エピローグ『始まったばかり』
──友達が、いない。
俺には友達がいない。ああ、そうだ。いないさ。いたことなんてないさ。分かってるよ分かってるつーの。いちいち言わなくていいんだよ。
「しかしだな浅川、友達がいないというのは少しばかりマズいかも知れん。社会に出て行く上で、コミュニケーション能力は必要不可欠となる。淫らな関係の友達だけでなく、もっと普通の……」
「なぁ渡辺先生、あんたは一体何をどう勘違いして、俺と鷹場をそんな関係だと思い込んでる?」
「え? 違うの?」
「いやだから何をどう勘違いしたらそうなるんだっつーんだよ」
いつも通り、強引な渡辺に連れられ倉庫の整理中。本来は他の生徒がやる筈だったらしいんだが、「自分達がやる意味が分からない」と主張され、押し切られたらしい。
だとしたら俺もそうしたいところだが、先生の絶望した顔を見て、流石に断れなかった。意外と打たれ弱いんだよなこの人。
「うーん、だがなぁ。私は鷹場純玲と付き合っているものだとばかり」
「安心しろ、この世であんたと鷹場だけは、恋愛対象になることはないからな」
「え? 私もなのか?」
「何で自分は違うと思った?」
「こんな魅力的なのに?」
「自分で言うかそれ?」
渡辺の表情は見る見る暗くなって行き、しゅんとした様子で仕事に戻った。
悪いが、あんたの強引さには非常に疲れてるんだ。あと、自慢をする度胸を張るのやめろ。デカいのは分かったから。
「……となると、エルの方か」
「手を止めんな。それと何がだ」
いちいち手を止めて、こっちに振り返るな。進まねーだろ。今放課後なんだぞこのアホ。
「いや、浅川が次に仲がいいとしたら、エルかなと。鷹場と違いゴリ────優しいから、好きなんじゃ? って思ってな」
「今あんた鷹場のことなんて言おうとした?」
言っておくがアレはゴリラなんて生易しいもんじゃないぞ。古代の霊長類、ギガントピテクスに相当する。
身長も、一般的な女性より高いしな。百七十越えてるし。
「つーかな、エルとは確かに、鷹場の次に多く話すだろうよ。あんたを除けば。けどそれでも殆ど喋らないし、好きなんて……」
「え、じゃあ私か?」
「違ぇって言ってんだろ!?」
アホ過ぎて素でキレた。何度も言わせんな、あんたと鷹場は御免だっつーんだよ。
あんたに関しては、鷹場と違って友達ですらねぇんだよ!
……俺友達いたっぽい。鷹場がそう思って欲しいらしいから、アイツとは友達だ。怖ぇ友達。
唯一の友達が古代生物かよ。言ったら殺されるなこれ。
「相変わらず冗談が通じない男だ。そんなんだから彼女も出来ないんだろう」
ふぅ、と小馬鹿にした様子の渡辺。あー、面倒だなこの人本当に!
