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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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6話『完全憑依』

 体育館前には大量の椅子と机が転がっている。恐らく、蛾堂家の仕業だ。何で机と椅子なんだかは知らないけど。

 この山を簡単に越えていくのは中々難度が高い。しかし、慎重に行き過ぎては不意打ちを喰らう恐れもある。


「さて、どうするかな。鷹場、お前これ全部バッ! て投げてどかせないか?」


「私を何だと思ってんのよ。一つの塊ならともかく、こんな数一回で投げられる訳ないでしょ」


 眉が寄りまくった不細工な顔で睨まれた。流石に無理があるか。……一つのデカい塊なら投げられんのかお前は。

 机はざっと八つ。椅子が十六。明らかに妨害してるよな、俺達が来るのを。

 蛾堂家の本心からか、それとも神様が何か策でもあってこんなことしてんのか。


「考えたとこで全く分かんねーな。鷹場、少し遠回りするぞ。通路から出て、駐輪場の方から強引に入る。いいな」


「ええ。なら、早いとこ行きましょ。他の誰かが来たら迷惑だし」


「言葉を選べな? お前は」


 他の誰かが来たら危険なんだよ。俺がツキモノだってこともバレるし、蛾堂家の攻撃対象になるかも知れないし。

 だからお前の時も早めに終わらせたかったのに、いちいち抗戦して来るから。


「選んでる暇なんてないでしょ? 弱いのが来ればただの邪魔にしかならないんだから。乗り込むわよ」


 鷹場は悪びれもせずに言う。こりゃ友達なんて出来る筈もないな。

 何処の体育館も同じだろうが、大抵出入り口は一つじゃない。うちのは四つあって、通路側の二つが閉ざされてるだけだ。

 だから裏道ではあるが、もう一方に向かえばどうということはない。


「よっと、何でこっち側段差こんなにも高いんだ。スムーズに入れないだろよ」


 裏道の方には、体育館に入るためにわざわざ膝上くらいの高さある段差を登らなきゃならない。どっちにしろ堂々と入るのは叶わなかった。


「普段誰も来ない道に階段なんて作ると思う? 登れないこともないし。特に、私達みたいに脚が長ければ」


「確かにお前脚長いな。俺より身長は低いけど俺より長そう気持ち悪い」


「ぶっ飛ばすわよ。それと、こっちの扉は避難用。一斉に脱出する際、同じ方向に扉二つじゃ狭いでしょ。誰か逃げ遅れるわ」


 クールに語る鷹場を見て、「おぉ」と感動の声を漏らした。


「お前のこと少し見直したわ。そんなこと知ってるなんてな。今なら輝いて見えるぞ鷹場」


「あらありがとう。因みに、当てずっぽうなのだけど」


「小汚ねぇ輝きが視えるぞ鷹場」


 一瞬でも尊敬した俺がバカだった。バカなのは鷹場だが、俺もバカだった。今後こいつに期待するのはやめておこう。

 ──無駄話はここまでにしておこう。俺達は既に扉を越えて体育館の中だ。中央に立つ男が、問答無用で殺気を向けて来る。


「やっぱこうなったか、蛾堂家。だから言ったんだよ、テキトーでいいから敗けろって」


「……グルルルルル」


 お、何あれ今の何。思わず脚が竦んだぞ。獣みたいな眼で睨まれるのは鷹場で慣れたとして、口も開かずに唸ってるとか恐ろしいな。最早人間辞めてる。

 ……辞めてんじゃなくて、完全に呑まれてるだけっぽいけどな。


「完全憑依した相手に、普通の人間は敵わない。鷹場下がってろ。お前は人払いでもしといてくれ」


「えっ……」


 物凄い嫌そうな顔で、鷹場は後ずさる。まさか人払いすら出来ない程人見知りなのか? 役に立たねぇな。

 鷹場が人払いをしてくれないのなら、いつか騒ぎを聞きつけた誰かがやって来る筈。その前に終わらすには──


「使うしかないか。……やるぞ」


 顔の形がやや犬に近くなっている蛾堂家は、低く腰を落とす。犬の戦い方って、人間にとっちゃそこそこ厄介なんだよな。いかにも獣って感じで。

 だがな、狩り腕でならこっちも負けてないんだよ。

 俺の両腕から、大量の体毛が現れる。人間のものじゃなくて、俺を憑き者にした虎のものだ。


「イヌ科とネコ科、どっちが強いか勝負と行こう。犬の神様よ、そいつの身体で無茶することだけは許さないからな?」


「グルルルルル……ゥガァアウッ!」


 犬のスタミナはネコ科より圧倒的に多いらしい。──が、お生憎様。俺が憑き者となって得たメリットは、スタミナの無尽蔵だ。

 犬の強みである聴覚嗅覚はこっちも高い。スピードなんて俺自身がものともしない。パラメータだけ見れば俺の圧勝だ。


「神様がそう簡単に勝たせてくれるなんて、微塵も思っちゃいねぇけどな」


 蛾堂家(犬神憑依)は最早獣同然の四足走行で接近して来る。しかし、噛み付いたりする訳じゃないみたいで、右腕を下から構えた。


「犬パンチってか? だったらこっちも取って置きの見せてやる」


「ガァアアア!」


 犬パンチが取って置きな訳ないが、迫り来るその拳を左手で横に受け流し、右手を素早く掲げた。

 上から豪快な叩きつけを行う。この攻撃はそう、


「猫パンチ!」


「ゥガッ!」


 ベチンッ! ……と体育館に響き渡る引っ叩いた音。そして蛾堂家が床に叩きつけられた音。背後からは、爬虫類みたいに眼を細めた鷹場が見て来る。

 蛾堂家自体は俺に勝てない。俺は伊達に毎日筋トレしていないしな。

 この勝負、憑依した相手の差で決着が見えた。


「グルルルルル……!」


 負け犬の如く唸る蛾堂家は、素早い四足移動で俺から距離を取った。拍子抜けだな、何故この実力差で決着がつかなかったんだ神達よ。

 犬の神は、憑く相手を見誤ったみたいだ。鷹場に憑いた猿は大正解だったけど。


「もう辞めてやってもいいぞ犬の神。お前じゃ俺達には勝てない。そいつに憑いたのが間違いだ」


 蛾堂家は俺が知る限り最もネガティヴ思考を持っている男だ。犬の神が俺の戦闘センスに対抗出来ないのも、蛾堂家が心の内で「勝てない」と諦めているから──って可能性もある。

