閑話 令嬢たちと教師の団欒
「それはそうとエリナ様、先ほど出ていたお義姉さまのご友人の妹さんのお話、少し気になりません?」
「え?」
突然の話題転換である。空気を変えようとしているのかもしれない。驚きつつも、エリナはこれにのることにした。それに、ラナリスの言うことにも多少の興味がある。
ラナリスが話しているのは、マグリアが探していた女性のことだ。アルヴィスはその女性を知っていた。どうやら学園での同級生だったらしい。その女性は、学園の教師でありエリナたちもその授業を受けているため、エリナたちもよく知っている。
「アネット先生に聞いてみませんか? 出来ればお兄様の学園生活のこともお聞きしたいですし。ねっ、エリナ様?」
それが目的だということはエリナにもわかる。無論、エリナとて気にならないわけではない。まだアルヴィスと婚約を交わして一年。うまくいっているとは思っているが、もしアルヴィスが同時期に学園にいたならばと思うこともあった。アルヴィスとエリナの年齢差は3歳。叶わないことだとわかっている。それでも想像してしまうのは仕方のないことではないだろうか。
ちょうどパーティーも終わるころだ。教師としてアネットにも仕事がある。話しかけるのならば一人である今がチャンスだった。エリナはラナリスに目配せをして、連れ立ってアネットの元へと向かった。
「アネット先生」
「エリナさんとラナリスさんではありませんか? どうかなさいましたか?」
やんわりと微笑んで出迎えてくれたアネット。一番年齢の近い教師ということもあり、エリナたちにとっては話しやすい教師の一人でもある。
「少しだけお尋ねしたいことがありまして、先生のお時間を頂きたいのですが宜しいですか? お忙しいなら、また日を改めますので」
「今ならば大丈夫ですよ」
エリナがそう尋ねればチラリと腕にある時計を確認しながら、アネットは承諾する。
普通ならば学年の異なる学生が共にアネットの元に来るなど不思議に思うだろう。だが、エリナとラナリスには共通点がある。共に公爵家の令嬢であること。そして、アルヴィスの妹と婚約者であることだ。そこからアネットも何となく尋ねたい内容に気が付いたのかもしれない。
「もしかして、お聞きになりたいのは王太子殿下のことですか?」
「はい」
エリナとラナリスの顔を見ながらアネットが問う。そうだと頷くと、不思議そうな顔をした。その表情は、今の今まで聞いてこなかったからだろう。学園生活の中で、いくらでも聞くことはできたはずなのだから。それをしなかったのは、アルヴィスと同級生だったという事実をエリナらが知らなかったからだ。理由を告げると、アネットはなるほどと納得したように頷いたのだった。
「エリナさんはあの方の婚約者ですから、お知りになりたいと思っても不思議ではありませんね。ですが、そうですね……少し、で終わるような話ではなくなりそうなので明日に別途時間を設けませんか?」
軽い世間話のような形で、どのように過ごしていたのかを知れれば良かったのだが、アネットはきちんと話をするつもりのようだ。この提案は、エリナたちにとっては願ってもないことである。
明日は、一日学園が休校だ。といっても休みなのは学生だけで、パーティーの片付けをする教師らに休みはない。アネットも同様のはずだが。
「私たちは構わないのですが、先生はお忙しいのではありませんか?」
「うふふ。大丈夫ですよ。力仕事は殿方にお任せしますし、お二人とお話しするくらいならば時間も取れますから」
当然、一日中話をしているわけではない。合間の時間をエリナたちの為に使ってくれるということだろう。講義がないならば、エリナたち側がアネットに合わせることも出来る。
「ありがとうございます、アネット先生」
「ありがとうございます!」
こうして明日、改めて話をしてもらえることになった。
翌日、アネットからの連絡を受けてエリナとラナリスはダンス練習室にある準備室へと来ていた。準備室ではあるが、応接室のようにソファーが用意されており打ち合わせや相談などができる様になっている。
「お待たせしましたね」
ソファーに座って待っていると、アネットがお茶を手にやってきた。学園内は寮ではないため、侍女らを連れてくることは出来ない。そのため、アネットが用意してくれたのだろう。丁寧に注がれたカップを目の前に置かれた。
