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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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13話『猪』

「別にそこまで強いとは限らないじゃない」


 ついさっき予想したことを伝えたら、地蔵のような無表情で返された。

 何だこの後輩は。人をイラつかせる天才か? そういう存在なのか?


「何でこの惨状を知って強いと思わないのか不思議なんだが。言っておくが、お前目線で全てを語るんじゃねぇぞ」


「だって、やられたのは全部雑魚でしょ? 大体は蛾堂家明日流よりも更に下。最早雑草と何ら変わらないじゃない。そんなのが複数人やられた程度で、強いかどうかは分からないわ」


「直前に注意したよな? お前の目線で語るなって。一般人からしたら蛾堂家だって、まぁまぁ強いんだよ多分」


「だとしても、雑魚しかやられていないのは確かでしょ。憑き者の仕業ではあるでしょうけど、昼雅や私ほど強いとは思えないわ」


「別に俺もそこまでとは思ってねぇよ。けどな、思い出してみろ。俺が町で一瞬だけ感じた気配。それが同一人物のものなんだとしたら、その一瞬の間に中学生を蹴散らしたってことになる」


 あれだけの人混みの中では、流石に憑き者の殺気も感じ取り難い。

 だが、神様の力を発揮したと思われるあの一瞬は、かなりハッキリと感じれた。それは一秒にも満たなかった。

 つまり、相手に抵抗する余裕も与えず、恐らく一人につき一撃だけ、不意打ちを噛まして行ったんだと考えられる。

 もしくは、纏めて一発だ。それは物理的に不可能に近いが。


「……小柄な女にそんなことが可能なの? 女なんて大抵は非力よ?」


 俺なりの推察を出来るだけ分かりやすく説明したやったのだが、鷹場は不満気に顔を顰める。

 小柄ではないが、女であるお前の何処が非力なのか言ってみろ。岩を持ち運ぶ癖に。


「流石に俺だって、お前以外の女にそこまでの期待は持っていねぇよ。差別みたいにはなるが、身体の造りが違うんだからな」


「世の中には、私みたいなのもいるけどね」


「そう、いるんだよ。今うちにいるくるわだってその一人だ。お前より筋力があるらしいしな」


「……かもね。筋力だけなら向こうのが上だわ」


「どうしても負けたくないみたいだな。知ってたけど」


 本当に面倒臭いってのはコイツのことだと思う。かく言う俺も、くるわがそこ以外で鷹場に勝てるイメージが湧かないのだが。

 あ、あった脳みそだ。鷹場はバカだった。


「何がともあれとにかく、小柄な女で強い奴を探そう。地味だが、一人ずつ接近してみて、気配が感じ取れなかったら次って感じで」


「私は憑き者じゃなくなったから、全部昼雅任せになるわね。その代わり調べるのは任せて」


「いや、協力しよう。次の犠牲者が出ないことが何より望ましい。二人でやれば時間を短縮出来る筈だ」


「……それもそうね。もう帰るでしょ? だったらここからは家でそれぞれ調べましょ」


「おう、そのつもりだ」


 俺は基本的にスマホでしか調べられないけどな。うちにパソコンなんぞない。


 ──何かやたら「家まで送れ」とうるさい鷹場を送って、帰路を歩いている時だった。


「「うぉああああああああああああああああっ!?」」


 路地裏の方から、男性の野太い悲鳴が幾つか上がった。

 最近被害に遭っている人達は皆路地裏にいた。だとしたら、今襲われた可能性が高い。

 ……ほら、憑き者の禍々しい殺気がビシビシ伝わって来る。こりゃあもう既に呑まれちまってるんじゃないか?


「だとしたら、急げ! 今度こそ死人が出るかも──んぉ?」


 路地裏に駆け込んだ瞬間に、殺気が綺麗さっぱり消えた。遠ざかったりするのではなく、パッとその場で。

 それから間もなく路地裏に辿り着いたが、そこにいたのは黒いスーツを着た四人の男性達。女らしき姿は見当たらない。

 全員が腰抜かしてやがるが、どんだけ怖かったんだ? 自分らのが強面の癖して。


「お、おおあんた! あんたが来たら去って行ったよ助かった! もうダメかと思ったぜぇ……!」


 顔に傷痕がある如何にもな感じの男が、服にしがみついて来た。心の底から安堵しているのか、腰は抜かしたまま。

 ……見た感じ、誰も怪我はしていなそうだな。やはりさっきのは憑き者で、俺の気配を感じ取って逃げたってとこだろう。

 姿も見れればよかったが、そう簡単にはいかないか。


「なぁ、あんたら。ここで何があった? ここに誰がいた?」


「い、猪だ!」


 ──猪? つーことは、十二支の最後だよな。なるほどなるほど。

 そりゃあまた、厄介そうだな。あれだけの殺気を放っていて途中で逃げ出せるってことは、理性も完全に残っているんだろうし。

 それに、女ってのもやり難い。鷹場と違って小柄なら、俺の筋力でどれ程のダメージになるか不安だしな。


「いやちょっと待て? 人じゃなくて、猪がいたのか?」


 だとしたら完全憑依どころの話じゃなくないか? 丸々変化してるのか? ということは憑き者には更なる段階があるってことか?

