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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第二章『兎と蛇』
23/26

2話『いっちばん嫌な女』

 くるわのとの闘いを終え、一週間の休息を取った。というわけで憑き者探しを再開しようと考えていたところに、鷹場から「カニを食べに行こう」と誘われる。

 相変わらず人見知りが激しいアイツが、一応心配だったし断ったら面倒そうだな、とか。まあ取り敢えずついて行ってやることにした。

 そしたら鷹場と同学年の高跳び選手・『卯咲花蓮』と遭遇。人のことを聞いておいて興味なさそうにしやがったそいつは、何とあの鷹場に威圧的な正論(言葉)を呟いて行ったのだ。


 ──ってのが、前回のあらすじ。前日までのあらすじ。昨日のことだ。


「……」


 鷹場とあの卯咲って奴は非常に相性が悪そうだ。その証拠に、昨日卯咲と会話してから、鷹場の表情が曇り続けている。俺と話す時はたまに笑っていたが、明らかにテンションが低かった。

 卯咲と別れた後、下らないやり取りで笑っていたから、平気なんだと思ってたんだけどな。

 ……卯咲も、鷹場が人見知りなことを知っていたから、あんな強気だったのかも知れない。


「……あっ」


 何だかモヤモヤしていたら、前方から小さく漏れた声が聞こえた。目を向けると、何やら挙動不審な牛込が。

 めちゃめちゃ目が泳いでるが、大事はないだろうか。脳が揺れたとかじゃなきゃいいけど。


「あ、あの……」


「ん? どうした?」


「お、おはよう……」


「……ああ……」


 なるほど、今のは挨拶すべきか悩んでいたってことなのか。ふと俺が視界に入って、スルーしようか迷ってたんだろう。

 牛込も中々、人見知りが激しいよな。


「ってどうした? 牛込。何か探してるのか?」


 突如キョロキョロし始めたから聞いてみたんだが、牛込はビクッとして首を振る。じゃあ、どうしたんだか。


「え、えっと……な、何でもない、よ。ごめんね」


「いや別に謝らなくていいけど……」


「う、うん……」


 今度は俺と目を合わそうとせず、背後の席へそそくさと進んで行った。いつにも増して様子がおかしい……と言えるほど牛込のことは知らない。

 ──いや、自分の世界に入り込んで人形に話しかけてる方がおかしいか。そう考えるとマシだな、さっきの態度は。


「おーう席着けお前らー。ホームルームを開始するー。因みに先生風邪気味だからテキトーに済ませるからなー」


 気怠げな渡辺が教室に入って来て、俺も一旦鷹場達のことを頭から除くことにした。さーて、授業だ授業。

 ……あ、まだホームルームだった。


 ♣


「──で、意外にもその芸人さんが面白くて、テレビに夢中になっちゃったの。そうしたらお父さんが、『娯楽に時間を割く暇があるなら、鍛錬か勉強をしろ』って消したの。別にいいじゃない、テレビ観るくらい」


「鍛錬は必要ないだろうけど、勉強はやるべきだろお前は」


「私が自習なんかして意味あると思う? どうせ途中で飽きて投げ出して数分後には何もかも頭から抜けてるわ」


「んじゃあ教師にマンツーマン頼み込め」


 昼休みになり、屋上で弁当を食べる。いつもの、柵と壁の隙間でだ。

 会うや否や、鷹場は今のように長々と喋るか黙々と食事を進めるだけ。つまり俺の話は聞こうとしていない。

 ……何だ? 取り敢えず不機嫌なんだろうなってのは分かるが、何で聞こえないフリをする?


「……鷹場、おま」


「あ、そうそう。昨晩お風呂に入ってた時のことなんだけど、家の中にナメクジがいて……思い出しただけで不快だわ。……えっと、そのナメクジが苦手なのは覚えてるかしら。だから思わず飛び出しちゃって、全裸のままお母さんと遭遇してしまっ……」


「話を妨げんじゃねぇ! 無視すんな!」


「……っ」


 流石に腹が立って声を荒上げたら、珍しく鷹場が萎縮した。やっぱり意図的に遮ってやがったか。


「なぁ、何かあったのかよ? 俺の話を聞きたくなくなるくらい、嫌なこととか」


 全く心当たりはないが、取り敢えず訊いてみる。コイツも牛込みたいに臆病だし、知らない内に嫌な思いをさせてたかも知れないからな。


「……昼雅から、卯咲花蓮について聞かれるのが、怖かったのよ」


 鷹場は力ない声で、全く予想していなかったことを打ち明けた。

 怖かった……? 卯咲のことを聞かれるってだけで、耳を塞ぐほどにか? そんなにアイツのことが嫌いだったり……するか?


