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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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7話『明日流解放』

 震える腕を床に押し付ける蛾堂家は──いや違う。犬神の眼はまだ、諦めに辿り着いていない。やはり負けたくないのか。

 しかしこれ以上やれば蛾堂家が病院送りになるのも確実で、俺としては今直ぐ終わりにしたい。してやりたい。


「犬神、聞き分けろ。お前と蛾堂家では俺と虎には敵わない。それより先に、蛾堂家の身体が使い物にならなくなるぞ。そうしたら闘うことなんて不可能だ」


 ここで犬神が「別の奴に憑依する」なんて考えを持ち出さないでくれると有り難い。それが無いとは言い切れないしな。

 だが別の誰かに憑依しても、俺が解放する。何度でも、やってやるよ。


「あんた自分で言ってたでしょ? 神様達は話なんて聞かない。勝つまできっと、諦めないわ」


 鷹場が俺の右に並ぶ。危ないから下がってろって言ってんのに。

 普通に相手出来てたけど。


「それより、だとしてどう解放させりゃいいんだよ。何度ぶっ飛ばしてもしつこく飛びかかって来るんだぞあいつ」


「……手っ取り早いのは殺すことでしょうね」


「ふざけんな」


 真顔で発言した鷹場を叩こうとしたら、弾かれた。こいつ、プライド高過ぎて面倒だ。


「私だってそんなことするつもりないわよ」


 溜め息を吐いた鷹場は、正面でゆらりと立ち上がる蛾堂家を見据えた。低く拳を構え、澄んだ瞳の中に炎のオーラを浮かべる。

 浮かべた様に見えただけで、普通の眼です。


「だから、分からせてやればいいのよ。幾ら自分が頑張ったところで、絶対に敵わない相手がいるってことを」


「どうやって。相手は、神様だぞ」


「心のど真ん中まで恐怖を植え付ける。勿論、腕力で」


「……『ヤ』のつく何かかお前は」


 俺の言葉を耳に入れてもないっぽい鷹場は、床についていた蛾堂家の腕を蹴り飛ばす。最低だな。


「ねぇ、闘いたいんでしょ? 私、元々猿の憑き者だったんだけれど、あの男に敗れたの。……それで、憑き者ですらない今の私に惨敗したらもう、あんた人間以下ね? 犬神」


 倒れかけた蛾堂家の襟を掴み上げ、南国も凍てつく程の冷たい眼を向ける鷹場。まさかの精神攻撃から始めか。

 侮辱にプライドの高い神様が堪えられる訳もなく、犬神は右手を振り上げる。


「ふん」


 前振りもないその攻撃を鷹場は空いている方の手で受け止める。

 しかし、犬神は攻撃を中断することはせず、左手も振り上げた。

 ──鷹場の脇腹に拳がヒットし、弾かれた身体が床に叩きつけられる。


「鷹場! お前何してんだ!」


「ふふ……」


 その一撃が普通の人間にとってどれ程の重みかは、俺には分からない。だがあの鷹場が起き上がれずに伏したままでいる時点で、想像を超える力だと言うのが分かる。

 蛾堂家を気にしつつ鷹場を支えてやると、何故か微笑んだ。痛みでおかしくなったのだろうか。


「よかったわね、犬神。……私のことなら、倒せたじゃない」


 蛾堂家に向かって掠れる声を出した鷹場は、眼を閉じた。

 今鷹場は、「私のことなら倒せた」って言った。つまり、わざと拳を受けたってことか? 何してんだ、このバカ。


「危ねーから、近づくなって言ったのに」


 俺が鷹場を運ぶ間、蛾堂家は突っ込んで来なかった。壁に鷹場を寄りかからせて、中心で待つ蛾堂家の正面へと戻って行く。


「ゥガアアア!」


「うるせぇよ。黙ってかかって来い」


 雄叫びを上げる蛾堂家を睨みつけて、低く構えた。

 次で終わらせる。自信満々になった犬神を次の一撃で沈める。

 それが鷹場の考えた策だ。俺はそう考える。


「俺を倒せたら晴れて二人抜きだな」


「グルルァア!」


 俺と蛾堂家の距離は一メートル半しかない。

 この距離なら、リーチの長い者程不利。腕が届く前の、不完全な打撃だからだ。

 つまり全体的にリーチのある俺が不利な訳だが、この勝負の結果は別に見えていた。


「はぁあっ!」


 刹那の瞬間。本当に、コンマ一秒にも満たない時間。

 蛾堂家が拳を振るおうと動き出した、重心が安定しないその瞬間に、俺は相手よりも早く脚を振り上げていた。

 狙いは側頭部。結構危険だが、一撃で相手を葬ることが、俺なら可能だ。

