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箱の中の世界  作者: tapir
4/4

第4話「 新たな箱入り仲間」

 

「…………あいつら……」


 屋根の上、双眼鏡を片手に。手拭いに作業着のその人は、奇妙な二人組を見ていた。


  ✳︎


 山を下りて麓まで出ると、木の枝や葉で覆われていた視界が、ぱっとひらけた。

 視界の先には、ずっと向こうまで続くひたすらまっすぐな一本道があった。

 獣道のような山道とは違い、広く、馬車が通れるくらいの道幅。

 山道に慣れた私には、真っ平らな道は逆に歩きづらいことに気がついた。斜めになったり滑ったりしないのが、頭では分かっていても妙に不思議で、足の裏全体にしっかりと地面を感じるのが不安で仕方なかった。足を高く上げて、厚い靴底を確かめた。

 大垣は地図を両手で広げ、右手のコンパスと見比べている。


「えーっと。次の町まで、しばらくは一本道ですね」


 ガサガサと雑に地図を折り畳み、ぐちゃ、と鞄にしまった。

 私たちは、一先ずいちばん近くの町を目指すことに決めた。町は、足元を続く道の先に見えた。私の家に一泊することも考えたが、世界が終わってしまうまで時間が無いのだ。1日も無駄にはできなかった。


 私は肩に、不相応に大きなリュックサック。大垣は左肩に、簡素なセカンドバッグ。


 一本道をひたすらに歩く。見渡す限りの草原。抜けるような青空。牧歌的で、長閑で、その一瞬だけ切り取ると、世界は平和だった。

 私は歩きながら、きょろきょろと物珍しく周りを見回した。

 人工物なんかは全くなかったが、地面は真っ平らで視界をぐるりと青空に囲まれていた。陽射しがきらきらと眩しかった。私の腰くらいまである背の高い草が風に揺れるさまが、山育ちには珍しかった。


 空がやけに高く感じる。きっと、障害物となる木や枝や、その葉などがないからだ。

 ずっと向こうの山々までくっきりと見渡せるのが不思議だ。

 ひょっとして、この一帯は切り拓かれているのだろうか。しかし、この辺りには人工のものは小屋一つ見当たらない。農業利用でも工業利用でもないとすると……。

 あ、整備された馬車道がある。つまり……?知識不足か、それらしい仮説すら立てることができない。

 お。ずうっと向こうにあるあれは、もしかして、風力を箱の力に変換するという、あれだろうか。ここから見ると豆粒ほどのサイズだが、実際は物凄く大きいらしい。

 目につくもの全てが新しくて、気分が高揚した。


 私たちは歩いた。歩いた。……歩いた。

 どれくらい歩いたのだろうか。町は、蜃気楼のようにずっと遠くにあった。周囲の景色はちっとも変わらない。

 私は山道を歩き慣れていたので同年代では体力がある方だと自負していたが、いかんせん大荷物だった。それに、いつになったら辿り着くのが分からないという精神的な疲れもあった。

 そっと大垣の様子を窺うと、当人はけろっとした顔で草原を眺め歩いていた。真っ黒いスーツに歩きにくそうな靴だったが、大垣は涼しい顔で、汗ひとつ浮かんでいなかった。


(こいつ、さっきあんなにぼろぼろだったのに……)


 私は、重いカバンを背負い直した。肩にグッと重みがかかる。それでも、勇者という大任を任されたのだから、私は――特に大垣には――疲れを見せないように背筋をまっすぐ伸ばし、気を張って歩き続けた。