「彼女は、昔から私のことが嫌いなのよ。小・中・高って同じなんだけど、何かあると直ぐに、食ってかかって来たり」


「ああ、お前が嫌いなんじゃなくて、向こうがお前を嫌ってんのか」


 昨日の態度を見れば、分かるけども。

 なるほど、卯咲の鷹場に対する態度は昔からだったか。だとして、何故そんなに鷹場を嫌うのか。

 俺も少し前まで好きじゃなかったけど。


「意外と思われるかも知れないけど、私人が苦手なだけで嫌いじゃないわよ。……卯咲花蓮のこともね」


「アイツのことが怖いだけってわけね。そこに関しては意外だな、お前は恐れたら負けってタイプかと」


 ──まぁ、臆病だからそうでもないのは知ってるが。


「確かに私は自信もあるし、負けず嫌いよ。けど、そうじゃないの。戦うなら問題ないけど、私が人を恐れるのは、そこじゃないの」


「ま、言いたくなきゃ言わなくていい。俺も辛気臭い雰囲気にするのはごめんだからな」


 大方、前に言っていた砂の城に結びついて来る話になるだろう。

 期待され過ぎて、それが苦になって行く。人と違う扱いを受けたことで、周りからの視線は酷く痛いものになる。尊敬される人間もいれば、疎まれる人間もいるってわけだ。

 ……俺もまぁ、経験がないわけじゃない。現状、クラスメイトの大半から空気扱いされてるし。


 ──まさか、卯咲も鷹場を疎ましく感じていたとか? 自分も、普通とはかけ離れた身体能力を持つくせして。

 よく、分かんねーな。この二人の関係。


「……でも、いいわ。私に分かることなら、卯咲花蓮についてちゃんと答えるから」


「そうか? でもまぁ、別段気になることもないからな。くるわみたいに隠されてたら分かんねぇけど、憑き者の気配は感じなかったし」


「隠されてる可能性があるなら、油断は出来ないでしょ……?」


「でもお前の話を聞いた感じ、お互い憑き者だって分かったら直ぐに突っかかって来そうだろ。お前に。でもそれがなかった」


「バカね。あの人は私の暴力を嫌ってるんだから、自分から闘おうとするわけないじゃない。それに、私が憑き者になる前に謹慎を受けたの。その謹慎中に私は解放されてるんだから、知るわけない」


「あー……? お前、くるわの時また憑依されたんじゃねーの?」


「そうだけど」


「……」


 鷹場がキョトンとするから、思わず開いた口が閉まらなくなった。アホ過ぎる。自分が何言ってるか分かってんのかコイツ。

 解放されたけどまた憑き者になってるんだぞ? カニ食いのデメリットを、昨日解消したばかりなんだぞ? 猿神がもう争いから外れてるとは言え、憑依されていることに変わりはないんだぞ。

 ……マジで馬鹿なのを再認識したわ。


「とにかく、何も進展しなかったわけだな。結局卯咲が憑き者かどうかは分からない」


「そうね。でも、様子を見るのは有りだと思う」


「まーな。けどそれで卯咲が本当に憑き者じゃなかったら、時間の無駄ってことにもなる」


「だったらどうするの? もううちの学校に憑かれそうな人は……」


「ん? 何か心当たりがあんのか?」


「……ううん。分からないわ。私はあまり、他人に興味を持たないし」


「自分で言うなそういうことを。少しは人間観察してみろ」


「有名人な卯咲花蓮のことを知らなかったあんたに言われたくない」


「その卯咲も俺のこと知らなかったけどな。相当有名な筈なんだが」


「自分で言ってて恥ずかしくないの?」


「恥ずかしくねーよ。周知されるような記録ばかり手にしてるし、昔からそういう扱いだったからな。お前は違うのかよ」


「……まぁ、確かに。この学校で私を知らない人はいないらしいし」


「誰に言われたそれ」


「渡辺先生」


 ……あの女の言うこと、信用すべきじゃないと思うけどな。アホだから。

 と言っても、俺だってそう評価した覚えがあるしな。剣術において敵無しだし身体能力は馬鹿げてるし高身長だし口は悪いし頭も悪いし、まぁ何気に容姿も優れてるし、そりゃあ噂も広まるだろうよ。

 多分この学校で最も有名人だぞコイツ。


「……それでこの性格だから、孤立してんのか。納得したわ」


「何? 私に対する侮辱かしら」


「いや、別に」


 ムッとした表情になった鷹場の肩を叩いて、壁を登る。まだ食い終わってないみたいだし、先帰るぞー。じゃーなー。


「──っぬぐぉっ!?」


 あばばばばぶぁぶぁあっぶねぇええええええええっ!? 転落するところだった! 柵がなかったら屋上から転落してた! ぜってぇ死んでた!


