いのけて頭を上げる。


「アムール、それとアービー。二人を呼んだ理由は団長から聞いたか?」

「……殿下に従え、とだけです」

「そうか」


 あくまで候補扱いなので、詳細は伝えていないということだ。ならアルヴィスも伝える必要はない。


「これから一時間後、王都外へ出かける。それに随行してもらう。エリナも同行するから、そのつもりでいてほしい」

「両殿下の護衛任務、ということですか?」


 ミューゼが任務の確認をしてくる。そこには、何故という言葉が含まれていた。それはそうだろう。王族の護衛は近衛隊の任務。騎士団の任務ではない。だがアルヴィスはそれに答えるつもりはなかった。


「護衛は必要ない。随行してくれるだけでいい」

「……」


 顔を見合わせる二人。疑問はあるが、二人に断るという選択肢は元よりない。暫くそうしていたかと思うと、ミューゼはフィラリータへ頷きを返した。フィラリータも頷く。それが合図となり、二人は再びアルヴィスを見た。


「……承知しました」

「わかりました」




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