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第十話 治世

カゼンを救出してから、一ヶ月後、私はドワーフ国の王になっていた。

 私は、ドワーフ国の王になる気など全くなかった。チョウキが後を継ぐものと思っていた。なのに、私はドワーフ城の王の椅子に座っている。チョウキが、国王になるのを嫌がったのだ。

「私は生臭い政治の事など嫌でございます。私はケンタウロス国の住処が気に入っております。以前も申しましたように、私はそこで静かに父の魂を弔って生きてまいります」

 チョウキの言葉に、そこにいる全員が焦った。チョウキ以外に国王になる資格がある者は誰もいない。

「チョウキ様に国王になって頂かなければ、この国は治まりません」

「煩わしい事は、我らドワーフ三人衆が行いますゆえ、形だけでも国王に収まって頂けませぬか?」

全員が必死になってチョウキを説得したが、チョウキは頑として首を縦に振らなかった。

「嫌です。それなら、いっそ乃菜様がドワーフ国を治めて下さいませ」

チョウキは突拍子もない事を言い出した。

「乃菜様は、ゴブリンの国を平和にするため召喚された召喚獣様。このドワーフ国にも平和をもたらしてください」

「えっ、何を言ってるの? 無理。無理。無理」

これ以上、面倒な事を抱え込みたくはない。

「でも、チョウキ様が無理なら、乃菜様しかおりませぬなあ」

そんな事を言い出したのは、カゼンだ。

「我らドワーフの誰が国王になっても、どこかからか不平が出ます。乃菜様は元々、この世界の外のお方。乃菜様ならば、チョウキ様がご結婚されてお世継ぎが出来るまでという条件で皆が納得するでしょう。どうか、お願いいたします」

アンシュウとヨウテツも私の顔を見て、頭を下げる。

「我ら三人が全力で乃菜様をお支えしますゆえ、どうかお願い申し上げます」

 三人から頭を下げられて、悪い気はしない。

「まあ、跡継ぎが出来るまでなら……」

気分を良くして、つい受けてしまった。

 また、やってしまった。私はどうもおだてに乗りやすい。少しの間、自己嫌悪に苛まれた。


 兎に角、受けてしまったのだから、仕方ない。私はゴブリン国とドワーフ国の国王になってしまっていた。住居もゴブリン国からドワーフ国に移した。しかし、何をしたらいいのか全く分からない。

「一度、ドワーフ国をじっくり見て回ってはどうですか? 私も見てみたいですし……」

途方に暮れている私に提案してくれたのはキノフジだった。

 シンクロが生きていた頃、ゴブリン国を案内してもらった事があったが、はぐれ小龍の乱入で中断してしまっていた。私は、表面的なゴブリン国を知っているだけだ。

 キノフジと二人でゆっくりと見て回る事にした。チャーも後ろからついて来る。

 ドワーフの街は美しい。少し小振りな建物。清潔な街。人々は笑顔で行きかっている。商業も発達していて、市場には沢山の商品が並んでいる。原始の生活をしていたゴブリン国とは大違いだ。ゴブリン国などあまりにも未開すぎて、征服する気にもならなかっただろう。

 軍の演習場にも顔を出す。ヨウテツが私達を見つけて案内してくれた。ドワーフ兵は身体が小さいが均整の取れた体つきで動きも素早い。坑道を掘る訓練も見学した。国境の砦での戦いでは、ドワーフの坑道に悩まされた。鋼鉄製の熊手状の装具を装着し、凄い勢いで掘り進んでいく。腕の力が尋常でないのだ。

