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1話

乙女ゲーム系ものチャレンジ第二弾です。

 

「は?」


 それは突然だった。仕えるべき主である国王陛下に執務室へ呼び出されたかと思うと、突然告げられたのだ。


「ん? 聞こえなかったのか? ゴホン……アルヴィス、お主にはリトアード公爵令嬢のエリナ嬢と婚約してもらう」

「……」


 今一度告げられた内容に、アルヴィスはただ呆然とするだけだ。一体何が起きたのか。不本意ではあるが優秀な頭脳が、現状把握のためフル回転する。

 エリナ・フォン・リトアード。ルベリア王国において四大公爵家に数えられる由緒正しい名家出身のお嬢様だ。現在は17歳で、王立学園に在学中の二年生。在学期間はまだ一年残っている。王太子妃となるべく幼少期から現王妃により教育を受けており、2か国の外国語を会話レベルで習得済み。礼儀作法も申し分なく、学園卒業を待って、正式に王太子であるジラルドと結婚するはずだった。

 そう、エリナは王太子の婚約者だったのだ。この婚約が決まったのは十年以上も前のこと。王太子であるジラルドとエリナの双方もお互い恋愛感情はないものの、納得していることだと聞いていた。

 ジラルドは今年学園を卒業する。その後、エリナが卒業するまでの間は公務を覚える教育の為の時間とされていた。何の問題もなかったはずだ。アルヴィスが知る上では。

 しかし、そのエリナがアルヴィスの婚約者となると国王が言っている。ということは、エリナ側……ひいてはリトアード公爵家から何かしらジラルドと結婚することを忌避したい事情があったのか。それとも、王家側がエリナ以外の王太子妃を立てることにしたのか。

 後者はまずあり得ない。王妃がエリナを気に入っているのは周知の事実。手放す訳がない。ならば、前者か……もしくは別の意図があるのか。

 不意に、ゴホンと咳払いの音が聞こえ、アルヴィスは意識を目の前の国王に戻した。


「アルヴィス、思考に耽るのは構わんが、後にしてくれ」

「……申し訳ありません」


 黙ったまま何も言わないアルヴィスがしていることはお見通しだったようだ。仕方なく考えるのは後にして、国王からの話の続きを促す。


「それで、事情はお話し頂けるのですか?」

「あぁ……まず、エリナ嬢との婚約だが、出来るだけ早めに顔合わせをしておきたい。向こうの要望には出来るだけ応えねばならん」

「はぁ……」


 生返事をしてしまうアルヴィス。本来ならば不敬ではあるが、国王は咎めることなく話を続ける。


「そして、ジラルドは王太子の地位を剥奪し、臣籍降下させることになった」

「なっ!?」

「便宜上、爵位は与えるが一代限りだ。王族からも排斥され、今後王族を名乗ることは許されない」

「ま、待ってくださいっ!」


 衝撃的な言葉が国王から告げられ、アルヴィスは思わず口を挟んでしまった。仕える立場からはあり得ないことだが、国王はアルヴィスの制止に言葉を止めてくれた。


「……何か不足があったか?」

「恐れながら申し上げます。陛下、王太子殿下から王族の身分を剥奪するなど、正気の沙汰ではございません。王太子殿下は、陛下にとって唯一の王子です。後継者がいなくなってしまいます」


 現在、王家には三人の子どもがいる。第一王子であるジラルドの他には王女が二人。ルベリア王国は男児にしか継承権が認められていないため、二人の王女に王となる権利はない。そのため、ジラルドが唯一なのだ。それを排斥するなど、あり得ない。


「……言いたいことはわかっておる。だが、そうしなければならぬ事態が起きたのだ」

「え?」


 苦悶の表情を向けた国王は、重い息を吐く。すると、様子を見守っていた宰相が前に出てきた。


「アルヴィス様、この先は私が説明させていただきます」

「ザクセン侯爵?」


 国王の側近で宰相を務めているザクセン侯爵。眼鏡を上げて見せると、姿勢を正し業務連絡のように報告を始めた。

 昨日、王立学園では創立記念のパーティーが行われていた。パーティー自体は学園内で行われ、全生徒が参加する卒業パーティーと並んで大きな行事だ。社交界の練習も兼ねている大事な場でもある。

 パーティーでは婚約者がいる場合、エスコートするのが常識である。しかし、何を考えているのかジラルドはエリナをエスコートしなかった。そればかりか、男爵令嬢をエスコートして会場に現れたという。これだけでも十分非常識だ。だが、事態はそればかりではなかった。

 大勢の人の目がある中、エリナへの婚約破棄を宣言したというのだ。国が決めた婚約を破棄することができるのは、国王のみ。それも一方的に破棄することは出来ず、相応な理由と相手側の了承がなければ有効にはならない。つまり、王太子でしかないジラルドが何を言ったところで、破棄することは出来ないのだ。貴族ならば、誰もが知っていることである。簡単に破棄出来ないからこそ、婚約するだけで一定の効力を持つのだから。ジラルドが知らないわけがない。だが、パーティーの最中ということで証人は沢山いる。なかったことには出来ない。

