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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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14話『猫耳×猪』

 ──たとえば、神様が取り付くのが強い者だけじゃないとする。そうなると探し当てるのは非常に難しい。

 けどきっと、それはない。現に、俺に鷹場にテレビで見た男に……一応蛾堂家。基本的に武術に長けた人間ばかり選んでいるんだし。


「……要するに、何が言いたいのよ」


 汗をタオルで拭いながら、鷹場がしらけた様な目を向けて来る。

 俺は公園のベンチに腰を下ろしながら、鷹場の当たり前な疑問に答えた。


「くるわは、空手のジュニアチャンピオンだったんだろ? 俺もあのダンベルを持ち上げたのには驚いたし……確実に強いのは分かる」


「ええ、空手のルールでなら私も負ける可能性はあるわ。でもそんな今更なこと……何が言いたいのよ」


「神様に魅入られた可能性は高いってことだよ」


 俺が呆れつつ言うと、鷹場は溜め息を吐きながら目を閉じた。何でコイツ、いちいち腕組みするんだろうか。


「憑き者かも知れないって言いたいのね」


「ああ、そういうこと」


 やっと理解したかバカが。簡単だったろ今の。


「……くるわのことを知っている、もしくは知った神様がいれば、他の神様に勝てる可能性が高いと見て憑依するだろう。蛾堂家の犬神みたいなミスをする奴もいるみたいだが、くるわの場合は大正解だ。今頃、ストレス発散にでも人間を狙って暇潰ししてるんじゃないか?」


「何呑気なこと言ってんのよ」


「内心、焦ってるけどな。こんだけ捜して見つからないんだから」


 今は昼時だが、くるわ──あるいは猪の神様を捜索していた。鷹場もついて行くと聞かなくて、しかたなく許可した。コイツ一人でいる時に狙われたらどうするつもりだ?

 蛾堂家の時は蛾堂家が弱いお陰かどうにかなったが、今度は自分でも勝てない恐れがあるって理解している相手なんだぞ。

 ……まだくるわが憑き者って確定したわけじゃないが。


「どうしても、一致しないんだよな……」


「何が? 名護くるわと憑き者の行動が? それなら寧ろ一致してるじゃない。昼雅の見てないところで勝手に行動して、バレたら行方を晦まして、不自然にも路地裏に倒れていて、神様達が憑依する強い人間なんだから」


「いや、それは分かっている。分かってるんだが……やっぱりその……」


「……?」


 鷹場が、「なんだコイツ」みたいな感じで眉を顰めた。その所為かちょっと気が引けたが、自分が感じている違和感についてを教える。


「──猪のイメージと、くるわのイメージが全くと言っていい程に合わないんだよ」


「はぁ?」


 俺は真剣に言ったというのに、鷹場はまるで準備でもしていたかのように、素早くバカにしたような声を出した。クソ、はっ倒してぇ。殺される気がして無理だが。

 鷹場への苛立ちをクールダウンするべく一旦咳払いをし、取り敢えず詳しく説明する。


「考えてみてくれ、猪って動物はどんなイメージがある?」


「イメージ……」


 鷹場は考え込むようにして……いるが眉一つ動かさない。あれは多分考えている振りだ。何なんだコイツは。

 たった五秒くらいだけ黙っていた鷹場は、アホ面(俺の偏見というか囁かな反抗)で考えてもいなかっただろうけど結論を出す。


「猪突猛進」


「……ま、まぁそうだよな。そうだそんな感じだ」


 得意気に言いやがったが、コイツはその四字熟語の由来とかを考えたことはあるのか? ないんだろうな鷹場だし。

 まず字を見て分かるだろうが。


「とにかく、そんな力任せで、何も考えずに突っ込んで行くような動物に憑かれているのに、くるわは常に冷静なんだ。憑き者は個人差があれど凶暴化するっていうのに。変じゃないか?」


