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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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4話『蛾堂家明日流』

 何を基に『犬』の憑き者だと確信していたんだろう、あの二人の女子生徒は。それらしい行動でもしていたか? 四足歩行か野しょんでもしてたか。後者は無いと祈るが。

 俺と鷹場は荷物を一旦家に置いて、また集合した。本当は俺一人でよかったんだが、闘争心を引き出すには人数が多い方がいいと主張し強引について来やがった。

 言っておくがお前はもう憑き者じゃねぇかんな。


「ここが蛾堂家明日流の家? 武術系統の道場が自宅って言うのは本当みたいね」


「嘘をつくメリットが有るのなら、俺は嬉々として嘘をついた。『蛾堂家はただの人間だ』って」


「そんなに私に来て欲しくなかったのかしら? あんた何様よ」


「お前に言われたくねぇし。来て欲しくねーし。先輩に敬語すら使わずに上から目線な奴なんかと居たくねぇから」


 鷹場の正拳突きを躱す中で、俺は一瞬の間二階のまどに眼を向けた。恐らく、蛾堂家が俺達を見ていた。

 思い切り警戒されてしまった……かもな。それなら今はもうここに用は無い。


「落ち着けバカ。帰るぞ。もう今日は蛾堂家とのコンタクトは取れない」


「は?」


 拳を掴まれた鷹場は盛大に眉を曲げた。何もしていないのに帰ると言ったのが理解出来ないんだろうな。バカだし。


「明日学校で近付く。少しでも会話が可能なら、徐々に警戒心を解いていって交渉してみりゃいい」


「私の時と同じね。なるべく無駄な闘いはしたくないってとこかしら?」


「お前は了承してくれなかったけどな。それどころか猿の力を利用してまで勝とうとしたろ。この脳筋女」


 またな、と手を振って歩き出す。鷹場とは家が少々離れているため一緒には帰らない。帰りたくもない。

 背後から明らさまに邪気を感じて、早足に変更。ポキポキ関節を鳴らす音が大きく聞こえて来て──後ろに居た脳筋が吠えた。


「待てぇええ!」


「あっっっぶね! お前何すんだこら!」


 俺より反射神経が無い人間なら後頭部の髪が擦り減るとこだわ。何で鋭い風圧を放てるくらいの蹴りを俺に向けてんだ。間一髪だったぞ。

 猿の憑き者でなくなった筈の鷹場は何故か怒りに満ちた眼をしている。迂闊に逃げたら危険だ。


「……何か用かよ。帰り道に岩山越えなきゃなんないから、あまり疲れたくないんだが」


 またまた関節を鳴らした鷹場は、思わず耳を疑うことを言ってきた。


「誰が、脳筋よ? 侮辱されたからにはただで帰す訳にはいかないのよ」


 ……脳筋じゃん。何処をどう聞いたって見たって脳筋じゃん。

 頭悪い癖に運動量だけは人の三倍以上で、とにかく話し合いはせずに腕力で黙らせる。負けず嫌いでそれも力で決着をつけたがる。

 その上侮辱されたら一方的な暴力──完全に脳筋だろ。何か間違ったか?