 破棄を宣言した理由は、男爵令嬢を愛したから、らしい。更に、エリナが嫉妬に狂い、その男爵令嬢に嫌がらせをしていたとして、愛想が尽きたとも話していたようだ。嫌がらせというのは推測の域を出ないもので、男爵令嬢自身の訴えのみ。それでも、男爵令嬢を悲しませたことで、国母として相応しいとは思えないとまで言い切ったらしい。

 ここまでの話を聞いて、アルヴィスは頭を抱えるしかなかった。話の流れから、この後己が何を言われるのかも想像がつく。全くもって厄介な上に、迷惑でしかなかった。


「昨日の内に、リトアード公爵家より抗議の書面と、ジラルド殿の側近候補だった同級のリトアード公爵子息と影から報告がありました」


 宰相からジラルドに対する敬称が既に王室に対するものではなくなっている。最早、敬う相手ではないということか。

 影というのは、国王のみに仕える隠密だ。話し振りから察するに、ジラルドの行動を監視していたのだろう。信頼できる情報と当人である公爵家からの書面。無視することは出来ない事態に、ジラルドを呼び出し状況を聞き出すことになった。しかし、ジラルドは己の所業を非常識とは考えておらず、常識と言われていることこそが間違いだと言ったらしい。

 人は等しく平等であり、愛し愛される権利があると。政略結婚など時代錯誤であり、王族も人である以上は権利を認めるべき、と主張して正義は己にあると考えているようだ。更に、身分制度を廃し、誰もが平等に学べる場所や機会を与えるべきとまで。何かに侵されたかのように理想を語るジラルドは、狂気であった、と宰相は説明してくれた。

 確かに狂気だ。人は平等などではない。例え身分を無くしたとしても、等しく平等であることなどあり得ないのだ。頭脳が優秀な者、腕っぷしが強い者、金銭的に力を持つ者など、言い出せばきりがない。誰もが同じ立場になれば、間違いなく国が滅ぶ。国家など、維持できない。自由な恋愛など、認められているのは平民、若しくは下級貴族のみ。高位貴族に自由など認められていない。貴族故の特権と引き換えにしていると言ってもいい。その最も上位にいながら、数々の恩恵を得ていながら何をふざけたことを語っているのか。


「最早、矯正は不可能と陛下は判断されました。それ故の排斥です。ご理解してもらえましたか?」

「……えぇ」

「本件について、エリナ嬢には何の落ち度もありません。そのため、これまでエリナ嬢が王妃教育に費やしてきた時間を鑑みれば、そのまま王太子妃から下ろすのは賠償問題に発展します」


 ジラルドが勝手に愛想を尽かし、浮気した。エリナはその間も王太子妃として教育を受けている。時間はお金では買えない。その為全てを白紙にするのは可哀想だということだろう。エリナが教育と称して拘束されたこれまでの時間は、取り戻すことなど出来ない。教育が無駄になるのは確かに、公爵家に対しても示しがつかないだろう。そのために、アルヴィスに矛先が向いたということだ。


「それで、私ですか……」

「はい。継承権第一位は、王弟殿下……現ベルフィアス公爵様となります。とは言え閣下を戻すことは出来ません。更に閣下の長男であらせられるマグリア様は既に妻帯者であり、ベルフィアス公爵家を継がれるお方。そのため、弟君であるあなた様しかおられません、アルヴィス様」

「……」


 幸か不幸か、アルヴィスは王都の城内が職場であり、呼び出しにも直ぐに応じられる距離にいた。ベルフィアス公爵家の次男として生を受けたアルヴィス。その名をアルヴィス・フォン・ベルフィアスという。王族特有の金髪に、母譲りの水色の瞳。細身の体格は一見すると騎士には見えない。家を継ぐべき兄が結婚したことで、憂いなく得意な剣技を生かせる騎士団に所属することができた。現在は近衛隊へと異動になっている。その立場からか、見合いを持ち込まれたこともゼロではないが、己に流れる血は王族のものであるため、余計な火種を生むことになりかねないと、全て断ってきた。そもそも結婚をするつもりはなかったのだ。

 今回は王家側に非がある以上、公爵家を立てる必要がある。そのため、エリナを王太子妃から外すことは出来ない。故に、王女が婿をとる形を取ることもできない。ジラルドのみを排斥するだけならば、アルヴィスと王女を婚約させることもできたが、それは公爵家を無視することになる。いずれにしても、兄が結婚できない以上、アルヴィスしかいないのだ。

 理解したくはないがせざるを得ない。迷惑でしかない己の置かれた状況に、舌打ちしたくなる。


「ベルフィアス公爵閣下には、今朝通達しました。リトアード公爵家からは了承を得ています」


 逃げ道は既にないようだ。いや、この場に呼び出され国王から話を告げられた時から、アルヴィスに拒否権はない。命じられるまま受け入れるしかないのだ。


「アルヴィス……本日より、王族に籍を戻させる。直ぐに部屋も移動だ。近日中に立太子の儀式も執り行う。良いな」

「……承知、しました」


 承諾の言を口にしながら、アルヴィスはため息を吐いた。



 

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