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イキモノツキモノ  作者: 源 蛍
第一章『虎と猿と犬と猪』
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9話『ルック・ミー』

「アホね」


「お前のせいで遅れたんだろうが。自分だけさっさと帰りやがって」


「ふふっ。わざわざ捜すから悪いのよ」


 俺と鷹場は一階の廊下を横に並んで歩く。鷹場は普段こそ無愛想でそれどころか目つきが悪いが、今は機嫌がいいようだ。

 何でそう思うか? 笑顔だからだ。シンプルに。


「お前がこんな風に毎回ついて来んだから、気になるに決まってんだろ。あんな風にダイブされたらな。落ちて死んだのかと思ったんだぞ」


「自分から飛び降りて死ぬとかマヌケでしょ? 別に自殺志願者じゃないんだし」


「んなこと分かってるんだよ。自殺すんなら、屋上からのダイブより鷹場の本気の突きを胸に受けた方が少し得だし」


「何でよ。私人殺したくないんだけど」


「お前の突きは俺以外がまともに受けたら百パー死ねる」


 今の所、知ってる中ではな。力士や鍛え抜かれたプロレスラーならいざ知らず。

 この学校で、鷹場の渾身の一撃をガードもせずに受けて、立ってられるのは俺くらいじゃないか? それ程のマッチョがいる訳でもないし、異常な耐久力を誇る奴なんて聞いたことないし。

 俺でも当たりどころ悪けりゃ死ぬだろうけど。


「失礼ね、まるで人を怪物みたいに」


「イメージで言えばギガントピテクスだからな」


「は? 何それ」


 太古に存在していたらしい猿だよ。体長は三メートル程の霊長類最大。ま、殆ど化石が見つかってなくて憶測なんだけどな。

 答えたらまた殴りかかって来られそうだから黙っていたら、凄い形相で睨まれた。どっちにしろ殴られそうだな。


「……古代生物」


 身構えながらも言ってみる。意外なことに、パンチは飛んで来なかった。


「大きいの?」


「三メートルくらいらしい。憶測では」


 代わりに質問が飛んで来たので、これには簡単に答えた。

 そしたら鷹場が不機嫌そうに右頬を膨らませてそっぽを向く。


「私そんなに大きくないし」


 何か不貞腐れた子供みたいな口調で返して来た。不貞腐れてることに間違いはないが。


「イメージの話だ。確かに三メートルもある人間は存在しないってか存在したら怖い。少し小さめの巨人だろそれ」


「そんなのいたら勝てないわね、流石に」


「何で戦おうとしてんだよ」


「してないわよ。ただ、襲いかかって来たらどうしようと思って」


「何で本気で悩んでんだよ。いる訳ないっつーの」


 バカを相手するのは本当に疲れるな。やたら真剣に考えてるけど、有り得ないわ。

 ここまで来るとバカに失礼だな。これは最早バカの域を軽く越えてるだろ。

 俺達は今、ぶっ壊れた剣道道場に向かっている。道中、カップルらしい一年が弁当の分け合いをしてて直ぐ逃げた。

 ……俺達って本当ダメだな。


「ねぇ、次の憑き者はどうやって捜すの? 蛾堂家明日流が憑き者じゃなくなってからは、この学校では強い気配を感じないわ。昼蛾(ひるが)以外」


 道場に辿り着いたら、人目を憚るように鷹場が訊いて来た。どうでもいいけど、さっきからそのバカみたいに長いポニーテールが脚に当たるんだよ。


「つーかお前はもう憑き者じゃないんだから憑き者の気配分からねーだろ。……俺も感じないけど、もうこの学校にはいないんだろうか?」


「そうなんじゃない? この町も結構広いんだし、別の学校にいるのかも」


「学生じゃない可能性も、まぁあるだろうしな」


 もしプロレスラーとかに入り込んでたらどうしよう。流石に勝てるイメージが湧かない。

 今の所は、俺に鷹場。そして蛾堂家。ついでにテレビで一瞬映り込んだ()()()。学生にばかり憑依している。

 伸びしろのある年頃の人間を探したのか、単純に若い人間がよかったのか。神様の考えなんて知らないけど。

 うちの虎はニートだしな。


「そうだ、あのテレビの男なら簡単に見つけられるじゃんか。道場なら知ってるし」


「何の話? 心当たりでもあるの?」


「お前は知らないか? 『蛇』の憑き者かも知れないって奴が取材受けてたこと。ありゃ嘘だったが、門下生の一人が憑き者だったんだ。何のかは、一瞬過ぎて分かんなかったけどな」


