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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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5話『あらしが巻き起こる』

 蛾堂家明日流は稀に見る、絶望的なネガティヴ思考を持っている。これは、以前にも言ったことだ。

 だからなるべく刺激しない様に接して、何とか倒されることを承諾させなければならない。

 ……って言ってんのに。


「『死にたくなければ倒されなさい』って胸蔵掴み上げるのはどう? 逆らったら死ぬかも知れないって分かれば頷いてくれるんじゃない?」


 紙芝居みたいにド下手クソな絵を見せる鷹場は、明確な程頭がイッてしまっているらしい。何で脅すんだよ。刺激すんなって言ってんだろ。


「これがダメなら、もう強行突破しかないわね。問答無用にぶっ飛ばせばいいのよ!」


「いいのよ! じゃねぇんだよ。そのガッツポーズは誰も救わないからな。あと突破してどうすんだよ」


「ならどうするのよ? あの貧弱男、そう簡単に気を許すとは思えないわ」


「お前が気を許さなかったしな。けどなるべく穏便に済ませたいんだ俺は」


 しかし、鷹場の言う様に、蛾堂家は心を開かない。何せネガティヴだからな。心を開けば傷つくとでも考えるだろう。

 ……それただの臆病者だろうが。

 それはそうとして、難度が鷹場の比じゃないことは確かだ。コイツみたいに突っかかって来てくれた方が幾らかやりやすい。


「ねぇ、昼雅」


「名前呼びかよ。俺はそんな仲良くなったつもりないんだけどな──」


「ダメなの?」


「何かと拳を突き出して来る奴と仲良くなりたい人間なんて、ほんの一握り程度しかいないと思うぞ。または一摘みだ。お前の拳なんて受けたら死ぬ」


「あんた受け止められるじゃない」


 鷹場はつまらなそうに俯く。確かに俺はお前の拳を毎度腕や掌でガードする。しかし、その度に関節が悲鳴を上げてるんだよ。「ゴリラのパンチは真正面から受けてはいけん!」と必死にな。


「そんなことより何だよ。話しかけてきといて黙るのはよろしくないぞ」


「うっさい」


 何でだよ。これ俺が悪い訳じゃないだろ絶対。何で不貞腐れてんだよ。

 鷹場が話そうとしないなら、俺に用はない。蛾堂家になるべく多く接触し打ち解けなければ、神様から解放するのは無理だ。

 人間関係が壊滅的な俺が、打ち解けられるとは到底思えないが。


「待って、昼雅、待って。まだ言ってないでしょ」


 椅子から立ち上がったら腕をバカ力で掴まれた。動いたら折れるまたは千切れる。だから、その場で立ち止まる他ない。

 しかし既に相手のテリトリーの様なもんだ。腕を人質にされているから、迂闊な言動をしてはならない。

 気をつけろ、相手は軍隊をも滅ぼす恐れがある大ゴリラ怪獣だ。


「な、何用だ」


「今日のお昼は、何処で食べたの?」


「はぁ?」


 はぁあ? 昼食ってこの学校で、教室以外に何処で食うんだ。ここは購買はあっても食堂はねぇぞ。

 こいつ大丈夫か色々と。


「何子泣き爺みたいな顔してるのよ。あんたはネコ科なんだから、可愛い顔してればいいのに」


「ツッコミどころ満載過ぎるぞ。子泣き爺みたいな顔してたのか俺今。呆れてただけなんだが。……つーか最後が一番意味不明だ」


 座り直して、よく考え直した。子泣き爺みたいな顔とネコみたいな可愛い顔って言ったら、間違いなく前者の方が意味不明だ。子泣き爺に会ったことあるのかよ。

 あと、こんな筋肉つきまくってる奴が可愛い顔してたらアンバランス過ぎるだろ。


「いいから答えなさいよ、また話逸らすつもり?」


「さっきのは勝手に逸らしたんだろ」


「な訳ないでしょ」


 確かに。俺が呼び名にツッコミを入れたから悪いのか。

 まぁ、面倒だからいいだろ。こいつの相手なんて、言っちゃ悪いが介護より面倒だ。介護されてる方申し訳ない。

 鷹場が俺を睨みつけてるので、仕方なく答えてやることにした。


「ここ」


「教室? あんた、よく教室でなんて食べれるわね……」


 また不思議なことを言われたぞ。何だ? 学校で弁当食べる時、基本教室じゃないのか?