 そして蛾堂家の側頭部には、俺の脚が力強く打ち込められた。


「ギッ……!」


「脚、長くてよかったわ本当に。じゃあな犬神」


 その上身体柔らかいんだ俺は。どっちか欠けてたら無理な行動だった。

 蛾堂家の身体が床に倒れると、その身体から魂の様なものが抜けて行った。犬神が負けを認めて蛾堂家を解放したということだ。


「たく、無茶なことしやがって……。これどう説明すんだよ」


 保健医が何て言うことやら。ぐったりする鷹場を担いで、もう片方の腕で気絶中の蛾堂家を抱える。異様な光景だろうが、気にしてられない。

 問題はどうやって保健医に説明するか。

 ──結局、保健医がいなかったために二人を置いてそっと逃げた。

 俺が暴力を振るったと勘違いされても困るからな。


「お早う浅川。今日はよく会う日だな」


 呼ばれて振り返ると、担任の渡辺が偉そうに仁王立ちしていた。この乳女、何でこうも威張った態度でいられるんだろうか。


「……今日は、初めて顔見た気がするんですが」


「なぁに、これから朝のホームルームだ。昼にもホームルームはある。それに今日の君は私が担当する数学の授業があるだろう。勿論、放課後前にもホームルームがある」


「……何が言いたいんスか」


「これからよく会うということだ」


「あ、はい……」


 この人、独特過ぎる屁理屈やめてくれないかな。鷹場の拳を躱すよりも面倒くさい。

 急に「ブー」というブザー音が聞こえ、直後に渡辺がスマホをポケットから取り出した。おい、仮にも教師が堂々とスマホを弄るな。

 そう言ったら、


「校則には、『()()()()スマホの使用は禁則とする』しか書かれていない。つまり、まだ授業ではないためセーフ。はい論破」


 とか、またも屁理屈を出して来た。その上ぐいぐいスマホの画面を見せ付けてくる。


「誰っスかこの人。彼氏かなんかですか?」


「そうだっ!」


 俺が面倒くさくてテキトー言うと、渡辺は満面の笑みを見せて両手でガッツポーズをした。

 時々思うけど、この人は大人っぽい口調を無理矢理使ってるだけのガキだろ。デカい子供。


「彼は数日前にボクシングのジムで出会ってだな? 私が胸の重さに耐え切れず転んでしまった時、支えてくれた人なんだ。優しいだろう? その上イケメンだ!」


 渡辺がめちゃくちゃはしゃいでるのが、一生徒としてとっても恥ずかしい。他のクラスの生徒達が遠目に見て来るから気分が悪い。


「てか先生、あんたも顔で人を選ぶタイプですか? 俺は別にどっちだっていいと思うけど」


「別に。人間の顔など興味も湧かない」


「じゃあ何でイケメンだって喜んだんですか」


「一度は言ってみたかったんだ。自分の彼氏がイケメンだってな」


「てか、本当にイケメンだし優しいとなると、先生には勿体無いと思いますが」


「ならお前が私に告白すればいいだろう」


「何でやねん」


 例えば俺が本当に告白したとしたら、あんたその男性捨てるってことじゃねーか。最低だなおい。

 それと、あんたと鷹場に告白するのは世界が滅ぶことになろうが嫌だ。どっちも度を超えて面倒くさい。

 憑き者も解放しなきゃなんないし、高校で恋愛にうつつを抜かす予定はないが、一人選ぶとしたらエルだな。言葉通じないけど。

 気づくと、渡辺先生が大層驚いた表情で俺の顔を覗いていた。


「ヤキモチとかやかないのか? 浅川」


「何故に俺がヤキモチ妬かんとならんのですか?」


「むぅ……まぁ仕方ないか。ではそろそろホームルームを開始しよう。教室に入りなさい。──そう言えば、私は胸が重くてよく転ぶからな」


「それがどうした⁉︎」


 この先生はやたらと自分の胸のことを教えて来るな。それ程までに自信がある胸なのだろうか。知らんがなこっちは。


「転びそうになってるのを見かけたら、支えてくれて構わないからな?」


 教室に一歩入った渡辺が振り返り、バカみたいに真剣な眼で言う。

 素直に支えてくれと言えばいいのに。

 俺に言うのは多分、最も腕力があるからだろうな。面倒くさい。


「一応、見かけた時は支えておきます」


「拍子に胸を揉みしだいても、私としては一向に構わない!」


「いいからさっさとホームルーム始めろよ!」


 この人が担任で本当に嫌だった。あと約一年、卒業まで我慢しよう。


「浅川君、俺を倒してくれてありがとう。記憶には殆ど残っていないけど、苦労させてごめん。お陰で鼻と耳が久し振りに心地いいよ」


 屋上で鷹場と共に弁当を食べていたら、蛾堂家が深々と頭を下げて来た。教師や生徒、親など迷惑をかけた人達全員にそうして来たらしい。