 しばらく歩くと、大垣が「あれ」と声をあげた。

 私は無心で右足、左足、と歩みを進めていたので、大垣が立ち止まったことに気づかず、行き過ぎそうになって前につんのめるようにして止まった。

 私は大垣を非難がましく睨もうとして、すぐに視線の先にある分かれ道に気づいた。

 私たちが歩いてきた馬車道から分岐した、その細い分かれ道の100mほど先に、二階建ての小屋があった。荒れた様子はない。おそらく、放棄されてはいないようだ。


「あの家で、泊めてもらえないか頼んでみますか。日暮れも近いですし、この季節は日が沈み出したらあっという間ですよ」


 大垣が小屋を指差して言う。


「物議さまも、疲れましたよね」


 私は自立心が高かったのでその言葉にむっとしたが、体が疲れきっているのは事実だった。

 私は『これは大垣の怪我が心配だからで、別に自分のためじゃない』と心の中でこっそり言い訳して、提案に頷いた。


「では、話してみますね」


 大垣が先導して歩き出す。私はその後を追った。

 村から出て、まだ次の町にも辿り着けていない。こんなことで、勇者が務まるものか。

 人見知りで、村の外の作法もろくに知らない私は、実は、大垣が先を歩いてくれて心底ほっとしていた。

 私は色々なことが悔しくて、ぎゅっとリュックの持ち手を握りしめた。

 ――その瞬間。


「へ?」


 ごごごごごごごごごごごごごご。

 視界が緑になる。

 地響きとともに目の前の地面が盛り上がり、巨大な植物の蔦や根が飛び出してきた。


「う、うわっ!」


 一瞬で視界のほとんどを緑に覆われた。すぐ隣も見えないほどに。

 私は咄嗟にスカートの中に手を突っ込んで、短剣を取り出した。

 陽の光に勇者の刻印が煌く。肌身離さず持ち歩いていた、勇者の証。

 植物たちは標的を定めると、素早く襲いかかってきた。私はそいつらを短剣で捌きながら、後退する。


「大垣!」


 一度叫んだが、返事はなかった。

 だんっ、と一歩大きく後ろに飛び、植物たちの攻撃が届かないところまで下がった。

 剣を握ると、平生よりずっと遠くまで跳べた。

 足を杭のように地面に引っ掛けて、勢いを殺しながら着地する。

 そこではじめて、その全体像がうかがえた。


「う、うわぁ……」


 でかい。

 とにかくでかい。

 その天高くのびる緑色を見上げ、見下げする。

 地面に大きな穴があいて、その中を植物たちが蠢いている。これは根も深そうだ。

 ジャックと豆の木みたいだ。ちょっとやそっとじゃ倒れそうもない。

 大垣は、影も形も見えない。

 頭の隅っこで、これが大垣の言っていた『世界の各地で起こる奇妙な現象』なのだろうか、と考えた。

 こんなことが世界中で起こっているなら、それこそ世界はおしまい、だ。

 私は短剣を持ち直し、さらに強く握った。決して離さないように。

 蠢く植物を、じっと見据える。あのどこかに、大垣が居るはずだ。


 今はとにかく、あれをなんとかして、大垣を助ける。


 私の意志に呼応するように短剣が光り、あの時の大剣へと変化した。

 そして。

 私は覚悟を決めて、植物の攻撃範囲内に入った。とにかく襲いくる植物を切って切って切った。ぶちぶちと繊維が千切れる感触。力任せに剣を引っ張って振り回した。

 私は苦戦していた。

 この植物たちが魔王の生み出したものであれば、もっと勇者の力の効果があってもいいはず。

 箱を叩き切ったときには、もっと、うまくは言えないが、もっと違う手応えがあった。だが今は、巨大な植物のほんの()()()を、腕力で力任せに引き千切っているだけ。

 とすると、これらの天変地異は、魔王とは無関係……?