「へぇ? もし蛇だとしたら少し厄介かもね」


「地力による。お前みたいなのだったらキツいし、蛾堂家みたいなら簡単だ」


「アレ弱いものね」


 言っちゃ悪いけど、憑き者の中じゃ底辺だろうな。蛾堂家が元々武術に興味がなかった分、地力が大したことなかった。

 それでも、強い者を探す神様達にとっては「強い奴」だったんだろうな。選択ミスだが。

 少し話を戻して、


「これから捜すのはネットでだ。鷹場は苦手だろうから、手伝わなくていい」


「それ、また突き離そうとしてるでしょ。ヤダ。私も捜す。それより、何でネット?」


 おう、お前は何処までバカだったら気が済むんだよ。ネットは便利なんだぞ色々。


「この町の人間で、武術が得意な人間を探し出す。各大会の記録とか見て、テキトーに上位三名のとこにでも訪問して行きゃいいだろ」


 まぁ、空手と剣道は殆ど俺と鷹場で一つ席が埋まってるけどな。

 俺の説明に約一分くらいかけて鷹場が頷いた。全く難しいことは言っていない筈なんだけどな。理解することすら遅いのか。


「上位入賞者なら確実に強いってことね。十二支の神様は強い人間を探してるから、確率が高い……そういうことなのね」


「セイカーイ。ヨクワカリマシタネー」


「私に喧嘩でも売ってるの?」


「お前に喧嘩売る命知らずいたらここに連れて来いよ。必死で説得して止めるから」


 じゃねぇとそいつの魂が天に還されることになるからな。

 憑き者を捜すのは正直骨が折れる。この町はそこそこデカい上に人口が多めだからな。双銀波山なんて邪魔なもんあるのに。

 でもそこだけじゃなく、真っ先に不安に思うことがあるからだ。


「憑き者って、武術経験者とかそういうのばかりなのか? 俺は武術を経験してはいるけど何もしてないし、武術をやっている奴だけじゃないってのは分かるけど」


 もし、武術経験者よりも強い一般人がいたら、そいつに憑依するのだろうか。素朴な疑問だと自覚はしてるんだが。

 と言っても、武術経験者より強い人間なんてそういないと思うけど。


「私は、そうだって予想してるわ」


 鷹場は堂々と、恥じらう様子もなく俺の前で着替えを始める。まぁ道着着るだけだけど。


「イキモノの神様達は他の神様が選んだ人間より強い人間を探す筈。昼雅に虎が入ったのは、封印が解かれて直ぐだったのは教えてくれたから知ってるわ。もし、昼雅が初めだとしたらそれに勝る可能性がある人間を狙うと思うの」


「ほぉ、なるほど。んで例えば、お前いつ頃なんだっけ?」


「あんたの一日くらい後。でも、残念ながら目論見は外れたようね。私はあんたより弱かった。蛾堂家明日流もまた然り」


「正直お前に勝てたのはキセキだって思ってるけどな」


「戦闘中に自分で言ってたじゃない。私のことは速度しか警戒してなかったって。腕力ならあんたの方が幾つか上なんでしょ」


「ま、アホみたいに頑丈に生まれてアホみたいに鍛えまくって、こんなガタイだしな。お前は女で俺は男だし」


 俺が自分を鼻で笑いながら言うと、鷹場はムスッとした表情になる。

 俺今、何か変なこと言ったか?


「私のことが女に見えるなんて、ソートーね」


「……え、お前男だったの?」


「違う。そうじゃなくて、私みたいなただ暴れ回ることしか能のない人間を女として見てくれてるなんてって。それだけ」


「あ、そう」


 自分が暴れ回ることしか出来ないってこと、自覚してたんだな。安心したわ、完全な脳筋じゃなくて。

 つーか、お前を女として見てるとかじゃないんだよな。性別が女だから女なんだろって感じなんだよ。

 鷹場純玲の正体は男でした! ってなるなら、「あ、そうなんだ。じゃあ男って認識しとくわー」で済ませられる様なことなんだわ。

 だからあまり嬉しそうにすんな。嬉しそうにヒュンヒュン風切って素振りすんな。一切可愛いとか思ってないから。


「そうだ、昼雅。あんたあのチャットのアイコンどうにかならないの? 私のタイムラインに表示されると、再従兄弟(はとこ)が騒ぎ出すんだけど。『この人何で筋肉なの?』って」


