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第六話 交易

ゴブリン国がリザードマンを破った事は、この世界に大きな驚きをもって迎えられた。噂が、次第に世界に広まっていく。

 そんな中、最初に反応したのが、北にあるドワーフの国だった。会見の申し込みが来たのだ。国王自ら、ゴブリン国を訪問して友誼を結びたいという話だった。

 ドワーフ! どんな国だろう。私は、リンツウやカツエ、それにキノフジにも聞いたが、

「名前は聞いたことがありますが、詳しいことはわかりません」

という返事だけだった。今まで、その日の生活に精一杯で外に関心が向かなかったようだ。

 ゴブリン国から1日半かかる距離にあるらしい。とにかく、一度会うことにした。


 ドワーフは百二十名ほどの人数でやって来た。身長は全員百三十センチほど、私より小さい。西洋式甲冑を着用し、左手には盾を腰には剣を帯びている。先頭には剣と盾をデザインした軍旗を掲げていた。よく訓練された行進の仕方から強兵だとわかる。

 会談には五人のドワーフが出席した。ドワーフ国の国王の名は、シンクロといった。その息子の名はギリュウ。そして、ドワーフ三人衆と言われるアンシュウ、カゼン、ヨウテツが席を並べた。

 ゴブリン側の出席者は、私とリンツウ、カツエ、キノフジ。それに、私の傍にはチャーがいつもいる。シンクロは銀狼がこの場にいる事に酷く驚いていた。

「他者と交わらぬ銀狼を、お側に置くとは信じられまぬな」

しきりに感心する。

「私は、銀狼に好かれるたちのようで……」

 別に私が凄いんじゃなくて、食事に釣られて離れないだけなんだが、でも、それは黙っておく。

「先のリザードマンとの一戦は国元でも噂になっております。是非、詳しい戦闘の様子を教えて頂きたい」

これが、今日の一番の目的のようだ。別に、隠すような事でもないので、丁寧に説明をする。ついでに戦闘の現場にも連れていって、見分してもらった。

 槍という武器はドワーフには初めてだったようで、興味深げに見ていた。弓矢は、ドワーフも装備している。ドワーフ国のさらに北にあるエルフ達も使うそうだ。

「乃菜殿。素晴らしい作戦です。それに、銀狼も戦闘に参加していたのですね。銀狼をここまで調教しているとは……。凄い! 本当に凄い!」

私は苦笑いで、シンクロの賞賛を聴いていた。

 シンクロの関心は、銀狼に集中している。私個人としては、銀狼より私の作戦をもっと誉めて欲しかったというのが正直なところだ。


 帰って来ると宴会の用意が出来ていた。シンクロが連れてきた全ての者達に食事を振舞う。私がここに来る前までなら無理だったろうが、畑を作ったお陰で、全く余裕だ。

 ドワーフたちは食事の美味しさに驚いていた。回復の木の力だった。キノフジの提案に従って回復薬を混ぜた水で育てた野菜をふんだんに使っている。美味しいだけでなく、身体の底から英気が湧き出てくる感じだ。

 キノフジは皆にお酒をついで回っている。ドワーフ三人衆ともすっかり打ち解けた様子だ。楽しそうに話していた。

「乃菜殿。私達と交易をしませんかな」

シンクロが話を持ち掛けてきた。ドワーフ国の鉄とゴブリン国の野菜を交換しようというのだ。願ってもない事だった。是非ともドワーフ国の鉄が欲しい。布もゴブリンの物より上質そうだ。