「私は剣道部室で食べてるもの」


「何で?」


「だって、気まずいじゃない。あんな、皆ワイワイ騒いでる中で独り、黙々と食べるなんて……」


「あっ……」


 しゅんとする鷹場を見て、俺は小学生時代の給食の時間を脳裏に浮かべた。

 あの頃、机を班でくっつけて食べるとかあったんだが、俺一人だけ一言も話さなかったんだよな。気まずかった。


「……てか、要するに何が言いたいんだよ。俺も確かに教室で一人黙々と食べ進めてることが大半だが、何か気になることでもあったか?」


「大半ってことは、他の人と食べる時もあるの?」


 変なとこに気が向いたな。一応、俺も完全に一人って訳じゃない。一応。


「エルって女子が、極稀に机を運んで来るんだ」


「外国人……? それとも、珍しい名前なだけ?」


「外人だよ。俺が人を名前で呼ぶ訳ないだろう」


「その子のこと、好き?」


「は? まぁ、嫌いじゃないわな」


 こんな俺に文句を言わず接してくれるってだけで優しいからな。優しい女子を好かない人間なんているのだろうか。

 あと、金髪めっちゃ羨ましい。綺麗で。


「ふーん、好きなんだ。ふーん」


「おいどうしたぶつくさぶつくさ。壊れたか? それとも元から壊れてるのか?」


「侮辱したわね……」


 あっ……鷹場がニヤリと笑った。いや何で笑うんだよ。間違いなくそれ楽しんでるよな。

 腕はもう掴まれていないので、俺は殺気を感じ取って椅子から跳び上がった。後ろ向きで椅子を跳び越すのくらい、訳ないしな。


「構えなさい昼雅! 勝負よ!」


「お前はアレか⁉︎ 教師とかに『バカ』って言われたら決闘申し込むのか⁉︎」


「しないわよバカね」


 冷静に返された。誰がバカだ。バカはお前だろうが。

 あと、楽しむなら挑んで来んな。本気でも挑んで来んな。俺は負けちゃいけねぇんだよ分かってんのかお前。


「おや、珍しい奴らがいちゃついてるな」


 ──俺も鷹場も嫌悪丸出しの顔で、突如開けられたドアの方を見た。

 何処かイかれた発言が聞こえた気がしたが、あんたか渡辺先生?


