第七章 誘拐
ある日、私達はドワーフ国に招待された。ドワーフ国の中心地は、たいへん繁栄してる。大きな通りが大きな洞窟に向かって真っ直ぐに伸び、両側には多くの商店が立ち並んでいる。
そして、ドワーフ城は、大通りが伸びる洞窟の中にあった。入口は、五メートルほどの幅である。そこから百メートルほど中に入ると、大きな門があり、そこを抜けると、突然に広い空間が現れ、そこには巨大な城が建っている。
元々は、隣のドラゴンの国からの防御のため洞窟の中に建てたということだ。ドラゴン国の小龍は一メートルほどの大きさだが、国王一体のみは十メートルを超える大きさになる。それだけでも、十分に厄介なのだが、その上に火を噴く。
そこで、ドラゴンの国王が攻めて来られない洞窟の奥に城を建てたらしい。ドワーフの一般の家も地下室を作って、そこに避難する。巨大なドラゴンは一体だけなため、その内に、どこかに行く。それをじっと待つのだ。
そして、ドワーフたちは、この地下室と城を縦横無尽に走る地下道で、全て繋げてしまった。地下室の扉は鉄でできた強固な物で、カギはドワーフ兵が持っている。
これで、ドワーフは街中の好きな所から攻撃できる。それに対して、敵が攻める事ができるのは、ドワーフ城の洞窟の入り口からのみ。高い防御力を持った堅牢な城になった。
今回は、銀狼も交え、百人程での訪問だが、私、キノフジ、カツエ、そしてリンツウの四人が代表として登城した。他の者は城下町で待機している。
「凄いですね……」
城に入ると、キノフジが辺りを見渡して、驚いている。ドワーフの城は、全てが大理石で作られていた。床も壁も天井も、良く磨かれ、輝きを放っている。ただ、ドワーフの身体に合わせて、大きさは小ぶりで、身体の大きいカツエは少し窮屈そうだった。
私達四人は、お上りさんのように 辺りをキョロキョロと見渡しながら会談の間に向かう。
「乃菜殿! 良く来られた!」
会談の間では、ドワーフの王シンクロが私の手を取り、心から歓迎してくれた。
シンクロの隣には、容姿の整った若い女性が、淑やかに控えている。
「娘のチョウキです。お見知りおきを……」
シンクロが紹介した。
「チョウキでございます。乃菜様にお目にかかれて光栄にございます」
チョウキは優雅に礼をした。
「乃菜です。私もお目にかかれてうれしいです。お友達になって下さいね」
「はい」
私の言葉に、チョウキはうれしそうに返事をした。
私はチョウキと話をしながら、ある事に気が付いた。そういえば、ギリュウがいない。
「息子のギリュウは市中を見回るため留守にしております。申し訳ない」
シンクロが、私の心を読んだかのように ギリュウのことを口にした。本当に申し訳なさそうにしている。
「いえ。お忙しいのなら仕方ありません」
そう言いながらも、私は自分がギリュウに軽んじられていることを悟った。
「さあ、こちらにお席におかけ下さい」
シンクロが会談の席に私を案内する。シンクロは、自分と対等の席を私に用意してくれていた。
シンクロとの対談は楽しく進行した。この交易がお互いの国の発展に寄与している事。これからも、交易を推進して行く事で合意し、会談を終えた。
「乃菜殿。チョウキに案内させますので、ぜひ我が国を見学してくだされ」
「それは、ありがたいです。ぜひ、見学させて下さい」
ドワーフ国の繁栄は、ゴブリン国の目標とするところであり、シンクロの申し出は願ってもないことだ。
私は、キノフジ、カツエ、リンツウを連れて、チョウキの案内でドワーフ国の街に出た。護衛にドワーフ兵二名が同行している。
ドワーフの城から一直線に伸びる広い道路に立ち並ぶ店舗に、顔で行きかう大勢の人が、街の繁栄を象徴していた。
