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箱の中の世界  作者: tapir
3/4

第3話「箱入り娘、箱入り息子」

 


「そもそも世界って結構手遅れ気味なんですよね」


 大垣はあっさりと語った。


「物議さまはご存じないかもしれませんが、『箱の力の減少』と『世界の崩落』の影響で、各町村の連絡伝達も連帯もめちゃくちゃなんですよ。

 そのせいで、勇者の剣の在り処を突き止めるのも大分遅れてしまって。気が付けばもう、世界が終わるまであと一年足らずって言われるようなところまで……」


 旅の出鼻を挫くような発言に、私は咄嗟に反論した。


「でも!今から急いで魔王を倒しに行けば、なんとか……!」


「いやー、それがですね……。魔王って、まだ見つかっていないんですよね」


「……まだ?まだ、居どころもつかめていない?」


「はい」


 大垣はまたしてもあっけらかんと答えた。


「それどころか、この天変地異が、本当に魔王の仕業かどうかもつかめていない始末で」


 あっはっはっはっ。と、何がおかしいのか、大垣は笑った。何も可笑しくない。魔王が見つかってから勇者を呼んでほしい。だったら、大垣は、何をしにここまで来たのか。


「というわけでですね、政府の依頼としては、まずこの世界で起こっている異変の原因の調査、魔王の居どころの調査からお願いしたいと……」


「そんなの間に合うわけないですよね!?」


 呑気な申し出に、思わず叫ぶ。


「敬語やめてください」


「あ、うん。じゃなくて、――」


「大丈夫ですよ。出来なくても誰も責めませんって。この政府からの通達も、解決のために色々やってますよ、っていうポーズなんですから」


 大人ってなんだろう。そう思わずにはいられない。少なくとも、こっちはそんなポーズに付き合う気は毛頭無かった。

 私はそこで、大垣の口調への違和感に気付いた。

 一貫して、絵空事を語るように事実だけをベラベラと述べていくだけの語り口。そこには個人の主観も感情も何も含まれない。

 そう。言ってしまえば、当事者意識が欠片もないのだ。


「そもそも、世界の殆どどことも連絡が取れないんですから、地道に足で探すしか無いんですよ。そりゃあ政府だって、最初の頃は人海戦術とかで頑張ってたんですよ。でも、連絡が取れない以上、少し探しては戻り、少し探索しては戻って報告し、やっていくしかなかった。

 しかも、そこで判明した世界の事実が、本当なんだか嘘なんだか分からない、眉唾物の奇妙な現象が相次いで起こっていると……。それに巻き込まれて帰ってこない者が大勢いたそうで……」


 出来ない理由ばかりを丁寧に積み重ねられていく。

 魔王を発見する手立てもない。そもそも本当に魔王の仕業かも分からない。それらを突き止めるためには時間が足りない。しかも、調査の妨げになるような、不可解な現象が世界で相次いで起こっている、と……。

 大垣が、『公費で旅行がしたい!』と、叫んでいた理由もだんだん明らかになってきた。


「まあ、そんなわけで、ここまでくると、世界はすっかり諦めムードですね。始めの頃は、物流も分断され、誰も彼も生き残るのに必死で、治安は悪化の一途でしたけど。今ではけっこう皆、勝手に自治したりコミュニティ作ったり、好き勝手やってますよ。なんと言いますか、スローライフっていうんですか?そういったような」


 知る由もなかった、世界の現実。世界を救うと決めた矢先、世界を救うこともできないし、救って欲しいとも思われていない事を知ってしまった。

 ぐっと拳を握りしめる。手のひらに爪が食い込んだ。

 大垣は、少し口調を変えて言った。


「でもですね。こんな時だからこそ。世界の終わりって時だからこそ、人は本当に自分が望むことを出来るって思うんです。しがらみも、常識も、関係ない。本当にしたいことを」


 私は今、説得されている、と思った。大垣は、私がこの山から出たがっていたことを、見透かしているのだろうか。

「だからですね」と、大垣は続けた。


「俺は公費で旅行がしたい!!」


 ここで、一番初めの主張に戻ってきた。


「というわけで、観光でもしながらのんびりしましょう!世界とか、別にどうでもよくないですか?」


 最後はもうただのゴリ押しだったが、それでも半分くらいはそれもそれでいいかな、という気にさせられた。だから、


「わかった。いいよ、それで」


 私は頷いた。

 大垣は、わーい、と小躍りして喜んだ。

 だが、腹の底では、私はまだ諦めてはいなかった。

 しのぎちゃんの、悲しげに歪んだ顔を思い出す。

 私は、世界を救う。たった1人でも。誰にも望まれていなくても。

 私はひとり、決意を固めた。


 ✳︎


「それじゃあ、これからどこに行きましょう??」


 大垣は、うきうきで旅行の計画を立てようとしている。


「魔王の居どころの手がかりは、一切ないんだよね?」


 確認すると、大垣は怪訝そうな表情を浮かべる。


「はあ、まあ、そうですけど……。ですが、それはもう気にしなくても」


「いや、えっと、連絡経路がほとんど無いっていっても、全く無いわけじゃ無いし!現に、大垣がこうしてこんな山奥まで来ているわけで!だから、政府にバレないとも限らないし!ちゃんと調査してる()()だけでもしないと」