 なんて、鷹場以上の強さを持った憑き者の可能性が高いことに気づき、不安が込み上げて来た。

 しかしそれは、男の発言により払拭される。


「……いやっ、どうなんだろうな。よく考えてみりゃあ、小さい女だったかも知れねぇ」


「え? どういうこと?」


「見た目は、ほぼ人間の女だった。そうだな……中高生くらいだな。けど、雰囲気がとても人とは思えなくて、『猪』って錯覚したのかも知れねぇ」


「錯覚……なるほど。情報提供ありがとう」


「おい待て、あんたはさっきのやつを知ってんのか?」


「……知ろうとしてるだけだ」


 男に別れを告げて、直ぐ様帰宅した。相変わらず疲れる道のりだな本当に。


 得られた情報で、まず一番デカいのは中高生であるということ。それだけでかなり絞ることが出来るだろう。大人は論外ってわけだ。

 そして、雰囲気で猪と錯覚する程呑まれている。恐らく完全憑依されているだろう。

 俺から咄嗟に離れることが出来たのは、本人の意思ではなく猪の神の意思ってことだな。


「完全憑依されているから人目につくわけにはいかず、路地裏で獲物を待ち構えている……と見るべきだな。今度は路地裏を探索してみるのもいいかも知れない」


 ただ、俺は気配で察知される。路地裏を知り尽くされていて既に向こうのテリトリーと言えるならば、奇襲を受ける可能性もある。

 普段は先程のように逃げるだろうが、隙さえあれば一撃に賭けて来る懸念もあるな。


「まぁ、表に出ないでいてくれるのは俺としても有り難い。次は俺が自ら囮になってみるというのはどうだ?」


「それじゃ浅川くんがやられる可能性だってあるでしょ。その場合、鷹場純玲に頼るの? 憑き者じゃなくなったあの人じゃ、難しいんじゃない?」


 俺の独り言を隣で聞いていたくるわは、猫耳を手入れしながら指摘して来る。


「鷹場に任せるつもりはないな。俺一人で何とかする。不意打ちを躱した上で、逃がさない。そこで決着をつける」


「そっか。憑き者が普通の人より強いのは知ってるし、頑張ってね」


「おう、ちょっとイメトレして来る」


 もうすっかり夜になり道場も真っ暗だ。普段はあまり来ないから忘れていたが、ここ思いの外広いんだな。

 つーか、二つもの巨大な岩で道を塞がれていて、周囲の林にはトラップばかり仕掛けられてんのに、誰か門下生になるとでも思ってんのかうちの親父。

 来る前に諦めるわ。


「相手は猪……」


 瞼を閉じ、そこに自分と同じくらいのサイズの猪をイメージする。

 猪は猪突猛進という言葉があるくらいだし、きっと小回りは利かない。力でゴリ押しして来るタイプだと考えられる。

 だとしたら、相手を逃がし難く出来る路地裏を選ぶのも納得だ。

 だが、このまま路地裏での事件が露出するようになれば、人は寄りつかなくなるだろう。そうなった場合、表に出て来るか……?