「キノフジちゃん」
八百屋の女将さんがキノフジに手を振っている。
「あっ。トメさん」
キノフジが笑顔で女将に駆け寄る。
私には初めてのドワーフ国だが、キノフジは交易を活発にするため、何度もドワーフ国を訪れている。
「キノフジちゃんのお陰で、美味しいキュウリができたわ。これ食べてみて!」
女将はそう言って、たくさんのキュウリが入った袋を差し出した。
「うわっ。こんなにたくさん! ありがとう!」
キノフジは、うれしそうに それを受け取った。
どうやら、キノフジは回復薬を使った野菜の育て方を教えたらしい。
「困ったやつですな」
リンツウが、憮然としてキノフジを見ている。作り方を教えてしまうことで、ゴブリン国の野菜が売れなくなるのを心配しているのだ。
しかし、キノフジは、損得よりも人に喜んでもらう事を優先してしまう。
「キノフジらしいわね。でも、野菜が売れなくなっても、回復薬は売れるから いいんじゃない」
回復薬の木は ドワーフ国に株分けしていない。
「それは、そうですが……」
リンツウは、まだ不服そうだが、そこで言葉を飲み込んだ。
キノフジは女将と楽しそうにお喋りをして戻って来た。女将は、私とチョウキに向かって、丁寧に頭を下げ、店舗の中に戻った。
私達は、再び歩き出す。
「おっ! キノフジちゃん!」
「キノフジちゃん! 元気か?」
その後もキノフジは、街の人達に次々と声をかけられた。知らぬ間に、キノフジは街の人気者になっている。
「凄い人気ね!」
私は驚いて、キノフジを見た。
「えへへ」
キノフジは、照れながらも嬉しそうだ。
「キャー!」
その時、遠くの方で悲鳴が聞こえた。
「わー!」「ギャー!」
悲鳴は次々と巻き起こり、こちらに近づいて来る。やがて、その悲鳴の理由が分かった。一メートル程の大きさの小さなドラゴンが人々を襲っている。
「はぐれ小龍です」
チョウキが言った。
はぐれ小龍! ドラゴン国の国王に服従せず、勝手に隣国に侵入して暴れまわる小龍がいると聞いている。それは、多くの場合、単独だが、享楽のためだけに殺戮を繰り返す凶悪な小龍だ。
小龍は人を襲いながら、どんどんと近づき、目の前に迫って来る。
「姫様。後ろにお下がり下さい」
チョウキの護衛として同行していた二人の兵士が剣を構えて前に出る。私達も戦いたかったが、誰も武器を所持していなかった。二人の戦いを見守るしかない。
小龍は空を飛んでいる。小龍は兵士を見つけると、兵士の剣が届かぬ高さから炎を吐き、兵士を攻撃する。
兵士は二人ともかなりの手練れのようで、素早く小龍の炎を避けては小龍を攻撃しようとする。しかし、小龍は剣が届く距離を見計らい、決して下りて来ようとしない。
やがて、兵士に疲れが見え始め、小龍の炎で火傷を負うようになっていた。
「これは、逃げた方がようさそうですな」
リンツウがそう言った時、
「ごめん!」
その声と共に 疾風が駆け抜ける。疾風はリンツウの肩を蹴り、その前のカツエの肩を土台として、高く飛び上がった。そして、小龍の首を一刀のもとに両断してしまった。
疾風が降り立った場所には、血に濡れた剣を持った一人の男が立っている。
「カジゾウ!」
チョウキが男の名を呼んだ。カジゾウは、剣を鞘に収め、チョウキの前で片膝を付き頭を下げる。
カジゾウ! 剣術指南役の男だ。初めてドワーフがゴブリン国に来た時に、ギリュウの横にいた男だ。カジゾウは、私の方に眼をやろうともしない。
「チョウキ」
チョウキの後ろから、別の男が声をかけた。振り返ると、そこにギリュウがいた。
「兄上!」
「こんな所で遊んでないで、さっさと城に帰れ!」
ギリュウは不機嫌そうに言った。
