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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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15話『死を招く存在』

 かつての、神々の戦いにおいて、猪は脅威となる一体だったらしい。

 鼠や鶏といった非力な生き物は数で対抗していたが、猪はたった一頭で龍などともやり合っていた。そう言い伝えられている。


 戦い方は、酷く正面突破ばかり。脳筋ばりに力で捩じ伏せる。血気盛んであり、半日休むことすらなかったのだとか。

 そん言い伝えがアテになるとは思わないが、うんざりすることに、その猪神は存在する。している。

 たった今俺に対して、牙を剥いているんだ。

 言い伝え通り、猪突猛進な戦法──だが、女子空手のジュニアチャンピオン・名護くるわの身体能力も発揮している。


「──くっ!!」


 俺の背後にある木の幹に、くるわの掌底が炸裂した。コレは俺が躱したためである。

 ミシミシと嫌な音を立て、まるで激痛に悶えているかのように全体が揺れている。


「鷹場と違ってぶっ壊すまではいかない……わけじゃなく、無駄な破壊を必要としていないだけか。こんなん何度も食らったらただじゃ済まないな……!」


 もう一方の手が構えられたため、慌ててその場から飛び出す。地面を転がって、離れた位置で体勢を整えた。

 くるわは既に、こちらに向いて低く構えている。突進の準備だろう。


「そんな戦い方してたら、流石にくるわの身体が保たない。せっかくくるわの身体に憑依したんだから、もう少し人間らしくかかって来いよ……!」


「……」


 くるわの拳は、俺が避ける度に傷ついていく。かと言って、諸に受けたら致命傷になりかねない。

 だからせめて、外した場合にブレーキをかけて欲しい。でなければ、くるわの身体が壊されてしまう。


「……っ!」


 ──しかし猪の神には、そんな言葉は聞こえていないみたいだ。

 たとえくるわがボロボロになろうが関係はない。勝てればそれでいい。そう考えているのだろう。

 蛾堂家の時だって、犬神は諦めようとしなかった。


「いい加減にしろよ! 人間はお前らの道具じゃねぇ!」


 俺がまた躱したことで、くるわの身体は地面に転がり削れていく。痛々しい生傷が、段々目立つようになる。


「お前ら神様の誰が一番強いかなんてどうだっていいんだよ! 俺達人間を巻き込むんじゃねぇ!」


 最も、今も尚俺の中でダラダラしている、この虎のような奴であれば別段文句はないのだが。

 この猪や犬神がやっていることは、それとは大きく異なる。

 戦い、勝つことだけを目的とし、憑依した人間の身体が崩れ去るのもおかまいなし。俺達にとってそれは、死を招くだけの存在とも言えるんだ。


「そんな自分勝手だから封印なんてされ……」


「黙れ人間」


「………………っ?」


 くるわがゆらりと立ち上がり、ギョロりとした目つきで俺を睨んだ。

 その瞬間、普段のくるわからはイメージし難い、恐ろしい低音ボイスが聞こえた気がする。

 というか、間違いなく喋っていた。


「神様お前……喋れるのかよ……!?」


 猪なのに、喋れるのかよ。


「人間に憑依すれば簡単なことだ。最も、基本的に聞く耳を持たん奴らばかりで無意味だがな」


「ちょっと待て、その見た目でその口調なんか凄い違和感がある」


「知らん。我は貴様と戦う以外に今、興味がない。黙って死ね」


「うおっ!!」


 呆気にとられていたら、また素早い掌底が目の前に突き出された。反射的に仰け反り、逆立ちからの元通りで躱す。

 くるわの体格じゃ俺の顔に手が届くことはほぼない。つまり、また跳びやがったということだ。


「だからそんな危ねぇ戦い方……」


 パッと振り返ったら、顔スレスレのところを小さな足が通過した。後ろ回し蹴りだった。

 くるわの表情を見て分かったが、今のは多分、俺がもう少し進んで来ると予測してのものだ。危ない危ない。