「鷹場、下手をしたら蛾堂家ともやり合うことになるんだ。お前の相手する余裕なんてねぇんだよ!」


「黙りなさい! 避けてばかりでいないで、応戦したらどうなの⁉︎」


「お前は人の話をしっ……かりと聞けぇ!」


「問答無用!」


「そうだな!」


 数分間鷹場の突きや蹴りを躱し続け、疲れ切った状態で家に帰った。リビング前を通ろうとしたら親父が薄ら笑いを浮かべている。


「……何だよ。何か言いたいことがあるならさっさと言え。俺は今日途轍もなく疲れたんだよ」


「ほう、それは情けない。もっと鍛えろ、精進するがいいさ」


「ざけんな甘く見てんだろあんた。知ってるか? 鷹場剣術道場の娘を」


「ん? 当然だ、有名だしな。それがどうかしたか?」


「アイツにしつこく追い回されたんだよ。今日は飯良いからさっさと寝させてくれ」


「そりゃ災難だったな。流石にお前でも彼女の相手は辛かろう。朝飯は作っておくから、今日はゆっくり休めばいい」


「おう、親父もさっさと寝ろよな。夜更かししてねぇで」


「一本だけアニメ観てから寝る」


 親父が持っているDVDの表紙……つーかその作品知ってる。それこそ有名だろうが。とある町のとあるクラスに災厄が降りかかるってホラー作品だろ。

 そんなものを観てしまっては俺は恐ろしくて学校に行きたくなくなる。絶対観ないぞ。


「蛾堂家は明日も恐らく学校に来ないだろうし……朝、直接家を訪ねた方が早い気がするな。鷹場には内緒で、ちょっと早めに出るか」


 風呂でブツブツ言っていたら、親父が不気味に感じたらしく物申しにやって来た。おい、開けんなさっさと閉めてさっさと失せろ。

 独り言がデカかったのは謝るから。


 ──親父作・『魔法少女ルルカ』というアニメの痛弁をバッグに詰め、朝五時に起床して玄関のドアを開けた。

 陽射しさえまだ眩しくもない時間だが、どうしてだろう、気が晴れない。

 簡単なことだ。鷹場が腕を組んで仁王立ちしているからだ。鋭い目つきで。


「おかしいな、何故お前が俺の自宅をご存知? 岩山はどうした? ここはそう簡単に入って来れる場所じゃないんだが?」


 地味に険しい獣道も通るし何より遠いしな。アレおかしい、この先に詰まれていた岩の塊は何処へ? 普段なら外に出て直ぐ、嫌でも視界に割り込んで来るのに。


「あの岩なら、壊したわ」


 鷹場はさも当然だと言うように息を吐いた。あの岩山を、壊したと。縦に五メートル近く詰まれた強固な岩を、壊したと。

 お見受けしたところ、バッグ以外に所持している物はない。素手かおい。


「安心して、邪魔にならない様に海に捨てて来たわ。お陰でこんな時間。朝から腕が疲れたじゃない。何だったのあれ?」


 鷹場は呆れた様に溜め息を吐く。この近くに、海は無かったと思うんだが。

 在るとして、この家から三キロ離れた辺りだろうか。崖の下だから遊べもしないが。

 腕が疲れたで済むのだろうか。


「何だったのって言われても、親父の嫌がらせとしか思えない。鍛えろ鍛えろ五月蝿いからな」


「納得。うちの父もそんな感じよ。『無刀でも岩くらい粉微塵に吹き飛ばせ』って、いちいちしつこいのよね」


「そうじゃない。それとは違う。そんな化け物になれって言われてる訳じゃない」


 鷹場は何故俺に勝てないんだろうか。そんな漫画でもアホらしい誰得な英才教育を受けておいて。俺のことは粉微塵に吹き飛ばせないのだろうか。

 やっぱ今の無し。絶対やめてくれ。

 つーか刀有れば岩粉砕出来んのかよ。


「それより最初の質問に答えろよお前。何故にお前はここに居る? 俺の住所を何処で知って何の用で来た。こんなクソ早い時間にだ」


「バカね、決まってるじゃない。学校で教師に執拗に迫って吐かせて、車なんて目じゃないスピードで駆け抜ければ簡単よ」


「何処の基準で話してる? マサイ族でも車には敵わないと思うぞ。先生を脅してんな」


「脅してないわよ。襟を掴んで、揺さぶってたらポロって」


「お前退学にさせられても助けてやれないからな?」


 呆れて溜め息を零したら、鷹場はしゅんとした。そんなに俺に置いていかれるのが嫌だったのだろうか。面倒臭い奴だな本当によ。

 つーか、普通学校で蛾堂家に会う予定だとは思わないのか? こんな早くにここに来たってことは俺の考え読んでんだろ?


「因みに、蛾堂家明日流は自宅には居なかったわ。怖くて上手く話せなかったけれど、ご両親は既に学校へ向かったって……」


「そうか、有難う手間が省けた。ところで、お前は何時に学校へ行って何時に蛾堂家の家へ向かった?」


「学校へは三時前ね。それと、蛾堂家明日流の自宅には四時四分」


「バーカ」


 コイツ正真正銘のバカだ。知ってたが。

 要するに今日は二時台に学校へ向かって、そこで俺の住所を聞き出した。それから蛾堂家の家を訪ね、Uターンして俺の家に。ついでに短時間で三キロ程を岩を担いで移動したと。

 これに常識が通用しないのは、これが常識とはかけ離れた存在だからか。先生達何でそんな時間に居るんだよ。


「……補導されないでよかったな。そして通報されなくてよかったな。とにかく、今から学校だ。蛾堂家は三時台に向かったのか? どいつもこいつも頭おかしいんじゃないか?」