 未だ唸り続ける蛾堂家は、まるでトイレで力む人間の様なポーズをする。犬はああやって用は足さないから、別のことだと分かる。


「……あ、脚か。脚まで完全憑依か。脳だけじゃないのかよ、面倒だな」


「ガゥルルルルル!」


 猟犬を思わせる力強い蹴りを床に放った蛾堂家は、一発目よりも断然素早く俺の懐に潜り込んで来た。

 ……が、さっき言った様に、俺は高いスピードなんてものともしない。


「グゥ……ッ⁉︎」


「甘ぇんだよ、犬のお神」


 下から放たれた二度目の犬パンチを、横から掴む。脳は今犬に乗っ取られていようが、蛾堂家は人間だ。ここから素早く逃れることは出来ない。


「何年バカみたいに鍛えられて来たと思ってんだあ!」


 蛾堂家には申し訳ないが、顔面に蹴りをヒットさせた。同時に手を放したから、その身体が低く舞う。

 俺はそれを逃さず、着地する前に素早く移動し、今度は反対側から背中に回し蹴りを放った。


「グルァァア!」


「岩の山を小学生の頃から毎朝登って登校してんだ、筋力ナメんなよ。そこのお嬢さんもっとゴリラだが」


「ぶん殴られたいの?」


「骨が砕ける恐れがあるくらいの腕力を持つ奴に殴られたい奴なんていないから」


 睨みつけて来る鷹場の方に警戒した。一方で蛾堂家は転げ回り、体育館の壁に激突してる。

 そうだ、一部訂正がある。『骨が砕ける恐れがある』じゃなく、『骨が砕ける』だ。俺は自身が頑丈だから耐えられているだけだ。

 それでも骨が軋むけどな。


「ん? 何か嫌な予感がするな。蛾堂家……あ」


「え?」


 ──蛾堂家が飛びかかったのは俺じゃなくて鷹場だった。


「グゥゥルルルルルァアアア!」


 鷹場は突然のことに棒立ち状態。至近距離なため、躱すことも叶わない。

 まずいぞ、今の鷹場は憑依されていない。憑き者の攻撃なんて受けたら、軽傷で済まないぞ。


「──甘く見られたものね」


「ガァッ⁉︎」


 蛾堂家の拳は、何故か正反対の方向へ弾かれた。そして宙に浮いたまま一瞬停止。

 そこに鷹場の拳が現れて……


「はああああああああああっ!」


 身の毛もよだつ超連打。プロボクサーなんて眼じゃない、幾つも残像が視える高速の拳が蛾堂家の全身をとらえる。

 おい何だありゃ。ケンシロウか。あのケンシロウが降臨したのか。


「ギギ……ガ、ガゥアッ」


「ふんっ」


 最後の強烈な一撃が顔面を打ち、蛾堂家はまたしても宙を舞う。鷹場は長い長い髪を払い除け、腕組みをして壁に寄りかかった。

 あの女、憑依されていなくてもあんなこと出来るのか。つーか強過ぎんだろ、何で俺勝てたんだ。


「グルル……ルル……」


「どうする? 鷹場はバカだから蛾堂家の身体のことなんて考えてないぞ多分。辞めとくか? 大人しく敗けを認めろ」


 足腰ガクガクいってる蛾堂家が不憫過ぎて、これで終わりにしようって提案した。

 だけど、他の神に勝ちたい神達がその提案を飲む訳がなかった。


「グアアアゥッ!」


「おっと……! 急に飛びかかって来んなよ。たく、蛾堂家どうなるか分かったもんじゃねぇな」


 つーか今引っ掻こうとして来たぞあのクソ犬。せめて殴りに来いや。引っ掻き傷って痒いんだからな。

 鷹場の連打が何十発入ったのかは肉眼では分からない。しかし俺のも含めて顔面に幾つか受けている筈だ。倒れるのも時間の問題。

 本来、ボロボロの相手を殴りたくはないんだけどな……。


「鷹場見ろ、これが()()だ。のんびりしてたらこうなる。肉体の限界すら気にせず、どれだけ傷ついても戦い続けるんだよ」