「しかし、武術においてこの学校で敵無しの二人が、放課後に無人の教室で淫行に鼻息を荒上げているとは」


「……先生、何の話?」


「おい渡辺先生。誰がいつそんなことしてた? 鼻息が荒いのは、こいつの突きを躱すのに必死だからだ」


 俺と鷹場に刺し殺す様な眼で見られた渡辺は、苦笑して誤魔化すと教師用の椅子に腰掛けた。


「失敬失敬。じゃあ何してた?」


「話聞いてたか?」


 どいつもこいつも人の話を聞かない連中ばかりだな。道理で人に好かれないよこいつら。

 拳をゆっくり下ろした鷹場は、胸元のリボンを雑に整えて椅子に座った。それから渡辺に身体を向ける。


「私はもう、無敵なんかじゃありません。ここにいる、浅川昼雅に敗北しました」


 思わず吹き出しそうになったぞ。何言ってくれてんのお前。校内で喧嘩してたと勘違いされたらどうしてくれんだよ。

 即座に訂正しようとしたが、その前に渡辺が「ふむ」と声を漏らした。


「お前は女子だろう? 浅川とは比較しない方がいいと思うが」


「いえ、私が普通の女子だとは言い切れません。腕力が男のそれですので」


 渡辺、鷹場の言う通りだ。そいつは最早女という綺麗な生き物じゃない。男ですらない。統一して性別「鷹場」だ。ゴリラ寄りの生物な。


「それと、淫行に手を染めることかあるとすれば、教室では嫌です。せめて、相手の部屋で、鼻息なんて気にならない優しい行為がしたいです」


「何の話をしてんだお前」


 顔を赤くしてまで暴露することじゃないだろが。何で知り合いのそんな心境を知らなきゃならないんだよ。


「ふむ、私はホテルで済ませる派だな。相手の家に入ってしまえば、いざという時に逃げ難いからな」


「あんたもあんたで何言ってんの?」


 人の前で何つー話をしてるんだこいつら。俺はお前らが何処で何しようが知ったことじゃないんだよ。聞きたくもなかったし。

 あ、やっぱり何処で何しようが〜ってとこは無しで。俺の視界に入るとこでは何もすんな。


「ちょっと下らな過ぎる話には共感出来ねーし興味湧かないんで、帰らせてもらう。じゃあな鷹場、またあし──」


「私も一緒に帰る、でしょ?」


 腕を怪力で掴まれた。少し怒りの込められた声で言われて、振り向きたくなくなった。下らないって言ったのが悪かったのだろうか。

 仕方なく頷いて、ドアに手をかけた。


「持っていないのならコンビニで買うといいぞ。私は高校生が行為をすることで興奮を覚えるから賛成派だ。コン……」


「鷹場を家まで送って直帰する。さようなら先生」


 出来れば永遠におさらばしたい渡辺に舌を出して、教室を出た。あの女は教師であるべきじゃない。

 ──普通、女子を家まで送る場合、帰り道が心配だからという理由が殆どだろう。しかし、鷹場は知っての通り怪物。そんな必要はない。

 それなのに送る理由は、ウサギみたいに寂しがりな鷹場の攻撃を受けないためだ。


「お前の恋人になる男が不憫で仕方ないな」


「そんな男、いる訳ないでしょ。私より弱い男に興味なんて無いわ」


 真顔で言ってやったら真顔で返された。お前より強い男ってそんないないんじゃないか? よかったな、独身のまま人生終えられそうで。


「昼雅は私より強いわね」


「焦るからやめてくれ。お前なんかと恋人になりたくない」


「私もあんたとは嫌。知り合いの中に、昼雅を入れて二人だけ私より強い男がいるわ。片方は父だけれど」


「お前強いなおい」


 何で俺こいつに勝てるんだろうな? 速度は恐らくオリンピック百メートル走に出場出来るレベルで、腕力は岩を持ち運べる程。スタミナが切れかけてるとこすら見たことない。

 どうしてこいつは俺に負けたんだろう。あの時は猿が憑依してて更に強かったのに。


「この世は摩訶不思議だ。天は人に二物を与えない筈なのに、鷹場には幾つも与え……あ、ごめん。代わりに知能九十九パーセント削られてるか」


「ぶっ飛ばすわよ」


 背後からの突きが頬を掠めた。身長十センチ差の相手の顔を狙うか普通。危ねぇ危ねぇ。


「ひっ……!」


「ん?」


 突然後ろから悲鳴が聞こえてきて振り返ったら、鷹場がナメクジから逃げていた。

 何よりも奴が苦手なんだとか──。


「明日辺りあらしが巻き起こる」


 夕飯を作り終えた親父が、席に着きながらそう呟いた。急過ぎるだろ。何の話だよ。


「どうした親父。今度は何のアニメの影響だ? こっちが分かるようなネタにしてくれないと反応すら出来ないんだが?」


「ネタな訳あるか。『明日辺りあらしが巻き起こる』そのままの意味だ。昼雅、気をつけろよ」


 さっきから嵐の発音が地味におかしいんだよな、ツッコマないけど。ツッコミ過ぎると面倒臭い奴ばかり周りにいるから学習した。

 夕飯を口に運びながら、ふと窓の外に眼を向けた。空は別段曇ったりもしていない。こんなんで嵐来んのか?


「ま、気をつけろって言うんなら一応そうする。さっさと飯食べちまおう」


「デザートにクレープ作ってみたぞ」


 明日置き傘でもバッグに詰めとくか。確か小学生の頃使ってたやつが箪笥に入っていた筈……。

 ──翌日の朝も、家の前で鷹場が待ち伏せしていた。何やらワクワクした様子で。すっかり友達と認識されてしまったな。


「結局雨すら降らないじゃんか」


 天候を気にして登校していたら、考えていたことが声に出ていたらしい。直後、ほくそ笑んだ鷹場がスマホを見せて来る。

 天気予報の画面だった。


「今日は雨なんて降らないわよ? 何故天気が崩れるとか思ったのかしら」


「親父が嵐が来るって言ってたんだよ。普段的中するから信じきったじゃねぇか」


「それは仕方ないことね」


 鷹場は溜め息を吐いて早歩きをし出した。時々戻って来る理解不能な行動だが。

 実際、親父の予想は今のところ百発百中だ。今回も実は当たるんじゃないかって不安だ。

 ──そしてその不安は的を射た。


「おい、何で教室の椅子と机が全部逆さになってんだ。それなのに荷物とかはその上に置かれてて避難されてるし」


「昼雅!」


 椅子と机が犬神家になってるのに驚愕していたら、鷹場が廊下の人混みを掻き分けて呼んできた。それに気づいた生徒達が、まるで避けるかの様に道を開けて行く。悲しい。


「どのクラスもこんな状況らしいわ。悪質なイタズラね……元に戻すのが面倒じゃない」


「そこかよ。そこじゃねぇだろよ。親父が言ってたのは、このことか……?」


「え? 何か言ってたの?」


「ま、独り言みたいなもんだろ。気にすんな。とにかく捜すぞ」


 嵐じゃなくて荒らしが起こった教室から離れ、ある強い気配の元へ駆けて行く。鷹場は首を傾げて、俺の腕を怪力で鷲掴みにする。


「何を探すの?」


 今の鷹場が察することは出来なく、俺はその正体を感知出来る。微かにだが、近づけば少しずつ気配も強くなるから捜すのに苦労はしない。

 憑き物に憑依された同級生を捜す。


「蛾堂家をだ」


 最大限に気配を感じる体育館を見つめ、更に駆け出した。


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