第八話 異変
「乃菜様……。乃菜様……。大変でございます」
深夜、私は小さな忍ぶような声でキノフジに揺り起こされた。
「シンクロ様が亡くなられました」
「えっ。どうして……」
病気だったとは聞いていない。
「クーデターです。ギリュウ様がクーデターを起こされました」
「クーデター……! ギリュウがシンクロ殿を殺したっていうの?」
「そのようです」
「親子じゃないの!」
「ギリュウ様はお妃様の連れ子でございます。血は繋がっておられません」
「そうだったの」
知らなかった。ギリュウが継子だっただなんて。それにしても、キノフジの情報収集能力には舌を巻く。
「それで、ヨウテツ様とチョウキ様がお忍びでお見えです」
「チョウキ! チョウキは無事なのね」
誘拐から解放された後、シンクロと相談して、慈善活動に力を入れていたと聞く。
「機密を要しますので、私の部屋で匿っております。ご足労いただけますでしょうか?」
「わかった! 行くわ!」
キノフジの部屋に向かう。私の動きを察知して、チャーが後からついてきた。
部屋に入ると、ヨウテツとチョウキ、それにチョウキの護衛二名が控えている。皆の顔は、憔悴しきっていた。
「乃菜様……。夜分、申し訳ございません」
ヨウテツが言う。
「チョウキでございます。乃菜様、お久しゅうございます」
「シンクロ殿はお気の毒でした。お悔やみ申し上げます。どうして、こんなことになったのか教えていただけますか?」
チョウキに聞く。
「父と兄は最近、仲が悪くて、喧嘩が絶えませんでした」
「ギリュウ様はシンクロ様のやり方に、以前から反対されていました」
ヨウテツが口を挟んだ。
「やり方……」
「シンクロ様は周りの国々と友好関係を結んで国を発展させようと考えておられましたが、ギリュウ様は、反対でした。周りの国々と国交を結ばず、単独でドワーフ国を繁栄させるべきだというご意見でした」
ヨウテツは続ける。
「特に鉄でございます。鉄は私達の武力の源泉。それを、他国に渡すのを非常に反対されていました」
「私達のせいか……」
私はショックを受けた。
「それは違います。ギリュウ様のお側で、良くない考えを吹き込んだ男がいます。カジゾウという男でしてな。邪な考えを持つ者です。それをギリュウ様はお気付きにならない!」
カジゾウ……。ドワーフ国で一番の剣士。ギリュウの剣術指南役。チョウキは、カジゾウと出会ってギリュウが粗野になったと嘆いていた。
「シンクロ殿のご最後はどうだったか分かりますか?」
私は聞いた。
「アンシュウの部下から聞いております。シンクロ様はギリュウ様をつれて、定例のご視察で村々を回られておられました。それにアンシュウも同行しておりました、滝の所で休憩を取られた際、お二人の間にまた、交易の事で諍いが起こり、激昂されたギリュウ様がシンクロ様の胸を短刀で刺してしまわれたのです。シンクロ様はそのまま滝つぼの中に落ちてしまわれました」
「そうだったの……」
それ以上、声が出ない。
「ギリュウ様は、その後すぐに王位の継承を宣言されました」
「誰からも異議は出なかったの?」
「元々、シンクロ様は跡継ぎにギリュウ様を指名されていましたので、逆らえる者は、その場におりません。それに、ギリュウ様のお考えを支持する者も多く……」
ギリュウは、それが分かっていてシンクロを殺したのだろう。
「それを見たアンシュウは姫様のお身の危険を感じ、姫様を逃がして、私の所で匿う事を部下に命じました。その後すぐにギリュウ様は姫様を捕らえるよう、カジゾウに命じましたので間一髪でした。私は丁度、休暇中でしてな。夜を待って、ドワーフ国を抜け出してまいりました」
「そう。大変な思いをしてきたのね」
「姫様はギリュウ様とは異父兄妹になられます。シンクロ様の血を受け継がれる唯一のお方。ギリュウ様の王位を脅かす唯一のお方でございます。お身の上が危ない……」
「分かったわ。姫を匿えばいいのね」
「ご迷惑でしょうが、乃菜様以外に頼れる方がおりませぬ」
「大丈夫。安心して。ところで、姫は、今度の事をどう思っているの?」
