21話
アルヴィスとエリナが登場すると、会場からは大きな拍手で迎えられた。そっとアルヴィスの右腕に手を添えて、アルヴィスを見上げているエリナ。エリナを柔らかな笑みで見つめているアルヴィス。二人の間には、政略結婚とは思えないほどに穏やかな空気が流れている。
壇上に用意された席へとまずエリナを座らせると、続いてアルヴィスも腰を下ろした。いつもならば国王夫妻が最後に登場するが、今回の主役はアルヴィスとエリナ。二人が最後の登場だった。会場内が静まり返る中、国王が立ち上がる。
「みな、今日は祝いの場へよく来てくれた。こうしてこの日を迎えられたこと、余はとても嬉しく思っている」
国王は集まった貴族や来賓たちへ言葉を述べると、横に並んで座っていたアルヴィスらへと身体を向けた。
「アルヴィス」
「はい」
「エリナ」
「はい」
名を呼ばれたアルヴィスとエリナは立ち上がる。今までは、国王もエリナのことをエリナ嬢、と令嬢の呼称で呼んでいた。だが、今はそれが外されている。エリナはもう令嬢ではないのだ。王家の一員として、国王がエリナを扱っている証でもある。
「結婚おめでとう」
「「ありがとうございます」」
エリナは淑女らしく裾を持ち、腰を折る。一方、アルヴィスは胸に右手を当てて頭を下げた。二人が頭を上げたところで、会場から再び拍手が鳴らされた。始まりの挨拶はこれで終わりだ。アルヴィスとエリナが座ると、最初の挨拶へとリティーヌがやってきた。珍しいことに、隣にはキアラがいる。未成年でもある王族は、こういった催しに参加することはほとんどない。目を見開いてアルヴィスは驚いていると、リティーヌがクスクスと笑う。
「サプライズ大成功ですね、アルヴィスお兄様」
「リティ……」
笑われたことでアルヴィスは、呆れたように息を吐いた。そして次にリティーヌの手を握ったままのキアラへと視線を向けた。
「キアラ」
「アルお兄様、えっと……ゴホン。本日はおめでとうございます。エリナお姉様も、ご結婚おめでとうございます」
この日のために用意したのだろう。ピンク色のドレスの裾を持ち、膝を落とす形でキアラは挨拶をしてきた。社交界に出ていないとはいえ、王族としての作法をきちんと学んでいるのだろう。図らずもキアラの成長を見れたことは、アルヴィスにとっても嬉しい出来事だった。
「アルヴィスお兄様、エリナ。お二人とも、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます、リティーヌ様、キアラ様」
「ありがとう、リティ、キアラも」
「もう、エリナとは呼べないですね。エリナお姉様と呼んだ方がいいのかしら?」
リティーヌとエリナの関係は、ジラルドの婚約者だった時からのものだ。リティーヌはジラルドの姉であるので、リティーヌからすればエリナは義理の妹になるはずだった。義理の妹ではなくなったが、リティーヌが兄と呼ぶアルヴィスへと嫁いだのだから姉という呼称に変えるかどうかというところなのだろう。
「いえ、リティーヌ様。どうかそのまま、エリナとお呼びください。その……私もリティーヌ様を姉のように思っておりましたので」
「ありがとう、エリナ。私も、ずっと妹になると思っていたから実は気恥ずかしかったの。じゃあこれまで通り、エリナと呼ばせてもらうわ」
「はい、お願いします」
実は、アルヴィスがこうしてリティーヌとエリナが話をしているのを見るのは初めてだ。親しいのは聞いていたが、この二人の様子を見るにそれは本当なのだろう。女性同士の会話が進むが、それほど時間があるわけではない。何より、キアラは例外でこの場に来ている。そろそろ退場させる必要があるだろう。
「リティ、キアラを頼む」
「もう時間なのね……キアラ、後宮に戻りましょう」
「もう、戻るの?」
「挨拶だけ、という約束でしょ?」
「……はい」
「では、アルヴィスお兄様、エリナも。失礼しますね」
肩を落とすキアラだが、決まりは決まりだ。そのままリティーヌに手を引かれて、国王夫妻の元へ歩いていった。その後、会場から出て行くのだろう。
「キアラ様、大丈夫でしょうか?」
「あの子なりに、自分で折り合いを付ける。大丈夫だ」
「……アルヴィス様がそう仰るなら」
いつまでもキアラのことを気にしていても仕方ない。それに、アルヴィスたちと言葉を交わしたい人たちはまだまだ沢山いるのだから。
リティーヌの次に来るのは、ベルフィアス公爵家だ。爵位順なのだから仕方ないが、こうも身内ばかりが先に挨拶に来るというのは、気恥ずかしいものがある。そんなアルヴィスの想いを余所に、ラクウェルらが前に立った。
「王太子殿下、並びに妃殿下。此度はおめでとうございます。ベルフィアス公爵家一同、お祝いを申し上げます」