 だから早めに開放してやりたかったのに、どいつもこいつもプライドが許さない。大人しく、手も出さないでいてくれれば、そんな傷つくこともないってのに。


「……悪かったわ。あの時、昼雅が一撃で終わりにするルールを設けていなければ、私もああなってたでしょうね」


 鷹場は瞳を閉じて、俯いた。腕組みしてるから偉そうにしか見えないぞ。

 鷹場自身が言った様に、鷹場相手の時は一撃がしっかりヒットしたら決着というルールを提示出来た。だが今回は初めから話が通じなく、それも無理だった。

 完全憑依は、この憑き者同士の戦いでは最も危険な状態なんだ。


「犬の神、今直ぐ憑依を解け。蛾堂家の身体が保たない。そいつは……弱いから」


「あんた最低ね。間違ってはないと思うけど」


「ブーメランだぞ鷹場」


「ブーメランなんて投げたことないわよ」


 違う、そうじゃない。そうじゃなくて、自分にもその言葉が返って来るぞって意味だよ多分。

 あと蛾堂家が弱いの事実だろ。


「ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」


「声が小さい」


 唸ってるだけだろうが、そんな低く唸ることあんのか。てか唸ってるってことは、まだ諦めてないってことなのか?

 イジメてるみたいで気分悪いからギブアップしてくれよ。本気で。もういいって本当。


「その身体はあんたのものじゃないでしょ。私の猿は強引に取りには来なかったけれど、使わせてもらってるってことを忘れないで」


 鷹場は低く構える蛾堂家を──いや、恐らく犬の神を睨みつけている。自分自身が同じ状況だったためか、少しは蛾堂家を労ってるのかも知れない。

 しかし残念ながら、神様達は俺ら人間の言うことを聞こうとしないらしいんだ。


「無駄だ鷹場。神は神だから、俺達人間を完全に下に見てる。話なんざ聞かねぇよ」


「でも……」


 何か言いたげな鷹場を左手で制して、腕のストレッチをする。ついでに、軽く飛び跳ねとく。

 所謂準備運動を今更終えた俺は、犬の神に完全憑依されたボロボロの蛾堂家を人差し指で挑発した。


「だから、俺がいるんだろうがよ。この神々を倒し尽くして、全て憑き者を解放するために」


 俺がわざと隙を見せた。武術を扱う人間同士の戦いに、指を動かしての挑発なんて隙だらけでしかない。

 勿論、犬の神も武術家の息子である蛾堂家の身体を借りているため、その隙は逃さない。


「……が、残念。俺の策にハマってるんだよ、神さん」


「グルゥゥァアアア!」


 俺の、がら空きの胴に低い跳び蹴りを放って来る蛾堂家の、脚を両腕で固める様に掴む。抵抗のため身体を捻る蛾堂家だが、圧倒的な筋力差で逃れられやしない。

 さっきから言ってんだろ? 正確には園児の頃から鍛えられまくってんだよ。実を言うと、家の扉は四十キロの重りがついてんだよ。


「ふんぬぁあああああああ!」


「グゥルァッ!」


 蛾堂家の脚を持ったまま回転して、振り回して、振り回してまだ振り回す。地味にキツい。

 安全な場所は探しても見つからなかったから、思い切りテキトーにぶん投げた。結果壁に激突。痛そうだ。


「あんたやり方サイッテー」


 背後から自分を棚上げして罵って来るバカに、親指を立てて思い切り逆さにした。剣道部の道場ぶっ壊した奴に言われたくないわ。


「……あ? まだ、やるのかよ」


「グルルルルル……」


 この犬めが、諦めの悪さ尋常じゃないな。鷹場みてぇにメンドくさい。

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