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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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10話『名護くるわ』

 柔道世界大会や全国大会……出てるのはこの町にはいないな。ボクシングや薙刀とか、合気道の選手に至っては底辺クラスしか出て来なかった。


「シンプルに『強い奴』で検索かけてみるか? 鷹場」


 半ば飽きた状態で、後ろのパソコンを使う鷹場に声をかける。こいつ、何でイヤホンしながらやってんだ。


「え、何?」


「イヤホン外せよ」


「え、何?」


「イヤホン外せってんだよ⁉︎」


 渋々イヤホンを机に置いた鷹場は、椅子をくるりと回転させる。

 俺達は今、学校のコンピューター室を借りて武術系の大会入賞者を漁っていた。


「もういっそ『強い奴』で検索した方が手っ取り早くないか?」


 因みに、これまでは「大会の入賞者(武術で分けて)」で探していた。


「ダメよ。それじゃ映画のキャラクターとかゲームのキャラクターが出てくるから。この町出身の人間を、出来るだけ絞って探さないと効率が悪いわ」


「お前に効率とか言われたくねーんだわ。『出てくるから』ってことは、それで検索したってことだろお前。俺より早いじゃねーか飽きるの」


「違うわよっ。ちょっと気になって、『浅川昼雅より強い』で検索したら、ガ◯ダムとか出て来たってだけで……」


「何でそんなもん作られてんだよ⁉︎ つーか人間とメカを一緒くたにすんじゃねぇ!」


「わ、私に言わないでよ!」


 何で普通の人間である俺が戦争するためのメカと比べられなきゃならないんだよ。比べるなら人間とにしろよ。

 今日は進歩なしってことで、もうそろそろ帰ろう。って言っても家だと親父に覗き見されそうだし、街中を歩いて憑き者の気配でも探してみるか。


「ねぇ、昼雅、昼雅」


「何だよ裾引っ張んな」


 鷹場が、キョロキョロと見回して、廊下を少し覗いてから戻って来た。何してんだこいつ。


「実はさっき調べたことで、かなり興味深いものが出て来たの」


「何だ? 実在する武術家とかはやめろよな? そもそもこの町の出身じゃねーんだし」


「そうじゃなくて、出て来たのよ。今は引っ越したみたいだけど、あんたより強いっていう、高校生」


「……あ?」


 マジかよ。俺より強い奴は誰かってスレが立てられてること自体意味分かんねーのに、見知らぬ高校生と比べられてんのかよ。その上負けるのかよ。


「昼雅と同い歳で、『佐竹大熊(たくま)』って男子。身長は、昼雅とそう変わらないらしいわ」


「……佐竹?」


 思わず、鞄を床に落とした。鷹場が目を丸くしてる。

 思いっ切り知ってる奴だった。最悪な……いや、それは逆恨みか。


「昼雅もしかして、彼を知ってるの? 元空手ジュニアチャンピオンって書いてあったけど、もしかして手合わせしたことがあるの?」


「……ああ、あるよ」


 昔から鍛えられ続けた俺は、小学生の頃空手で無敗だった。住んでいる区域では、誰からも褒め称えられる程に強かった。

 当時の時点で身長は百六十。体格にも恵まれ、誘われるがまま大会にも出まくって優勝を掻っ攫った。

 だが……ヒグマの愛称で呼ばれる佐竹と出逢ってからはその世界が一変したんだ。


 小学生時代最後の大会、俺は決勝で佐竹と闘うことになった。同じく百六十越えでも、佐竹は細かった。正直油断していたのはある。

 でも、そんなこと全くの無関係で、佐竹には何も通用しなかった。

 俺はあいつに、瞬殺された。

 周囲の持て囃す相手は佐竹に変わり、俺は見向きもされなくなった。誰にも期待されなくなって絶望した。

 もう二度と武術はやらねぇ。俺はそこで心に決めたんだ。