 考えながら、一本道を歩いていた時と同じように、とにかく無心で剣を振り続けた。


「大垣!」


 緑の中に、黒い人影が一瞬見えた瞬間に、私は泣きそうな気持ちで叫んだ。

 決意を強め、さらに固く剣を握った――その時、後ろでガサ、と音がした。

 後ろにあるのは、たしか、背の高い草原。

 私は一瞬静止したが、すぐに剣を振った。息を吐く音が、確かに聞こえた。草原の主は、安堵したようだった。

 やはり、だれかいる。

 その瞬間、私は力強く地面を蹴った。


「ひっ」


 草原の主が息を飲む。私は高さにして3mは飛べたし、10mの距離が一瞬で無になった。

 私は、ばん!と物凄い衝撃音を立てて草原の主のすぐ目の前に降り立った。

 着地には失敗してごろごろと転がったが、すぐに態勢を立て直して主をぎっと睨みつけ、大剣を突きつけた。


「あなたは、何者ですか……!」


 その人は、手拭いで顔がよく見えなかった。

 綺麗な作業着を着て、汚れのついていないピカピカの長靴を履いている。

 あまり見かけない服装だ。その人の服装に、何か思うところがあるような気がした。記憶のどこかを刺激されたが、何にも思い当たらなかった。

 その人は、大剣を突きつけられてぎょっとしたようで、腰を抜かした。

 それからすぐに両手を上げて、降参、のポーズを取った。


「わ、わるかったって!悪ふざけのつもりだったんだよ……」


 左手はこちらに見せたまま、右手で何か四角いものを拾い上げる。

 私はその動作を注意深く見て、大剣をぎらりと光らせた。その人は、何もしやしないよという風に汗をかいた。

 その箱はなにやらよく分からないボタンや操作バーのついた機械だった。

 その人は手慣れた様子でそれをがちゃがちゃがちゃといじくった。

 その間数秒。

 私は目を丸くしてそれを見た。


「止まったよ」


 その人が両手を上げたまま、顎で植物たちを指す。私が訝しみながら振り返ると、たしかに植物たちは、死んだようにぴたりと動作を停止していた。


「お仲間を、助けてきなよ。死んでないよ。あれはそういうふうに出来てるんだから」


 その人は、命乞いをするようににやっと笑った。

 私は少し考えてから、その人の両手だけ、縛っておくことにした。


「え、ちょっと、なに!ほんとだって!ほんとほんと!ちょ!いだだだだだ…………」


 念のため先ほどの機械を遠くに置いて、植物のもとに駆け寄った。


「ちょーーーーーーー!!!!」


 後ろから懇願するような声が聞こえたが、無視した。


「大垣!?」


 呼びかけるも、しん、と静まり返っている。植物を掻き分けて、大垣を探す。


「……ぁ、あの…………」


 微かに、カエルを押しつぶしたような声が聞こえた。


「大垣!!??」


 声の出所を探して、植物の中に体を突っ込む。


「……こ……これ、おも………」


 また、腹を押しつぶされた時の声がした。同時に、大垣の植物につぶされた黒い背中が見えた。


「大垣、いま出すからな!」


 私はほっとして、大垣を励ました。大垣の上に乗っかっている植物を、村の畑で草刈りをした時のように切る。切り落とした部分を押し出すと、どさっと音を立てて地面に落ちた。


「うわー。たすかりましたー……」


 やっとのことで植物の中から救出された大垣は、へなへなだった。


「はぁ…………。これがれいの、まゆつばもののきみょうなげんしょうってやつですか……。これはたしかに、まゆつば……」


 大垣はしなびた野菜みたいにそう言った。


「いや、それがどうも、違う……みたいな」


「へ?みたいなって……いや、違うってどういうことですか?」


 そうして、三人は、顔をつき合わせて話すことになった。


  ✳︎



「俺の親父は、魔法機械技師だ!

 まだ未解明の部分も多い魔法を、未発達だった機械の中に組み込んで、――つまり機械と魔法を融合させて、不可能だと思われていた設計を次々と可能にしてきた気鋭の技師だったんだ!エリートだぞ!

 んでもって、お前たちを襲ったあれも、魔法機械だ!

 そんでもって、一応修行はしてきたが、親父が死んでからというもの『どうせ世界も終わることだし』と、ろくに働きもせず遊び呆けている二代目が、――この俺だ!!!」


 その人は白状するように詰められて、むしろ、堂々と言った。


「つーわけで、これ解いてくんね?」


 大垣と私はその様子に少し呆れた。


「それで、生活費に困って強盗してたんですか?」


 私が解きながら尋ねると、その人はきょとんとして、それから驚いたようだった。


「は?強盗?俺が?まっさか。言ったろ?俺は遊んでただけなんだって。こんなとこ()()()()人なんて通んねえよ。とっくにみんな中に避難してるって」


 それまで大人しく話を聞いていた大垣が、口を挟んだ。日に二度も得体の知れないものに襲われて、へろへろしている。


「あの……それで、誰なんですか?誰ですかこの男?どこの男ですか?物議さま、ご存知なんですか?」


「おとこ?」


「いや、男じゃないでしょう」


「へ?」


 その人が、手拭いを取ってみせる。

 金色のボーイッシュな短髪が、キラキラ光った。


「誰っていうなら、俺は叶日(かなひ)だよ。よろしくな」


 叶日さんは、にっと爽やかに笑った。それが眩しくて、私はちょっと好きだなと思った。


「え?いや、男じゃん」


 未だ失礼なことを言い続ける大垣の頭を、一発叩いておいた。


「まー。長く親父と二人暮らしだったからなー。その辺無頓着っていうか。俺は別に気にしないよ。で、二人は?

変な二人組だけど。誘拐?」


 叶日さんがこちらに笑いかける。瞳もきらきらの黄金色だったので、すこしどきどきした。私は今更人見知りを発揮して、もじもじした。

 大垣が率先して自己紹介した。


「俺たちは、『政府公認』の依頼で、『勇者』の命を受け、『魔王打倒』のための旅をしているんです。

俺は大垣。こっちが化野物議さま」


 なんだか妙に威圧的な自己紹介だった気がする。


「へぇー?勇者ぁ?十年前に死んだとかいう?」


「の、後任です」と大垣。


「ふぅーん。にしても、世界の命運背負って勇者名乗るにしては、ずいぶん若いんじゃねえの?

