10話
訓練場で予想以上に時間を費やしてしまい、気が付くと昼食の時間を大幅に過ぎてしまっていた。
訓練場を出て城内に戻る。汗をかいてしまったのもあり、アルヴィスの部屋へと向かうことにした。部屋へ戻ると、焦った様子のティレアがアンナとジュリンナに指示を飛ばしているのが見えた。何も言わずに応接室より姿を消したからだろう。チラリとラクウェルを見れば、肩を竦めるだけだった。
「ティレア」
「っ! あ……アルヴィス様っ! どちらにいらしたのですか!」
声をかければ、淑女らしからぬ所作で駆け寄ってくる。これほどまでに慌てた様子を見たのは、初めてだ。尤もそれほど付き合いが長いわけではないので、特別不思議ではないのだが。
「父上と近衛隊の方にいた。何も言わずにすまない」
「近衛隊に……左様でございましたか。アンナよりお姿が見えないと聞いたので」
「言伝てを頼むべきだったな、悪かった」
「アルヴィス様……」
申し訳ないと謝罪するアルヴィス。それを言われたティレアは困惑していた。
「アルヴィス、今回はお前だけの落ち度ではない。そもそも、専属侍女ならばお前が近衛に縁あることは知っているはずだ。剣を嗜むことも。それでも近衛隊に探しに来なかったのは、行動範囲を把握してなかっただけ。お前が謝る必要はない」
「……そもそも父上のせいでもあると思いますが」
「どんな時も主人を想うのが侍女だろう? 我が公爵家の侍女ならば、直ぐに結びつけて探しに来たと思うがね」
「会って二日足らずの相手に何を要求しているのですか……」
比較すべき相手が違うと、アルヴィスはラクウェルに非難の視線を向ける。向けられたラクウェルは、悪びれもせず口許に笑みを浮かべているだけだ。
「いえ……アルヴィス様、閣下の仰る通りにございます。日が浅いと言えど、アルヴィス様の専属を仰せ付かった以上は、知っておかねばなりませんでした。お騒がせをしてしまい申し訳ございません」
「……以後、気を付ければいい。そうでなくては、任せられない。如何に義姉上の推薦だろうとな」
「肝に銘じておきます、ベルフィアス公爵閣下」
ティレアが深々と頭を下げる。供にいたアンナとジュリンナも、後方にいながらも合わせて頭を下げていた。
「父上……俺は子どもではありませんよ」
「そういう言葉は、私の背を越えてから言うのだな。さて、お前は着替えるのだろう? 私は先に兄上のところに向かうとしよう。また、後でな」
「……全く」
去っていく背中にはまだ届かない。只でさえ、ラクウェルは長身だ。それを追い越せというのは、容易ではない。兄でさえ、越えていないのだ。即ち、一生子ども扱いするつもりなのだろう。
「あの、アルヴィス様」
「……あぁ、悪い。汗をかいたから、着替えに戻ったんだ」
「そうでしたか。では、お手伝い致します」
「……頼む」
一人で出来ないことはないが、申し出を断る理由もない。ティレアが指示をすれば、アンナは濡れたタオルを用意してくれる。軽く身体を拭き、服を替えた。ちょうど、執事が呼びに来たのでアルヴィスは部屋を出る。
向かった先は、昼食の場だった。既に終えている時間ではあるが、ラクウェルとアルヴィスの食事がまだだというので、昼食を終えた後にも関わらず、待っていてくれたらしい。
用意された昼食を口にしながら、いつものようにアルヴィスはほぼ無言でいる。一方で、ラクウェルは国王と言葉を交わしながら食していた。国王夫妻と親しげにしている様子は、流石弟と言ったところなのだろう。
漸く終わったところで、アルヴィスにも話題の矛先が向けられる。
「そういえば、爺から話は聞いた。噂に違わぬ優秀さだとな」
「……恐れ入ります」
「この先も導き手として爺にはお願いしてある。良く学ぶようにな」
「はい」
頷き答えれば国王は満足そうだった。反対に、王妃の表情は優れない。最近の王妃の心労を考えれば、原因などジラルドのこと以外にはないだろう。国王がはっきりと割り切っているのに対し、王妃はアルヴィスを認めつつもどこかでジラルドのことを諦めきれないのかもしれない。
その後はラクウェルと国王で話があるらしく、アルヴィスは王妃と共にその場を退席するのだった。侍女の一人に付き添われる形で去っていく王妃。アルヴィスの視線に気付いた侍女は、立ち止まり頭を下げる。すると、王妃も身体を振り向かせて力ない笑みをアルヴィスへと向けた。再び侍女と共に去っていく。
「……やっぱり朝よりも落ち込んでいる」
この短い間に何があったのか。後で状況は確認しておくべきだろう。そう判断し、アルヴィスも部屋に戻るため反対の方向へと歩き出した。