 突然の指摘に噴いた。


「何て騒ぎ方だよそいつ。どの人間にも筋肉あるだろ」


「そうだけど」


 鷹場が何が言いたいのか。それは俺がスマホのチャットアプリでアイコンにしているアーノルド・シュワルツェネッガーの胸部のことで、要するに「変えろ」。


「気に入ってんだから別にいいだろ。何で見知らぬガキにんなこと言われなきゃならねーんだよ」


「私と同い歳よ。だったら、あんた自分が嫌いなものをアイコンにしてる人がいたら気分悪くならないんでしょうね?」


「お前も嫌だってことね。はいはいすみませんでした。変えるかバーカ。ザケんな。知るかってんだボケ」


「あんたね……」


 鷹場がギュッと拳を握り締める。殴りかかる準備してんだ。

 少し大人気なかったか? いやでも人にアイコンなんか口出しされたくねーしな。別に害悪なもんでもないんだし。俺はシュワちゃん好きだし。

 今回は確実に俺は悪くない。それで間違いない筈だ。


「私を侮辱したこと、後悔しなさい!」


「相変わらずそっちかいっ‼︎ お前はいい加減それをやめろって言ってんだろ‼︎」


 鷹場の、バズーカみたいな拳を躱しつつ、何とか抑え込めないか考える。……早過ぎて難しいな。


「──そうね」


 鷹場が手を止めて、乱れた道着を正す。それから、素振りに戻った。

 今更なんだけど、お前以外の部員まだ来ないのか?


「お前が諦めるなんて珍しいな。もう直ぐビッグバンでも始まんのか?」


「死にたいの? 私は色々考えてみて、無駄に手を上げない方がいいって理解したのよ」


「ほぉ、それならよかった」


 ようやく、ようやくか。このバカが理解するまで長過ぎんだろ。どんな事柄であっても。

 普通なら誰だって分かるからな? その凶器である拳を人に振り下ろすことが後々、どれだけの枷になるかくらい。


「私はこれから真っ当な人間になって行くつもり。勿論、剣術はやめないけど」


 鷹場は真っ直ぐな瞳で、当たり前のことを口にする。言っておくが、手を出さなきゃいいって話でもないからな。

 気づいてるか? この剣道道場まだ直ってないこと。これお前が壊したんだぜ。

 確か鷹場の親父は娘と性格がそっくりだった筈だから、色々と面倒臭そうだな。


「ねぇ、聞いてるの?」


 正面から覗き込まれた。大抵の女は顔がかなり低い位置に見えるのに、こいつはそこそこ近い。流石に身長高いな。


「……っと、悪い。聞いてたっちゃ聞いてたけど考え事もしてた」


「……そう。だったら、意識がこっちに向いてる今、ちゃんと向かって言うわね」


「何を」


 俺がテキトーに聞き流すつもりでいると、鷹場は手に持つ竹刀を俺から離れて振った。下がったから当てるつもりはなかったんだろうが、すんごくビビった。

 挽き肉にされるのかと勘違いしたわ。

 鷹場は横に払った竹刀をゆっくりと下ろすと、フッと微笑んだ。


「私は昼雅の活動を見届けるつもりよ。その間に、私は昼雅を倒すために今より強くなる。だから、私のことも見ていてほしい」


「……あ、なるほど。そういうことか。俺が他の憑き者全部倒したら、最後に俺を倒してくれるってことね。なるほどね」


 何でまだ俺を倒すつもりでいるんだこの女、なんて思っちまったじゃねぇか。紛らわしいな。

 でも見ていてくれって、何でだよ? 別に人なんざ観察してても面白いもんもないだろ。俺はよくやるけど。


「まぁお前がやってくれるってんなら話は早いだろうな。今以上に強くなるつもりでいるなら、俺なんて一瞬で片付けられるだろ」


「憑き者を解放する過程であんたは強くならないの?」


「いやそれは何とも。他の憑き者が全部鷹場より弱いんなら、得る経験値は殆どないだろうしな」


 言わないけど、一人だけ鷹場より強そうな憑き者はテレビで見つけたが。絶対に言わんけど。


「女子なら私より強い人なんてそういないでしょうね。一人だけ、油断ならない女子を知ってはいるけど」


「おい、それ本当か? だとしたらそいつが憑き者になってる可能性もあるんじゃねぇか?」


「さぁ? 私はその女子と会話を交わしたことすらないし。二年生だけど、問題起こして謹慎中らしいし」


「何やったんだよそいつ」


「銅像壊したの。ほら、どっかの廊下にあるじゃない。先代校長の像。アレにふざけてて衝突して、落下してパーンッて」


「お前の説明分かりにくいのか分かりやすいのか分かりにくい」


 二年の廊下付近の銅像だなそりゃ。しかも初代校長のだし。つーかそんな事件知りもしなかったな。

 しかし、銅像ってそんな簡単に落ちるのか? 後で観察してみよう。

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