23話
活動報告にも書かせていただきましたが、
本作品が書籍化されることとなりました。
詳しくは、活動報告をご確認ください!
ここまで投稿を続けられたのも、読者の皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!!
披露宴が終わり、アルヴィスは新しい宮――王太子宮へとやってきた。今宵からはここがアルヴィスの家となる。
用意された自室に足を踏み入れ、城内の自室と同じようにソファーへと腰を下ろす。初めて入った部屋だが落ち着く感じがするのは、元の部屋の雰囲気と似ているからだろう。華美なものを好まないアルヴィスに合わせて、侍女たちが手配してくれたようだ。
「アルヴィス様、お着替えをされませんと」
「あぁ、そうだな」
いつまでも正装でいては、休むこともできない。エドワルドに促されて再び立ち上がれば、ティレアら侍女が動く。侍女に手伝ってもらう形でマントと上着を脱いだ。それだけで随分と楽になる。
「湯あみをされますか? それとも何かお召し上がりますか?」
「何か軽いものを頼めるか?」
「かしこまりました」
既に夕食の時間は過ぎている。披露宴でも食事は出ていたが、主役でもあったアルヴィスはゆっくりと食事を楽しむことは出来なかった。それも予想出来ていたこと。然程時間もかからずにイースラが食事を持ってきてくれた。
「お待たせしました、アル様」
「ありがとう」
パンに具を挟んだサンドを用意してくれたようだ。これならば、ササッと食べられる。テーブルの上にある祝いの品の目録に目を通しながら、アルヴィスは食事を終わらせた。
「確認は明日だな」
流石に王太子の結婚だ。国内外から祝いが贈られてきている。中身の確認をするだけで一日が終わりそうだった。ため息を吐きながらも目録を手に取ろうとすると、横から奪われてしまう。チラリと見れば、犯人はエドワルドだった。
「エド?」
「アルヴィス様、明日は一日お休みです。お忘れではありませんよね?」
「……あぁ」
「これは、私がお預かりしておきます。明後日にでもゆっくりと確認をお願いしますので」
部屋に置いておけばアルヴィスが確認作業をし兼ねないと踏んだのだろう。アルヴィスの性格上、放置しておくことなど出来ない。急ぎではないにしても、なるべく早めにと思ってしまう。エドワルドもそれがわかっている。だからアルヴィスの手元にないようにと、預かると言ったのだろう。
「わかった。明後日だな。今週中には返事を送れるようにしておきたい」
「承知しました。その様に準備しておきます。では失礼致します」
「あぁ」
エドワルドが下がるのを見送って、アルヴィスは湯あみへと向かう。ここ一年ほどで世話をされることにも慣れたが、これだけは一人で行っていた。スッキリしたところでシャツを羽織り自室へ戻ると、ナリスから水の入ったグラスを渡される。
「助かる」
「いえいえ。今夜はもう休まれますか?」
「あぁ。エリナは、どうしている?」
疲れも感じてはいるものの、今夜からは違うことがある。それは寝室がこの部屋と、その奥の部屋で繋がっていることだ。奥の部屋は、エリナの私室。そのため、寝室には双方から行き来が出来るようになっている。
披露宴終盤、アルヴィスはエリナを先に下がらせた。王太子宮へと戻ってきているだろう。エリナの様子を確認するために聞いたのだが、尋ねられたナリスは困ったように笑っただけだった。
「ナリス?」
「いえ……アルヴィス様もご緊張されているのだなと感じただけでございますよ」
「……」
「ごゆっくりお休みくださいませ」
結局問いに答えることはなく、ナリスは頭を下げて部屋を出て行った。それに合わせる様に侍女たちも下がっていく。アルヴィスは、頬を掻きながら寝室の扉を見つめた。
「……行くか」
意を決して扉を開けて中に入ると、薄暗い灯りの中で窓際に立つ女性の後ろ姿が見えた。エリナだろう。いつもは結わえている髪は下ろされていた。それだけで印象が随分と変わる。
「アルヴィス様?」
物音がしたからか、エリナがゆっくりとアルヴィスの方へと身体を向けた。今日は一日ドレス姿を見てきたが、今のエリナは薄いナイトドレスだけだ。その光景にアルヴィスは一瞬返事に詰まってしまった。
かく言うアルヴィスも薄手のシャツ一枚とズボンだけというラフな格好だ。
「あ、あぁ。待たせた、みたいだな。すまない」
「いえ、私もつい先ほどこちらに来たばかりですので」
「……」
「……」
アルヴィスは思わず頬を掻いた。ナリスに言われた通り、緊張しているようだ。それは相手がエリナだからなのだろう。
そっとエリナの傍に近づくと、アルヴィスは下ろされているエリナの髪の一房を優しく掴むと、そのまま己の口元へ持ってきた。湯あみをしてきた所為か、仄かに香りがする。押し付けるようなものではない。優しい香りだった。
「アルヴィスさま?」
「いい香りだな」
「は、はい。ハーバラ様から頂いたものです。私も気に入っている香りなのですが……」
香りといえば嫌な記憶が脳裏に浮かぶ。それは隣国の王女のことだけではない。学園在籍時にも、酷く強い香りを纏って近づいてくる女性がいた。好ましい相手ではないこともあったためか、あの時は不快に感じたものだ。
だが、エリナの香りに嫌悪感はない。それは彼女の雰囲気に合っているからなのかもしれない。人にはそれぞれ似合った香りがある。つまりはそういうことだ。
「エリナによく似合っている」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
頬を染めて微笑むエリナ。アルヴィスはその頬に手を添えた。視線が合うと、アルヴィスはそのまま顔を寄せる。エリナが瞳を閉じるのを見て、アルヴィスはエリナの唇へと己のそれを重ねた。
ゆっくりと離せば、先ほど以上に顔を真っ赤にしたエリナがいる。アルヴィスは思わず笑ってしまった。
「わ、笑わないでください」
「悪い」
公的な場では大人びた様子を見せるエリナだが、こうして二人でいる時に見せる表情は年相応のものだ。それだけアルヴィスに気を許している証拠なのだろう。それは、アルヴィスにも言えることだが。
アルヴィスは少ししゃがむと、エリナの膝裏に手をまわして身体を持ち上げる。俗に言う、お姫様抱っこという奴だ。
「あの」
「?」
アルヴィスの行動に照れた様子を見せるエリナ。だが、顔を赤くしながらもそっとアルヴィスの胸に手を置き、顔を見上げた。
「……お慕いしています、アルヴィス様」
「エリナ……」
抱き上げたエリナをベッドの上に下ろし、目線を合わせた上でアルヴィスは口を開く。
「俺も……君が好きだ」