そして、
「役に立たないやつらだ!」
小龍の炎で傷ついているチョウキの二人の護衛に向かって、言葉を投げ捨てた。
「カジゾウ。行くぞ!」
「はっ!」
ギリュウはカジゾウを連れて、傷ついている街の人々を横目に、声をかけることもなく、立ち去った。彼らに住人たちを助ける意図は全くなく、ただ、行く手を遮る邪魔なドラゴンを切り捨てただけのようだ。
「どうやら、私は嫌われているようね……」
二人とも私を見ようともしなかった。何か嫌われることをしたのだろうか? 少し、落ち込む。
「申し訳ございません。乃菜様。昔は、あんなでは、なかったのですが……。カジゾウと出会って、兄は どんどんと粗野になっていく気がします」
チョウキはギリュウの後ろ姿を見ながら、悲しそうに言った。
チョウキの横で、キノフジが回復薬を使って二人の護衛の傷の手当をしている。
「チョウキさん。私達は街の人たちの手当をしましょう」
私は気を取り直して、チョウキに手持ちの回復薬を渡した。
「はい!」
チョウキの顔は微笑みに変わった。
私達は手分けをして、人々の治療を始める。数人の治療が終わり、次の負傷者を探していた時、私は、突然、何者かにより、鼻と口を布で塞がれた。甘い香りがする。そして、そのまま、気を失った。
「おい! どうするんだよ」
私は、朦朧とした頭で 男の話し声を聞いていた。
「俺は金を持っていそうな女をさらって来いとは言ったよ。でも、お前がさらって来たのは、一人は城の姫、もう一人はゴブリン国の魔獣じゃないか!」
男の声は怒気を帯びている。
「……」
私の頭は次第にしっかりとして来た。私は立ち上がるため、身体を動かそうとしたが、動かない。見ると、手足が縄で縛られている。
「乃菜様」
キノフジの声がする。しかし、小声だ。見ると、キノフジも手足を縛られ、床に転がっている。その傍らには、同様に手足を縛られたチョウキが……。チョウキはまだ気を失ったままだ。
「乃菜様。私達 誘拐されたみたいです」
「誘拐……」
私もやっと事態を飲み込めた。
「高価な回復薬をたくさん使っていたんで、金持ちだと思ったんです」
「バカ野郎! 事を起こす前に相手の顔を良く見ろ! 国相手に、身代金を要求しなきゃならんじゃないか!」
「無理ですかねえ……」
「当たり前だ! 俺たちみたいな弱小の盗賊団が、国を相手にできるか!」
「親分! どうしましょう!」
「そうだな。幸い顔を見られてないし、このまま、あいつらをここに置いて逃げるか!」
「そうですね! そうしましょう」
どうやら、私たちの命は助かりそうだ。
しかし、その時、チョウキが眼を覚ました。
「何! これ! 動けない! 誰か助けて!」
チョウキは大声で叫び、身体を無理に動かそうとする。チョウキの足が何かを蹴飛ばした。周りにあったガラクタが大きな音を立てて崩れ去った。その音に驚き、隣の部屋にいた盗賊の一団が部屋に入って来た。ドワーフだ。私たちと眼が合う。
「何ですか! 貴方たちは! 縄を解きなさい!」
チョウキが男たちを睨みつけた。お淑やかな姫と思っていたが、なかなか気が強い。少し驚いた。
「親分! どうしましょう? 顔を見られてしまいました」
「そうだな……」
親分と呼ばれた男は、苦い顔をしている。
「殺しますか? 親分!」
「そうだな……。できれば、殺したくはないのだが……」
親分の顔は苦渋で歪んだ。どうする! その場の全員が、緊張した面持ちで親分をみた。
「どうして、親分さんは、私達を誘拐なんてしたんですか?」
キノフジが、場違いなゆるい口調で訊く。その場の緊張が少し和らいだ。
「金のためだ。決まっているだろう!」
親分はキノフジを見た。
