1話『イキモノ ツキモノ』
1話目からタイトルとサブタイトルが同じか……なんて溜め息を零さないでいただきたい。これでも内容に配慮した上で決めたことだ。
──えーと、今何をしながら何を言っているのかと言いますと、簡単に説明するところ……筋トレだ。腕立て伏せを毎日三百回と、去年決めたがもう心折れそうなくらいしんどい。
うちは格闘道場だから、毎日鍛えろと親父にしつこく睨まれて結果続けている。その為か、今や無駄な筋肉はなくとも弛んだ肉も無い。
筋肉フェチの人間がいたら絶賛される可能性も、なくはないくらいだ。
「ふぅっと、腕立て伏せ終わり。次は風呂だな。汗掻いたまま過ごすのは最低な程気持ちが悪い」
癖で着ていた寝巻き代わりの道着を洗濯籠へ放り投げ、勢いよく風呂の戸を開ける。全身隈無く丁寧に洗い……って、誰がこんなシーン喜ぶ。無視だ無視。スキップスキップ。
「昼雅! 飯は食ったか!? 食っていないのなら、食いながら聞け!」
「親父、朝からバカみてぇにうるせーぞ」
「バカなのだから仕方あるまい」
「そっすね」
いやそうなのか? 知らんが、うるさいと言われて声を小さくする常識心はあるらしいな。
うちの親父、浅川夜武はここ、『浅川格闘道場』の師範だ。まぁ、俺達二人しか居なくて機能していないも同然なんだが。
因みに、その浅川夜武の一人息子である俺、『浅川昼雅』はこの道場の門下生ではない。正直、格闘に興味はないからな。
何度も何度も頼まれるが、跡を継ぐ気もない。機能してねぇし。
「で、話があるならなるべく手短に頼みたい。どうせ無理だろうが」
「ああ無理だ! 長々と話してやる」
「遅刻したら責任取ってもらうかんなじじい」
大体親父が用意して置いてくれる朝食(痛弁)を口に運ぶ中、親父は正面の椅子に腰掛けた。もういい歳だから、背中が痛むとよ。せめて腰にしろよ。
それと、正直この親父の朝の話は聞き飽きた。毎日、同様の話を聞かされるだけだからな。
今回も同じだ。
「いいかまず、この革奏町の中心部には何がある」
親父は人差し指を俺に向けた。その先に、あんたの示したいものは無いぞ。
「親父逆だ。あんたの後方に聳え立つアホみたいにデカい山が『双銀波山』だろう」
「うむ。しかし、わざとなのにそれに対するツッコミは無しか。つまらんの」
「よく言われる」
俺は実は、校内での人間関係がかなり悪い。理由を尋ねてみたことがあったんだが、引かれつつも『つまんねーから』と逃げられてしまった。
俺は冗談が通じないらしい。自分ではよく分からないんだけどな。
ところで、思い出した様に咳払いをしてみせた親父は今度こそ山の方を見つめる。壁だが。
「あの山では千年程昔……神様が争っていたんだ」
「何回も聞いてるよ。流石に覚えた」
双銀波山には昔、十二種類の生き物が住み着いていたらしい。
『鼠』『牛』『虎』『兔』『龍』『蛇』『馬』『羊』『猿』『鶏』『犬』『猪』の十二体。どの種類が一番強いのかって、戦っていたんだと。
数で戦う鼠や鶏、猿など。一頭で圧倒する龍や虎に猪。がむしゃらに戦うその他の生き物。普通に考えりゃ龍の一人勝ちだろうが、どうしてか決着はつかなかったらしい。
見兼ねた誰かが山にそいつらを封じ込めてことを治めたとされているが、親父さえも知らない人物らしい。まぁもう何百年か前だった筈だしな。
で、その封印が最近……約一ヶ月前、解かれたんだと。
「悪ガキどもの仕業らしいがな、どうにも。子供が探し出せる様な場所には札は貼られていなかった筈だ」
「子供達もよく覚えてないって話だしな」
「うむ、恐らく思考を乗っ取られてしまっていたのだろうな」
親父は唸りつつ、下品な音を立てて食事を始める。起きてた癖にまだ食べてなかったんかい。
──親父がこの話をよく出す様になったのは、その一ヶ月前くらいからだ。その前は時折、紙芝居でも読む様に聞かせてくれていただけ。だが今は深刻そうに一言一言を紡ぐ。
俺はこの話を、雑に聞き流すのがポリシーとなっている。
「……で、親父はいつものが言いたいんだろう? もう時間になるから、行っちまうぞ。言わなくていいのか?」
「おう待て待て。それでは……ゴホンッ」
何でわざわざラジカセ持って来るんだ。実はいつも所持していて、何やらアニメとかではシリアスなシーンに使用される暗い音楽を流し始める。
俺には愉快な脳したじじいが中二病剥き出しにしている様にしか見えないからやめてほしい。
音楽に流れる様に乗った親父は右手を腰に当て、いかにも深刻そうな表情を作った。
「奴らは……恐らく強い人間に憑依する」
実は超知ってることだ。親父から何回も聞かされてるってこともあるが、それ以前にテレビで見た。
眼鏡の真面目君みたいな、武闘のプロらしい子供が映し出されていた。まだ俺と同年代の筈だが。
彼は『蛇』に憑依されたと報道されていて、確かに尋常ではない動きを見せていたが……恐らくあれは演技だ。それなのに何故知っているのかって?