「全く、お前女に憑依してる自覚あるのか? くるわはスカートだっていうのに」


「知るか」


「……っ!!」


 容赦なく回し蹴りが放たれたため、咄嗟に両腕でガードする。重い。小さく軽い身体から、こんな重たい蹴りが放たれていいのだろうか。


「お前ら神様は、女に憑依するのが好きなのか? もう少し大事に扱ってやれよ」


 少しでも気を紛らわせることが出来ないかと言ってみたが、神様に慈悲はなかった。胃の中身が全部出てしまいそうな突きが減り込む。

 流石の俺でもこれには膝をついてしまい、


「ぁがっ!!」


 間髪入れずに抉るようなアッパーを打ち込まれる。そのまま少し飛び、仰向けに倒れた。

 ……マジか。鷹場や蛾堂家の時は余裕すらあったっていうのに、今回は息を整える暇すらない。

 俺が攻めていないというのもあるにはあると思うが、向こうも攻撃の手を休めてくれない。容赦が一切ない。

 その上、一撃受けるだけでスタミナが一気に削られる。


「……っ。クソ、攻めるしかねぇか……」


 腹の痛みに耐えつつ起き上がろうとしたら、くるわが腹の上に腰を下ろした。これじゃ起きれない。


「虎、出て来い。我は貴様との決着をつけに来たのだ。こんな人間如きに興味などない」


 そう言った猪の神は、くるわの身体でじわりと殺意を露わにして行く。両の拳が強く握られた。

 マズい、こんなマウント取られたら今度こそマズい。幸いくるわ自体は軽いし、無理やりにでも──


「ぐっ!?」


 無意識に胸の上で腕をクロスしていた。くるわの重たい突きをガードする。

 ……違うな。コレは無意識じゃない。俺にとっては無意識だが、そうじゃない。


「出て来たか虎! 貴様が人間を使って戦うと言ったんだ! 勝負しろ!!」


「……っ!!」


 次々と拳を振り下ろされ、最早滅多打ちだ。全てをガードは出来ない。下がコンクリートだから、痛いなんてもんじゃない。

 久々の劣勢だ。今なら佐竹ともやり合えるって自信が出て来たのに、これじゃあ足りない。

 つーかこの絵面笑えな過ぎるだろ。


「虎ぁ! 貴様も完全に憑依しろ! 我と戦え!!」


「……っ」


 エスカレートしていく連打の中で、俺の中にいる虎が訴えかけて来た。

「俺に変われ」ではない。「手を貸してやろうか?」とかでもない。戦うことを投げ捨てた虎の神は、そんなことを言わない。

 俺に代わりに「言え」と、伝えて来た言葉をそのまま口に出してやる。


「『飽きた』…………とさ」


「なっ……」


 くるわの動きが一瞬止まった。そこを逃さず、身体を捻って落とす。

 まさかのタイミングでだが、脱出成功だ。ナイス虎。


「うっ……痛ぇ。流石に受け過ぎた……」


 肩とか脱臼してそうなくらい痛い。鼻血は出ているし唇も切れているし、後頭部がズキズキしてる。殴られた箇所を見てみたらきっと、痣だらけなのだろう。

 少し距離を取ってくるわの方に目を向けたら、意外なことに女の子座りで肩を震わせていた。猪でもそんなカッコすんのな。


「貴様……我がどれだけ……! どれだけこの時を待っていたと……! 貴様も龍も倒し、()も亡き者にし、天下を取るためにどれだけ……っ!!」


 ギロッと、先程までよりは少し可愛らしい睨み方をして来る。

 ギロッが可愛らしいかって? 勿論だ。さっきまではゾワゾワってして、心臓を握り潰されそうな威圧感があったからな。

 今は、くるわの見た目もあってか怒った子供みたいな感じだ。怖くない。

 ──が。


「許さんぞ、虎ぁあああああああっ!!」


 ──くるわの動きや俺の蓄積されたダメージが、緩和されたわけではない。


「かはっ……!!」


 あの体勢から有り得ない速度で蹴り飛ばされた。今度は鳩尾にクリティカルヒット。呼吸がし難い。

 さっき立ち上がったばかりだというのに、また倒れ込んでしまった。


「トドメだ。貴様は大人しくあの世へ失せろ! 平和ボケした無能な神が!」


 いや、人に乗り移って好き勝手暴れる神様の方が要らねーよ。ふざけんな。

 くるわの足音はもうそこまで来ている。早く立ち上がらなきゃやられるってのに、腕や脚に力が入らない。震えやがる。

 今負けたら、他の憑き者達を解放してやれないだろ……!