「悪いな、俺は冗談が通じないことで有名なんだ。因みに俺は、もう整理終わったぞ。帰っていいか?」
「鷹場は危険人物として。エルは海外から来たということで。浅川はつまらない男として、か」
「話をきーけーや」
「まぁ、問題児はお前達だけではないが」
「誰が問題児だ。何もしてないだろ」
「友達がいないのは問題だ」
「酷ぇこと言いやがる」
世の中にどれだけ友達がいない奴がいると思ってんだ。舐めてんのかこの女。
あと、俺は一応鷹場っていう友人がいる。一応いる。
……多分だが、くるわだって友達になれた筈だ。
「浅川、お前には色々と苦労をかけて済まないな。これからも頼む」
「おい、急に謝ったかと思えば、これからも苦労かける宣言だったのかよ」
「あと十ヶ月くらいか」
「卒業まで苦労かけるつもりかこのヤロウ」
「……まぁ、そうなるだろうな」
苦笑する渡辺に違和感を覚え、軽く睨んでみる。
「何でだよ」
「お前は何かと、面倒事に巻き込まれる体質のようだからな。そこは、ちゃんと心配しているんだぞ?」
「けっ、面倒事増やしてるくせによくいうよ」
「それはそれ。これはこれだ」
「本当にろくでもないなあんた」
「まぁ、改めて。これからもよろしくな浅川。まだまだ、始まったばかりだぞ」
おい、三年目なのにまだスタート地点だっただと? この教師どうにかしてくれよ本当に。
鷹場と合わせて、苦労すること間違いなしなんだが。
♣
──で、教室にくればコレだもんなぁ。
「今日寄り道して行かね? ドーナツ食おうぜドーナツ」「えー、ピラニアがいい」「私綺麗?」「あ、左三十五度に毛虫」
……相変わらず、ごちゃごちゃうるせぇクラスだ。何で静かにしていられないんだろうか。
「浅川くん。おつかれさま」
背後から、少々カタコトな声が聞こえた。当然、エルだ。
まぁ、このクラスで俺に声をかけるのは、コイツくらいだからな。悲しいことに。
「ありがとうエル。ちょっと聞いていいか? 放課後なのに何で殆ど全員残ってる?」
「わかんない」
「だよな、悪い」
まぁ、どうせコイツら皆、ダラダラしてるだけだろう。たまにあるんだよな、先生達に怒られるまでは帰らないって事象が。
それにしても、エルが段々慣れて来ているみたいでよかった。日本語で話しかけてくれるようになったしな。
──あれ?
「なぁ、鷹場来なかったか? ほら、前に銅像の前で会った時に一緒にいた後輩なんだが」
今日は鷹場と待ち合わせしていた。俺が渡辺との用事を伝えたら、俺のクラスで待ってるって言ってた筈なんだけどな。
エルは少し考え込むと、首を傾げて俺を見上げた。少しだけ、目が曇った感じなのが気になるところだ。
「そのこが、どうかしたの?」
「面倒なことに、一緒に帰りたがっててな。まぁアイツも唯一の友人が俺だろうし。見たか?」
「……うん、きたよ」
「……まさかビビって帰ってった?」
「──そうだね。怯えて、もどってったかも」
おいおいマジかよ。アイツそこまで臆病なのか。
いやでもまぁ、先輩のクラスに居座るのも怖いよな。エル一人に逃げ出すような奴だし、仕方ないといえば仕方ないか。
えーっと、メールはどうやって送るんだったか。
「ね、ねぇ」
不安気な声に、振り向く。今のはエルとは反対側から聞こえた。
俺の一つ、後ろの席。
「あの……」
いつも人形と会話を続ける、俺にとって恐怖の対象である牛込まくらだった。
初めて、マトモに喋ろうとしているのを見たかも知れない。つーか、三年間同じクラスなのに、声をかけられてのも初めてだ。
「えっと、牛込? なな、何だ?」
俺も俺で、初めて会話するのだから緊張する。ましてコイツは……怖いから。
牛込は、人形を手でニギニギしながら、あわあわと慌てている。話しかけておいて、ビビりまくるなよ。
──ていうかお前、何処見てる?
