第二話 決闘
小一時間ほど、立っただろうか。私はゴブリンの少女と洞穴の中にいた。決闘は、召喚の後、初めての満月の夜に行われる習わしになっていて、それは三日後だそうだ。
ゴブリンの少女はキノフジと言う名前で、私を召喚したゴブリンが、世話係にと付けてくれた。キノフジの話では、彼はリンツウと言い、第一位の神官らしい。
洞穴はゴブリンの棲み処だ。外には、身体の大きい戦闘型のゴブリンが立っている。
「外にいるのは、何をしているの?」
私は尋ねた。
「ああ、あの方達ですか……。魔獣様のご先代は皆さま逃げようとなさるので、その見張りです。魔獣様は逃げないで下さいね」
キノフジは、明るい声で答える。皆、考える事は同じらしい。先代の召喚獣のお陰で、私の脱出は困難なものになりそうだ。
「逃げないわよ」
逃げるつもりの者が、「逃げます」と言うわけがない。
「でも、どうして私なの?どうして、私を召喚したのよ!」
キノフジを責める。
「それは……。魔獣様が私達の願いを聞き届けて下さったんですよね……」
キノフジからは間の抜けた返事しか返って来なかった。
確かに、最近は嫌な事が続いて、どこかに逃げ出したい気持ちはあったが、こんな所に来たいと思った事はない。しかし、ここから逃げ出したとしても、どこに行けばいいのだろう。念のため、スマホを見てみたが、電波は圏外だ。まあ、当然か。
「どうしよう……」
私は暗澹たる気持ちになった。
夜になり、キノフジが入口付近で、料理を作ってくれた。動物のもも肉らしき物と野草を黒曜石のナイフで切り、お粗末な土器に入れている。カマドでそれらを炊き上げ、木の実のようなものを石を使って粉状に砕き、上に振りかけてた。それは香辛料のようだ。でも、キノフジが作ったその料理は、私には味気なかった。
「申し訳ございません。お口に合いませんか」
キノフジが悲しげな表情で私を見た。
逃げよう。私の頭はその事で一杯だ。キノフジは小さいので簡単に勝てそうだが、外にいる身体の大きい戦闘型のゴブリンには勝てそうにない。どうにか眠ってくれないだろうか?
「ごめんね。カツエとの決闘の事で頭が一杯なのよ」
キノフジに本心は言えない。
「武器は何を使うの?」
武器も手元にあったほうがいい。キノフジに聞いてみた。
「カツエは石斧で戦います」
「石斧……」
あの巨体で振り回された石斧をまともに受ければ、一撃で命はなくなるだろう。
「私も石斧を使うの?」
「魔獣様は好きな武器をお使い下さい。戦いにルールはありません」
「それじゃ、薙刀ってある」
薙刀なら石斧より間合いが長い。それに、薙刀の腕前には自信がある。
「薙刀って何ですか?」
キノフジは薙刀を知らない。
「それじゃあ。長い棒はある?」
「棒? 木の枝ならあります。これでよければ」
キノフジが、差し出したのは料理の時に使っていた薪だった。手で簡単に折れていまう。
「弱すぎる。他にないの?」
「森にいけば木は沢山生えています」
薙刀は自分で作ろう。逃げるにしても、戦うにしても、武器はあった方がいい。
今日は、もう日が傾いて来ていた。明日は森に入って武器になりそうな木を探そう。きっと何かあるだろう。
次の日の朝、早く起きて、キノフジの案内で森に入った。木を伐り出すため石斧を一つ借りた。戦闘型のゴブリンが相変わらず遠巻きに監視しているが、あまり気にするのはよそう。
兎に角、固くて長い棒状の物が必要だ。森に入ってすぐの木は、曲がりくねって使いものならなかった。しかも脆い。手で簡単に折れた。薪にしていた木だ。もう少し奥に入ると。つる植物が群生していた。薙刀の柄になりそうな木はない。
数時間、森の中を歩き回って、やっと手ごろな木を見つけた。見た目は竹に似て、所々に節がある。先の方は細いが、根本から数メートルは同じ太さだ。成長に応じて、様々な太さがある。
私は、手になじみそうな一本の木を手につかみ、左右に揺さぶった。しかし、全く動かない。かなり固い木だ。持参した石斧で根本を叩くと、少し削れた。
この調子で木を切り倒すとなると、かなりの重労働だが、命が掛かっている。どうにか、木を伐り出させた時には、お昼を回っていた。切り出した木は、竹のように中が空洞でなく、しっかりと詰まっている。これは、いい柄部ができた。
「そろそろ、お昼にされますか?」
木々の間にに敷物を広げて、お弁当を広げている。キノフジはピクニック気分だが、私はそれどころじゃない。急いで食事をすませた。
「キノフジ。黒曜石のある所に案内して」
薙刀の刃を黒曜石で作るのだ。
「黒曜石は、ケンタウロス国との国境近くの河原で取れます」
そう、言いながら歩き始めた。私は後をついて行く。
森を出て、なだらかな長い坂を登っていくと、丘の上に出た。
