3話『憑き者の噂』
放課後の時間はぼっちには暇だ。退屈でしかない──それなのに何故、俺は一人教室に残るのか。それはある予定が出来てしまったからだ。
予定を作った犯人が、周囲を窺うようにこそこそと扉を開ける。見たくない場面だった。普段の様に堂々としていればいいのにな。
「鷹場、誰も居ないから安心しろ。俺みたいな人間が一人残っていたら、誰だって帰る」
「それは悲しいわね。同情するわ」
「お前も似た様なものだろ」
「そうね」
鷹場は俺の席前方の椅子に腰をかけ、こっち側に向きを変えた。
俺達はこれから何がしたいのか、と問われるとなると簡単なことだ。普段なら昼休みにしかやらないが、鷹場が『急ぐべき』と強く迫って来た為放課後にも活動することになったのだ。
勿論、憑き者を捜すこと。そして神様の競争から離脱・解放することが目的だ。
「……」
「……」
長過ぎる沈黙が続く。聞こえるのは、時々漏れ出す呼吸の音だけ。それ以外は外の音でしかない。
薄々感じていたんだが、俺と鷹場が揃うほど不安な編成はないよな。どっちも他人と基本話さないし、誰かの説明さえ適当に流す様な奴だ。
もし、三人一組でなんていう授業があり、俺達二人と同じ組になってしまった一人には同情するしかない。俺が悪いんだが。
……というか、お前が作戦を立てるって言ったんだよな。
「鷹場、何もないなら何故に残らせた。俺から話すことは何も無いからな? 別に他に強い奴がいるってのも確かめていないし、何の情報も無い」
俺が先に沈黙を破ると、鷹場はハッとして俺に視線を向ける。お前聞いてたか?
「悪いわね、いつ話していいのか分からなくて。そろそろ大丈夫かしら」
「そのくらい自分で判断してくれ」
コイツ、疲れるないちいち。何で俺がわざわざ『喋ってどうぞ』みたいに進めてやらなきゃならないんだ。
面倒臭い奴なんてものじゃないな鷹場は。
鷹場は制服からスマホを取り出すと、「ん」と手を差し出してきた。手相でも見てもらいたいのか? 残念ながらその知識は持ってない。他を当たれ。
「スマホ貸しなさいよ。……手相なんか興味無いわ」
「あ、ああ……じゃない。何でだよ。何でお前なんかにスマホを貸さなければならないんだ。自分の使え」
「あんた、本当にバカなの? 情報を共有するに当たって、常に隣に居るわけじゃないんだから、連絡先も知っておかなければならないと思うのよ。私は」
「……あ、そういうことか。なら先に『連絡先交換しよう』とでも言え」
分かり難過ぎんだよお前は。取り敢えずバッグからスマホを取り出して、ホーム画面を開いて──ストップ。
疑問符を頭に浮かべる鷹場を半ば睨みつける様にして、神妙な顔を向けた。
「で、どうすればいいんだ?」
「分からないの!? 信じられないわ、連絡先の交換すら分からないなんて。私と同じじゃない」
だって親父以外に登録する予定なんて無かったんだから、仕方ないだろ。何せ友達いないもん!
つーかお前も分かんねぇのかよ。言い出しっぺが何だそりゃ。
「ここをこう……恐らくダブルクリックをすればいいんじゃないかしら」
「パソコンか。ダブルクリックの意味分かってんのかお嬢さん」
「知らないわ。パソコンなんて授業くらいでしか触ったこともないもの」
「言葉の意味を勉強しろ」
「勉強なんて、何の役に立つのよ」
「自分の役にも社会の役にも、色んなとこで役立つと思うけどな」
そうだったコイツ馬鹿だった。自信過剰な性格してる癖に勉強を全くしなくて教師達が嘆いてる程に。それはこの高校じゃ有名なことだ。
悪びれることもなく、鷹場は未だにスマホと睨めっこしている。何故か殺気に満ちた鋭い眼つきがふと、邪気の無い幼い子供の様に大きく開く。
「これよ! 思い出したわ! クラスの男共がこそこそ話してたのよ、二ヶ月くらい前だけれど。ここに、めーるあどれすを追加すればいいの!」
恐ろしくテンション上がったなコイツ。人の会話を盗み聞きでもしてたのかよ?
俺も納得してスマホを再度開く。……メールアドレスって何処で見るんだ? ヤベェ、最新機器分からない。何なら全部分からない。
「ここよ、ここ。連絡先ってとこを開けば多分……出て来るはず」
「本当だ、驚いたーわ。んじゃ、早いとこ済ませて帰るか」
「いや何でよ!?」
鷹場の手刀を咄嗟に腕を交差してガードした。どれだけ腕力があるのだろう、腕が痺れてんぞコラ。てか急に何だ。
番犬の様に俺を睨む鷹場は、ちょっと涙目だ。さっきから何がどうしてこうなってんだ?