なーんか胡散臭いな……」


 叶日さんは、じろじろと値踏みするように大垣をねめつけた。


「あの……こっち、勇者さまは、こっちです」


 大垣の言葉を受け、「ん?」と叶日さんが、一段階視線を下げてこちらを見下ろす。そうしてからもう一度大垣を見た。


「若すぎだろ」


「まあ、そうですね」


「いや、だめだって。若すぎる。さすがに。いや、だめだろ。こんな子どもに世界の命運背負わせちゃ」


「それで、本日は宿を探していて、差し支えなければ泊めていただきたく……」


 大垣じゃ話にならないと思ったのか、叶日さんはかがんで私と目線を合わせた。


「嬢ちゃん。俺は、叶日っていうんだ」


「ひゃ、ひゃい。かなひさん……」


 近くで見ると金色の目玉がすごく綺麗なのと、人見知りなのとでどぎまぎした。が、すぐに自分も自己紹介をしなくてはと気がついた。


「わ、私は化野物議といいます!友達にはのぎちゃんと呼ばれています!」


「おう」


 叶日さんは優しく笑った。

 このくらいの年代のお姉さんは、村には居なかった。

 自分、優しいお姉さん好きかも、と思った。


「わかった。泊めてやるよ」


 叶日さんは立ち上がらないまま大垣に言った。


「あ、はい。ありがとうございます」


 大垣はちっともありがたくなさそうに返して、荷物を拾いに行った。この二人は、どうしてすでに険悪なのだろう。それについては疑問だった。

 大垣が離れてから、叶日さんがこっそり言った。


「さっきも言った通り、俺は世界が終わることにかこつけて遊び呆けてるし、まあ、そんなに気にすんな。気負うことはねえよ。終わる世界、のぎちゃんも楽しみな」


 私は大垣に似たようなことを言われた時は、反発心でいっぱいだったけど、叶日さんの言い方がお姉さんみたいだったので、素直に頷いた。

 それでも心の中では、私は世界を救うんだと思っていた。

 平原で見るはじめての夕陽はだいだい色で、夕暮れは金色にきらきらしてきれいだった。


  ✳︎


 叶日さんの家は、居心地が良かった。

 暖炉に火をくべてあったので、日が落ちて冷え込んでくる時刻でも暖かかった。

 夕飯をご馳走になった。キャベツ、いも、ベーコンのスープと、パンだった。

 食べながら、「野菜・小麦については親父が魔法機械で量産する方法を確立したんだ」と教えてくれた。「肉は?」と尋ねると、叶日さんはにやりと笑い、私は大垣と二人、ぞっとして食べかけのスープを覗いた。