それは恐らく、俺達にしか理解しえない現象だと思われる。
眼鏡の彼が、自身が通う武道場に報道陣を招いた瞬間、寒気がした。……いや、正確には武者震いをしたというとこか。不気味な感覚だった。
一瞬程度しか映り込まなかったが、その男子からは獣のオーラが湧き出していたんだ。あっちが本物だ。
「昼雅」
「ん、あ?」
無意識に笑みを浮かべていた頬を撫で下ろし、呼ばれた反射的に親父に顔を向ける。親父は、心配しているかの様に眼を細めた。
「憑依された人間は恐らく、勘なんだが……負けなければ憑かれたままだ。トップに立ってしまえばどうなるか儂でも分からん」
「負ければ、ね。それを何で俺に言うんだよ? 憑かれてそうな人間でも捜して、そいつに言え。もう行くな。行ってきます」
「うむ。気を付けて行けよ」
分かってる、と頷き家の扉を開けた。俺は身長がかなり高い為、頭をぶつけがちで困る。
まぁ、ガタイには恵まれたと思っておけばいいか。
登校するまでの道のりはやや厳しい。岩山で遮られている通路があり、俺の家はまずそこを越えなくては買い物にも行けやしない。多分あのじじいの仕業だが。
折角風呂に入ったのに汗かくわ。今六月半ばだからな?
──十二支の競争。あの話を俺は、信じきっている。いや、信じざるを得ないんだ。
強者を求めて憑依することも、聞いてあるから知っている。そして倒されなければ解放されないことも正解だ。あの親父は勘が良過ぎる。
因みに、憑依されている人間にはメリットとデメリットがある。かなり、デメリットが厄介なケースもあるだろう。
……ここまで俺が色々知っていて、言い切るわけ。それは勿論────自分が『憑き者』だからだ。
世間では憑かれた人間をそう呼ぶらしい。
三週間程前だろうか。俺の元へ空飛ぶ『虎』がやって来た。それから有無も言わさず俺の中へと入り込み、憑依した。
だが、虎は暫く表に出て来ることはなく、数日後にはニートと化していた。いや、これは冗談ではないんだ。事実なんだ。今も中でダラけている。
正直もう、最強とかどうでもいいらしい。
先程メリットなどの話をした。俺の場合、スタミナが無尽蔵となったことがメリットだ。しかしデメリットもある。それは──無意識に四足歩行になる時があることだ。
外でやってしまった時、犬のフン触りそうになって全力で飛び退いたのを忘れることはないだろう。生涯な。
脱線したがもう一つ、憑き者にはある特殊なちからが存在する。それが先程出かけた、憑き者とそうでない者の見分け……だ。
何故か、オーラの様なものが憑き者からは上がって見える。そしてその人間を目撃すると、闘争心が剥き出しになってしまうのだ。多分。俺はそう。
正直、誰かを助けるなんて生きてく上で最も面倒なことだが、こんなふざけた人生は送りたくない。それは誰しもが同じ筈だ。
だから俺は、自分を後回しにして憑き者達を倒していくことにする。そう誓ったんだ。
親父には内緒で。
「浅川、プリントを全員に配っておいてくれるか? 計七百枚程だ」
登校直後出会った俺のクラス・三─五の担当教師、渡辺は眼を疑う程の大荷物を返答待たず押しつけてきた。
当然、こんな横暴なことには反論したくなる。だろ?
