第四話 銀狼
リザードマンがいつ攻めてくるか分からない。私はその日まで、ゴブリン国の国力を上げる事に専念した。
その日も、私は、いつものように畑の作物の状況をキノフジから説明を受けていた。
「乃菜様。畑で作った作物は、全部、木の実も、果物も、果菜も 根菜も、葉菜も みんな野生の時より大きくなるんです。しかも、旨味がまして、凄く美味しいんです」
それは、私も感じている。品種を改良したんじゃないかと疑うほど 変化が大きい。不思議に思っていたところだ。
「もしかしたら、回復の木の影響じゃないかと思うんです。回復の木の近くに植えたので、みんな精気をもらって元気なんじゃないかと思うんです。乃菜様。回復の実が沢山できたら、それを作物を育てる水に入れてみてもいいでか?」
なるほどね。キノフジは賢いわ。私はそう思った。
「ああ、それは良い考え……」
そう答えようとした時、
「うわー!」
誰かの悲鳴に似た叫び声が私の言葉を遮った。
その声のする方に、ゴブリン達が駆け寄って行く。私達も駆け出した。
現場に着くと、ゴブリン達が、遠巻きに何かを囲んでいる。私とキノフジはゴブリン達を掻き分け、輪の中心に進んだ。カツエは先に来ていた。木の陰あたりを指す。
指さした先には、大きな灰色の物体が2つ横たわっていた。背の高い草陰に隠れて見づらいが、何か動物だ。犬? いや、犬にしては大きすぎる。体調は2メートルを超える程の大きさがある。
「乃菜様。危険です。銀狼です」
キノフジは警戒しながら言った。
「銀狼?」
「近づいたら噛み殺されます」
「でも、傷ついているわ」
良く見ると二体とも、大きな傷を負っており、割れた傷口から血が滴り落ちているのだ。動くこともできないみたいだ。
「あの切り口はリザードマンの爪にやられたんじゃないでしょうか? 放っておいたら死にます。このままにしましょう」
カツエが冷徹に言った。
「見殺しにするの!」
私がそう言った時。茂みがゴソゴソと動いた。もう、一匹いる。子供だ。大きさは子犬と変わらない、この子が、ここまで大きくなるのか。
「子供も傷ついてますね」
確かに、少し足を引きずっていた。親と違って致命傷ではなさそうだ。私を見て、低く唸る。警戒しているようだ。
「大きくなると厄介です。今のうち殺してしまいましょう。誰か槍を持て」
カツエの言葉に誰かが走りだした。槍を取りに行ったのだ。
「待って。キノフジ。回復薬を!」
キノフジが いつも回復薬を携帯している事を知っている。
「回復薬って! 助けるんですか?」
キノフジは目を丸くした。
「こんな可愛い子供を殺すの? この子達は、私達に何も悪い事をしてないわ! 怯えているだけ!」
「私達を襲います」
「お腹がいっぱいになれば、襲わないわ!」
語気の強さにキノフジは渋々、私に回復薬を渡した。
「貴重なんですよ」
「もう直ぐ、売るほどできるわよ。食べ物も持ってきて」
私は右手で回復薬を受け取ると、左手を子供の銀狼に差し出した。キノフジは食べ物を取りに走る。
「おいで」
怯えた銀狼の子はその手に噛みつく。
「痛い!」
子供なのに凄い力だ。手から血が滴り落ちる。私は、その状態で銀狼の子の足に回復薬を塗ってあげた。痛みは治まったみたいだ。銀狼の子は私の手から口を離して、すまなそうに頭を垂れながら後ろに下がる。
私は自分の傷にも回復薬を塗った。不思議だ。一瞬で痛みは治まり、傷も完全に癒えている。
次に二匹の銀狼の傷にも回復薬を付けると、傷はあっという間に癒えた。キノフジが持ってきた食料を三匹の銀狼に与える。三匹は尻尾を振りながら食べた。
それから、銀狼はゴブリン国に居つくようになった。たぶん、食事が目当てだ。回復の木の精気を受けた野菜が余程気に入ったようだ。
銀狼はゴブリンを襲う事はなく、私達によく懐いた。しかし、困った事もある。畑の野菜を勝手に食べたり、回復の実まで食べようとした事だ。そのため、私達は畑に銀狼が入れない高い柵を作らなければならなくなった。