 でも、ゴブリン国には野菜より、もっと価値の高い物がある。それと鉄や布を交換すれば、もっと沢山手に入る。私は回復薬をもって来させた。

「皆の者。ちょっと私は話を聞いて」

私は余興を始めた。

「シンクロ様。お手元の剣で私の腕を軽く切って、傷をつけて下さい」

「傷をつける! いや、そんな事はできません。お気は確かか」

シンクロは驚いて私の顔を見る。

「酔っぱらってはおりませんわ。さあ、遠慮なさらずに。早く」

「いや、しかし……」

シンクロはまだ尻込みしている。

その時、

「父上。私がやりましょう」

ギリュウが名乗り出た。そんなギリュウを隣に座っている男がニヤニヤしながら見ている。確か、剣術指南役のカジゾウと紹介された。底意地の悪そうな、嫌な感じのする男だ。

 シンクロは、少しためらっていたが、結局ギリュウに任せた。

「ギリュウ。お怪我をさせるのではないぞ!」

シンクロはそう言うが、それでは余興にならない。

「それでは、お願いしましよう。ご遠慮なさずに……。」

ギリュウは、少し酔ってはいるが、しっかりはしていそうだ。少し不安だったが、私はギリュウに左手を差し出した。

 ギリュウが剣を振り下ろす。ガツ。最後まで振り下ろさず、途中で剣を止めているが、わりと深く腕に入った。

 痛ーい。軽くって言ったのに。顔が苦痛に歪む。

 それを見て、一同が立ち上がった。駆け寄ろうとする者もいる。私は右手でそれを制し、回復薬を取って、左手に擦り付けた。噴き出していた血が止まり、傷が見る見る塞がっていく。痛みは完全に消えた。私は左手がみんなから見えるように、高々と差し上げた。

「ウオー」

どよめきが起こる。

シンクロも目を白黒している。

「これはなんです? 魔法ですかな?」

ドワーフ国にも回復薬はないようだ。

「魔法ではありません。回復の木の果実から取れる回復薬です」

回復薬が入っている土器をシンクロに差し出した。

「是非、交易してくだされ」

絞りだすような声でシンクロは言った。

 こうして、ドワーフ国は、ゴブリン国の友好国になった。

 ドワーフ達の帰りを見送る時、キノフジは三人衆と固く握手をしていた。ギリュウは少し仏頂面で不機嫌そうだった。宴会の席で私を傷つけた事をたしなめられたのかもしれない。カジゾウは相変わらずギリュウの傍で、にやついた顔で私を見ている。

 ドワーフはいい連中だが、ギリュウとカジゾウには少し不安を覚えた。


 それからひと月も経たない内にドワーフ国との交易が始まった。貨幣はドワーフ国では既に普及しており、それを使わせてもらった。

 ゴブリン国にも回復薬や野菜を求めて、ドワーフ達が訪れるようになった。宿屋も作った。

 しかし、回復薬や野菜だけでは、まだ、十分に鉄が手に入らない。

そこで、ある日、

「ゴブリンのヌルヌルも売り出したいんだけど、どう思う?」

私はキノフジに相談した。

「えっ。売れるとは思いますけど、雨の日は使っちゃいけないんですよ。大丈夫でしょうか」

キノフジは心配そうだ。そう言えば前にも言っていた。

「雨の日に使っちゃいけないって、水がいけないの?」

「いえいえ。身体や頭を洗った後は水で流しますから、水がいけないというわけでは……」

「じゃあ、何がいけないの?」

「さあ……」

結局、分からないみたいだ。いい加減な話ではないだろうか。

「雨の日は使っちゃいけません。って説明書に書いておけば大丈夫よ」

私は強引に売り出す事にした。

 ヌルヌルの商品名はゴブリンソープっていう名前にした。「魔法の石鹸ゴブリンソープ」いいネーミングだ。キノフジもこの名前を大変気に入ってくれた。

「いい、キノフジ。ゴブリンソープの作り方は誰にも教えちゃダメよ。他の皆にもそう言っておいて」

「ええ、いいですけど。どうしてですか?」

「作り方は秘密の方が神秘的じゃない。その方がよく売れるわ」

「なるほど。そうですよね。分かりました」

キノフジは納得してくれた。作り方が分かれば、絶対、誰も買わない。絶対、秘密が必要だ。

 このゴブリンソープはよく売れ、回復薬以上の稼ぎ頭になった。


 交易にはケンタウロス国も参加した。交易を円滑に発展させるための定例会議も開かれるようになった。その日は、どしゃ降りの雨だった。ドワーフ三人衆の一人、ヨウテツが雨の中、定例会議のためゴブリン国にやってきた。大雨のため、全身ずぶ濡れの上、泥だらけになっている。