 何で俺らが最後なんだよ。


「……別にいいか。なぁ蛾堂家、今回のことできっちりと理解した筈だ。後回しにして良いことなんてないってな」


「ああ。痛感したよ。浅川君がいなければ、俺はきっと完全憑依されたままになっていた」


「俺より強い憑き者がいりゃ、大丈夫だろ」


 そんな奴いたら解放してやれるのか不安になってくるが。

 しかし、鷹場も蛾堂家も……憑き者達はどうして隠そうとするんだ? 自分が憑き者だって示せば、早く解放することも出来る可能性が高まるのに。

 まさか解放されたくないって考えてる訳じゃないよな。普通だったらさっさと解放されたいだろ。


「俺、道場継ぐことにしたよ」


「ふぁ?」


 キャラ弁の髪の毛(卵)を口に含みながら、蛾堂家に返事をした。

 何で急に道場継ぐつもりになったんだよ。お前、俺よりも武術に関心ないだろ。

 蛾堂家は自分の右腕に穏やかな眼を向けて、その理由を話し始める。


「元々、本当にどうでもよかった。門下生なんて片手で数えられる程しかいない落ち目の道場だしね。君達の家の方が絶対に役立つ武術を教えてくれる」


「まー、分かるわ」


 砂粒粉砕拳だっけ? お前ん家の流派。

 てかいい加減何か喋れよ鷹場。隣で黙々と弁当貪ってんな自滅級人見知り女。


「でもやっぱ、親の道場を続けるって夢を俺も守りたくなったんだ。この期にネガティヴな心も洗浄して、生まれ変わるつもりだよ」


 蛾堂家は俺達が殆ど聞いていないことにも気づかず、楽しそうに話を続ける。

 俺は一旦箸を手放して、蛾堂家に視線を向けた。


「中々難しいだろうが、まぁ頑張れ。俺も頭の隅に入れてテキトーに応援しておくから」


「はは、ありがとう」


 苦笑した蛾堂家は、少し口籠った。


「……二人とは、友達になりたいな。勿論、初めて話したも同然なんだけどね、鷹場さんは」


「お、おぉ。お前友人関係なんて興味なくなかったか……?」


「無いよ。でも同じ憑き者になった経験のある二人とは、語り合えることもあると思うし」


「ほー…………遠慮しておく」


「ははっ」


 蛾堂家はまた笑うと、「うん」と頷く。鷹場が青冷めてるから友人になるのは絶対に断る。俺も鷹場もコミュニケーション能力が本当低いからやめてくれ。


「知ってる。浅川君、俺は戦線離脱と行くけど、これからもっと頑張って。全ての憑き者達を解放してあげてね」


 蛾堂家はそう言って扉の方へ向かって行く。俺は慌てて大きな声を蛾堂家に向けて放った。


「お前みたいな奴がいるとスムーズにいかないんだよ。大人しく敗けてくれりゃいいものを!」


「はは、ごめんごめん。じゃあまた」


 蛾堂家が屋上から屋内に戻って行くと、隣で鷹場が噎せた。背中を摩ってやったら、擽ったいと拒否された。

 こいつ背中弱いのか? あまりにもしつこいとき目一杯擽って逃げよう。


「蛾堂家明日流、寒気のすること言わないでほしいわ。私は昼雅だけで充分よ」


 どれだけ蛾堂家の友人になるのが嫌だったのか、鷹場は汗ダクになっている。俺的にはイマイチだが、この透けたワイシャツでやたら興奮する奴らを見かけたことがある。

 俺は女自体面倒くさくて好きではないが、強いて言うなら巨乳派だ。こいつは貧乳。興味もない。

 ……かと言って、巨乳な渡辺に興奮は覚えない。


「てか俺とお前はいつ友人になったんだよ」


「何か言った?」


「……お前な」


 拳が眼の前を通過した。「ボッ」と擬音をつけられる、風の音も。当たったらただで済まねーだろそれよ。

 こんな危ない奴と長い時間を過ごしたくない。俺は食べ終えていた弁当を風呂敷で包み、ダッシュで屋内に逃げた。

 鷹場が「あっ……」と凄い残念そうな声を洩らしていた。友達いない奴にこれやったら可哀想だったか?


「あんた本当足速いわね。お陰で見失うところだったわ」


「見失わずによく追って来れたなお前!」


「車なんて目じゃない速度で走れば充分よ。ただ、先生達に見られないか不安だったけど。それと、お弁当なら全部掻き込んだわ」


「お前の執念怖ぇわ本当! ついて来んなよ!」


「何言ってるの」


 鷹場は呆れ顔で腰に手を当て、何故か睨み付けてきた。


「私はあんたのパートナーでしょ? ついて行くわよ。あんたが死ぬまで」


「来んなーーーーーーーーーー!」


 ──かなり全力で叫んだ。

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