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第五話 侵攻

リザードマンが攻めてくる。防衛の事はいつも考えてきた。防衛の拠点は黒曜石を取りに行った川の手前がいいと、ずっと思っていた。両側を高い崖で囲まれている。崖の上の丘はケンタウロスの国に続いているが、途中、川の流れで五メートル程幅のある深い谷が刻まれている。

 この丘の上に私はチャーとカツエと立った。チャーは辺り一帯を飛び跳ねて遊んでいる。

「ここをケンタウロスやリザードマンは飛び越えられると思う?」

カツエに聞く。

「彼らの身体は重いので、とても無理でごさいましょう」

カツエは即座に答えた。

 そんな話をしている時、その横で走り回っていたチャーが、突然に軽々と谷を跳び越え、そして戻ってきた。

 凄い。私とカツエは唖然としてそれを見た。

「ケンタウロスやリザードマンには無理でございましょう」

カツエは言い訳のようにもう一度言う。その顔は少し強張っていた。

「まあ、念のため、こちら側に柵を作りましょう」

そうすれば、リザードマンの軍隊はこの谷は跳び越えられない。この下の道を川から登ってくる他、道はないということだ。

 ならば、この道の途中に木でバリケードを作ればどうだろう。バリケードのこちらからは、槍で攻撃できる。崖の上からは弓矢を打ちかけたり、石を落としたりもできる。かなり強力な防御拠点のように思えた。

 実際、私達は、伐りだした丸太を十字に組み、それを横に何重にもつなげて、強固なバリケードを作った。

 そして、それを用いて、演習も行った。先に黒曜石が付いていない柄部のみの槍で、ケンタウロス軍に模した戦闘型のゴブリンの攻撃を防ぐのだ。

 初めのうちは、上手くいくように思われたが、模擬ケンタウロス軍が慣れて来ると、突き出された槍を掴んで、取り合いになる場面が出てきた。弓矢や石で援護する事で、ある程度防げる気もするが、敵の数は三万を超える。六倍以上の敵を防ぎきる事ができるだろうか。何か、もう一工夫いる。私は考えた。

 

 一ヶ月後、とうとう、その時がきた。リザードマンが侵攻を開始したのだ。

 バリケードは、最初に考えていたより、もう少し下の方、川の傍にそれを置く事にした。相手の丘の上からも良く見える位置だ。こちらの丘の上からは、少し離れるため、矢や石の攻撃はし難くなる。

 でも。その代わりに罠を仕掛けた。私達が弓矢のような飛び道具を持っている事を隠すのも罠のひとつだ。

 掛かってくれるかどうかは、賭けになるが、塾長なら必ず引っ掛かる。塾長と性格が似ているギモトも引っ掛かるはずだ。 

 大きな身体と力だけを武器に戦いをしてきたヤツらに人間の知恵の力を見せてやる。私は奮い立った。


 ヘイゲンが言ったようにリザードマンの先鋒はケンタウロス達だった。予定通りだ。川を渡って、バリケードのところに押し寄せる。

 バリケードの守備はカツエに任せていた。ケンタウロスは石斧でバリケードを壊そうとしてくる。

 戦闘型のゴブリンがケンタウロスに槍を突きつけ、バリケードを守ろうとする。槍を奪い取ろうとするケンタウロスには、魔導士型のゴブリンが下から足を狙って槍で刺した。

 身長の高いケンタウロスには、下からの攻撃が防御しずらく効果的だった。元々、ケンタウロスは戦意に乏しい。戦況は膠着した。

 進軍が止まってしまった事に、ギモトは、きっと焦れている。前線からの報告だけでは満足できない。

 きっと自分の目で前線を見ようとするだろう。そのため、安全で良く見える場所を用意してやった。絶対に来る。私達は丘の上で、身を潜めて、ギモトが現れるのを待った。

 ケンタウロスとゴブリンが衝突してから、二時間が経とうとしていた。カツエは実に上手く防いでくれている。ケンタウロス側は負傷者がどんどん増えていくのに比べて、ゴブリンはまだ無傷だった。