「渡辺先生、俺が幾ら力あるからと言ってもですね、流石に多いです。つーか、重いです」
「そうか、だがな浅川。私も重かった。つーか、お前より腕力ある生徒はいないんだよ」
「せめて分けませんか」
「嫌だ。じゃない間違えた。見ろ、この大きな胸を。時々プリントを押して落としてしまうんだ、この大きな胸が!」
「あ、そっすか。じゃあ分かりました。相手するの面倒なんでさっさと運んでいきます。にしても前見えねーな」
興奮気味に胸を張る(文字通り)渡辺をスルーし、早く重みから解放されたくて教室へ向かう。
俺の通うこの『革奏中央高校』は便利なことに、校舎の両端にエレベーターが機能している。その分か廊下は目が眩む程長い。バカかってくらい長い。
しかも三年の教室は五階。プラスで、俺のクラスはその中央だ。ふざけてんのか。
「頼んだぞー」
「お、今両手塞がってなかったら張り倒すぞ。ムカつくから先行くな先生」
俺の文句も気にせず鼻唄を奏でながら階段を上って行く渡辺。ほう、エレベーターすら使わないのか。そんなにプリント分けるのが嫌かおい。
苛立ちを抑え、エレベーターが一番しんどかったが何とか教室に辿り着いた。……が、俺に労いの言葉をかける人間は一人もいない。
当然だ。俺はこの学校に友人など存在しないからな。友人は近所の野良猫くらいだ。
「適当に取って行け。渡辺先生は俺に渡しさえしたものの、何も説明していないからな」
「キャハハ! マジで〜?」「うわ、お前嘘だろ!? それレアキャラじゃん裏切んなよ」「私綺麗?」「ミンナ……トモダチ……」などと教室が音楽室みたいに五月蝿い。誰も聞いていない様だ。
まぁ、後で渡辺に文句言われること間違いないな。てかその渡辺はまだ教室来てないんかい。
「ん、お前だけはやっぱ来てくれんのな」
「……」
プリントを整理し始めた無言の女子生徒は、『エル・フォレス・カーター』さんだ。言わずもがな、外国人である。
だが俺は英語が特に出来ないからな。何言っても通じないんだが、いちいち応じてくれる優しい子だ。
金髪綺麗で羨ましい。俺なんてマリモの如く癖っ毛だからな。
エルが仕分けしたところ、全部テストについてだった。来月前期の定期試験があるのを忘れていた。完っ壁に。
いや一人何枚だよ。このクラス二十九人だぞ。
「……」
「ん? どうしたエル。ああ、礼なら一飯君恩だ」
「……それ意味、違うだろ」
誰かがツッコミを入れた。意味が違う? そんな訳ないだろう。
飯を貰ったら恩にきるって感じだろ? 今回は、仕分けて貰ったから恩にきる、だ。ほら、間違ってない。だろ?
あと、意外にも会話を聞いている者がいたとはね。
エルは黙ったまま振り返り、最も後ろで最も左端の自分の席へ戻って行った。悪いな、いつか英語覚えるから。
……あ、『ありがとう』は『thank you』だよな。そのくらい分かってたわ。
この高校の午前はたった三時間で終わる。その為一時間一時間が長く、つーかめっちゃ長い。飽きる。
それで十二時頃に昼休みとなり、購買なり弁当なり食べて適当に残り時間を過ごす。勿論俺は親父のお手製痛弁を平らげ、無論一人でふらふらするのだ。
……友達なんて居ないからな。
だが、二日前から俺はふらふらするだけではなくなった。この高校に憑き者がいないものかと捜して回っているんだ。
今の所成果は無いが、今回は確率が大仏の頭上までよりも高い。知る人ぞ知る、剣術の達人に目をつけた。
『鷹場純玲』と言えば、知らない人間はこの校内には居ない。多分。
鷹場剣術道場の娘で、常に木刀を手元に置く危険人物。俺より一つ歳下な為関わりはないが、大会やなどで好記録を持つ者として顔を合わせたことがある。
膝裏まで伸びたポニーテールを揺らす、目つきは鋭く、身長が百七十を超えるその女の第一印象は……嫌な奴だ。
とっても偉そうなんだよ、後輩の癖して。
勉強出来ない癖に自分は至高の人間だ〜なんてオーラ出してるから腹が立つ。多分アイツ人間関係ダメダメだぞ。俺言えたもんじゃないけど。
そうこう考えてる内に、気がついたら剣道道場の前だった。中から聞き覚えのあるアルトボイスが響き渡って聞こえて来る。
いやがる。いや居てくれて手間が省けたんだけど──と見つめてたら、眼が合った。
「……何。あんたいつか見た顔ね。何の用? 邪魔しに来たなら、帰ってくれる?」
……本当に嫌な奴。眼が合って早々、睨みつけますかね、普通。
見つめ合う中、俺の身体は人知れず震えていた。恐怖ではなく、高揚感で。