「あの、鷹場純玲ちゃん……だよね」
俺ではなく、どっちかといえばエルのことを見ているような牛込は、不安を紛らわせるためか、人形を手で握り締める。潰れてんぞおい。
そんなことより、鷹場のことで何か教えてくれるみたいだ。集中しろ俺。
「あの、子……は、多分、昇降口で待ってると思う……」
「本当か?」
「…………」
俺が確認のため聞き返すと、牛込は何故か黙り、瞳を閉じた。
そして数秒後に目を開き、小さく頷く。視線はやはり、エルに向いているようだが。
「うん、いる」
「分かった、ありがとうな牛込。帰ってないことが知れてよかった。それじゃあ、二人ともまた明日な。早めに帰れよ」
「うん…………ごめんなさい」
エルは頷き、牛込は返事をしてくれた──が、何故か間を空けて謝られた。いや、責めることなんて何もなかったんだが? やっぱりよく分からない奴だ。
ただ、案外いい奴だったのも確かだな。普段があんなに狂気染みてるのにも、何か理由があったりするのかも知れない。
「……よ、遅くなって悪かったな。うちの担任、簡単にいえば『アホ』なもんで」
「知ってる。私も今朝、変なこと言われたから」
「変なこと?」
「うん。昼雅の何処が好きなのかって」
「……何て答えたお前」
「強いとこって」
「そこは『好きじゃない』って答えとけよ……」
否定しなかったら、そういう関係だって思うじゃねーかあの変人教師は。鷹場じゃそこまで頭が回らないだろうし、仕方ないとは思うけど。
なんか、すっかり定着してしまったな。鷹場を家に送るの。コイツが一緒に帰りたがらなければ、絶対にやらないのに。
……でも今日は、少し話したいこともあるしいいか。
「──名護くるわ、自首したみたいね」
俺が話すつもりでいた話題を、鷹場が先に出した。
「……ああ、らしいな。今朝、くるわの担任から連絡が来たよ」
「私も。勇気あるわね、あの子」
「だな」
くるわは猪の神の力を借りて、両親を亡き者にした。それはどうやったって覆らない事実だ。
本人はそれを受け入れ、自ら、やってしまったこと全てを、打ち明けたらしい。中学生にしては、鷹場も言ったように勇気があると思う。
「いつまでかは分からないらしいけど、名護くるわとはもう会えないかも知れないわね」
「仕方ないだろ。くるわはそれくらいのことをして、自分で理解した上で自首したんだ。俺達も受け入れるしかない」
「あの子の猫耳エプロン姿、見れないの残念ね」
「……別に見たいわけじゃねーわ」
「へぇ、意外。ロリコンのくせに」
「ロリコンじゃねぇって言ってんだろこのバカ女! いい加減しつこいんだよ! 脳みそ入ってんのかテメェ!」
誰も通っていないからと言って、過剰に怒鳴った。そして過ちに気づく。
鷹場の目が、ギラりと光った。いや何で楽しそうなんだよ。
「そう言えば、忘れてたわね」
「永遠に忘れていてくれ」
「一括払い、まだだったの」
「無料で先延ばしにすることが可能です」
「私は、嫌だから」
「俺も嫌だ」
無邪気な子供のように、真空を切り裂く鷹場の拳。弾丸のようなその正拳突きは、触れたら病院送りとなるだろう。
因みに俺は三日間、くるわから受けた傷で入院した。
「──っと、やめろ鷹場。人が来た」
角を曲がって来た三人の女子高生。真ん中でヘラヘラしている奴は、鷹場と近いくらいの身長だ。百七十あるかも知れない。
ビクッとした鷹場は、必要以上に縮こまった。本当に臆病だなコイツ。
「マジでヒヤヒヤしたよー。謹慎解けたし、もう気をつけるけどさー」
「ヒヤヒヤしたのはこっちだって! もうやんないでね? 銅像割るなんて」
「やりたくてやったんじゃないってー」
騒がしい三人組を目で追って、過ぎた時にようやく気がついた。
「あれ、うちの学校の生徒か」
「制服見て気づきなさいよ。アレ、私の同級生」
「銅像割ったって言ってたな」
「うん。あの真ん中の女子が、前に言った人」
「お前より強いかも知れないって女か」
鷹場はコクンと頷いて、さっきのことが嘘だったみたいに大人しくなった。
確かに、雰囲気はアレだが強そうなのは伝わった。ただ、鷹場ほどではなさそうだけどな。
知らない奴だったけど。
「ま、今日はもう遅いしさっさと帰るぞ。鷹場」
「……うん、そうね。そうしよう」
「何か不安そうだな」
「ううん、全然」
鷹場は俺の顔をチラッと見ると、何故か嬉しそうに、フッと笑みを浮かべた。
「昼雅がいるなら、全然不安じゃないわ」
1章完結です!
ありがとうございました!!