 が、「冗談。町から燻製肉をまとめて買い置きしてる」と聞くと、どっと肩の力が抜けた。

 食後に寛いで、叶日さんが作業着の上だけ脱いでタンクトップ姿になった。

 肌を見ると、妙に柔らかそうで、恥ずかしくなって視線を逸らした。

 村にはこのくらいの年代のお姉さんが居なかったので比べようがないが、胸は大きい方な気がする。……やっぱり恥ずかしくなった。

 手拭いを取って上を脱ぐと、先ほどの妙な既視感はなくなった。

 大垣が「女だ……」と呟きつつ凝視していて、それもまた失礼な気がしたので、ジャンプしてその頭をもう一回叩いた。


「叶日さん……」


 私はおずおずと切り出した。


「あの、大垣の、怪我の治療をしたくて……」


「けが?」


「その、医療品は貴重だとは分かってるんですが、せめてひどい怪我だけでも……」


 私は大垣の怪我に対して、罪悪感があった。

 自分のせいかもしれないという、どこか後ろめたい気持ちがあった。


「いいですよ。俺は、平気ですから」


 大垣がやんわりと辞退しようとする。大垣は食後、だんだんと眠そうに、口数少なくなっていた。


「そういうわけには……」


「いいよ」


 叶日さんがけろっと言った。驚いて、叶日さんをじっと見る。


「え?別にいいけど。そもそも、怪我は俺のせいだし」


 叶日さんは立ち上がって、救急箱を持ってきた。


「えっ、ほんとうにいいんですか?」


「いーってば。子どもが遠慮すんなって」


 叶日さんは、大垣とそう変わらない年齢に見える。


「薬系は専門外だけど、包帯なら量産できるしな」


 そう言って、叶日さんは救急箱を大垣に手渡す。


「……治療したいんで、別な部屋を貸してもらえると……」


 大垣は私の方をちら、と見て言った。


「おっけおけー。その部屋は使ってない部屋だから、適当に使ってなー」


 叶日さんがひらひらと手を振って、大垣を見送った。

 リビングに、私と叶日さんの二人だけになる。私はなんとなく意識してしまって、意識してしまうと何を話せばいいかわからなくなって、恥ずかしくなって黙った。

 叶日さんはじっと真っ直ぐこちらを見て、優しく話しかける。


「いつから、旅してんだ?」


 私はうまく話せるかどきどきした。


「きょ、今日から……」


 叶日さんが椅子から落っこちそうになった。


「そ、そうか。今日からか。じゃあ、まあ、いろいろ、大変なことも、今日からだな。ていうか、今日がそうか」


 叶日さんは自分で納得して、合点がいったのか、がっはっは、と高笑いした。


「はっはっはっ。おっと、そうだ、手ぇ見せて」


 疑問に思いつつも、私は言われるがまま、両手を差し出した。


「ふぅん。やっぱ、思った通りだ。手にタコができてる」


 叶日さんが手のひらをふにふにと揉んだ。くすぐったかったけど、疲れた手に心地よかった。


「そうだ」


 叶日さんは、どこかから白いテープを持ってきた。


「これから毎日剣を振るなら、これ、やるよ」


 叶日さんは私の手にテープを巻いてくれた。やさしく巻いてもらった。それをじっとだまってみていた。ひとになにかしてもらうのがめずらしくて、そわそわした。


「そういえばあの剣、どこにいったんだ?」

「これが……大きくなって」

「へぇー!すげぇ。これは重いだろ」

「いえ、そんなに重くないんですけど……、振るのが慣れてなくて」

「つよ!そりゃあなあ――」


 叶日さんは、へたくそな私の話をよく聞いてくれた。私はすっかり叶日さんのことが好きになった。


「あのあの!かなひさんも、一緒に来ませんか!」


 おしまいまでテープを巻いてもらった時、私は言った。


「あの!私たち仲間を探してて!あのあの!機械技師だったら、魔王の探索の打開策を思いつくかもしれないし!あの!公費で生活費や旅費が出るし!それに!どっちみち中の方に避難しないとだし!私たち、中に向かって旅をしてて……!」


 言葉はしりすぼみになり、私は徐々に俯いた。こんなにひとを困らせるようなことは、言ったことがなかったのに。自分で自分に戸惑った。

 きっと私は、優しいお姉さんに甘えているのだ。

 叶日さんは、きっと驚いているだろう。

 そう思って顔を上げると、大垣が驚いた顔をして立っていた。


「物議さま……?」


 大垣は上着を腕にかけ、もう片方の手に救急箱を持っていた。治療は終わったようだ。

 大垣は口をぎっと結んで、ずんずんとこちらに向かって歩いて来た。

 私たちのすぐ前に立って、早口にまくし立てる。


「勇者の旅は、危険も多いですし、やめておいた方が賢明ですよ。魔物との戦闘もありますし、移動手段は今の所徒歩しかないです。道のりは過酷ですよ。遊び半分で首を突っ込んでいい問題じゃありません。この旅には世界の命運が委ねられているんです。」


「いやーべつにいいよ」


 やっぱりダメだったか。私は落胆して、大垣は得意げに…………。


「え?」


「へ?」


「べつにいーぜ。行っても」


 叶日さんは、救急箱を貸す時と同じ気軽さで答えた。


「親父が死んで、まじでやることなかったしさ」


「いや、でも危険――」


「今の世の中じゃ、世界中、どこにいたって危険だろ?」


 ずいぶん、飄然としている。

 私は喜んで叶日さんをじっと見上げた。

 大垣があからさまに嫌そうな顔をした。

 こうして、私たちは新たな仲間を得た。


  ✳︎


 翌朝、私たちは新たなメンバーを加え、新たな旅出の日を迎えた。

 叶日が持てるだけの機械をごついリュックサックとショルダーバッグに持った。


「ところで、かなひさんは世界情勢について、どのくらい詳しいんですか?」


「ん?俺か?俺はな、家からほとんど出ないから全くと言っていいほどわかってない!」


 俗に言う、箱入り娘ってやつか!

 叶日さんは、そう言い切って、がははは、と笑った。大垣が、だから言ったじゃないですかという顔をした。

 どうやら私たちは、引き続き世界事情に詳しい仲間を募集する必要があるようだった。


 私たちの世界を救う旅は、未だはじめの一本道から進んでいなかった。 



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