16話
私室に戻ったアルヴィスは用意された礼服へと着替える。金糸の装飾が施された白の礼服。着慣れない色を纏い、アルヴィスは多少の居心地悪さを感じていた。
結婚式の衣装といえば、新郎新婦双方とも白い衣装を身に着けるもの。頭では理解しているが、実際に己が着けるのと見るのとでは違う。今回は、礼服に合わせてアルヴィスは手袋も白色のものを着用している。髪をセットしてもらえば、アルヴィスの準備は完了だ。時間になれば、大聖堂まで向かえばいい。
「いよいよですね、本当に」
「エド?」
いつもの侍従としての服装とは違い、燕尾服に似たような衣装へ着替えたエドワルド。アルヴィスの隣で、深呼吸を繰り返していた。
「緊張しているのか?」
「えぇ。待ち遠しい日が来たことを嬉しくも思いますが、同時に失敗が許されない日でもありますから」
「お前に限ってそれはないだろう」
「信頼していただけるのは嬉しいですが、あまりプレッシャーをかけないでください」
実際、エドワルドは優秀だ。エドワルドたちの父や弟は武官。その中で武に優れなかったのは当人からすれば欠点なのだろうが、武官だったならばこうしてアルヴィスの傍にはいなかっただろう。王太子となってしまった今ならば尚のこと。その点でいえば、エドワルドが文官で良かったとアルヴィスは感謝すべきかもしれない。
「エド」
「何でしょうか?」
「……戻ってきてくれて、感謝している」
「アルヴィス様」
「言ってなかったと思ったんだ。今ここにいる時点で、お前が望む未来を与えてやることは出来ないかもしれない。わかってはいるが、それでもお前が傍にいることに安心している俺がいる」
学園卒業時に、アルヴィスはエドワルドを引き離した。これで、アルヴィスの人生に付き合わせることが無くなったというのに、再びエドワルドはアルヴィスの傍に来てしまった。公爵家次男の侍従から解放出来たというのに、今度は王太子の侍従となってしまったのだ。側近の一人として、エドワルドはここにいる。何か罪を犯さない限りは、ここから離れることは出来ない。それを申し訳なく思いつつも、安堵しているのもまた事実。だからこそ、伝えねばならない。良い機会だと思ったのだ。
そんなアルヴィスの想いを知ってか知らずか、エドワルドはスッとアルヴィスの前に膝を突いた。
「エド?」
「私は、生涯貴方様に仕えると決めたのです。学園を卒業した後も、隙あらばお傍に戻るつもりでした。その時期が早まっただけのこと。私が望む未来は、アルヴィス様の傍にあります」
「お前、領地で父上の下で学んでいたんだろ? なら―――」
「アルヴィス様が生涯騎士で居られるとは思っていませんでした。その先の未来のために、力を身に着けるべきだと考えたまでです」
「……」
「旦那様はご存知でしたよ」
要するに、アルヴィスが勝手に勘違いしただけということだ。少しだけ感じていた罪悪感が無くなって、良かったのか悪かったのかわからずアルヴィスは長いため息をついた。結果だけ見れば、エドワルドにとっても良かったということなのだろうが。
「わかっていて黙っていたのか」
「当時のアルヴィス様は、聞いてくださいませんでしたでしょうから」
「……そうかもしれないな」
エドワルドを遠ざけたかったアルヴィスが、今の言い分を聞いて納得したかと言えば否と言える。全て計算のうちだというのは面白くないが、これもアルヴィスがまだまだ子どもだったということなのだろう。
「負けたよ……お前に勝てるわけもないが、お前が正しかったということか」
「アルヴィス様ほどのお方を騎士で終わらせることなど、考えられませんでしたから。尤も、王家に戻られるとまでは流石に考えませんでしたけれど」
「だろうな……」
アルヴィスはエドワルドと苦笑する。
あの時は、正直言って迷惑だった。突然出来た婚約者に、王太子という身分。公務も学ぶべきことが多すぎて、覚えることに必死だった。公爵家での地盤がなければ、今も四苦八苦していたことだろう。忙しいことに変わりはないが、それにも慣れてきた。この時期に結婚というのは、アルヴィスにとってもちょうどいい時期だったのかもしれない。
そんな風に思い出していると、コンコンと扉が叩かれた。
「アルヴィス殿下、お時間です」
「わかった」
呼びに来たのはティレアだ。彼女たち侍女は、この後アルヴィスとエリナが暮らす宮で準備がある。そのため、ナリスたちも既に先に向かっていた。ティレアも見送ったあとで合流することになる。
「アルヴィス様、これを」
部屋を出ようとしたアルヴィスへ、エドワルドが差し出したのは剣。鞘が銀色で装飾が豪華なのは、式典用ということだろう。受け取れば、見た目ほどの重さは感じなかった。試しに一度鞘から抜けば、輝く刀身が反射してアルヴィスを映し出す。
「……なるほどな。これなら振れるか」
「式典用ではありますが、問題なく斬れるようにもなっております」
スッと指を走らせても、問題ないことがわかる。試しに指をあててみたいところだが、ここで血を見せるわけにもいかない。直ぐに治せるとはいえ、祝いの日なのだから。鞘に再び納めると、アルヴィスは腰に剣を指す。これで準備は整った。
「既にエリナ様も大聖堂へ向かわれたとのことです」
「そうか。早いな」
「花嫁が姿を見せるのは、夫君となられる方が先ですから人が集まる前に向かわれたのでしょう」
大聖堂に入れるのは限られているが、今日が王太子の結婚式だということは国中が知っている。式の後は城下街を回るのだが、先に見ようと人が集まりつつあるらしい。近くといっても、大聖堂前には来れないはずだというのにだ。
「……そうまでして見たいものか、時々不思議に思うな」
「アルヴィス様だったらそうかもしれませんけど、やはり嬉しく思うものですよ。もし、これがラナリス様や王女殿下だったならアルヴィス様も嬉しいでしょう?」
「リティが結婚となると、安心の方が勝るが‥‥…ラナがとなると、嬉しいかどうかは微妙だな」
そこまで言われて、ラナリスもそういう年齢になったのだと思い至る。まだまだ小さいと思っていた妹が結婚するということになれば、兄としては複雑としか言えない。喜べるかどうかは、相手次第といったところか。
「碌な奴じゃなければ薙ぎ払いたいところだが、出来ないのが残念だな」
既に王家の人間となったアルヴィスには口出しが出来ない。全てベルフィアス公爵の采配になる。いずれにしてもまだ相手が決まったわけでもない。今から心配をしても仕方がないことだろう。
「……アルヴィス様、見かけによらずシスコンですよね」
「普通じゃないか?」