 しかし、バリケードは石斧で少しづつ破壊されている。もう、あまり長い時間は持たない。

 そうしていると、丘の森の中の小径からトカゲの風貌をした一群が姿を現した。二列縦隊で規律正しく行進してくる。

 百名ほどの集団だ。一群の中ほどには、八人のリザードマンに担がれた輿が見える。輿の上にはひときわ立派な衣装を身に着けたリザードマンが……。ギモトだ! 間違いない。

「勝った!」

私はギモトの姿を見た時に勝利を確信した。ギモトは輿の上から、ケンタウロスとゴブリンの戦いを見下ろし憮然としている。

 私は速やかに立ち上がり大声で叫んだ。

「火矢隊! 前に!」

 戦闘型ゴブリン百名が立ち上がり、矢の先を火種に近づける。矢の先には油草から取った油をたっぷりと染み込ませた紐を巻き付けていた。矢先が勢いよく燃える。

 ゴブリンの姿を見た数名リザードマンが駆け寄ってくるが、五メートルの幅の谷を跳び越すことはできない。谷の所で威嚇するのが、やっとの事だ。

「構え!」

「打てー!」

力のある戦闘型ゴブリンが打つ火矢は良く飛んだ。リザードマンの頭の上を越え、三百メートルほど先の森の中に吸い込まれていく。、

「火矢隊。構え!」

「打て!」

何度も繰り返す。

 森の中には、油の入ったカメをいくつも置いておいた。木の枝には油を染み込ませた紐を、何重にも括り付けてある。森はあっという間に火に包まれた。火のない所は高い崖だ。もうどこにも逃げ道はない。

「石矢隊! 前に!」

森が火で燃えさかるの見て、私は次の行動に移った。先に鋭く尖った黒曜石を結わいつけた矢もった魔導士型のゴブリン千百名が立ち上がる。戦闘型ゴブリンも矢先が黒曜石の物と取り換えた。

「構え!」

「打てー!」

今度はリザードマンを狙って、矢を打ちかける。前に出て、威嚇していたリザードマンは格好の標的だ。矢を何本も受けて、崩れ落ちた。

 それを見て駆け寄って来るリザードマンも矢を受けて、すぐに倒れた。初めリザードマンは何が起こっているのか分からない様子だったが、やがて逃げまどいだした。そんな彼らに容赦なく矢が降る注ぐ。

 ギモトは、数人の側近の者に守られていた。ギモトを自分達の後ろに隠す。かばって代わりに矢を受けた者もいる。そのうち、気の利いた者がギモトが乗っていた輿を横にして、ギモトを隠した。身を隠す道具があったことは誤算だった。

 三十分もすると、丘の上で動く者はいなくなった。が、輿の向こうでギモトは生きている。時間はギモトに味方する。今、後ろで燃え盛っている森もやがて鎮火するだろう。ギモトはそこから悠々と逃げられる。やるしかない。

「打ち方止め!」

私はゴブリン達に命じると、薙刀を持ち、チャーを見た。

「お願い」

チャーに跨る。

「そこの柵を壊して!」

戦闘型ゴブリンに命じる。一部の柵が慌てて取り払われ、チャーは私を乗せて、そこから谷を軽々と跳び越えた。

「リンツウ! キノフジ! あなた達も来なさい」

二人ともかなり驚いていたが、ケンとチョウサンに跨り崖を跳び越した。

「あなた達はここから援護しなさい」

少し離れた所にリンツウ、キノフジを待機させる。

 銀狼達と輿に近づくと、後ろから、三体のリザードマンが出てきた。

 その中の一体が沢山の矢が突き刺さった死体を投げ捨てた。上からの矢を仲間の死体で防いでいた様だ。

 ギモトと後二体……。三体とも無傷だ。

「アサヨシ。ゲンサイ。そちらの銀狼はお前達に任せた。わしの獲物はこいつだ」

ギモトはそう言って、私の前に立つ。

「おう。任せて下され。いつぞやの銀狼と同じように、腹を掻き切ってやりましょう」

アサヨシと呼ばれたリザードマンが答える。

 以前ケン達に瀕死の重傷を負わせたのはアサヨシのようだ。ケンも覚えているようで、アサヨシに唸り声を挙げている。チャーは私の側から離れない。

 私はチャ-とギモトに対峙した。二メートル以上あるリザードマンを目の前にすると凄い威圧感だ。

 私は懐に手を入れ、目潰しを手にするとギモトに投げつけた。しかし、ギモトの動きは素早く、手でたたき落された。カツエの時は上手くいったのに……。まきびしも撒いたが、足の裏が分厚いのか、踏ん付けても平気な顔でいる。

 攻撃するのを躊躇していると、チャ-がギモトに飛び掛かり、左腕に噛み付いた。ギモトはチャーが噛みついたまま、腕を上げ、右手の爪でチャーを攻撃しようとする。

 チャーが危ない。私はギモトの右腕を目掛け薙刀を振り下ろした。ガツッ。手ごたえがあった。ギモトの右腕に赤い血の筋が走る。チャーも口を腕から離して身構える。ギモトの左腕には血の染みとなったチャ-の歯形。

