24話
本日、二話連続投稿です。
前話も合わせてご覧ください!
「あさ、か……」
外から届く鳥のさえずりで目を覚ましたアルヴィス。ふと己の胸元を見ると、苦笑した。誰かと温もりを共有したことなど、久しくないものだ。
窓がある方へと顔を向ければ、日が昇ってから多少なりとも時間が経っているらしかった。いつもならば疾うに起きている時間だ。普段の執務がある日は、エドワルドかティレア辺りが起こしに来ても不思議ではない時間である。だが、今日は一日休みを言い渡されていた。ティレアたちについても、こちらが呼ばない限りは声をかけてくることはないだろう。
エリナを起こさないように気を遣いながら、アルヴィスは身体を起こす。夢の世界にいるエリナは、まだ起きそうにはない。そっと傍を離れると、アルヴィスは上着を羽織った。部屋に用意されているソファーへと腰を下ろすと、右手甲の紋様が目に入る。
「……」
普段は手袋をして隠しているが、流石に寝ている時は手袋を外している。これが何なのか。エリナに話をしたことはない。だが、黙っていることも出来ないだろう。エリナ自身は、父であるリトアード公爵にアルヴィスから話を聞くようにと言われたらしい。既に噂などで耳にはしていることだとしても、アルヴィスの口から話すことに意味があると判断したのだろう。
「……アルヴィス、さま?」
「⁉」
そんなことを考えていると声が聞こえてきて、思考に耽っていたアルヴィスの意識が浮上する。ベッドを見れば、エリナが身体を起こしているところだった。アルヴィスは立ち上がって、エリナの元へと歩み寄る。
「おはよう、エリナ」
「おはようございます」
「……体調は、大丈夫か?」
そう尋ねれば、エリナは少し俯き頬を赤く染めた。アルヴィスは経験がないわけではないが、生まれの所為でこういった関係を持ったことはほとんどない。王都で過ごすようになってからは特に。だから、決して慣れているわけではないのだが、エリナよりは余裕があると言えるだろう。
「はい……その、大丈夫です」
「そうか」
本人が言うのなら大丈夫なのだろう。アルヴィスは、そのままベッドへ腰を掛けた。
「恐らくエリナの部屋ではサラたちが待機しているはずだ。ここに呼んでも構わないが、どうする?」
「あ……」
この部屋はエリナとアルヴィスの寝室だ。侍女と言えども、許可なく立ち入ることは出来ない。これまでの過ごし方を知っているわけではないが、大抵の令嬢は寝室で身だしなみを整える。ベッドまで侍女が迎えに来ることもよくある光景だ。恐らくはエリナもそうだろう。
アルヴィスの問いかけに迷う素振りを見せるエリナ。迷っている時点で答えが出ているようなものだ。アルヴィスは苦笑して、立ち上がった。
「少し待っていてくれ」
「え?」
スタスタと歩いて向かったのは、エリナの部屋がある扉。この宮の主はアルヴィスだが、女性の部屋へ無断で出入りすることはしない。扉をコンと軽く叩けば、足音と共に声が届いた。
『はい!』
「サラか。エリナの支度を頼む。入ってきていい」
『畏まりました』
そう時間を置かずにサラらが入ってくることだろう。アルヴィスは再びエリナの方へ身体を向ける。
「俺も部屋に戻る。少し遅いが朝食にしよう。終わったら来てくれ」
「は、はい」
反対側の扉を開けてアルヴィスが部屋へ戻るのとほぼ同時に、反対側の扉が開く音がした。あとは女性同士の方がいい。アルヴィスはゆっくりと扉を閉めた。
「おはようございます、アルヴィス様」
「おはよう、ティレア。ナリスも」
「おはようございます」
アルヴィスの部屋でも勿論侍女が待機していた。いつ起きてきてもいいように、だ。アルヴィスが既に起きていることには気付いていたのだろう。ソファーへと腰を下ろせばすぐさまテーブルに温かい紅茶が用意される。
「ありがとう」
「いえ、直ぐに朝食の準備を致しますが、宜しいでしょうか?」
「あぁ、頼む」
ティレアがアルヴィスの言葉に頷くと、直ぐ侍女たちが動き出す。アルヴィスも支度をしようと、その場を立ち上がり衣装部屋へと移動した。それほど時間をかけずに終えたアルヴィスは部屋を出る。昨夜はあまり宮内を見て回ることが出来なかったので、食事の前に見て回ろうと思ったのだ。
アルヴィスより先に宮へ来ていたエリナは既に案内済みだという。案内をしたのはティレアだ。そのため、アルヴィスも案内をティレアへ頼んだ。
一階には食堂と調理場などがあり、二階は応接室やサロン。そして現在アルヴィスらがいる三階は私室や寝室などがある。更に、三階からは回廊を通って行ける離れが用意されていた。
「この先は?」
「あ……その、殿下の側妃となられる方のお部屋でございます」
「……なるほど」
近くにはアルヴィスの私室。エリナの部屋からは見えない場所に入口が設けられていた。一応の配慮ということだろう。だが、その存在が出来る前からこうして用意されている。この事実に何となく不快感を感じてしまっていた。貴族としてはあり触れたことだとしても、エリナにとっても面白くないはずだ。
「エリナはここのことは?」
「ご案内致しました」
「……」
ティレアを責めるのは間違っている。あくまで宮を案内するという役目を果たしただけなのだから。しかし、せめてそのような存在を示唆されてからでも用意するのを待っても良かったのではないかと思う。いずれにしても、エリナが不安を感じたのは間違いないだろう。
「申し訳ありません」
「いや、ティレアが悪いわけじゃない……」
エリナはアルヴィスの正妃だ。ここ王太子宮の女主人でもある。宮内を把握しておくことは当たり前で、知らない場所があるということがあってはならない。エリナも理解していることだろうが、理性と感情は別物である。昨夜、少しばかり不安げにしていたのはそのせいだったのかもしれない。
「朝食を終えたら、庭園に行く。近衛に連絡をしておいてくれるか?」
「承知いたしました」
「頼む」