「あそこの森の向こうがケンタウロスの国です」
キノフジが指さした丘の向こうに 確かに森が見える。
「この丘を真っ直ぐ行けば、途中に大きな谷があって、下の方に川が流れています。川に降りるにはこっちの道をゆきます」
そう言って、丘の横の急な下り坂を降りだした。
五メートル程の道幅で、両横の丘との境は次第に高い崖になっていく。しばらく行くと、川が見えてきた。上を見上げる。丘の上まで七メートルはあるだろうか。川幅は五メートルぐらいだ。
河原で黒曜石を探していると、川の中に黒く光る石を見つけた。黒曜石に違いない。
私は、黒曜石を石を使って削り。薙刀の刃先を作った。薙刀の刃にしては小さいが、その割れ口はガラスのように鋭く尖っている。
キノフジは、私の傍で興味深かげに、じっと見ていた。
翌日、私は腰に下げるポーチを布で作り、それを持って再び森に出かけた。昨日、手頃な木を探していた時に、固い棘のある木の実を見つけていた。まきびしに丁度よい。それを、たくさん拾って、ポーチに詰め込む。それと、キノフジがすりつぶして料理にかけていた木の実の沢山摘んだ。
これで、戦いの準備はできた。後は、逃げる算段だ。夜になり、キノフジの横をそっと抜け出す。
「魔獣様、何処に行かれます?」
物音をたてたつもりはなかったが、キノフジに気づかれてしまった。
「ちょっと、トイレ……」
「それなら、外の者にお申し付けください」
そう言って、キノフジはまた眠ってしまった。槍とポーチを抱えて、そのまま、そっと外に出る。
外では、数人のゴブリンが焚火を囲んでいたが、私を見て、一斉に立ち上がった。
「ええっと、ちょっと薙刀の練習を……。明日は決闘だから……」
「そうでね。魔獣様、期待しております」
「ありがとう。任せてね」
言いながら、薙刀の素振りを始めた。ゴブリン達はニコニコしながら、それを見ている。
見張りは洞窟前のゴブリンだけでない。あちらこちらに篝火が焚かれ、戦闘型ゴブリンが巡回している。とても逃げられそうにない。しばらくして、洞窟の中にに戻った。
そして、とうとう決闘の日になってしまった。その日の朝、私は逃げずに戦う決心ができていた。準備は万全に整え、勝つための戦術も考えてある。今、ここで逃げ出すより、戦いに勝った後に逃げる隙を見つけた方がよいと思った。
戦いを前に、キノフジは私のために、洋服を用意してくれた。私の格好は召喚された時のリクルートスーツのままだ。さすがにスカートは動きにくい。ゴブリンの服は、かなりゴワゴワして、着心地がいいとはとても言えないが、贅沢は言えない。
「気が利くわね。ありがとう」
私の声に、キノフジは嬉しそうにほほ笑んだ。
その日は、そのあとは、二人で、楽しくお喋りをして過ごした。キノフジは、不思議な子だ。人の心にスーっと入ってくる。三日間、一緒にいる事で、私はキノフジが大好きになった。同時に、私に接してくれるゴブリンは皆礼儀正しく、ゴブリンに対しても好意を懐くようになっていた。
キノフジは、私の居た世界の事を色々と知りたがった。私はバッグに入っているスマホを取り出し、写真を見せながら説明をした。キノフジはスマホを見ただけで興奮していたが、次々移り変わる写真をみて目を輝かせていた。
面白かったのは、スマホに入っている大好きなヘビメタの曲を聞かせた時だ。キノフジは不快そうな顔で、耳を塞いだ。
「魔獣様。止めて下さい!」
キノフジが本気で嫌がっているので、私は曲を止めた。
「この曲 嫌い?」
「曲? それって音楽なんですか? 私には騒音としか聞こえません。頭が痛くなる……」
「そう? 私は大好きだけど……。残念!」
このスマホも もうすぐ電池が切れる。もう、好きな曲も聴けない。自分に降りかかった悲運を改めて実感した。
「魔獣様って、変わってますよね」
キノフジは不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
そう、私は変わっている。小さい頃から そう言われ続けてきた。とっくに開き直っている。腹も立たない。異世界に召喚されても そう言われるという事は、私は変わり者のチャンピオンだ。
私は、自分の変わり者具合を誇示するため、火縄銃の資料を取り出した。
「キノフジ。 私は、こんなのが好きなの」
キノフジに火縄銃の写真を見せる。
「わー。これって何ですか? きれい!」
意外にもキノフジは火縄銃に興味を示した。私は、キノフジに火縄銃の説明をする。キノフジは時々 質問を交え興味深げに聴いていた。
「キノフジ。貴女も変わっているわね」
火縄銃の話を こんなに熱心に聴いてもらえたのは初めてだ。
「はい。よく言われます」
キノフジは微笑んだ。