 ギモトが私を睨み付ける。そして、ギモトが動きだした瞬間、私の頬をかすめて弓矢が飛び、ギモトの左の肩に矢が突き刺さった。矢が飛んできた方を見ると、驚いた顔のキノフジがいた。

 次の瞬間、私の顔面を横から叩くような感じでギモトが右腕を振り下ろした。私は慌てて薙刀で受けたが、凄い力だ。そのまま、数メートルほど吹き飛ばされた。もんどり打って倒れる。

「乃菜様。すみません。でも、乃菜様は運がいいので大丈夫です」

そう言いながら、キノフジは矢を放っているが、あらぬ方向に矢は飛んでいく。どうやら、さっきの矢は、偶然だったようだ。

 どうにか起き上がり、ギモトを見ると、チャーが後ろから、ギモトの左の二の腕の辺りに牙を突き立てていた。ギモトは右手でチャーを掴み、無理やり引きはがす。そして、チャーを地面に叩きつけた。

 チャ-の口から肉片がこぼれる。ギモトの二の腕は深くえぐれていた。ギモトの顔は苦痛で歪んでいる。チャーは素早く起き上がり、ギモトとの睨み合いになった。私は少しずつ間合いを詰める。

 ギモトが私の薙刀の間合いに入ったと同時に、再び矢が私をかすめてギモトの顔を目掛けて飛んできた。ギモトは右腕で顔を庇う。矢はギモトに当たらず、後ろにすり抜けたが、ギモトの脇が空いた。私はそこに向かって薙刀を振り降ろす。ギモトの脇腹に深い傷が走った。

 満身創痍のギモトだが、まだ戦意は衰えていない。チャーを蹴飛ばそうとする。そうは、させない。私は、思い切りよくギモトの喉に向かって薙刀を突き出した。薙刀は喉笛に突き刺さる。ギモトは薙刀を持つ私を後ろに蹴飛ばした。薙刀は私の手から離れ、私は後ろに飛ばされた。薙刀はギモトに刺さったままだ。

 まだ、死んでいない。しかし、ギモトにもう余力は残っていないように思えた。ギモトはゆっくりと目を閉じる。そして、薙刀が刺さったまま、後ろに崩れ落ちた。

 リンツウとキノフジが私の所に駆け寄ってくる。周りを見ると、ケンとチョウサンも他の二体を倒していた。しかし、ケンは右の前足を引きずっている。

「ケン。足をやられたの? 大丈夫」

私はケンに駆け寄った。

「すみません。私の放った矢がかすってしまいました」

リンツウがすまなそうに頭を掻いている。

「下手くそ!」

リンツウとキノフジに罵声を浴びせた。命中した二人の矢はギモトに当たった一本だけだ。

「すみません。乃菜様に当たってしまうかとヒヤっとしましたが、契約の首輪の力は凄いですね―」

キノフジが脳天気に言った。

 でも、二本の矢が私を掠めて飛び、戦闘を私に有利にしてくれた。本当に契約の首輪の力で私の運が上がっているのかもしれない。

「動いている的に当てるのは難しいですね。これからは、動く物を使って練習します」

全く頼りにならないリンツウの言葉だった。

 もっと、二人に罵声を浴びせたかったが、まだやる事がある。私はケンタウロスとゴブリンが戦っている上の崖まで行き、思い切り叫んだ。

「皆の者! よく聞きなさい。ギモトは死んだわよ!」

多くの者がこちらを振り向く。そこに、三人で引きずって運んだギモトの死体を蹴り落した。

「ウオー!」

歓喜の声が沸き上がった。そして、それを合図に戦闘は終了した。リザードマンは兵をひいていく。ケンタウロスも戦闘行為を完全に停止した。

 私達は、傷ついたケンタウロス達にも回復薬を与えた。傷ついたケンタウロスの中にはヘイゲンもいた。

「殺せ」

自分の不甲斐なさを恥じたヘイゲンは、カツエに言った。

「ヘイゲン。お前がいなくなると、他のケンタウロス達はどうなるんだ。まだ、リザードマンに支配されたままの状態を続ける気か」

ヘイゲンはカツエの顔をじっと見て、そして頷いた。何かを決意した顔だった。

 その後、ケンタウロスの国はリザードマンから独立した。私達は、ケンタウロスに回復の木を分け与えた。これで、彼らも自分達の国を守る事ができる。

 それから、ケンタウロスの国は心強い同盟国となった。 

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