「…………何だ貴様」


 猪の足音が、ピタリと止まった。その代わり、直前に別の足音が俺の目の前で止まった。

 分かる。何となく今、何が起ころうとしているのかが、顔を上げなくても分かる。


「やめろ、鷹場……!」


「このままじゃあんたが負けるでしょ。あんたが負けたら、憑き者達はどうなるのよ。皆名護くるわや蛾堂家明日流みたいになって、死ぬまで戦うことになるかも知れないでしょ?」


 俺の前に駆けて来た足音の正体は、鷹場だった。きっと、俺を庇おうとしている。

 けど、そんなもん無茶でしかない。


「だからって……憑き者でなくなったお前じゃやられるだけだ! 俺がここまで耐えられてるのも、虎のお陰なんだぞ!」


 そもそも、くるわも鷹場自身も言っていた。

 恐らく、鷹場よりくるわの方が強い。特に単純なパワーで言えば、くるわの方が上なんだと。

 鷹場は誰がどう見たって強い。俺ともやり合えるくらいには強い。

 だが、手加減というものを知らない猪の神が憑依したくるわ相手では、分が悪過ぎる。


「……誰に憑依されていた? 猿か? 犬か? まぁいい。邪魔するのなら死ね!!」


「死なないわよ!」


 くるわの地面を蹴る音を聞いて、顔を上げた。

 ──打撃を受けとめた鷹場は吹っ飛ぶわけでもなく、その場で、くるわの拳を両手で掴んでいる。

 一回り大きく、毛むくじゃらになった腕で。


「……猿か」


「鷹場……!? 何で……」


「さっき、手を貸してくれるって。戻って来たのよ」


 解放しても戻って来るとか有りかよ……!? それじゃあ犬神とかもまた別の奴に憑依するかも知れないってことか!?


「勘違いしないでくれる?」


 俺の表情を覗いた鷹場が、小さく溜め息を溢す。


「あんたの虎が勝つことに興味をなくして、比較的自由になれたことと似たようなものよ。私と神様、結構仲良くなれてたんだから。じゃなかったら、あんたと戦った時、私だって乗っ取られてた筈でしょ?」


「やっぱり仲良かったのかよ!」


「案外趣味が合ったりしててね。闘いに関しては、力は貸すけど乗っ取らないって約束してたの。だから私は暴走なんかしていないわ」


「理性あったのに道場ぶっ壊したのかよお前は!?」


「仕方ないじゃない。私の強さに耐え切れない道場が悪いわ」


「凄ぇわお前!! やっぱお前以上に頭おかしい奴とは今後絶対合わねーと思うわ!!」


「私を侮辱したわね?」


「いやこの状況で俺を標的にすんじゃねぇよ!!」


 見ろ、居心地悪そうな顔でこっち見てんぞ、猪インくるわが。蚊帳の外にされてるから。

 それにしても、神様と人間って共存出来るケースもあるんだな、虎。俺らくらいかと思ってたよ。


「ふん。どちらも憑き者ならば、まとめて片付けるだけだ……!」


「危ねぇ!」


 くるわの渾身のタックルを鷹場が躱して、慌てて俺も躱した。掠っただろうが。お前、助けに来たのか邪魔しに来たのかどっちだ。


「邪魔ね」


「あーそうかよ! 俺からしたらお前が邪魔だっつの」


「へぇ、そういうこと言うんだ? 私が庇わなかったら今頃死んでたんじゃないの?」


「……多分虎が何とかしたろ」


「本当に?」


 頭の中で……というか、何か、取り敢えず虎に質問してみた。「どうだろうな」って返って来た。あまり期待はしないことにしよう。

 未だに鷹場がどんな経緯で猿神と仲良くなったのか気になるが、目の前には猪の神に憑依されたくるわがいる。こっちを圧倒的に優先だ。


「さてと、さっさと解放してやらないとな」


 俺がそう呟くと、隣で鷹場がクスッと笑った。ちょっとバカにしたっぽかったよな今。


「また負けるんじゃないの? 私に任せておきなさいよ」


「やっぱバカにしてやがったか。まだ負けてない。お前こそ負けるだろ」


「これで何度目の侮辱かしらね。明日が楽しみだわ」


「……何する気だお前」


「一括払い」


「バカかお前」


「はい、プラス一回」


 うぜぇ。隣のゴリラお嬢さんマジでうぜぇ。

 まぁコイツの相手は後だ後。どうせしつこく来るだろうしその時でいい。

 くるわの身体が壊される前に、猪の神を引き剥がす。ここからは絶対に負けない。


「猪、準備はいいか? 今度は卑怯だが2人がかりで行かせてもらう。くるわを返してもらうぞ」


「……ふん」


 了承してくれるのか、細かいことは気にならないタイプなのかも知れないな。猪突猛進タイプだし。

 ……今のところ、ガードをまともにしない連中とばかりやり合っている気がするな。

 それでもこのくらい強いんだとしたら……佐竹がもし憑かれていた場合、どうなっているんだろう。

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