その後、私は 私が居た世界の事を色々と話した。キノフジは興味深げに聴いている。時間はあっという間に過ぎた。
夜になり、満月の光が明るい。篝火があちらこちらに置かれている。私はキノフジが用意してくれた服の上に、腰にポーチを付け、薙刀を手に決闘の場にたった。私の前にカツエが立つ。両手に巨大な石斧を持っている。私達の周りを見物のゴブリン達が取り囲む。
「女だと思って舐めないでね」
私は精一杯の大きな声で叫んだ。
「お前は何を言っている。戦いの強さに男も女もないだろう」
カツエは不思議そうに私を見た。確かに、体格の大きな戦闘型のゴブリンには女性も混じっている。彼女らも戦いの時に活躍するのだろう。変な偏見を持っていたのは私の方だ。
「ごめん。私がバカだったわ」
カツエは、穏やかな顔でゆっくり頷いた。爽やかないい男だ。カツエの事が少し好きになった。
「はじめ」
リンツウの声が響いた。その後、誰も喋る者はいない。辺りは静寂に包まれた。
カツエが身構える。私はポーチに手を入れ、布を取り出し、カツエの顔を目掛けて投げつける。布がカツエの顔に当たった。布から木の実を砕いた粉が飛び散る。目潰しだ。戦いにルールはない。木の実を摘みにいった甲斐があった。かなりピリピリする香辛料で、目に入れば、凄く痛いはずだ。
カツエは斧を持ったまま、手の甲で顔に飛び散った粉を掃おうとしている。その足元にまきびしを投げつける。一歩踏み出そうとした足にまきびしが突き刺さり、カツエの顔が苦痛で歪んだ。眼も開けられず、かなりパニックになっている様子だ。
しかし、それでもカツエは、怯まない。眼を閉じたままで、でたらめに両手の斧を振り回しながら、前に出てくる。根っからの戦士だ。私はカツエの斧を避けながら右に回り込もうとした。
「右です! 右!」
観衆がカツエに声を掛ける。その声に従い、カツエは右に回る。カツエの斧が私の正面で止まった。見えていないはずだが、カツエの感は鋭い。
カツエは、ゆっくりと前に出てくる。私は少しずつ後ずさる。その後も、どうにかしてカツエの背部に回り込もうとするが、その度に観衆が私の動く方向教え、上手く回り込めない。
どうしよう。正面から攻撃するしかないか……。
そんな時、
「魔獣様。がんばれ!」
キノフジの声が耳に届く。キノフジ……。私はキノフジと過ごした夜を思い出した。
そうだ! ダメもとで試してみよう! 私は、ポーチからスマホを取り出す。そして、キノフジが嫌がったヘビメタの曲を音量を最大にして流した。
「わー!」
カツエは、音に驚き、石斧を振り回す手が一瞬止まる。カツエだけでなく、他のゴブリンも耳を塞いだ。
「今だ!」
私は石斧の握るカツエの左手を目掛けて、薙刀を振り下ろした。刃が腕に当たると、赤い液体が噴き出し、石斧は地面に落ちた。そして、間を置かず、右手を攻撃すると、右手の斧も手から滑り落ちる。
カツエは無防備だ。今度は左太股に刃を突き立てる。太股からも血が流れだし、たまらず、カツエが片膝をついた。
「それまで。勝者、魔獣様」
リンツウが止めに入った。やった。勝った。快感!!!
「カツエ。大丈夫か」
そう言いながらリンツウはカツエの傍に駆け寄った。
「兄者。未だだ。まだ戦える」
カツエの戦意は衰えてはいない。
「いいや。お前の負けだ。魔獣様はこんなに体格の違うお前に膝をつかせた。わしらが考えもつかん方法でな。このお方の知恵がわしらには必要だ。聞き分けろ。カツエ」
カツエは下を向いて、しばらく考えた後、ゆっくり頷いた。
「よく聞き分けた。それでこそ、わしの弟だ。魔獣様、申し訳ございませんが、その音を止めて頂けませんか?」
スマホから曲が流れたままだった。私は、言われた通りに曲を止める。全てのゴブリンにとって、私が大好きなヘビメタは、不快な音でしかないようだ。
リンツウはカツエの傷に何か付けている。すると、カツエの傷が見る見るうちに癒えていく。まるで魔法のような薬だ。
「これは貴重な薬でございまして、ゴブリンの宝です」
驚いている私を見ながら、リンツウは言った。
私の周りにコブリンが集まってくる。私の作った薙刀を興味深げに眺めている。
「魔獣様。これは何ですか?凄いです」
「魔獣様。私達をお守りください」
「魔獣様!」
「魔獣様―」
キラキラした瞳で、口々に叫んでいる。
「まじゅうさま」
「まじゅうさま」
いつしかゴブリン達は声を揃えて私を囃しだした。私はカツエに勝った高揚感の中にいた。私は優秀だ。みんな私を尊敬してくれている。
「魔獣様。どうか我々に力を貸して下さい」
そんな中でリンツウが私に頭を下げる。
「そうね―。考えてあげてもいいかな―。でも、私の事は乃菜様って呼びなさい」
気分を良くした私は、ついつい軽口を叩いてしまった。すると、それと同時に私の首に首輪が浮かび上がった。