 俺の場合は、憑依した虎の神様がニートになったから、そこまで凶暴性は現れないみたいだが。

 鷹場みたいな元から凶暴な奴はそこまで変わらなそうだが、温厚な蛾堂家が…………あ、アイツ完全に乗っ取られてたから普段は知らないな。コレは黙っておこう。

 鷹場はバカだし、黙っておけば何とかなるだろ。

 俺の、実は説得力に欠けた違和感を聞いた鷹場は、また考え込むようにしている。腕組みも。


「神様を押さえつけられるような精神の持ち主だとかは? っていうか、凶暴な神様に憑かれたからって凶暴になるとは限らないんじゃないの?」


「そしたらココ最近の暴力事件が意味不明になるだろ」


「別の憑き者がやった、とかは考えられないの?」


「やっぱバk……そうだとしても、くるわが憑き者であるというのなら、どの道倒さなきゃならないんだよ」


「結局受け入れるの? 名護くるわが憑き者である可能性を」


「……一応な。猪かどうかは分からないってだけだ」


 だって、あんな大量に猫耳持ってるような女だぞ。他人の家で進んで家事をしてくれるような奴だぞ。

 猪突猛進なんて、似合わな過ぎるだろう……。

 でも、完全憑依されているんだとしたら、仕方ないか……? 蛾堂家あんなだったもんなぁ。

 悔しいな、何か。あんな可愛らしい奴が猪って。


「……ねぇ、まさかとは思うけどあんた……」


「何だよ」


 鷹場が、肥溜めを見たような顔をしていた。何だ、また何か俺に対して侮辱の言葉でもかけるつもりか。


「ろりこん……なの?」


「誰がロリコンだ猿女!!」


 ロリコンが侮辱になるのかはよく分からないが、コイツの言い方は普通に侮辱だった。というより、軽蔑だった。ふざけんな。


「だって彼女が憑き者かも知れないって言ったら、ショック受けたような顔してるし」


「何でそれだけでロリコンなんだよ! 俺はくるわは良い奴として見えていたから、猪の憑き者の可能性があるのが少し悔しいだけだ!」


「いやっ、近づかないでろりこん男」


「ぶん殴るぞお前!」


「望むところよ!」


「望むんじゃねええええええええええええ!!」


 何で構えてんだよお前は! 何処の戦闘民族だよ! 強敵がいたらいつでもどこでもワクワクすんのか!? 俺は敵のつもりないが!