「昼雅? どうしたの? プレデターみたいに怖い顔して」


「マジで怖いじゃねぇかそれ。何てこと言うんだお前は」


「大丈夫? 保健室にでも行く?」


「行かねーよ大丈夫だ。ちょっと苦い過去を思い出してただけ……さっさと帰るぞ。俺は街中を歩いて探してみる」


 鞄を拾って、廊下に出た。

 佐竹の奴、まだ続けてたってことか。それで俺より強いって言われんのは、他の誰よりも納得出来る。

 ただもし、もしも佐竹が憑き者になっていたとしたら……。


「なーーーーーーーんでお前はついて来てんだよ!」


 繁華街にあるう◯この銅像前で、鷹場に叫んだ。なるべく声は抑えて。

 何でちょこんとしていやがんだ。いや俺がデカいからそう見えるだけで、端から見たらどーーーんとしてる、か。

 こいつ身長高いしな。


「私はあんたを手伝いたいのよ。二人で探した方が早いじゃない」


「ちっがうんだよそうじゃねぇんだよ! 俺は、憑き者(小声)だけに分かる気配で探そうとしてんだよ!」


 お前はもう憑き者じゃないんだから、ただいるだけ邪魔なんだよ。放課後制服姿でいる男女を見かけたらデートだの何だの勘違いされそうで嫌なんだよ。

 ましてこんなギガントピテクスとだなんて、御免被るわ。


「じゃあ、デートってことにしよ」


「それが嫌なんだっつーんだよ! 支離滅裂なこと言ってんじゃねぇ!」


「……それ意味合わないだろ」


「誰なんだよいちいちツッコミ入れてくる奴!」


 それと、俺的には四字熟語は得意な方だ。間違う筈がない。英語を間違うとしてもな。


「嫌なんだ……」


 鷹場が肩を落とした。驚く程ショックを受けてる様子。そもそも遊びに来たんじゃないんだが。

 周囲の眼が痛い。何故か俺を蔑視しているみたいだ。俺が何かしたか? 俺が何か変なことでも言ったのかよ⁉︎


「いいよ分かったよデートでいいよもう! めんどくせーな!」


「……デート?」


「あ……?」


 うわ、何だこいつ可愛いな。鷹場じゃなくて、その背後からこっちを覗く金髪の女。

 エルだ。エルが何だか濁った瞳で俺をじっと見つめてる。


「えっ、あ、あぅ……」


「鷹場、お前は引っ込んでろこの人見知り……って言っても、見知らぬ先輩が近づいて来たらそうなることもあるか。よおエル、偶然だな」


「……」


 相変わらず、口を開けないエル。でも聞き逃してないからな、さっきの。喋ったろ思い切り。

 日本語が通じないわけじゃないのも、今日裏庭で教師と会話してたから知ってる。まだまだ拙いものではあったが。


「なぁエル、どうした? あ、まさかこの銅像の前で誰かと待ち合わせするつもりだったとかか? だとしたら悪いな、直ぐ退く」


「……」


「無言じゃ何も分からないって。つーか、この手は? 何で俺手を握られてるんだ? そしてお前何処向いてる?」


 ある一点を見つめるエルの視線を辿って行くと、物凄い青冷めた鷹場がいた。脚がガクガク震えてるぞお前。それでよく強くなれたな。

 質問には答えないのにこっちの行動を制限してくるとは、エルの思考が読めな過ぎる。自白剤でも持ってきて欲しいくらいだ。


「……んん? 今、気配が」


「ひ、ひ昼雅……? どうし、どうした、の?」


「お前動揺し過ぎじゃね⁉︎」


 一瞬巻き戻したみたいになってたぞ。俺なんか比べ物にならないくらい人見知り激しいよなこいつ。

 エルは喋らないし、鷹場は気を失いそうだし、今多分憑き者の気配がしたし……さっさと移動するか。


「……あさ」


「おい! 向こうで人が倒れてたぞ⁉︎ 多分不良だろうけど、七人くらい! 気を失ってた!」


「え、嘘マジ⁉︎ 何があったのこっわ!」


 直ぐ近くの男女四人組が騒ぎ出した。チャラそうに見えるけど、あんたらは不良ではないのだろうか。チャラいだけなのか?

 つーか七人倒れてるって言ったか? もし喧嘩したっていうんなら、普通じゃ中々無いよな。

 まさか、憑き者が……?