「連絡先交換するだけが目的じゃないことくらい、猿でも分かるわよ! あんたバカなの!?」
鷹場が激昂する。言っておくが、猿はかなり知能高いからな? それに、猿に憑依されてたんだからお前が猿でいいだろ。……なんて声に出したら第二ラウンドが有無も言わさず始まりそうだからやめておくか。
あとこれだけは言わせろ。バカにバカと言われたくねぇ。
「情報収集についてを話し合いたかったのよ。流石に話題になり過ぎてるから、誰だって知ってる筈。協力してくれると思うけど?」
鷹場は本調子を取り戻したのか、冷静な口調と表情に戻った。ただ、まだ涙目。何がそんなに嫌だったんだか。
俺は鷹場の提案に、大きく首を振った。残念ながら俺にその提案を飲むことは出来な──
「何でダメなのよ」
「何で手刀を繰り出すんだお前はいちいち。俺じゃなけりゃ脳天に受けてスイカ割りみたいに割れるだろ」
「私はどんな化け物よ」
片手で岩破壊してた化け物。──また手刀を受ける羽目となった俺の両腕は、流石にジンジンと痛む。何なら痣出来てる。今日何度も馬鹿力受け止めてるからな。
大人しく席に着いた鷹場は、偉そうに腕を組んで脚を交差させる。バカの癖に偉そうにしやがって。
「いいか? 俺が憑き者だということが広まってはいけないんだよ。不意を突かれたりしたら一気に不利になるかんな」
説明を始めると、鷹場は不思議そうに眉を寄せる。
「その程度で負けるの?」
「相手は憑き者だぞ。お前バカだな本当に。俺は基本憑依して闘わねぇんだよ。だから猛攻受けたら流石に倒れる」
「……そうね、そうかも知れない」
鷹場は納得した様に頷いた。だから『知れない』じゃなくてそうなんだよ。
流石に、ただでさえ鷹場より強い奴が相手となる場合、先に俺のことを知られる訳にはいかないんだ。最低でも相手と同じ条件で闘えなきゃキツい。俺は無敵じゃないんだからな。
「奇襲は有り得るわね、今のは忘れてくれるかしら。……だとして、どう情報を得るつもり?」
腕組みをしたまま片目を瞑る奴って、何か無性にイラっと来る。そのまんまの状態の鷹場を指で誘い、俺は廊下側の壁に寄りかかった。
鷹場はまるでカビでも見た様に嫌悪感丸出しの表情をしている。隠すつもりは更々ないって感じだ。だから友達出来ねぇんだろお前。
俺は言えたもんじゃないが。
「廊下から話し声が聞こえる。これなら、運が良ければ憑き者の噂を入手することが出来るかも知れないだろ?」
「……盗み聞きってハッキリ言いなさいよ。それにしても悪趣味ね」
「趣味じゃねぇ、最善の行為だ。あとお前に盗み聞きなんて言われたくねぇわ」
「私のは偶然耳に入っただけよ」
「それをしっかりと記憶してんなら誰が何と言おうと盗み聞きだろ。お前はぼっちだから仕方ないだろうけど」
「あんたに言われたくない」
ですよねーなんてのは言わない。これはエンドレストークに突入出来る内容だからな。
俺が鷹場に『ぼっち』と言う。すると負けず嫌いな鷹場は『あんたも』的な返しをしてくる。それに俺が『それならお前もだ』的なことを言って繰り返すことになる。それは面倒だから嫌だ。
……まぁ、どれだけバカの会話ならそうなるのかは知らねぇけど。
「それと、あんたの耳はそんなに誇れるものなの? 廊下で大声で話してる訳じゃないのに、聞き取れるの? そもそも憑き者についての話題じゃなかったらただの変態じゃない」
「俺はネコ科の動物の憑き者だかんな、大体このくらいなら聞こえる。……あと、憑き者の会話だとしても盗み聞きしてたら変態も同然だろ」
「……悪かったわね」
「謝んな、自覚してるから。ぼっちにはこれくらいのことしか出来ないんだよ」
今のはボケた訳じゃない。本心からの言葉だ。悲しいけど。
例え変態だとしても、俺は憑き者達を救う為にこうやって盗み聞きをするしかない。『憑き者』という単語が少しでも耳に入れば、それを集中して聞くんだが。
今は放課後で、残ってる人間は殆ど居ない。だから、収穫は少ないんだ──因みに、廊下で会話していたのは女子生徒二名で、下着についてを相談してたみたいだ。
「鷹場、帰るぞ。お前も無傷ではないんだからさっさと休め。……お前バッグどうした」
鷹場は不思議そうに首を曲げて、自分の腹を見せつけてきた。お前……恥じらいというものを持てよ。
「怪我なんてないわ。無傷よ、綺麗な無傷。それとバッグは教室だから、少し待っててくれるかしら」
「んじゃあ、ここでお別れだな。また明日──死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「少し待っててくれるかしら?」
「分かった分かった。分かったから首をゴリラ並みの握力で締めるんじゃねぇ」
「このまま千切ってあげる?」
「待てなくなってもいいならな」
待たずしてあの世行きだから。やった、俺今冗談言えた。どうだ、俺でも冗談言えるんだ。はっはっは。
因みに「待てなくなってもいいなら」というのが効いたのか、鷹場は即座に手を放して俺が逃げないかちょこちょこ確認しながら下の階に降りて行った。……いや、俺ついてきゃよくないか?