「うーん……。まあ、それもそうですね!」


 何とか言いくるめられた。しかし、これから先もこうして騙し騙しやっていかなければならないとなると、少し憂鬱な気分になる。

 ガサガサ、と大垣がショルダーバッグから何かを取り出して、広げる。


「それで、どこに行きますか!??」


「地図?だけどこれ、形が……」


 この世界は立方体の形をしているのだから、地形は正方形になるはずだ。しかしその地図は、周縁が歪な形に黒く塗りつぶされていた。


「これは、もう崩落したところを書き込んだ地図ですね。といっても、この情報も、もう古いんですけど」


 へぇー、と感心しながら、興味深く地図を眺める。外側以外にも、所々虫食い穴のように黒く塗りつぶされている部分がある。また、赤いばつ印もいくつか書き込まれていた。赤いばつ印は、中心から離れるほど多くなっている。


「この印は?」


「これは、魔物の目撃情報があった地点を書き込んだものですね。俺、魔物に遭っちゃったら勝てないんで!」


「……なるほど」


 顔に泥のついた大垣を見て納得する。そんなに自信満々に言うことでも無いだろう。

 そういえば、大垣、よく無事にここまでたどり着けたな……。あんなに弱いんだったら、道中魔物に出くわしたら一発アウトだろうに。どうしてあれで連絡役に抜擢されたのだろう。政府の魔物対策は、あまり進んでいないのだろうか。

 考えつつ、私は、地図の中心地点を指さした。


「とりあえずは、中心に向かって旅しながら情報を集めよう」


「物議さまは、世界の中心付近に魔王が潜伏しているとお考えなのですか?」


「そういうわけじゃ無いけど、まずは情報が足りなすぎるから、人が沢山居る方へ向かいながら情報を集めよう。

 外側に行くほど魔物が増えて危険でもあるし。

 それに、世界は端の方から崩落しているわけだから、魔王がこの世界のどこかに居るなら、中心付近にいるか、いずれ中心付近に来る……んじゃないかな、多分」


 最後の方で歯切れが悪くなったのは、自信がなかったからだ。確定情報が少なすぎるし、魔王が魔界――存在するかわからないが――なんかに居たらお手上げだ。


「わかりました!俺、この中央付近にある貴金属や精密器具が名産の街に行ってみたいです!」


 大垣は、その辺りのことは深く考えていないようで、楽しげに地図を眺めている。大垣がもう少し情報を持っていれば助かったのだが。


「その辺、行ったことないの?中央政府から派遣されたってことは、中心付近に住んでたんでじゃないの」


 大垣は、照れたように、大げさに頭を掻いた。


「いやぁ、俺、実は故郷から一回も出たことがなかったんですよね。活動範囲がめちゃくちゃ狭くて……。だから、今回が、最初で最後の旅です」


 『世界の終わりだからこそ、本当にしたいことができる』

 先程の言葉を思い出す。

 大垣の言いたかったことが、ほんの少しだけわかった気がした。


「私も、これが最初で最後の旅だから」


「はい」


「良い旅にしようね」


「はい!」


 大垣は楽しそうに頷く。

 しかし、私はこれで最後にするつもりは毛頭ない。私は世界を救うのだから。

 ――それでも、世界を救えたその後は、気ままに旅をしてみるのもいいかもしれない。

 しのぎちゃんと、大垣と、旅をする自分を夢想した。

 軽く頭を振って、私は淡い夢から頭を覚ました。


 方針は決まった。大垣が地図をカバンにしまい、私は荷物を詰めたナップザックを背負った。

 私は簡単な作りの服の、胸元のリボンを結び直し、大垣は袖のボタンを留めた。

 今度こそ、本当に旅の始まりだ。

 こっそりと小さな小屋を振り返る。いつ帰って来られるかわからない。もしかすると二度と帰っては来られないかもしれない。

 長い旅が始まる。


「……ところで、二人とも故郷を出るのが初めてってことは、ひょっとして二人とも世間知らずってことじゃない?」


「あ、たしかに。そうですね」


 ……とりあえず、世間事情に詳しい仲間を探す必要があるようだった。



 第3話「箱入り娘、箱入り息子」 end


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