「会議の前に、お風呂に入ったほうが、いいんじゃない」

私は気を利かしたつもりだった。

「ありがとうございます。私もそのつもりで途中で、ゴブリンソープを買ってきました」

嬉しそうに、ヨウテツがゴブリンソープを見せる。

「雨の日に使っちゃいけないんですよ」

キノフジがたしなめる。

「ええっ。今まで何回も使っていますが……」

「えっ。ダメですよ。石になってしまいますよ」

「今まで大丈夫だったんだから、大丈夫ですよ」

止めるキノフジを強引に振り切り、ヨウテツはお風呂に向かった。

 雨はどんどん酷くなり、雷が鳴りだす。

(ヨウテツもゴブリンソープを使っているのか。絶対に作ってる所を見せられないな。見たらショックだろうなぁ)

私はボーっとそんな事を考えていた。

 ピカッ。雷が光る。

「ギャー!!!」

悲鳴が聞こえてきた。風呂場だ。

 私達は駆け出した。風呂場に入るとヨウテツが倒れている。全裸だが、それな事は言ってられない。近寄ると、頭が白くなっている。

「ほら、石になったじゃないですか」

キノフジが叫ぶ。

「ヨウテツ大丈夫」

声を掛けると、ヨウテツは生きていた。

「雷が……。頭に……」

「雷?」

確かにまだ、雷の音は鳴っている。上を見ると、高い天井の上の方に、湿気を逃がすための窓が開いた状態になっている。ここから、雷がヨウテツに落ちたのか。

 キノフジが言うように、頭は石のようになっていた。非常に硬い、でも石のように重くはなく、非常に軽かった。髪の毛から取れそうにない。それと、後頭部から右足にかけて、白い筋が流れている。やはり、石のようで、身体にくっ付いて取れそうになかった。

 つまり、ゴブリンソープは非常に電気を通し易く、電気が通った後は石のような物に変化する物質らしい。

 ヨウテツは頭を洗っている時に頭から身体を伝ってゴブリンソープが足元まで垂れていたため、雷はそこを伝って地面に流れて、命が助かったという事のようだ。

 でも、両手を頭から離している時で良かった。手が頭にくっ付いて取れなかったら、笑い話にもならない。頭のゴブリンソープは髪の毛が伸びたら取れるだろうし、身体のは垢と一緒に落ちるだろうから、不幸中の幸いだ。

 しかし、ゴブリンの言伝えが、曖昧過ぎるのが諸悪の根源だと思う。今度から注意書きには、「雷注意。落雷にて石化する可能性あり」って表示しておこう。


 そんな事があったが、その後も、ゴブリンソープはよく売れた。交易のおかげで、薙刀や槍の刃先や矢じりは黒曜石から鋼に全て置き換わった。戦闘型ゴブリンには西洋式の甲冑を揃えた。魔導士型ゴブリンには甲冑は重過ぎるので、鉄製の胸当てと額当てを作った。鍬や斧も鉄製だ。

 ドワーフの布は、私を服のゴワゴワ感から解放してくれた。それと、もう一つ。ドワーフの布で、私は軍旗を作った。ドワーフ隊の先頭を行く剣と盾の旗に感化されたのだ。

 旗印は石田三成の「大一 大万 大吉」にした。「一人が万人のため、万人が一人のために尽くせば、大吉になれる」という意味だ。

 交易のお陰で、ゴブリン国はどんどんと豊かになっていった。

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