それ以外は、銀狼は友好的で 私は三匹の銀狼に名前をつけた。雄の名前はケン、雌の銀狼はチョーサン、子供はチャーとした。チャーはずっと私の側を離れなくなった。
私が召喚されてから、一年近くが経とうとしている。平和な日の中でゴブリンの国も少しずつ国としての体裁を整えてきた。簡単な小屋も建て、洞穴の生活からも解放された。
畑に植えた回復の木の成長は思ったより早く、沢山の実をつけている。さらに、挿し木をして、木を増やし、もっと沢山の回復薬を作ろう。槍隊も弓隊も毎日の訓練で練度を上げてきている。
銀狼達は頭が良かった。喋る事はできないが、私達の言葉は十分理解できた。子犬程の大きさだったチャーは順調に育ち、一メートルを超える大きさに成長していた。チョーサンは、先日 五匹の子供を産んだ。すべてが順調だ。しかし、風雲は着実に近づいてきていた。
そんな中、キノフジが血相を変えて、私の部屋に飛び込んできた。
「乃菜様!大変です。ケンタウロスの国から使いが来ています。みんな、軍議室に集まっています。お急ぎ下さい」
私とキノフジが軍議室に向かう。チャーも私達の後ろをついて来た。軍議室に入ると、主だった者は、みんな集まっていた。当然、リンツウやカツエもいる。三人のケンタウロスを囲んでいた。
初めて見るケンタウロス、馬の下半身と人の上半身……。臥せの姿勢をとっているが、ほぼサラブレッドと同じ大きさのように思えた。
「ケンタウロスの国王、ヘイゲンと申します」
真ん中のケンタウロスが口を開く。国王! 国王自ら使者となってやってきたのか。よほど重要な要件に思えた。
「乃菜と申します。お見知りおきを。早速ですが、ご用件をお聞かせください」
精一杯の威厳を付けて答える。
「乃菜殿。リザードマンが攻めて参ります。リザードマン達は、今まで、ドラゴンの国、鬼人の国と三つ巴で争っておりましたが、最近、三者の間で停戦条約が締結されました。リザードマンは西に向かって侵攻を開始する気でございます。最初にあるのが、このゴブリンの国。そして先鋒は、おそらく私達ケンタウロス軍。昔、友好国だったゴブリン国を攻めるのは、私達も心苦しい。どうか、降伏して欲しいのです」
ヘイゲンは頭を下げる。
「降伏すれば、戦えぬ者は、殺されてしまうと聞いています」
「全滅させられるよりマシです」
ヘイゲンは強い口調で返す。
「私は、ゴブリンの国を守るために召喚されました」
「おそらく、兵力は三万を超えるでしょう。勝つことができますかな?」
三万! これはすごい数だ。戦闘型のゴブリンが五百、魔導士型に弓を持たせても四千五百が精々だろう。六倍以上の敵と戦わなければならない。私は黙り込んだ。
「カツエ、お前はどう思う。リザードマン達はゴブリン国など通り道としか見ていないぞ」
ヘイゲンはカツエに聞いた。旧知の間柄なのだろう。友達のような口調だ。
「私達の運命は乃菜様にお預けしている」
カツエが答える。全員が私の顔を見た。
「リザードマンの国に併合されて、貴方達は幸せですか?」
ヘイゲンに聞く。
「いいえ」
ヘイゲンは頭を振った。
「リザードンの国王ギモトは陰険な性格。無理難題を押し付けてきます。その上、細かい事まで口出し、物事をややこしくするだけ……」
かなり不満が溜まっていそうだ。でも、私はこのギモトを知っている。なぜだろう。私も同じ思いをした。どこかで聞いた言葉だ。……。あっ。塾長だ。塾長と同じ性格なんだ。
「お申し出は承りましたが、お受けする事はできません。戦場でお会いいたしましょう」
ここで降伏すると、契約の首輪が私の首を締める。勝算はないでもない。
答えを聞いて、ヘイゲンは肩を落とした。その後、私達はヘイゲンを国境まで見送った。
「ヘイゲン。すまなかったな。でも、ありがとう」
カツエが名残惜しそうに言った。帰っていくヘイゲンの背中は寂しそうだった。