「……ありがとうございます」
ラクウェルとマグリア、オクヴィアスとラナリスの四人が来ているが、言葉を発したのはラクウェルだけ。ラクウェルに合わせる様に、マグリアらも頭を下げる。一同と言ったのは、この場に全員がいないからだろう。マグリアの夫人もそうだが、異母弟妹も来ることは出来ないのだから。その代わりの言葉だ。もう二年以上会っていない弟妹。その彼らもアルヴィスを祝っていることを告げたかったのだろう。
「その後、皆にお変わりはないですか?」
「ええ。この場に来れないことを残念がってはいましたが」
「そうですか」
寂しい想いをさせてしまったことは申し訳なく思うが、それでも元気なのならばそれでいい。これで会話を終えようとすると、ラクウェルがエリナを呼んだ。
「妃殿下」
「は、はい」
「どうか、王太子殿下のことをよろしくお願い致します」
「はい。お任せください」
「では、両殿下。我々はこれで」
一礼をしてラクウェルたちは下がっていった。エリナをちらりと見れば、どうかしたのかと怪訝そうにアルヴィスを見返してくる。ラクウェルがエリナにアルヴィスを頼むと告げた時、エリナは迷うことなく即答した。立場が逆だなと感じたのはアルヴィスだけではないだろう。いや、それ以上に感じたのは、エリナの堂々とした姿勢だ。恐らくは、王妃教育の賜物なのだろう。ある意味で私的な時よりも堂々としている。先ほどのエリナの反応を見るに、それがエリナにとっての当たり前ということだ。
「なるほど、心強いな」
「アルヴィス様?」
「何でもない」
そうして次は、リトアード公爵家を出迎える。今回は、リトアード公爵夫妻とライアット、そしてもう一人青年を連れ立っている。
「此度はおめでとうございます、王太子殿下、妃殿下」
「ありがとうございます、リトアード公爵」
「ありがとうございます」
「リトアード公爵、彼はもしかしてジラルドの」
アルヴィスは挨拶に来たリトアード公爵と共にいるライアットではない方の青年に目を向けた。建国祭や生誕祭の時にはいなかった顔だ。だがどこか見覚えはある。ジラルドと共にいる姿を近衛隊にいた当時に何度か見かけたのだ。容姿的な特徴からリトアード公爵家の縁者とは思っていたが、あまり表に出てきていない。そう、以前のアルヴィスの様に。
「はい、次男のルーウェでございます」
「お初にお目にかかります、アルヴィス王太子殿下。リトアード公爵が次男、ルーウェ・フォン・リトアードです」
許可を得たルーウェが一歩前に出て名乗る。ルーウェ・フォン・リトアード。彼は、学園でジラルドと共に行動していたという例の証言者の一人だ。将来はジラルドの側近候補でもあった。ジラルドが廃嫡されたことで、その道は途絶えてしまったが。
「そうか君が……。昨年の件では、世話になったな」
「い、いえ。私はただ見たままを述べただけですから」
「あいつの傍にいて、それが出来たのは君だけだ。逆に言えば、指摘されていたのにも関わらず気付かなかったあいつが愚か者ということにもなるが……いや、すまない。過ぎたことだ。忘れてくれ」
「……はい」
ジラルドの話をすることはタブーというわけではないが、今日という日に話すことではないのは確かだ。ルーウェは、学園は卒業したものの職に就くことはせずに文官になるのを目標に精進しているらしい。卒業時点でなることも可能だったはずだが、例の件のこともあって一年遅らせたということだ。
リトアード公爵たちが去った後でエリナに尋ねると、ルーウェは学園では幹部学生の一人として、ジラルドの補佐をしていたようだ。ジラルドがサボっていた間も学園が大きな影響を受けなかったのは、ルーウェのお蔭なのかもしれない。表に出てこなかったのは、次男であったためだろう。
「影に隠れているというのは次男の宿命かもな……」
「アルヴィス様?」
「戯言だ。気にしないでくれ」
そう、戯言だ。どこの貴族であっても、長男が優先なのは同じ。次男はスペアだが、それなりの実力が求められる。長男より劣り、尚且つ他人よりも上であることを。かつてのアルヴィスはそうしていた。恐らくは、ルーウェも同じなのだろう。少しだけ、ルーウェに親近感を抱いたアルヴィスだった。
いつもご愛読ありがとうございます!!早いもので、投稿し始めてから一年が過ぎていました。
あっという間でしたね。ここまで続けられたのも皆様のおかげです。
本当に感謝しております。
前回お気遣いの言葉を頂き、ありがとうございました!
寒さも増して、ますます風邪をひきやすい時期ですね。
このご時世ですので、病院に行くのも遠慮する人が多いそうです。
皆さんも体調管理、共に頑張りましょう。