チョウキを見る。
「私は、もう争い事は嫌でございます。どこかで静かに、父の魂を弔いたく思います」
「分かりました。絶対に見つからないよう姫を匿う事を約束するわ」
「ありがとうございます」
ヨウテツは頭を下げた。
休暇中とはいえ、ヨウテツも長く留守にすると、疑われる危険がある。帰りはケンに遅らせる事にした。ヨウテツはここまで来るのに2日掛かっている。ケンに乗れば半日で帰れる。ドワーフの足で二日半でゴブリン国との間を往復したとは誰も思うまい。
チョウキの護衛は、チョウキの側を決して離れない。二人はゴブリン国に留まった。
次の日も、姫はずっとキノフジの部屋にいた。部屋の外には護衛が控えている。私は、今後の事をヘイゲンと話し合うため、チャーに乗りケンタウロス国に向かった。
ケンタウロス国も交易のおかげで、ずいぶん豊かになっている。ヘイゲンに会うと人払いを頼み、二人きりになった。そして、事情を説明する。
「ドワーフ達は、我々を信用できないという事ですな」
ヘイゲンは初めは怒った。
「信用していないのは、ギリュウだけです」
「ギリュウに同調する者もいるという話でしたが……」
ヘイゲンは鋭い。
「皆ではないわ。それよりキョウキの命が危ないの」
「それなら、わが国でキョウキ殿を匿いましょう」
「えっ。いいの?」
「ゴブリン国で匿うと、下手をするとドワーフ国との戦争に発展しかねませんからなあ。それを頼みに来られたのでは?」
ありがたい提案だった。
もし、万が一、ゴブリン国にチョウキがいる事が明らかになった場合、引き渡しに応じないとドワーフ国と戦争になる可能性がある。それに比べて、ケンタウロス国の場合、国境を直接に接しず、間にゴブリン国があるため戦争にはなりにくい。ヘイゲンの言う通り、それを頼むためにケンタウロス国に赴いたのだ。
話はとんとん拍子に進んだ。姫を匿う候補地も案内してもらった。それは、申し分のない場所だった。ゴブリン国に帰り、チョウキに話すと、素直に了解してくれたので、夜になるのを待って、チャーに送らせた。
国王がギリュウに代わってからも、交易はしばらく続いた。しかし、ゴブリン国に来るドワーフは商人らしからぬ人物も混じっていた。チョウキを探すためのスパイだったかもしれない。交易を振興するための定例会議は次第に開かれなくなった。そして、半年が過ぎた頃に、国交は断絶した。
ドワーフ国。少し前までの友好国が、今では潜在的な敵国となった。ドワーフ国は敵にまわせば手強い相手だ。身体は小さいが兵は高度に訓練され、士気も高い。西洋式の甲冑を身に着け、剣と盾を自在に使いこなす。弓の部隊も装備している。
それに加えて、ゴブリン国との交易により回復薬も大量に備蓄している。交易でゴブリン国も大量の鉄を手に入れ、飛躍的に軍事力を増強できた。しかし、それはドワーフ国も同様である。ドワーフ兵はどれだけ傷ついても、すぐに蘇って戦う事ができるのだ。
できれば、ドワーフ国と敵対したくなかった。しかし、キノフジが厄介事を持ち込んできたのだ。
「乃菜様。カゼン様が囚われて、牢獄に入れられました」
キノフジが執務室の扉を開けて突然入ってきた。よほど慌てている。
「本当?」
執務室で椅子に腰かけていた私はキノフジを見る。
「はい。最近のギリュウ様の行状を見かねて、カゼン様が諫言されたようなのですが。それが、癇気に触れられたようで……」
ギリュウの悪評は私も聞いている。
これも、キノフジからの情報なのだが、ギリュウは部下に対する依怙贔屓がひどいらしい。気に入らない者は牢に入れたり、国外に追放したり、中には殺された者もいると言うのだ。気の毒だが、カゼンもこのままでは命が危うい。
「カゼン様の兵は、カジゾウの部隊に組み入れられたようです」
「カジゾウか……」
ドワーフ国が迷走しだした元凶のような男だ。ギリュウは、この男を信じ、言うがままに行動してきた。今度の事も、カジゾウの意向なのだろう。
「乃菜様!」
キノフジが真っ直ぐ私を見る。
「カゼン様を助けたく思います」
決意を秘めた瞳だった。