「エル悪い、また今度な。鷹場行くぞ、いつまで震えてんだ」


「う、うん。失礼……します」


「あっ」


 鷹場の腕を引いて、なるべく低速で駆ける。勿論歩行者には最大限注意して。

 さっきの男が来たのはこの道からだったな。まだ不良達が残ってるなら、情報を得ることが出来るかも知れない。

 それはいいんだが……


「何でだ? さっき感じた憑き者の気配がしない。こんな人混みでも、強く感じる筈なのに」


「離れちゃったってことじゃないの?」


「それはない、と思う。気配は段々近づいて来てたんだ。だとしたら、まだこの変にいる筈」


「分からないわね、よく」


 入り組んだ迷路みたいな道を縫うように進み、八人の男子中学生が倒れているのを発見した。一人足りなかったぞお兄さん。

 一番近い刈り上げ金髪の男子に手を差し伸べる。


「大丈夫かお前ら。何があった?」


「うっせぇ触んなキメェな!」


「……はぁ」


 この歳頃の連中の扱いは難しいものだな本当に。何で触ってもないのに「触んな」だの「キモい」だの言われなきゃならんのじゃ。

 しかも親切に心配してやってるのに「うるさい」はない。


「この中で、まともに会話出来る奴はいるか? いないなら用はないし放って置くが、いるなら聞きたいことがある」


 八人を見下すように眺め、仁王立をする。もし無意味にキレられたとしても、恐らくこいつらじゃ微塵も相手にならないしな。鷹場に。


「うぜぇんだよ……! 誰だテメェ、ぶっ殺すぞ!」


「あのねぇ」


 鷹場がようやく立ち上がった刈り上げ金髪の襟を掴み、高〜く持ち上げる。片手で。


「なっ⁉︎ んだテメェ放せコラ! 殺すぞ!」


「あんたこそ状況を把握した方がいいわよ。私相手に舐めた口を利いてると、どうなるか──」


 空いてる右手で、鷹場はコンクリートの壁を殴った。触れた部分がボロボロ崩れる。

 亀裂の入った壁を見て、刈り上げ金髪は大人しくなった。

 おい鷹場。お前マジで人間辞めてんだろ。俺も出来ないことはないが。


「早く吐いて楽になりなさい。ここで、何があったの」


 鬼軍曹でも漏らしそうな恐ろしい目つきで睨んでいる。やめろ鷹場、変な噂が広がるぞ。

 息を荒くしながら、次に立ち上がった長身の男子が俺達を睨んできた。


「変な女に、急にぶっ飛ばされたんだよ! ここでダベってただけだっつーのに、いきなりだ。何なんだあいつ……!」


「女……?」


「いっ⁉︎」


 鷹場が手を離したから、刈り上げ金髪が落下。悪い、うちの連れが自己中で。

 それより女だと……? 鷹場以外、こんなことが出来る奴がいるってのか?

 いやでも今日、聞いたな鷹場本人から。やり合って結果が明確じゃない奴はいるって。まさかそいつか?

 暴力沙汰はやめろよな本当に。


「どっちに行った? もしかしたら、俺らが探してるやつかも知れない」


「向こうだ……!」


「ありがとう、救急車呼んでおくから、ゆっくり休」


「いらねぇよ!」


 難しいものだな、あの歳頃の男子達って本当に。

 鷹場と俺は中学生に教えてもらった進行方向に駆けて行く。かなり走ったのに気配はないから、憑き者ではないのかも知れない。

 結局見つからなくて、鷹場を駅まで送ることにした。


「意外ね、あんたが送ってくれるなんて」


「一応女だしな。まぁ変な男に捕まろうがなんだろうが、お前なら普通にぶっ飛ばして躱しそうだけど」


「当然。……中には強い男とか頭がいいのとかもいるけど」


「ん? 何だって? つーか暗いし、またな鷹場」


「あ、うん。またね」


 やっと、お荷物が帰宅してくれました。あー疲れた。

 何かやたら鷹場に気を取られていたエルの用事は聞きそびれたし、明日学校で訊いてみるか。


「中々見つからないもんだな、憑き者。この町、かなり広いし」


 夜空に輝く星々を眺めながら、ガードレールに寄りかかる。これから獣道を進んでデカい岩を越えて帰宅するとか正気じゃない。帰りたくない。

 ……何か臭くね?


「何だこの匂い、くっさ」


 臭う路地裏に入ってみたら、壁に血が飛び散っていた。なんてホラーな光景。ここ殺人現場じゃないよな?


「え……? 子供? 女の子? え? 嘘マジやだよ何?」


 路地裏に、倒れてる女の子を見つけた。白髪のボブって、言わなくても超珍しい。

 顔立ち的には外国人とかじゃなさそうだし、染めてるのか?


「おーい、大丈夫か? この壁の血お前の……じゃないな。血なんて出てないし」


「ん……」


 お、起きた。寝てただけっぽいが、何でこんな汚れた場所で寝てんだこの子。

 見た感じ荷物は小さめのバッグのみ。長旅して疲れて寝た、とかじゃなきゃいいんだが。


「誰……?」


「ああ、俺は浅川昼雅。どうも。お前何でこんなところで寝てたんだ? お前名前は? まず親は? 幾つ?」


「質問多過ぎる」


 うわ、こいつ鷹場みてぇな目つきしてる。鷹場と違って身長はひっくいけど。

 女の子が身体を起こすのを手伝うと、飲み物をねだられた。安い天然水を渡す。


「私は、『名護くるわ』。親は……いない。十四歳、中学三年生」


「何でここで寝てたんだ?」


「……家出したから」


「……うん?」


 親はいないのに家出したのか? つーか何で親がいないんだ? 病死したとか?

 理由は何だろうと、こんなとこに放置しておくわけにはいかないよなぁ。親いないなら交番に連れてったとして気を悪くするだけだろうし。

 仕方ない、


「俺ん家来るか? 道場でもよければ。汚れるの嫌だろ?」


「……うん」


「よし、行くか。因みに岩登ることになる」


「……え」


 くるわを背負って、家へと歩き出した。

 あー、帰りたくねぇ。

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