あとどんだけだよ。そんな何度も振り返るほどかよ。そんなに信用出来ないのかよ──。
数分経ったので、変だなぁと俺も降りてみることにした。何か変な想像が出来たぞ。
「もしかして、『どうせ帰るんだから降りて来るかと思って待ってたのよ』とか文句言うつもりじゃねぇよな、アイツ」
微妙な心境の中、最後の一段を降りて立ち止まった。
教室前に、恐らく鷹場の教室前で鷹場がこそこそ聞き耳を立てている。バッグもまだ持っていない。お前は何をしてるんだ。
「鷹場……」
「……っ!」
何してんのか状況を説明して欲しいんだが、鷹場はとにかく人差し指でしーってやってる。もしかして、盗聴中か?
俺も足音を立てない様に、且つ素早く鷹場の横に移動する。
「中にさっきの女子生徒達がいるの。気まずくて入りたくなかったんだけれど、お陰で憑き者の情報が入りそうよ」
「中で憑き者について話してるって訳か」
「そうみたいね」
数分前からずっと話してるのにこのおバカはまだ有力な情報が得られていないのか? 盗聴のスキルは皆無だな。優しい考えなら、その話になるまで時間がかかった、とか。
だとしたらどんだけ教室入りたくねぇんだよ。
「うちのクラスでさ、最近来なくなった人が絶対そうだよ。怖いね、憑き者がいつ襲ってくるか分かんないし」
「ねー、怖い。誰か早く飼ってくれないかなぁ」
「いやペットじゃないから」
ツッコミとボケが成立しているあの女子二人は、俺のクラスで三年生の筈なのに二年の教室にいるのか。何してんだお前らは。
それと、早いとこ帰りたいから誰なのか言えよ。
女子二人の会話は、まるで俺の意思を汲み取った様に憑き者が誰かという内容になった。
「絶対蛾堂家明日流が『犬』の憑き者だよ」
「絶対そう! イケメンの癖に超ネガティヴな奴でしょ? 友情関係に興味ないとか何なのアイツマジで死ね」
「いやそこは自由でしょ」
どんな印象だよ、と思わず頭痛が走った。ボケ役を生徒指導室にぶち込んでやろうか。口悪過ぎる。
それより、名前の出た奴で間違いないだろうな。
──『蛾堂家明日流』は、砂粒粉砕拳という何かダサい名前の道場の一人息子だった筈だ。俺同様興味がなくて習っていないらしいが、生まれ持った才能がある。
因みに、俺達二人に張り合える程友達がいない。
イケメンだとかそんな理由で人気はあるが、ドを超えたネガティヴ精神を備えている為、直ぐに見放される。自分は『この世の全ての人間に嫌われてる』と思い込んでるらしい。
今回もまた面倒な奴を選んでくれたな、犬の神。
「さてとここで問題だ鷹場。俺は蛾堂家と同じクラスだ。なのに俺が気づかなかっな理由を挙げてみろ」
急なフリだったので、案の定鷹場は困惑している。まぁ、簡単な問題だし直ぐに──
「あんたがバカだから?」
「お前と違ってバカではねぇわ。……正解は、半不登校ってとこだな」
蛾堂家は一ヶ月程前から段々と学校を休む様になった。それは間違いなく憑き者になってしまったからだろう。
デメリットが大き過ぎたのか、同じ憑き者が俺だったからわざわざ離れて逃げたのか……。どちらにせよ、イキモノから離れたいとは思っていないってことかもな。
普通ならさっさと負けて手放したいと思うだろ。
──あ、隣のお嬢さん違ったな。