12話
予定していた午後、時間通りにルークはやってきた。執務室に入るや否や、右手を胸に当てて頭を下げる。正式な挨拶なのだが、ルークにされるとどこかむずがゆく感じてしまうのは、まだ上司だったという頃の姿が頭の中に残っているからなのだろう。
「失礼いたします」
「どうぞ、アンブラ隊長」
受け答えをしたのはエドワルドだ。奥へ入るようにルークを促すと、まっすぐアルヴィスがいる机の前に立った。そのまま腕を後ろに組んで背筋を伸ばして、待機の姿勢を取った。
「時間通りですね」
「流石に王太子殿下をお待たせするわけにはいかないからな」
「た……ゴホン、優秀な副隊長にでも急かされましたか?」
またも隊長と言いかけてしまいそうになるのを、咳払いで誤魔化す。勿論ルークにはわかっているだろうが、敢えて指摘することはなく、ただただ苦笑していた。ハーヴィの名前を出さなかったのも、まだ言い慣れていないからだ。未だ近衛隊時代と同じような話し方になってしまうのだけは、許容してもらっている。年下以外には丁寧語が通常だったアルヴィスからすれば、この口調を変えることは難しいのだ。
「多忙な殿下をお待たせするなど言語道断です、と追い出されたな」
「副隊長らしいです」
「あいつは時間には厳しいからな。まぁそれはいい。さて、本題に入らせてもらうぞ」
「お願いします」
キリッと表情を硬くしたルーク。近衛隊隊長としての顔つきになった。ここからは、ルークは部下でありアルヴィスは上司だ。
「まずは二か月後に行われる祭事についての報告です」
二か月後の祭事、すなわちアルヴィスの結婚式のことだ。王太子の結婚ということで、国を挙げて行われる行事だ。式は大聖堂で行うが、その後大通りを遠回りする形で王城へ向かう予定である。いわゆる、国民への顔見せだ。アルヴィスの姿は立太子の際に国民へと披露しているが、エリナはそうではない。正式に、王族入りを果たしたということを国民へ示さなければならないのだ。
警護をするのは近衛隊。来賓も招くことになるため、来月から徐々に王都出入りの警備は制限が付けられることになった。不便を強いることにはなるだろうが、背に腹は代えられない。特に警戒をしているのは、法国関係者とマラーナ王国出身者だ。先の件の影響もあり、マラーナ国からの来賓は招かないことになっている。
「こちらが当日のコース予定になっています」
そう話しながらルークが胸元から取り出したのは、王都の地図。赤い線が引いてあるところを行くようだ。大聖堂を出て、ぐるっと王都を回ると大通りに入って王城に行く。広い道しか行けないため、全域に行くわけではない。
「……学園前を通るのか」
「リトアード公爵令嬢は元より、殿下もここの卒業生です。顔を見せれば喜ぶ者たちが多いのではと」
「そう、ですか」
学生時代は学園周辺をよく歩き回っていた。単なる顔見知りから知人、友人たちもいるだろう。一生に一度の祭事なのだから、顔を見せるくらいならばいいのかもしれない。彼らが喜ぶかどうかは別として。学生時代の己を知っている彼らに王太子としての姿を見せるのは、少々気恥ずかしいのだが。
「あと、騎士団長とも協議した結果なのですが」
「団長と?」
「えぇ。その内容を陛下に進言しましたところ……今回は、殿下の帯剣を許可することとなりました」
「いいのですか?」
ルークから告げられた内容に、アルヴィスは驚く。これまでルベリア王族が公式行事の中で帯剣を許されたことは、アルヴィスが知る中では一度もない。剣技に優れた王族が少ないというのも理由の一つなのだろうが、王族が帯剣をするということは、すなわち近衛隊を信用していないというようにも見られかねないのだ。
「王太子殿下が近衛隊に所属していたことは周知の事実。その腕前も、我ら近衛隊はよく知っています。信用問題にはなりません。何よりも……お前には剣を持たせるべきだと、俺らが判断した」
「隊長……」
「ゴホン。とはいえ、実用性過ぎるものもどうかということなので、儀式用に多少の装飾やらは施させてもらいますが」
今アルヴィスが所有している剣は、近衛隊所属当時も使用していた剣だ。それではあまりに見栄えが悪いということなのだろう。礼服や今回アルヴィスが結婚式で身に着けるような服装でも、見劣りしない剣を用意するということだ。
「急遽の準備となりますので、完成はギリギリになってしまいますがご了承ください」
「わかりました」
「……こちらからは以上です。殿下からは何かありますか?」
「いえ、ありません」
「では、私はこれで失礼します」
再び胸に右手を当てて頭を下げるルークに、アルヴィスは頷いた。頭を上げて踵を返そうとすると、ルークが足を止める。
「そうそう、伝言を預かっていた」
「?」
「国境警備隊長からだ」
「警備隊長……ホーン卿ですか?」
アルヴィスも数回顔を合わせたくらいしかないのだが、貴族の間では有名な人物だった。元ホーン伯爵家当主で、槍の名手。当主を息子に譲ってからは、騎士団からの誘いも断り、国境警備隊を選んだという。60歳近い年齢でありながらも今なお現役を貫いている。間違いなく、軍部に於いては最年長だろう。
「あぁ。『あの雛鳥が大きくなったものだ。我は遠くで祝杯を挙げるゆえ、安心して務めるがいい』とな」
「雛鳥……俺のことですか」
「あの御仁なら、ベルフィアス公爵家に出入りしていても不思議じゃないだろ」
「それはそうですが」
アルヴィスの記憶に残らない幼少期にでも会っていたのだろうか。少なくとも、ホーン卿からそのように呼ばれた記憶はない。とはいえ、彼からすればアルヴィスなどひよっこ同然なのかもしれないが。
「何にせよ、今回ばかりは何事もなく終われるように尽くす。そう言いたかったらしい。当然、近衛隊は勿論、騎士団や他の連中たちも同じ想いだ。ケチなんぞ付けさせない」
「……宜しくお願いします、ルーク」
「あぁ、任せろ」
白い歯を見せながらニカッと笑いながら、ルークは部屋を出て行った。
いつもコメント、誤字報告ありがとうございます。
本当に助かっております。間違いが多くて申し訳ありません。。。。




