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【Web版】従弟の尻拭いをさせられる羽目になった  作者: 紫音
第一部

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閑話 令嬢の朝

 

 同じころ、リトアード公爵家では―――


 朝から慌ただしい雰囲気が漂っていた。今日は待ちに待った祝いの日だからだ。いつもより早く目が覚めてしまったエリナは、自室の机の前に座っていた。まだ朝食の時間には早い。屋敷の使用人たちは、既に起きて仕事を始めている頃だが、エリナが行っては仕事の邪魔になりかねない。

 ふと、後ろを振り返ってみると、そこには、エリナが身に纏うウエディングドレスが用意されていた。純白のドレス。華美な装飾があるわけではないが、丁寧に縫われた刺繍は王家に入る花嫁に相応しいものに仕上げられている。その刺繍の一つに見慣れない紋様があった。何の紋様なのかと聞いてみたが、父であるリトアード公爵からはアルヴィスへ問うようにと言うだけだった。


「何か、意味があるということなのよね」


 王家に入った後で聞くべきことだと、父は言った。すなわち、公爵令嬢では知ることが出来ないものなのだろう。それも、今日で終わる。後数時間後には、エリナの立場は公爵令嬢ではなくなるのだから。

 コンコン。


「お嬢様」

「サラ? 起きてるわ」

「失礼致します」


 いつの間にか時間は過ぎていたらしく、サラが中へと入ってくる。既に起きているエリナを見ると、サラはにっこりと笑った。


「お嬢様も眠れませんでしたか」

「も、ってことはサラも?」

「お恥ずかしい限りです」


 少しだけ困ったように笑うサラに、エリナは釣られる様に微笑んだ。緊張していたのは、エリナだけではなかったことに安堵する。今日という日を楽しみにしていたのは事実だが、それ以上に緊張もしていた。


「いよいよお嬢様がこの屋敷を離れてしまうのだと思うと、感慨深いです」

「うふふ。私が嫁ぐのは10年以上も前に決まっていたことだと思うのだけど」

「それはそうなのですけれど、何と言いますか……このようなお気持ちでこの日をお迎えすることになるとは露ほども思いませんでしたから」


 王家へ嫁入りすることは、ジラルドと婚約した時から決まっていたこと。相手がジラルドではないとはいえ、何も変わりはないはずなのだが、エリナも不思議だなと感じることがある。きっと、今日この日に嫁ぐ相手がジラルドだったならば、このような気持ちにはならなかっただろう。義務的に、あくまでリトアード公爵家の娘としての務めとして振舞っていたはずだ。今の様に笑顔で居られたかどうかと言われると、違っていたと断言できる。


「本当に、今日なのよね」

「今日ですよ。朝食後には、王太子殿下が見惚れるくらいに着飾りましょうね」

「ありがとう、サラ」


 今日一日の中でエリナがゆっくり食事を摂れるのは、恐らくは朝だけだ。しっかり食べなくてはいけないとは言われるものの、食後はウエディングドレスを着るのでコルセットで締め付けなければならない。そのことを考えれば、多くは食べられないのが実情だ。元より食が細いエリナだが、結局朝食はいつも以上に食べることが出来なかった。

 自室へ戻ったエリナは、待ってましたとばかりに侍女らによって湯あみをさせられ、全身を磨き上げられた。休む暇もなくマッサージを施されたかと思うと、早速コルセットを身に着けさせられる。元より細身のエリナなので、そこまで締められることはない。とはいえ、今回は一生に一度しかない晴れ舞台だ。侍女たちの気合の入れようはすさまじく、実際の締め付け以上に締められているような気分になった。

 コルセット着用後は、いよいよウエディングドレスを纏う。仮縫いの時に試着はしているものの、完成品に袖を通すのは初めてだ。艶やかな生地は、とても触り心地がいい。ヒラヒラし過ぎていないのは、エリナの趣向にも合っていて一度だけしか着ないのが勿体ないくらいだ。


「本当に、素敵なドレスね」

「そうですね。王妃様とベルフィアス公爵夫人、それと王太子殿下がお決めになったそうですよ」

「アルヴィス様も?」

「そう聞いています」


 あまり女性のドレスなどに興味はなさそうに見えるアルヴィスが、今回のドレスにも口を出した。それだけでエリナは頬が緩んでしまう。少しでもアルヴィスが関わって選んでくれたのなら、それに見合うような自分でありたい。


「あ、でも……」

「どうかなさいました?」

「これは、着けて行けないわね」


 スッと取り出したのは、以前にアルヴィスから贈られたペンダントと指輪だ。指輪は勿論着けられないが、服の中に隠しておけるならペンダントは着けて行きたいと考えていた。だが、今のドレスは隠せる場所がない。首から下げれば、一目瞭然だ。ウエディングドレスに合っていないわけではないが、相応しいとは思えなかった。


「お嬢様は、本当に気に入っていらっしゃいますね」

「これは特別なものだから……でも」

「本日は、これをお預かりしていますから、そちらを身に着けてくださいませ」


 サラがエリナの前に差し出したのは、黒い箱だった。両手で受け取ったそれの蓋をゆっくりと開ける。そこには、ネックレスが入っていた。普段使いができるようなものではないことは、一目でわかる。装飾されたシルバーのチェーンの先には、小さいが淡い紫色の宝石がはめられていた。この石からは、どこか暖かい力を感じる。エリナでもわかる力。マナの力だ。


「これ―――」

「私どもにはよくわかりませんが、王太子殿下よりこちらをと」


 アルヴィスから身に着ける様にと言われたもの。ならば着けないわけがない。手に取り、エリナは直ぐに身に着けた。色合いからして目立つかと思ったが、小さな石であるためか邪魔をすることはない。


「エリナ、入りますよ」

「は、はい!」


 そこへ扉の外から声がかかる。扉が開かれると共に現れたのは、リトアード公爵夫人。エリナの母親だ。その奥にも人影が見えた気がしたが、顔が見える前に扉が閉められてしまう。


「あ、あのお母様?」

「ここに入れるのは女性のみです。たとえ、父親といえども入ることは出来ませんよ」

『そんな……』


 外から聞こえるのは、その声だけで消沈したとわかる父のもの。どうやらエリナの姿を見に来たらしいが、母に妨害されてしまったらしい。


「お母様、いいのですか?」

「いいのです。たとえ父親でも、本来ならば一番先に見るのは夫となるべき方でしょうから。尤も、相手が王太子殿下では無理な話ですけれど」

「そうですね」

「良く見せてください、エリナ。花嫁となる貴女の晴れ姿を」

「はい!」


 エリナは立ち上がり、母の前まで歩くとそのままゆっくりくるりと回る。既に支度はほぼ終わっていた。あとは、時間が来るのを待つだけだ。


「いいですね。とても素敵です。……おめでとう、エリナ。幸せになるのですよ」

「ありがとうございます、お母様」




毎回、誤字脱字報告ありがとうございます。前回は多くて本当に申し訳ありませんでした。

これからもっと精進していこうと思います。

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