「侮辱したわね。バカって言ったわね。構えなさい、浅川昼間!」


「昼雅なんだが」


 真顔で返したら鷹場は拳を下ろした。名前間違われた後に神妙な態度で謝られると、少し悲しくなる。

 ついて来るなら今度からメールで知らせろ、と言い聞かせたら「どうやって送るの?」と不満気な顔をされた。コイツ、何もかも必要な知識が抜けてやがる。

 ──高校のエレベーターで偶然上から降りて来た蛾堂家と遭遇。本当に来てたんだな、何故急に来る気になったんだか知らんけど。


「……っと待て蛾堂家。お前、何処に向かってる? そっちは昇降口だろうが」


「……君達と話すことは何もない。正直、近づきたくもないんだ」


 蛾堂家は強く拳を握り締めている。理解しているなら、話は早い。


「その武者震いが何故発動するかはもう分かっているんだろ? 俺も憑き者だ。闘いたくてうずうずしてんだろ?」


 蛾堂家の眉がピクリと反応した。ようやく俺から出るオーラにでも気がついたんだろう。

 蛾堂家が足を留めている今が好機だ。これを逃したら次、いつ出逢えるか分からない程こいつの行動は読めないからな。


「交渉だ。俺は全ての憑き者を解放するために闘っている。軽くやるから、倒させてくれないか? デメリットがキツいんだろ?」


「俺のデメリットは……嗅覚と聴覚の異常な発達だよ。プラス面も有れば、マイナス点もある。少しの音でも轟音と取れるし、異臭なんかは鼻が曲がりそうだ。今、そっちの子の汗の匂いがキツい」


「……なっ」


 反応が遅れた鷹場は自分の制服を嗅ぐ。確かに匂うかも、と言った表情になった。

 その間に踵を返した蛾堂家を早足で追うと、闇に呑まれた様な曇り過ぎの瞳で睨まれた。

 自然と迫力は無い。


「俺は別にイキモノを払ってもらいたい程苦労はしていないよ。どうせ俺なんて直ぐに倒せるんだから、後回しにしてくれないかな。じゃあ、俺はこれで。追うのやめてよね」


「……仕方ないな、分かった。デメリットは俺達よりもキツいだろうが、まぁ頑張れ」


「ちょっと……?」


 蛾堂家が立ち去る中で、鷹場は俺の二の腕を握り潰しかねない握力で掴んで来た。筋肉繊維が全て切られてしまいそうで恐ろしかったため、即座に振り解く。

 鷹場と行動を共にするということは、生命の危機を常に備えておくようなものかも知れない。


「何で諦めたの? 折角出会えたんだから、不意打ちで頸椎を狙えばよかったんじゃないの?」


「おい、お前は殺人マシーンか何かか。犯罪者になりたくないならそういうのやめとけ。俺にもやるな。……見逃した訳じゃないしな」


「……そうなの? よく分かんないわね」


 見逃すことも、見逃してもらうことも誰にもメリットは無い。鷹場の様に力を利用してでも勝ちたい奴の場合は別だが。

 特に、蛾堂家のデメリットは生活にかなりの支障を来す。それなのに交渉を断ったのには理由がある筈だ。


「何だと思う、鷹場。蛾堂家は何故俺からの交渉を拒んだ?」


 またまた急な振りをされて戸惑う鷹場は、恐らく一滴程度しかないであろう脳みそをフル活用して答えを探す。

 ぶん殴られそうだったから即座に腕を交差させた。迂闊な発言や思考は極力控えよう。


「……分かったわ。負けるのが嫌なのよ。言ってたじゃない、『どうせ勝てない』って。きっとそうよ」


「それはお前だろ。勝てないとは思ってないっぽいが。多分蛾堂家は……」


 俺も俺で脳をフル回転させる。デメリットを背負ってまで俺に負けたくない理由──


「闘いたくないって感情を持ってる。争うのが嫌で、断った。俺はそうだと考える」


「確かに、有り得ないことはないわね。でも、それってイキモノの闘争心に抗っているってことよね? 可能なの? そんなこと」


「これは仮説だが、最悪のケースも有り得る。俺は目撃したこともないから本当の仮説でしかないんだが」


「どんなの?」


 俺は鷹場に一瞬だけ目をやり、門へと向かう蛾堂家を見据えた。

 最悪なケースが本当に存在したら、俺は本気を出さざるを得なくなる。その最悪のケースとは──


「完全に憑依されることだ。初めの頃なかったか? 無意識に身体が動かされることとか、いつの間にか移動していたりとか」


「あぁ、言われてみればあったかも。トイレに居たのに、パンツ下げたまま庭に居た時は肝を冷やしたわ」


「誰にも見られなくてよかったな。因みに俺はほんの数回しかない。二、三回程度だな。俺の中の『虎』は直ぐにニート化したからな」


「変ねあんた……。で、完全に憑依されたらどう最悪なの?」


「少しは考えろよお前。分かんだろ? 神様達は他のイキモノと闘いたがってるんだ。思考まで乗っ取れば後は、暴れるだけだ。肉体の限界なんて関係ない」


「……それは厄介ね」


 蛾堂家が完全に憑依される前に、何としても倒さないと危険だ。心が弱い程乗っ取られる可能性は高い。

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