 鍛冶場はアンシュウが案内してくれた。多くの工匠が働き、緻密な仕事をしている。非常に高い技術力を持っているように思えた。

 視察からの帰り、再び市場を歩いていると、

「泥棒!」

誰かが、大きな声を上げた。声の方を見ると、ドワーフの少年が走って逃げている。商品を取って逃げたみたいだ。

「チャー。行くわよ!」

そう言って、少年を追いかける。少年が路地に逃げ込み、チャーがそれに続く。

 私が追いついた時には、チャーは少年を押さえつけていた。

「離せ。バカ野郎!」

少年がチャーの足下で足掻いている。ニメートルを超える銀狼を跳ねのける事などできそうにない。道には、盗んだであろうパンのような食べ物が落ち着いていた。

「どうして、こんな事をするの」

私は少年を睨み付けた。

「腹が減っているからに、決まっているだろう」

そう言う少年は、確かにやせ細っている。

「貴方のお父さんやお母さんはどこにいるの?」

「そんなのは居ない」

子供は吐き捨てるように言った。

「そいつは孤児だぜ」

いつの間にか、周りを大勢の人が取り囲んでいる。

「取らなきゃ、生きていけないんだよ。離してやりな」

そう言う男の身なりもあまり良くない。街も薄汚れている。スラム街に迷い込んだようだ。ショウリクが生まれ育った街。ここで生まれた者が、ここから抜け出すのは至難の技だとショウリクが言っていた。

 ショウリクの話を聞き、チョウキの発案でシンクロが救済のため補助金を出していたが、

ギリュウの代になり打ち切られたと聞いている。

 豊かに見えるドワーフ国にも、こんな所がある。貨幣経済が発達すると、どうしても貧富の差が出てくる。

 私がこの世界に来た時のゴブリン国は、みんなが平等に貧しかった。泥棒に取られる物もなく、泥棒さえ存在してなかった。今、このスラム街に住む人達よりずっと貧しかった。

 そんなゴブリン国が、今の格差のあるドワーフ国より幸せだとは思わない。しかし、発展すれば、発展したで、色々な問題点が出てくる。

 貧困をこのまま放っておくのは良くない。しかし、泥棒は犯罪だ。許すことはできない。

「駄目よ。泥棒を野放しにできないわ」

そう言って、少年は城に連れて帰った。


 ここ視察で、ドワーフ国の「陰」と「陽」の両面を目の当たりにした。

 「陰」はスラム街の件。それについて、アンシュウ、ヨウテツ、カゼンの三人を集めて話し合ったが、結論は、財政的にスラム街の救済は無理との事だった。

 しかし、私は三つの案件を三人に承諾させた。一つは孤児を国の費用で面倒を見る事。

 二つ目は、無料の学校を作る事。ドワーフ国では、教育は今まで個人に任せられていた。教育に熱心な家庭と関心のない家庭、これでは生まれた時から人生に差が出来てしまう。

 三つ目は、スラム街の人々に働く場を作る事。私は、温泉リゾートを作る事を提案した。ドワーフ国は生活をするための設備は整っているが、娯楽の場所がないのだ。そこで、スラムの人達を出来るだけ雇う事にした。温泉だけでなく、宿泊施設や食事施設、出店も並べ、お祭り気分を盛り上げた。ここでの収益は全てスラム街の改善に使う事とした。


 「陽」はドワーフ国の技術力。私は、バッグの中に入っていた火縄銃の資料をアンシュウに渡し、作れないか聞いてみた。

「新しい武器ですね。検討してみましょう」

アンシュウはそれを持ち帰り、詳細を検討してくれた。

後日、

「乃菜様、どうにかなりそうです」

アンシュウはにこやかに言った。

「そこにある火薬は大丈夫かしら?」

この世界に来て、火薬を見た事がない。存在するのか不安だった。

「今、大天使様の都を支配しているガーゴイルが爆玉というものを使います」

「爆玉……」

戦国時代に村上水軍らが用いた焙烙玉と似た物だろうか?

「ええ。丸い陶器の入れ物の中に、鉄の玉と火薬を入れて、導火線で火を点け、爆発させるものです」

「最近、その爆玉の不発の物を手に入れまして、只今研究中でございます」

「どうにかなりそうって事ね?」

「はい。仰せの通りです」

「そう言えば、最近エルフとガーゴイルが戦って、エルフが負けたって聞いたけど……」

キノフジ情報だ。

「はい。先の大天使様のお血を引かれますリショウというお方を担いで、エルフが大天使国を占領しているガーゴイルと戦ったのですが、負けたようです。ガーゴイルは空を飛びますから厄介です」

ガーゴイルは背中にある翼で空を飛ぶらしい。上から、爆玉を爆弾のようにして落としてくる。エルフの弓矢では太刀打ちできなかったようだ。

「空を飛ぶガーゴイルかあ……。とにかく、火縄銃の製造をお願い。できれば、私達にとって大きな力になる」

「わかりました」

アンシュウは頷いた。

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