「早いとこ、見つけ出さねぇとな。これ以上被害が増える前に──」


「ふむ、こんな時間に精神統一とは中々。とうとう武術に目覚めたか昼雅!」


「おおおおお親父いいいいい!? 何処から湧いて来やがったじじい!? クソビビったわ!」


「なぁに、初めからだ」


 闇に紛れていやがったのか浅川夜武。的外れなこと言いながら登場すんじゃねーよ。

 まさか聞かれてたとかないよな。俺どんなこと声に出していた? ちょっと思い出してみよう。

 ──凶暴な猪探し出そうとしてる奴じゃねーか。


「……昼雅、儂は道場さえ継いでくれれば何も文句は言わん。しかしな、危険なことには首を突っ込んでくれるな?」


 やけに真剣な顔して言うな、珍しく。親父が親父じゃないみたいだ。


「危険なことなんて、別にしてねぇよ。一番危険なのはあんたが仕掛けたトラップだ。道を塞いでいる岩もだけどな」


「アレはお前を鍛えるために……」


「昔一度死にかけたよな? 誰かが大怪我する前にさっさと処分しろ。この道場を継ぐつもりは一切ないが、鍛えるのくらいは普段からやってる」


「……仕方がないな、検討しよう」


 まるで恋人との別れを惜しむような、哀愁漂う腹立たしい顔で親父は頷く。検討じゃなくて決断しろって言ってんだ。もしくは決定だ。

 何でこの家は何処にいても落ち着くことが出来ないんだ。


「たくっ、親父。俺は今からイメージトレーニングの時間だ。邪魔するな出て行け。つーか風呂沸かしておけ」


「ほほう、イメージトレーニングか……!」


 親父は素直に道場から出て行った──と思いきや、ラジカセを片手に意気揚々と帰って来やがった。

 何処かの国の民謡っぽい音楽を流し、何故か太極拳の型を決める。あのな、話聞いてたのかじじい。


「邪魔するなって言ったよな!? 出て行けって言ったよな!?」


「儂に構うな、イメージトレーニング中だ」


「今やんじゃねぇよ! 全く集中出来ねぇわ! ラジカセ止めろ!!」


「BGMはあってこそだろう!」


「要らねーんだよさっさと湯を沸かして来い!!」


「今名護ちゃんがやってくれとるわ!」


「テメェでやれようちのだろうが! 迷惑しかかけられねぇのかよあんたは!」


「あの娘、岩を軽々と登ってみせた。瞬発力もある。顔も良い。家事も出来る。そして気が利く……昼雅、嫁にしなさい」


「俺あんたにだけは温厚でいられねぇからな────っ!? ちょっと待て、アイツ岩登れたのか!?」


 聞き間違いじゃないよな。今、親父はくるわを褒めたが、その中に身体能力関連のことが二つはあった。


「うむ。恐らく、散歩がしたかったのだろうな。お前が出て行った少し後、儂に一言も告げず外に出たのだ。ちゃんと気づいておったが、中々な身のこなしだった」


「そうか……」


 あの岩を軽々と越えた。親父にも伝えず外に出た。それに関しては、よく考えれば納得がいく。

 くるわは鷹場にも引けを取らない身体能力の持ち主で、恐らく何かしらの傷を心に負っている。だから誰にも言わず外に出た。

 大体、ここまでは問題点じゃない。

 気になるのは、何をしに行って、何故外に出たことを俺にも伝えないのかだ。


「親父、気分が削がれた。今日はイメトレはしない。勝手に一人でやってろ」


「ふむ。なら儂もやーめよ」


 ♣


 自室で待機していたが、くるわは来なかった。やはり自分から会いに向かうべきだったか。

 何にせよ、謎が多く残ったアイツをそのまま居座らせるべきじゃない。せめて理由を聞かなければ、こっちとしても納得がいかないんだ。

 ……分かってる。気配を感じないし、擦り傷なども見かけなかったから憑き者ではない。

 保護している身である限り、くるわの迂闊な行動を止めるべきだと考えているだけだ。


「──ああ、まさかのだ。朝起きたら書き置きがあった。『これ以上は世話になれない』とよ」


『バカな子ね。もし警察に保護されて昼雅のことを話すことになったら、それこそ迷惑だっていうのに』


「ま、警察に行ってくれるんだったらその方がいいけどな」


 午前六時半、起床後直ぐにくるわがいなくなっていることを悟った。リビングには話に出した書き置きがあった。

 このタイミングで行方を晦ましたのは、俺に問い詰められるのを察して逃げたってことでいいのか? もし違ったら申し訳ないが。


「鷹場、くるわの顔は分かるか? まずは遅刻しない程度に捜す」


『分かった。一応、二年くらい前には会ってるから、覚えてるわ。……あ、昨年だったか忘れたけどテレビでも見てる。つい最近は画像も出て来たわね』


「いや分かったよそこまで聞いてねーよ。それはいいから見つけたら報せてくれ」


『うん。……ねぇ昼雅』


 不安気に俺の名前を呼んだ鷹場は、押し殺すようなか細い声で続けた。


『その子は、憑き者ではない……のよね?』


 何だかんだ嫌な想像が脳裏を過ぎるが、俺はひとまず鷹場に、一応の答えを返す。


「その筈だ。くるわからは、憑き者の気配がなかったんだからな」


 そう、憑き者同士にしか感じ取れない獣のオーラ。対面すれば自然と起こる武者震い。それがなかったんだ。

 だから違う筈。アイツは憑き者ではない筈なんだ。


 ──だがもし。もしも、


 憑き者がそれらを抑え込めるのであれば、話は変わって来る。

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