閑話 残された令嬢と妹
ちょっと短いです。
アルヴィスが退席するのに合わせて、学園長らも一旦席を外す。その様子を確認しながら、このパーティーも終わりに近いことを知って、エリナは人知れず安堵の息を吐いた。もう終わりだ。パーティーは平穏のまま終えることになる。このことに安心しているのは、恐らくエリナだけではないだろう。
最後までアルヴィスが共に参加できないことは、事前に知らされていたことだ。王太子がこの場にいて、同じ場所に立っていられるということは貴族令嬢子息にとっては名誉ではあるが、同時に見られているという緊張感も与えてしまう。そう判断し、終盤近くで退席するのだと。
「お兄様はお帰りになられたのですね」
「えぇ、そうですね」
一方で共に談笑していたラナリスは、その顔を曇らせていた。アルヴィスが帰ってしまったことが残念のようだ。
ベルフィアス公爵家の家族事情についてはエリナも詳しくはわかっていないが、ラナリスとアルヴィスは同母ということもありとても仲が良いことは知っている。学園に在籍して王都にいるとはいえ、普段から王城にいるアルヴィスとラナリスが会うことが出来る機会はほとんどないと言っていい。それこそ、ラナリスが王都にある公爵邸に帰宅した時にアルヴィスがベルフィアス公爵家に寄らない限りは。エリナが聞く限り、ここ一年はアルヴィスが公爵家に向かったという話は出ていない。久しぶりに顔を見たからなのだろう。ラナリスからはその寂しさがにじみ出ていた。
「ラナリス様」
「エリナ様が羨ましいです」
「えっ?」
悲し気に笑みを浮かべるラナリス。その横顔はどこかアルヴィスに似ているもので、エリナは目を奪われる。
「アルお兄様はご結婚などなさる気がありませんでした。だから、学園に入れば以前よりも近くにいられると思っていたのです。エスコート役はお兄様だと幼少の頃から思っておりました」
今回のようなエスコートを必要とする場合も、付いてきてもらえると思っていたようだ。ラナリスに婚約者はいない。ならば、身内にエスコート役を頼む。兄であるアルヴィスならば、喜んで応えただろう。
「それは――」
「エリナ様」
エリナの言葉にかぶせる様にラナリスが名を呼ぶ。後輩として、令嬢としては失礼にもあたる行為だがエリナは指摘せずにラナリスと向き合った。
「アルヴィスお兄様を、よろしくお願い致します」
「ラナリス様」
「お兄様はお優しい方です。ですが、昔……その笑顔がとても怖かった時期がありました。特にお父様を始めとする貴族のお歴々に対するものは普通ではなかったと思います」
「……」
何の話なのか、エリナは理解できなかった。だが、ラナリスの言葉を遮ってはいけない気がして黙ったまま耳を傾ける。周囲に人はおらず、聞いている者もいないようだ。恐らくラナリスは、それをわかっていて話しているのだろう。
「何がお兄様に起きたのか、私は知りません。エドならばもしくは知っているのかもしれませんが、きっと私では教えてもらえないのだと思います。私は、妹でしかありませんから。ですが、エリナ様なら……」
「わたくしなら、ですか?」
「はい。エリナ様は、お兄様を大切に想ってくださっている。そうですよね?」
思わず赤面しそうになるのを堪える様に、エリナは頷いた。まだ知らないことは多い。だが、それでもエリナはアルヴィスを想っている。
そんなエリナを見て、ラナリスは嬉しそうに笑う。その顔もアルヴィスによく似ている。男女で、年も離れている兄妹だというのに本当にそっくりなのだなと思わずにいられない。きっと、幼少の頃のアルヴィスは女の子の様に可愛らしかったに違いない。
「お兄様もエリナ様を大切にしていることは伝わってきます。ですから、これからもお兄様の傍にずっといてくださいね」
「はい、勿論です」
「ありがとうございます、お義姉さま」
次話も閑話となる予定です。