「おぉいっ!! お前俺を殺す気か!? こんな狭ぇとこで裾引っ張んじゃねぇ! 危うく落ちるとこだったろうが!!」


 殺人未遂を犯した鷹場に、全力で怒る。冗談じゃねぇからな、この歳で死ぬとか。しかも鷹場も殺人犯になるし。


「ごめん。でも勝手に移動しようとするから」


「ごめんで済むことじゃねぇからな! あと『でも』じゃねーよ! せめて声をかけろ声を! そしたら止まるから! 無言で力一杯服引っ張んな!」


「……ごめん」


 鷹場が、怒られた小さな子供みたいに俯く。何か最近、コイツ相手に調子が狂うんだよな。

 ……謝るようになったからか? 出会い始めの頃は、「あんたが悪い」的な態度だったし。

 素直になられたらなられたで、やり難いな。怒る気が失せて来る。


「で、何だよ。まさか用もなしに引き止めたわけじゃないだろ」


 気を取り直して、理由を問いかけてみる。嫌な予感がした。鷹場が、首を傾げてやがる。


「…………分かんない」


「『分かんない』いいいっ!? 俺今、特に何も考えてなかった奴のせいで危険な目に遭ったってのか!? お前ふざけんのもいい加減にしろ! 後先考えずに行動するのを今直ぐやめろ!」


「……でも」


 鷹場は、不貞腐れたように右の頬を膨らませる。


「何か……昼雅と、もうちょっと一緒にいたかったから……」


「……」


 凄ぇ、反応に困ることを言われた。

 いや、勘づいてはいたぞ? 多分、俺はコイツに懐かれてるんだって。何となくは分かってた。

 けどまさか、ここまで懐かれてたとは……仕方ねぇな。食い終わるまで待ってやるかぁ。


「……さっさと食えよ。午後の授業、遅れたくないからな」


「うん、もうちょっとで終わる」


 まだ十分くらいは余裕があるが、鷹場は少し急ぐように弁当を食べ進める。喉に詰まらせないか、とか。消化に悪いからよく噛んで食べろ、とか。そんなことを考えた俺も、コイツのこと放って置けなくはなってるのかも知れない。

 ……何だそれ恥ずかしいな。別に鷹場は子供でもペットでもないんだぞ。


「終わった。ご馳走様」


「おう、んじゃあ行くか」


「教室まで送って行ってくれる……?」


「……はいはい」


 鷹場が嬉しそうに笑みを零す。そしたら何か頭が痒くなった。俺は別に、コイツの世話をしたいわけじゃないんだけどな──。


「うんうん、いい調子じゃないか浅川。鷹場の更正は順調と見える」


 ──なんて思っていたら、渡辺にそう言われた。この人はつくづく、頭を痛くするのが得意なようだ。他人のな!


「俺はアイツを更正しているつもりはない。アイツとは、一応ただの友達だ」


「ふふ、まーな。鷹場も特に問題を起こしているわけではないしな」


「あんた前に危険人物とか言ってただろうが」


「それは私から見たイメージではなく、生徒達に広まっている単なる噂の話だ」


 渡辺は違う違うと首を振ると、大欠伸をしながら棚の整理を続ける。また付き合ってやってるから、俺はやたらと信頼されてしまうのかも知れない。かと言って断るのもな。


「鷹場は、暴力を振るうことはまずない。アレは、自分より強いと分かっている浅川にだけだ」


 いい迷惑なんてものじゃないけどな、アレ。俺が気付けなかったらどうするんだよ。致命傷だぞあんなの。


「時折、午後をサボるのは看過出来ないがな」


「問題あるじゃねーか」


「まぁ彼女にも理由はある。だから今のところ、大した問題にはなっていないんだ」


「そうかよ」


 別に鷹場について知ろうとは思わないし、ここは追及しなくていいだろう。

 それより、何かと生徒に詳しい渡辺に、聞いてみたいことがある。丁度今は俺達以外にいないし絶好のチャンスだ。

 特に問題児を気にかけている様子のこの人なら、色々知ってるかも知れないしな。


「なぁ、渡辺先生」


 一旦手を止めて、アホみたいに口を開けて待つ渡辺に、真剣に目を向ける。


「卯咲花蓮って、どんな奴だ?」


 今一番知りたいのは、これだ。

 卯咲のことを知れれば、憑き者かどうかも判断しやすくなる……と思うからな。


「卯咲か……」


 渡辺はふぅ、と疲れたように溜め息を吐く。それから窓の外に呆れたような目を向けて、


「私が会った中で、いっちばん嫌な女……かもな」


 ──歯に布を着せることなく、ズバリ言った。

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