 鷹場と話していると時間が勿体なく感じてしまう。早々にくるわ捜索を再開した方がいいな。


「待って!」


 立ち上がっただけで、「待て」と腕を掴まれた。咄嗟だったのだろうが、握力が強過ぎてビビった。

 コイツいつか、誰かを呼び止めるだけで捕まったりしないよな……。


「何だよ……」


 腕を掴んだまんまの鷹場は、凛々しい目を俺ではなく何故か水道の方へ向けている。そして黙ったまま。顔はこっちに向いている。

 そして、返事はない。呼んでおいてこれはどういう了見だ。


「なぁ、鷹場……」


「しっ」


「……は?」


 中々目も合わせないから、こっちから声をかけてみた。んで直ぐ、人差し指を立てて遮られた。

 静かにしろ……ってことは、何か聞いてる最中か。盗み聞き得意だもんなコイツ。

 ──暫くしたら、小さく悲鳴のような女性の声が聞こえた。思わず、その方向へと駆け出しそうになる。腕が確保されているので急ブレーキ。


「今の……!」


「ええ、襲われたみたいね」


「とうとう女にも手を出したのか!? 今までは男だけだったのに!」


「いいえ、多分違うわ」


「……何でそう言える」


「打撃の音が聞こえて、途絶えて、その数十秒くらい後に悲鳴が聞こえたから」


「お前全部聞こえてたの!? 耳どうなってんだ! つーか終わるまで待ってんじゃねぇよ!!」


 鷹場はやはりバカだ。せっかく姿を拝むチャンスだったのに、逃げられたらどうするんだよ。多分もう遅いが。

 状況が気になるし、襲われた人間が喋れそうなら情報を聞き出したい。くるわかどうかは、きっと猫耳をつけているかどうかで判断可能だろうし。あと白髪。

 だから早く現場に向かいたい。見つけた女やその周囲にいる人間が救急車を呼んでいるだろう。被害者が運ばれる前に会わなくては。


「……ってのに何で腕掴んだまんまなんだよ!」


 鷹場が、俺の腕を解放してくれない。コイツは俺を人質にでもとっているつもりか何かか? だったら何のだよ。

 どうせバカだから俺の考えていることなんて分からないんだろう。そう思って口を開こうとしたら、先に鷹場が声を発した。


「──来るわ」


「へ? 何が」


「くるわ」


「……あ?」


「くるわが、来るわ」


「んなダジャレ聞いてる暇なんてねぇんだよ!」


 俺がキレ気味でツッコミを入れると、鷹場は空いている方の手で前方を指差した。

 そこは、公園の入り口。


 小柄で、猫耳をつけた、いかにも大人しそうな女の子が、汗だくで駆けて来ていた。


「……くるわ」


 俺が小さく溢すと、鷹場の拘束が解けた。何でお前、くるわがここに向かって来るの、分かったんだ。

 なんてことは、今、考えている余裕はなさそうだ。目の前にいる小さな女の子が、そう無言で教えて来る。


「やっぱり完全憑依か……くるわ」


 猪のオーラ全開の、恐ろしい目つきをしたくるわが俺達を見据えている。

 きっとアイツには、俺達が倒すべき相手という風にしか見えていないだろう。可哀想に。

 不可解なのは、これまで避けていた俺の元に自ら現れたことだ。「もうくるわの身体には慣れた」とかそんな理由だろうか。


「鷹場、下がってろ。憑き者の中でも、アレは強い。お前も分かるだろ」


 俺が手で下がるよう合図すると、鷹場は大人しく従った。とっても珍しい。

 それから、悪気の全くない声色で呟く。


「蛾堂家明日流とは気配が違うものね」


 ……せっかく、俺は言わないでおいたのに。全部台無しにしていくんだろうなぁコイツ。蛾堂家が不憫で仕方ない。

 まぁでも、嘘は言っていないから許してやって欲しい。蛾堂家とくるわじゃ、恐らく次元が違うだろうからな。


「さてと、まずは交渉していくか。いきなり攻撃すんのもされるのも、好きじゃないしな」


 一旦息を吐いて、気持ちを整える。俺より一回り……いや二回りくらいか? それくらい小さいくるわを最低限の力で倒せるように、精神統一。

 さて、鷹場との時に使った、「一度ヒットしたら負け」を使うか。いやでも、完全憑依した犬神は聞く耳持たずだったからな。

 ──なんて考えていて、反応が遅れた。


「昼雅──!!」


「……っ!!」


 鷹場の声と、くるわが俺の懐に飛び込んで来たのが同時だった。

 鷹場の反応速度は誰に聞いてもピカイチ。だからこれは、くるわのスピードが異常であることを意味している。


 そして、その小さな身体には似つかないパワーも。


「ぐっ……!!」


 軽く宙を待って、受け身を取るのも上手く行かず地に落ちた。素早く身体を起こして確認した感じ、立っていた場所から四メートル程は飛んでいる。

 タックル……だよな? 巨体である俺相手に、女でも小柄なくるわがタックル。あっちは平気そうでこっちはまあまあのダメージ。笑えない絵面だ。


「これじゃあ、一発ルールは使えなそうだな……」


 もう受けてしまったし。何より、犬神イン蛾堂家より容赦なくやって来るなら、受けないは難しいだろう。タックルだし。

 どうしようか。公園じゃ人目につきやすいし場所を移動したいな。逃げたらついて来るだろうか?


「鷹場、物は試しだ。走るぞ!」


「は? 逃げるの?」


「違う! 移動する!」


 鷹場と共に、なるべく人が少なそうな場所を目指して走る。相手はあのスピードだから、速度を落としたら恐らく攻撃を受けてしまうだろう。だから全力で駆け抜ける。

 ──人が多いか少ないかは定かではないが、人目につき難いであろう森林公園まで走った。

 振り返ると、くるわの姿はない。


「……追って来るのをやめたか、引き離してしまったか」


 後者は、恐らくだがない。あんな一瞬で近づける速度を持っている奴が、俺達を見失うとは思えない。

 つまりは、諦めさせてしまったということだろう。しくじったな。次に会えるのはいつだろうか。不意を突かれないだろうか。


「……っ! 昼雅後ろ!!」


 俺の方に目を向けた鷹場が、目を見開いた。俺もその瞬間、地面を蹴る音が聞こえた。

 反射的に身体を捻る──が、間に合わない。飛び込んで来る少女の掌底が、俺の脇腹を打ち抜いた。


「……くっ!!」


 痛い。鷹場の打撃よりも遥かに強い衝撃だった。

 今度は吹っ飛びはしなかったが、地面を転げて行く。頭に小石が当たったらしくて更に痛い。

 頭部は、鍛えようがないからな……。


「昼雅、大丈夫……?」


 駆けつけるわけでもないが、鷹場は少し心配そうにしてくれた。

 それでいい。俺に近づいて、くるわの攻撃の巻き添えになられても困るからな。

 それにしても、鍛えに鍛え抜いてきてよかった。まだ骨は折れていなそうだ。


「一撃一撃が重た過ぎて、スピードが非常に高い。こんなもんか、特徴としては」


 ゆっくりと立ち上がりながら、殺気を溢れさせるくるわを見据える。

 鷹場の時はスピードだけ。くるわの場合、怪力が追加された。──それだけだ。

 警戒すべきは、その二つだけでいい。当たり前だが、当たらなければなんてことはないということだ。


「さてと……くるわ、今解放してやる」

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