「お金ですか……」
「俺たちみたいな貧民街の人間は、まともな仕事に有りつけない。やりたくはないが、こうして泥棒や誘拐をして稼ぐしかないんだ」
豊かに見えるドワーフ国にも貧富の差はあるようだ。貧民街に生まれれば、そこから抜け出せない。
「お金なんて無くても生きていけますよ―」
キノフジは話を続ける。
「はっ! バカかお前は!」
「バカじゃありません! 私なんて、ついこの間まで、森の洞穴の中に住んで、野草や木の実を摘んで生きていましたよ」
「ええっ! 本当かよ! お前、苦労していたんだな!」
「いえ、いえ。苦労なんて……。それなりに楽しく暮らしていましたよ」
「お前、かわいそうな奴だな……。そうだ! お前、俺の子分にならないか? もっと、いい暮らしをさせてやる!」
「嫌です!」
キノフジは、きっぱりと言った。
「何でだ?」
親分は少し気分を害している。あまり親分を怒らせないでよ。キノフジ! 私は思った。
「悪いことをして生きるなんて、嫌です。それより、親分さん。私の子分になりませんか? こんな事をしなくても、ゴブリンソープを売れば、いい暮らしができますよ!」
「何! お前! 俺をバカにしているのか!」
親分は怒り出した。
「バカになどしていません!」
キノフジが そう言った時、大きな物音がして、大勢の人が部屋に乱入し、盗賊を取り囲んだ。
「乃菜様! 助けにまいりました」
「姫! ご無事ですか!」
カツエらゴブリンとヨウテツらドワーフの合同捜索隊だ。銀狼を連れている。銀狼が私の匂いの跡を嗅いで、この場所を見つけてくれたに違いない。
盗賊は、銀狼に睨まれ、怖気づいてしまった。私たちの立場は逆転した。私達の縄はとかれ、盗賊は縄に繋がれた。
「よし、連れて行け!」
ヨウテツが言う。
「待ってください! その人たちは、私の子分です。そうですよね!」
キノフジは盗賊を見た。盗賊たちは、最初 驚いた顔をしたが、必死で頷く。
「私が面倒を見ますので、解放してあげてください!」
「キノフジ! 乃菜様を誘拐した犯人を解放できるわけがないだろう!」
カツエがキノフジを睨んだ。
キノフジは、私を見る。味方になって欲しいのだ。キノフジの酔狂には、困ったものだと思うのだが、私はキノフジを憎めない。
「その人たちはキノフジの子分です。解放してあげて下さい」
私の言葉を聞いたカツエは唖然として、私を見た。私は、しっかりとカツエの眼を見返す。
「……。……。乃菜様……。わかりました」
私の意思が堅いのを見て、カツエは、渋々頷いた。
それを見たヨウテツが、私の前に進み出る。
「乃菜殿、ゴブリンだけの問題ではありません。チョウキ様を誘拐した犯人は解放しませんぞ!」
ヨウテツは、きっぱりと反対した。
「ヨウテツ!」
今度は、チョウキが口を開いた。
「その者達はキノフジ殿の子分です。解放しなさい」
チョウキの言葉は毅然としている。
「チョウキ様……」
「その者たちは、貧しさから私達を誘拐しました。元を正せば、それはお父様の失政です。解放しなさい」
「姫様は、人が良すぎます」
ヨウテツは、そう言いながらも、盗賊たちの縄を解き出した。
「乃菜様。私は、この問題を解決するために、お父様と相談しようと思います」
「それは良い事です」
私は微笑んだ。
「親分さん。良かったですね!」
「親分はキノフジさんだ。ショウリクと呼んで下さい」
「ショウリク親分さん。もっと良い暮らしをしましょう」
キノフジは笑った。
ハプニングはあったが、私のドワーフ国訪問は実りの多いものだった。私は、このような両国の友好がずっと続くと思っていた。しかし、この数か月後に 私の考えが間違っていたことを思い知る。