「ありがとうございます。申し訳ありません、先生に用意していただくなんて」
「いいのです。お誘いしたのは私の方ですからね」
にっこりと微笑み、アネットがお茶菓子を用意する。礼儀作法の教師であるアネットは特に仕草が綺麗だ。エリナも気を付けてはいるが、それでも綺麗な所作だと見惚れてしまうことはしばしばだ。
お茶会のようなセッティングをされてはいるが、エリナとラナリスは学生服。アネットはいつもの教壇にいるような服装だ。はたから見れば学生が教師に相談しに来ているようにしか見えないだろう。尤も、それが狙いなのかもしれないが。
「それで、どこからお話しすればいいでしょうかね」
「アネット先生は、兄とクラスメイトだったとお聞きしました。その……義理の姉の友人が先生のお姉さまだったというお話を伺いまして」
「ベルフィアス卿の奥様であるミント様ですね」
「はい」
ミントとアネットの姉はとても仲が良くて、頻繁にやり取りをしているらしい。そこで、学園にいくならばとマグリアに様子を見てくるようにとお願いしたとのことだった。本当のところは違うのだろうが、学生であるエリナたちにそのような話をすることはないだろう。エリナらもそこまでアネットのプライベートに踏み込むつもりはない。
「お兄様は直ぐに先生のことだとお気付きになられていました。ただのクラスメイトだと仰っていましたが」
「うふふ。まさしくその通りですよ。私は、たまたま同じ教室にいた学生でしかありませんから」
「アネット先生?」
たまたま、という言葉がやけに主張されているように感じてエリナは不思議に感じた。そんなエリナに寂し気な視線を送ってきたアネット。そこには、何か特別な想いがあるのではと思わずにはいられない。
「ですから、私が知っているものはそれほど多くないと思います」
「クラスメイトでも、ですか?」
「ラナリスさんはご存知だと思うのですが、当時の公子様は特に女性を遠ざけていましたから」
「遠ざけて、ですか?」
当のラナリスは首を傾げる。その様子に、おやっとアネットも驚きを現した。学園でのアルヴィスは、女性を遠ざけていたようではあるが、それはラナリスの知るところにはなかったということのようだ。もしかすると、領地にいた時は違ったのかもしれない。
「私が知るお兄様は、それほど女性を避けるようなことはなさっていなかったと思います。確かに露骨な女性からのアピールなどには困っていらっしゃいましたが」
「……そうですか。でしたら、王都に来てからなのかもしれませんね。私がクラスメイトとして過ごしたのは、最終学年のみですからそれ以前のことは噂程度にしか知りませんから」
「噂、ですか?」
今度はエリナが食いつく。エリナらしくない食いつき方だったのかアネットが微笑ましそうに笑うと、エリナは顔を真っ赤にして居住まいを正した。
「私たちの代では、最も高位な貴族が公子様でした。それも王族に連なる方ですから、扱いとしては先のお方と同等のようなものです」
遠回しに伝えているが、先のお方というのはジラルドのことだ。王族とは言えず、扱いに困るジラルドについて名を呼ばずに表現する貴族はとても多い。要するにジラルドが在籍していた頃と周囲の扱いは似ていたということなのだろう。
「それでいて、身分を笠に着るような方ではありませんでしたから、ご友人はとても多かったように見受けられました。成績も常に首位。本当に模範のようなお方でしたよ。そんな方でしたから、男女問わず学生たちからも慕われておりました」
アネットの話を聞いて、エリナは少しだけ引っ掛かりを覚えた。話を聞く限りでは、友人も多く成績もいい。周囲にも認められていたようだ。だが、アルヴィスはエリナに言っていた。一人になりたい時もある、と。寮を抜け出して、あの場所に一人で過ごしたことがあると。
「流石はお兄様です! お兄様はご自分のことを手紙に書いてくださらなかったので、こうして様子を知ることが出来るのはとても嬉しいですわ。お母さまたちにも教えて差し上げないと」
「公子様らしいですね」
アネットとラナリスが、話に花を咲かせているのを見ながら、エリナはその輪に入ることが出来ずにいた。
学生時代のお話は、どこかで描く予定です。ここではさわり程度にとどまらせておきます。




